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繋げ! 東北ライブハウス大作戦☆LIFE Vol.24

2011年3月11日。あの日からわずか3カ月後の6月に産声をあげた「大作戦」。ライブハウスに生きづく人たちの、“真実と志”を伝えるために…。

チェーンコラム24人目 佐々木亮介 / a flood of circle

PHOTO_sasakia flood of circle
2006年結成。ブルース、ロックンロールをベースにしたサウンドとメロディ、そして佐々木亮介の強烈な個性を持った声が話題となりメンバーの失踪や脱退を経験するが、バンドは逗まることなく転がり続けていった。
2012年にはレーベルを移籍し、ミニアルバム『FUCK FOREVER』をリリース、さらにアルバム『I’M FREE』を発表後、47全都道府県を廻るツアーを敢行し、ファイナルは日比谷野外音楽堂で迎えた。
その後、再び起こったメンバーの加入・脱退という不測の事態を乗り越え、『ベストライド』をリリース。新たな体制のもと、ロックンロールバンドは、これからも転がり続けていく。

 

DOESと3カ所を巡ったWhat’s Upツアーが、最初に大作戦に参加した時だった。渋谷クアトロでのドキュメント映画の上映会では彼らと「今を生きる」をセッションした。幡ヶ谷ラコス・バーでのユーストリーム放送に誘われて西片さんと初めて話した時のこともよく覚えてる。ライジング・サンの大作戦ステージでイマイアキノブ&佐々木亮介&サトウミノルとして演奏した時は、「Summertime Blues II」を叫んだ。Summer Sonicでの大作戦ステージには当日15分前に出演発表して演奏したっけ。LIVE福島とのイベントとしてBRAHMAN、THE BACK HORNとのタイバンでトリを務めるという鬼のイジメ…もとい光栄な夜もあった(猪苗代野外音楽堂完成おめでとう! ライブしてえな)。打ち上げで話した細美さんの誠実な言葉と態度を思い出す。Keishi Tanaka兄さんと石巻でタイバンした時は、「感光」に思いの丈を乗せた。アラバキの大作戦ステージでイマイさんと演奏した時は、大作戦ハッピ着て演奏した。イマイさんの歌は本当に遠くまで響いてた。普段は振り返らないけど、大作戦のキーワード「繋ぐ」の意味を、俺なりに思う。それは綺麗なだけの言葉じゃなく、センパイのでけえ背中が作ってくれた道を進むこと。そして「その先」を俺達が選んで作っていかなきゃならないということ。俺達は転がり続けることにしてる。東北ライブハウス大作戦で会いましょう! 各地、すごく面白い人がいて、すごく旨い酒があるよ。

次回は、偉大なるドラマーであり、「緊急ナイト」という大作戦とも繋がるイベントの主催でもあるクハラカズユキさん(即答OKくれました)。よろしくどうぞ。

 

繋げ! 東北ライブハウス大作戦☆LIFE Vol.23

2011年3月11日。あの日からわずか3カ月後の6月に産声をあげた「大作戦」。ライブハウスに生きづく人たちの、“真実と志”を伝えるために…。

チェーンコラム23人目 THE BACK HORN山田将司

山田山田将司(やまだまさし)
1979年10月8日、茨城県生まれ。THE BACK HORNのボーカリスト。バンドは“KYO-MEI”をテーマに、聞く人の心をふるわせる音楽を届けていくという意思を掲げている。数々の映像作品への楽 曲提供や、二度の日本武道館公演を成功させ、国内が問わず、近年のロックフェスでは欠かせない存在感を確立。結成15周年を経て、2014年には映画『光 の音色 –THE BACK HORN Film-』が全国ロードショーとなった!

