全国15万部を誇る日本最大級のミュージックフリーマガジン on Web!!

~関東・東北地方音楽シーンの現状報告~ Vol.10

音速ライン Vo./G. / 藤井 敬之

【音速ライン】 http://onso9line.com/
【ONandON Project】 http://www.on-and-on.info/

辛いことでも、全てを受け止めた上で前を向いていくしかない。

僕は生まれ故郷の福島が好きで、地元にいないと作曲できないくらい福島が好きで、デビューしてから6年経ちますがいまだに福島に住み続けながら音楽活動をしています。「福島には本当の空がある、何よりも空気が美味しい所!」とずっとみんなに自慢してきました。

そんな中、3/11の大震災が起きました。福島はそれに加えて原発の事故も重なってしまい、現在でもみんなが本当に大変な想いを抱えています。震災から10ヶ月が経ち、今では建物や道路などもだいぶん修復され、目に見える部分での復興はもちろん進んでいます。その一方で目に見えない原発という問題はまだまだ改善されていないのです。
放射能は目に見えない。その得体の知れなさ故の恐怖感は既に想像を越えています。子どものために避難した人も沢山いますが、避難した先で「自分だけ逃げてきてしまった」と自分を責める人、地元に住み続けると決めた人でさえ子どもに対して何らかの罪悪感を感じているのが現状です。“逃げないのではなく逃げられない状況でしかなかった”“逃げたのではなく逃げざるを得ない状況でしかなかった”、この違いをわかってほしい。みんなが抱えている想いは本当に様々です。
色んな現状を踏まえて、それでも僕らは前を向いて行くしかありません。大事なのは現状をしっかりと受け止めた上での前向きさであり、ごまかしごまかしで進んでも未来はないと思います(収束宣言とかホントありえないし)。本当の意味での復興までは気の遠くなるような時間がかかる思いますが、“諦めない事”これしかないのでしょう。
僕は復興までの長い道のりをみんなで切り抜けていくために“ONandON”というプロジェクトを立ち上げています。マイペースな僕ですが、思いつく限りの色々な方法で復興を支援していたいと思っています。興味がある方はHPを覗いてみてください。
最近色々な方に「藤井君自体が被災者なのに、どうして支援プロジェクトなんて立ち上げたの?」と聞かれる事があります。自分なりに考えてみたんですが、僕は震災当日ツアーで名古屋におり、直接的には強い地震も体験していませんし、1ヶ月後に来た強い余震の時もたまたま仕事で東京にいて体験することがありませんでした。自分が大好きな福島がこんなにも大変な思いをしていた時に、その場所に一緒にいれなかった。そんな罪悪感が僕を動かしてるのかもしれません。
だからこそ、1日でも早く恐怖心も罪悪感もない元通りの世界が戻ってくる事を祈って、みんなで前を向いて行きたいです。

(クリックで拡大)

東北を拠点として活動するイベンター / いずみてぃ

音楽で少しでも元気が出たり、笑顔が増えたらいいなと思い、震災以降、皆さんの協力により東北で企画を開催する事が出来ました。

福島県南相馬市。東日本大震災以来、この土地のニュースを耳にした人も多いことでしょう。私はそこで25年前に生まれ、育ちました。実家から太平洋の海岸まで自転車で10分ほど。海がそばにあることが、街外れに住む私の唯一の自慢でした。それがこんな無残な場所に変わるとは…。

私が企画イベントを始めたきっかけは、大好きなバンドさんと一緒に、自分にしか出せないカラーのライブイベントを作り上げたいという思いからです。“出演者の方もお客さんも、音楽を通してつながっていけたら”ということを毎回、念頭に置きながら取り組んでいます。私生活の仕事では、地域の医療に携わりたいという思いから市内の病院に勤務していました。
忘れもしない2011/3/11。その日もいつもと変わらず、患者さんのリハビリ治療中でした。午後2時45分をまわったところで地鳴りが聞こえ、床が突き上がるような揺れを感じ、慌てて患者さんが転ばないようにしっかり抱きかかえました。一瞬にして、辺りは砂煙が舞い視界が遮られました。周りの物品が倒れ、落ちていく大きな物音を聞き、人生の終わりを覚悟しました。患者さんだけでも助けたいという気持ちから、揺れが治まった頃に安全なところへ誘導し、難を逃れることができました。間髪入れず、続々と津波被害により運び込まれた泥まみれ、びしょ濡れになりもがき苦しんでいる人の救助に携わり、ようやく落ち着いたのが時計の針が夜の11時を指そうとした頃でした。
翌日、市からの広報により避難を迫られ、原発事故による被曝への恐怖心から私たち家族は郡山市まで避難しました。あてもない土地に来たものの、どこも宿泊可能な場所がないため、すがる思いで知り合いに連絡したところ、郡山のライブハウスPEAK ACTIONの渡邊店長が泊めてくださりました。この時、音楽に携わりこのような繋がりがあった事に、ただただ感謝の気持ちでいっぱいでした。現在も自宅周囲は、原発事故による警戒区域内に指定されているため近づけず、避難している身です。市の人口は半分に減り復興しているとは言い難い状況ですが、人々が前を向き、街が元に戻りつつある途中です。定期的に今でも多くの支援物資が届いており、皆様のお心遣いに日々活力を頂いています。
この震災の影響により、予定していた企画が開催出来なかったり、身動きが取れなかったりと、歯がゆい時期もありました。ですが音楽で少しでも元気がでたり、笑顔が増えたらいいなという気持ちで5月以降6本の企画を開催することができ、チケットの売上げの一部を復興義援金として寄付させて頂きました。このような企画を実現できたのも、ライブハウス関係者様、出演者様、サポートしてくださる皆様あってこそだと思っています。本当にありがとうございました。今後も自分らしさを出した企画が組めるよう励んでいこうと思います。

