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怒の百十八 「まだ寒いけど、少し怖い話しを…」

阿波座の事務所で弾き語りのメガマサヒデくんと水木しげるのことをあれこれ話していた。メガくんの手には新書サイズの「壺」という水木作品があった。
「古本屋で買いました」
「いくら?」
「二千円」
「意外に安いね」
そんなたわいもないことを言い合いながら、僕たち2人の目は活き活きとしていた。好きな作家の話しをしていると止まらない。
「ほら、これ」
そう言って僕が差し出したのは、コダマプレス版の「墓場の鬼太郎」。美本で落丁なし。軽く2万円は超える掘り出し物。「ホォ」とため息をつくメガくん。喉から手が出るくらい欲しがっているのがわかった。マニア冥利に尽きる瞬間だった。自分の子供が褒められたような気分になる。
「やっぱり昭和40年あたりの作品が最高」
「貸本時代のタッチは、本人にしか出せない。アシスタントのタッチとまったく違う」
熱い水木談義が一通り済むと、いつの間にかホラー映画の話しになり、実体験の怪談話しになっていった。
「そう言えば……」
メガくんが遠い目をしながらこんなことを喋り始めた。トーンが低くなっている。
「いえね、もうずいぶんと昔の話しなんですが」
メガくんは目の前のコーラを一口飲むと、ゴクリと喉を鳴らした。僕はゾッとした。この人の口調、マジや。だいたいこの手の体験談はその口調で本物か作りかがわかる。そういう意味では、メガくん、マジ中のマジである。
「ある日のこと。自分の部屋で寝てたんですね。いつものように」
「ふんふん」
「そしたら、天井から何かが落ちて来たんですよ。ちょうど顔の上に」
「え?何が?」
「それが、ヤモリなんですよ」
「ヤモリって、あのヤモリ?」
「そう、あのトカゲみたいで指に吸盤の付いてる奴です」
「気色悪いですね」
「でしょ。さすがに僕もやな気持ちになったんですね。で……」
「で?」
「次の日も、だったんです」
「次の日も?」
「そうです。寝てたらまたしても顔にヤモリがペタリと」
「?!」
僕は、絶句した。2日続けて顔にヤモリ? 僕ならそんなとこでとてもではないが寝てられない。メガくんは、僕の心持ちを察したようにうなづくと、言葉を続けた。
「ね、そんなとこで寝てられないでしょ。だから2日続いた翌日から、僕は頭の位置をずらしたんですよ。30センチほどね」
確かに、それだけずらせばヤモリが落ちて来ても大丈夫だろう。でも僕なら、寝る部屋を変える。
「ああ、そしたら……」
メガくんは、より声のトーンを落としたのだった。
「その朝に、グラッときたんです」
「グラッて、地震?」
「あの阪神淡路大震災です」
メガくんはブルッと体を震わせた。
「僕の部屋のタンスが倒れ、その角が顔のすぐ横に」
「え?それって?」
「顔をずらしてなかったら、それこそ箪笥が直撃。多分、即死でした」
メガくんは、そう言って何回も何回も頭を上下に振った。あの気味の悪いヤモリが、結果としてメガマサヒデの命を救ったのである。なんとも不思議な話し。僕は、運命の気まぐれを感じながらも、ひょっとしたらメガくんのご先祖がヤモリの姿になって彼を最悪の運命から救ったのではとの思いが捨てきれず背筋に粟がたったのだった。

今年の夏に、何冊かの怪談本を出そうと思っている。僕の身に起こった奇怪なこと、僕の知り合いに起こった奇妙なこと、そういった体験談をまとめて単行本にしたいのである。僕は霊魂や運命といったものを信じないが、いくつか怖い体験をしている。それが自分の勘違いや「幽霊の正体見たり、枯れ尾花」的なものかもしれない。ただ、そのうちのひとつふたつは、超自然の存在なくして理屈が合わないと思う出来事もあった。
世の中には、科学では割り切れないものがあると思うのか、すべての怪談話しがその人の思い違いか、たちの悪い作り話しであると思うのかは、個人個人の自由である。夏に発売される僕の本を読んでもらって、自分でその判断をしてもらいたいと思う。その時には、メガマサヒデくんの話しも、もちろん採録させてもらうつもりである。

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