 

 

 

 

 

 

カメラマン石井麻木ちゃんからバトンを受け書かせて頂きます。

あ の3.11の震災が起きてすぐ、我々バックホーンにも何か出来ることはないかということで義援金を募る為、『世界中に花束を』を急遽制作し配信しました。 思春期を音楽に助けてもらった自分は、こんな自分でも音楽で誰かを助ける事が出来ればと思い、歌を歌う道を選び1998年に上京しました。自分だけの感覚 かもしれませんが、歌というものを歌っていると、喜びの爆発の感情よりも悲しみや刹那さの爆発の感情の方が人の「性」に触れやすいなどと思ってしまう事が あります。己を追い込み自分自身が叫び狂うことで、人の心の悲しみの部分に触れ、癒す事ができている様な気になってしまう事もあります。震災後、 ALBUM『リヴスコール』をリリースし、そのツアーの追加公演を東北ライブハウス大作戦の繋がりで宮古、大船渡、石巻の三箇所でライブをやらせてもらい ました。その時のライブでは悲しみ云々、癒し云々などを超え、汗まみれになり「生きている、今生きているんだ」と『生』を体現しているお客さん達の姿。本 編最後の『世界中に花束を』を終えると「ありがとう!!バックホーン!!!ありがとう!!!」という言葉。目頭が熱くなり、魂が震えました。その感覚は今 でも自分を奮い立たせてくれます。温かく情に厚い東北人、底知れぬ魂の気迫、東北ライブハウス大作戦。猪苗代野外音楽堂のOPEN、おめでとうございま す。そして今後ともよろしくお願いします。

どんどん若い世代にこのリレーのバトンを!

次はa flood of circle G.Vo.佐々木亮介に繋ぎます。亮介よろしく!
山田将司(THE BACK HORN)

繋げ! 東北ライブハウス大作戦☆LIFE Vol.22

2011年3月11日。あの日からわずか3カ月後の6月に産声をあげた「大作戦」。ライブハウスに生きづく人たちの、“真実と志”を伝えるために…。

チェーンコラム22人目石井麻木

ライブハウス石井石井麻木(いしいまき)
写真家。東京都。 http://ishiimaki.com NPO法人 Nature Saves Cambodia-Japan 共同代表
写真は写心。一瞬を永遠に変えてゆく。
毎年個展をひらくほか、詩と写真の連載、CDジャケットや本の表紙、映画のスチール写真、ミュージシャンのライブ写真やアーティスト写真などを手掛ける。
東日本大震災直後から東北に通い続け、現地の状況を写し続けている。

 

 

 

 

 

今回バトンを渡してくれた、愛してやまない片平里菜ちゃんと初めて出逢ったのも東北でした。

かかえきれないほどのかなしみがうまれてしまった地。

その地に生みだされた東北ライブハウス大作戦。
石巻、大船渡、宮古。
震災前まで一度も訪れたことのなかった場所。
みっつのライブハウスができてから、もう何度足を運んだかわからない。
ここで出逢ったひとたちにどれほど力をもらってきたか、どれほどのものを教わってきたか、ありがとうじゃ足りないほどの気持ちでいっぱいです。

年齢も性別も職業も立場も損得も関係なく、気持ちだけで動くひとが集まる気持ちのいい場所。ただいまとおかえりが交わせる場所。
たいせつな場所。

写真本にも込めました。
『3.11からの手紙 / 音の声』
ライブハウス石井2 音のなかった町に、音の消えてしまった町に、音の鳴る場がつくられ 音を届けるひとがいて、音をうけとりにくるひとがいる。
その瞬間瞬間をみていたい、のこしたい。
そしてこの場所を、もっともっと多くのひとに知ってほしい。

訪れる度にたからものが増えてゆく。
たからものとたからものが繋がってゆく。

ひとを、音を、ここにうまれるぬくもりを写しつづけたいです。

 

次回は親愛なるTHE BACK HORN 山田将司さんに繋げさせてください。

 

繋げ! 東北ライブハウス大作戦☆LIFE Vol.21

2011年3月11日。あの日からわずか3カ月後の6月に産声をあげた「大作戦」。ライブハウスに生きづく人たちの、“真実と志”を伝えるために…。

チェーンコラム21人目 片平里菜

PHOTO_片平里菜片平里菜
1992年5月12日生まれ 福島県出身
シンガーソングライター。TOKYO FM主催の夏フェス“閃光ライオット2011”で1万組の中から審査員特別賞を受賞。2013年8月シングル『夏の夜』でメジャーデビュー。2014年に発売された『女の子は泣かない』はCMソングにも起用され、同世代から多くの支持を集めた。8月に発売された1stアルバム『amazing sky』はCDショップ大賞2015の入賞作品に選出され、全国ツアーも全公演チケットが完売するなど、今後の飛躍が期待される若手アーティスト。2015年2月にはシングル『誰もが/煙たい』をリリース。3月からサントリーチューハイ「ほろよい」CMにも出演中。世界的ギターブランド・エピフォンの日本人女性初の公認アーティスト。

HAWAIIAN6の勇太さんからバトンをいただきました、片平里菜です。

なんで二十ちょっとのこんな小娘がここに…? そう思う人もいるかも知れないけれど、私にとってはとても自然なこと。
東北を思って、そして行動に移していくことで、同じ想いを持っている人や同じ方向を見ている人と繋がっていくのは自然なことです。気付けば真っ黒な服を着た一回りも違うようなバンドマンの先輩だらけ。でも関係ない。大人だろうが子供だろうが、男だろうが女だろうが、ライブハウスという場所にいたってはそんなことは重要なことじゃない。

大作戦を通して、石巻、大船渡、宮古にたくさん友達が出来て、彼らの人間としての懐の深さに何度も救われました。帰るときにはいつも形にはないあったかいお土産を胸いっぱいに抱えてます。だから何度も会いに行こう、歌いに行こうと思うんだけど、行くとやっぱりもらうばかり。

この作戦を立ち上げた西片さん、それを引っ張ってきた先輩たちの大きな後ろ姿を出来る限り心に焼き付けていたいし、その精神をしっかり受け継いでるつもり。

震災から4年、あのまちで学ぶことがまだまだたくさんあります。
今年も歌いにいきます。

お次はわたしのだいすきな姉、石井麻木さんに繋ぎます。

繋げ! 東北ライブハウス大作戦☆LIFE Vol.20

2011年3月11日。あの日からわずか3カ月後の6月に産声をあげた「大作戦」。ライブハウスに生きづく人たちの、“真実と志”を伝えるために…。

チェーンコラム20人目
HAWAIIAN6 / The Yasuno N°5 Group 安野勇太

PHOTO_Hawaiian6 Low 60こんにちは、こんばんは。HAWAIIAN6というバンドをやっております、安野勇太です。dustboxスガ氏からバトンを受け取らせてもらいまして、今、書かせてもらってます。

2011年初頭、HAWAIIAN6は活動を休止していました。私は他の活動もしていたとは言え抜け殻のような日々を過ごしていました。

そんな時震災がありました。

東京に居たけれどその瞬間私は必死に本棚を抑えていました。今考えると危険だけれどそんなことしか出来なかった。スーパーからは物がなくなり、通りは帰宅困難者であふれていた。知らない街のようだった。自分に出来ることはないかと考えたけど、バンドは活動休止中。歌うこと、ライブすることしか自分には出来ない。ただただ途方に暮れていた。

そんな折、POWERSTOCK in 宮古にでないか? と声をかけてもらった。私は自分のソロプロジェクトThe Yasuno N°5 Groupではあったけど歌う機会を与えてもらえた。現場に行ったら老若男女いろんな人が居て、それぞれに楽しんでいて、日々不安な暮らしを送っているに違いないのに、逆に私は救われたような気持ちになりました。人の生きる力のようなものを感じました。

それから紆余曲折ありながらもHAWAIIAN6は活動を再開することが出来、東北ライブハウス大作戦の名の下に東北へ遊びに行かせてもらっている。私にとって行ったことの無い知らない街だったけれど、今では宮古も大船渡も石巻も大好きな街になりました。

みなさまいつもありがとうございます。これからも我々なりにマイペースになってしまいますが遊びに行かせてください。

で、次の方なのですが、片平里菜さんにお願いしようと思います。
それでは片平選手!はりきってどうぞ!

HAWAIIAN6 / The Yasuno N°5 Group安野勇太

繋げ! 東北ライブハウス大作戦☆LIFE Vol.19

2011年3月11日。あの日からわずか3カ月後の6月に産声をあげた「大作戦」。ライブハウスに生きづく人たちの、“真実と志”を伝えるために…。

チェーンコラム19人目dustbox SUGA

PHOTO_dustboxlocofrank 森 勇介からのバトンを受け取りました、dustboxの須賀です。よくエンジェルと言われますが、長年つき合ってると意外とデビルな一面がチラチラ見え隠れすることもあるでしょう。男子ですから(笑)。

あの震災からもうすぐ4年になりますね。

震災があった日、僕らはツアー中で岩手県に向かってました。ちょうど福島県あたりの高速パーキングで車を止めた瞬間に、ものすごい衝撃を感じました。その後車の中の小さなテレビであの大災害の映像を見ながら、誰もが何も言葉にできなかった。

その後ツアーを止めるか、続けるかで議論を繰り返し、僕らは続けることを選択した。テレビやネット上では音楽やお笑いが自粛モードになっていた時期だったので、続けることを選択した僕らは、どんな風にライブをすればいいか悩んだ。
でもステージにあがった時、悩む必要なんてなかったことに気づいた。みんな笑顔で待っていてくれたから。そして東北ライブハウス大作戦やNBC作戦に関わったりすることが出来たりして、より僕らの選択は間違ってなかったと感じることができた。

そして僕はよりライブハウスが、ライブが好きになった。人と人を繋げてくれるライブハウス、それを傷だらけの町に作り、そこにたくさんの人を集める東北ライブハウス大作戦。ライブハウスが大好きな1人の人間として、心から感謝しています。そしてこれからもよろしくお願いします。また宮古、石巻、大船渡行きますね。

それでは、僕はこの辺で、次は、、、HAWAIIAN6の安野勇太にお繋ぎしたいと思います! かかってこいよーーーー!!!

SUGA / dustbox

 

繋げ! 東北ライブハウス大作戦☆LIFE Vol.18

2011年3月11日。あの日からわずか3カ月後の6月に産声をあげた「大作戦」。ライブハウスに生きづく人たちの、“真実と志”を伝えるために…。

チェーンコラム18人目 locofrank  森 勇介

locofrank_2014s僕にとって、宮古、大船渡、石巻は、
忘れていた何かを思い出させてくれた場所であり、
これからのバンド人生を歩んでゆくきっかけをくれた場所。

初めて、その3カ所でライブをしたとき、街はまだ、全然復興なんてしていないし、
いつ、でかい地震がくるかも分からない状況で、正直 、不安だったし、迷いもあった。

でも、その時のライブが、すんごい楽しくて。

久しぶりに感じたあの感覚。いつのまにか忘れてたあの感覚。
ステージで僕は笑っていたと思う。
満員御礼ではなかったけど、
どうノっていいか分からず、一生懸命手を叩いてる皆を見てたら、
すごく懐かしい気持ちになった。
もう一度、はじめようと思った。
格好つけずに、ありのままの自分を出せる強さをもとうと思った。

本当に感謝してます。
これからも、生意気で、酒癖が悪い、お調子者の3人組をよろしくお願いしますね。

とゆうわけで、大好きな、越谷のエンジェルボイスこと、dustboxのスガちゃんに
バトンタッチしたいと思います。

locofrank  森 勇介

繋げ! 東北ライブハウス大作戦☆LIFE Vol.17

2011年3月11日。あの日からわずか3カ月後の6月に産声をあげた「大作戦」。ライブハウスに生きづく人たちの、“真実と志”を伝えるために…。

チェーンコラム17人目10-FEET KOUICHI

PHOTO_KOUICHI僕達はライブバンド。
ライブハウスがある街にライブをやりに行く。
そして、そこでしか共有する事の出来ない素晴らしい空間と人に出会う。
それがやっぱり楽しい。
東北ライブハウス大作戦で出来た大船渡FREAKS、宮古KLUB COUNTER ACTION、石巻BLUERESISTANCEの3箇所で何度かライブをやったけど、たかが僕達がライブをやりに行っただけで街が復興出来るレベルじゃないのは百も承知。
でもこれからも変わらず、大船渡、宮古、石巻にはライブをやりにいく。
何度も何度も東北に足を運ぶ。
そして僕達のライブが見てくれた人達の何かを始めるきっかけのひとつにでもなれればいいなと思ってます。
人の気持ちを動かすのは簡単じゃないけど、自分を動かすのは自分次第。
まずそこから。
写真は宮古島のフェスで結成された東北ライブハウス大作戦バンドのリハ後のメンバーとフェス前日の大作戦バンドのリハに遊びに来たkenken。

メンバーは、山嵐タケシ、細美君、kj、タクマ、コウイチ、キヨサク、総監督西片さん。
このバンドでツアーしたいなー。
やりましょ!
西片さん!

てな事で次のコラムを書く人を指名するんですが、僕の事をちょっとバカにしているlocofrankのユウスケ君にお任せしたいと思います。

10-FEET KOUICHI

繋げ! 東北ライブハウス大作戦☆LIFE Vol.16

2011年3月11日。あの日からわずか3カ月後の6月に産声をあげた「大作戦」。ライブハウスに生きづく人たちの、“真実と志”を伝えるために…。

チェーンコラム16人目Dragon Ash Kj

PHOTO_Kj音楽家が出来る事、人間が出来る事。

2011年3月11日、あの瞬間俺は東京の自宅である人といた。
石巻在住の建築家で、自分が掛け替えのない仲間達と作った小さなBARを設計してくれた人。
仕事で東京に来る時は、その店で酒を酌み交わし、互いの街の話しをする明るくて優しい人。
地震の直後、俺はその人と一緒にその人が住み、家族と暮らし、仲間達のいる街を見た事もない大きな波が飲み込む映像を生中継で見た。
何も言えなかった、一歩も動けなかった、言葉を紡ぎ全身で表現する事だけが唯一の取り柄なのに。
打ちひしがれる背中を見るのが怖かったんだ、その場から逃げ出したかった。

ブルレジで歌う時、ワンパークで歌う時、その人には必ず聴きに来てもらってる。
もう後悔したくないし逃げたくない。

石巻で出来た仲間や東北ライブハウス大作戦、西片さんにもらったラバーバンドは薄情な俺を奮い立たせてくれる。
ライブハウスに集った皆がそうであるように。

次回は10-FEET KOUICHIに繋げます。

Dragon Ash Kj

繋げ! 東北ライブハウス大作戦☆LIFE Vol.15

2011年3月11日。あの日からわずか3カ月後の6月に産声をあげた「大作戦」。ライブハウスに生きづく人たちの、“真実と志”を伝えるために…。

チェーンコラム15人目加藤隆志
(東京スカパラダイスオーケスラ/So many tears )

TSPO_kato_2014ライブハウスは出会いを生む。そして東北ライブハウス大作戦は、スカパラにたくさんの新しい出会いをもたらしてくれた。

震災から3年が過ぎた今年6月、ようやく実現した東北ライブハウス大作戦、石巻BLUE RESISTANCEでのスカパラのライブ。

3年以上経った今でも残る大震災の爪痕や、津波で家族を亡くされた方との出会い、それでも笑顔で前を向き生活されている姿。

そんな日々の思いを吹き飛ばすかのように笑顔で踊りまくる石巻のオーディエンスたち。ライブ中様々な思いが交錯して、自分は涙を抑えられなかった。

25年というバンドの歴史の中で、2人のメンバーを失った経験を持つスカパラが、今もこうして前に進むことが出来るのは、ずっとサポートし続けてくれるファンやスタッフの力はもちろん、休まず続けてきた活動を通しての様々な新しい出会いと、そこで生まれてくる新しい音楽の力のお陰だと思う。

同様に、かけがえのないものを失った悲しみを癒すことが出来るのは、かけがえのない新たなる出会いや喜びであることを、このたび自分は石巻から教わった気がする。そのきっかけになり得るのが音楽であり、その出会いを繋げて行くことが我々ミュージシャンにとっての使命であることも。

今後もたくさんの出会いが生まれるように、そして日本、世界にそれを繋げられるように、これからも東北ライブハウス大作戦に参加していきたいと思います。

次回は、Dragon Ash Kj に繫ぎます。

東京スカパラダイスオーケストラ
加藤隆志

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