(クリックで拡大)

川崎Serbian Night / 店長 よしおかあすか

http://www.serbian-night.tv

執筆者プロフィール

生まれも育ちも東京ですが、セルビアン7周年! ということで川崎に骨を埋める覚悟ができました。

現状

まずは、震災で被害に遭われた皆様にお見舞いを申し上げます。また、一日も早く復興できますよう心からお祈りいたしますとともに、私達も微力ながらご協力できることはさせていただきたいと思っております。当店は3階に店舗、4階に事務所がありますが、幸いにして酒瓶が倒れて割れる程度の被害ですみました。公演に関しましては4月いっぱいくらいまでは中止、延期が相次ぎ、そして計画停電の実施。実施時間の合間を縫いつつ公演を行ったり、振替えにて対応させていただきました。現在ではほぼ通常の営業ができております。新しい年を迎えましたが、いまだ被災地では寒さなどの厳しい状況の中で頑張っておられる方が大勢いらっしゃいます。皆様に少しでもパワーを届けられるよう、安心して楽しんでいただけるよう、常に笑顔でいきたいと思います。

メッセージ

川崎は品川、横浜どちらからも1駅(東海道線)という好アクセスの場所です。駅前には“ラゾーナ”や“ラ チッタデッラ”などショッピング、アミューズメントが充実しており、「音楽のまち」だけあって、ストリートライブも盛んです。そんな「音楽のまち、かわさき」に是非、遊びにいらしてください。

つくばPARKDINER / 店長 岡野博樹

http://www.parkdiner.jp

執筆者プロフィール

ただ音楽とバンドを愛してたらいつの間にかライブハウスの店長になってました。日々音楽とバンド活動の素晴らしさを伝承していくのみです! 恐縮!

現状

一言で言えば、震災後から夏まで世間の風潮や生活環境の煽りをモロに受けました。当日は私がたまたま予定より早めの出勤をしており、ひとりハコの中にいました。ステージより巨大なスピーカー2台が落下してきて、なんとか受け止めることができました。営業は3/19から再スタートさせましたが、当日不在でしたら営業もしばらくできなかったかも知れません。つくばという街は茨城の中でもなかなかメディアやマスコミに取り上げられることはありませんでしたが、被災地であることには間違いありません。生活を脅かされた方が知ってる方でもたくさんいらっしゃいます。その中でも主に地元のバンドで成り立っているPARKDINERはたくさんのバンドさんの協力で守られているということを今回感じることが出来ました。今後も地元バンドを手を取り合ってライブハウスを守っていきたいと思っています。

メッセージ

今年4月でPARKDINERは移転リニューアル9周年を迎えます。元は別の地でバーとしてスタートしたこの店も19周年。まだまだ地方の小さいシーンですが、地元バンドと盛り上げていく努力をしますので、全国のバンドさん、関係者様、是非一度つくばへお越しください。いい夜、いい酒を呑みましょう。

柏616 / 店長 山内まさし

http://www.kashiwa-616.com/

執筆者プロフィール

子供みたいな大人、いや、大人みたいな子供。

現状

震災で被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げます。3/11は地元の10代のバンドのレコ発企画でした。幸い怪我人は出ず、機材類も無事でした。柏市は茨城県に近く、茨城県の県南からのバンドマン、お客さんも多いため、いつも遊びに来てくれるバンドマンや常連さんの安否確認が第一優先でした。何もできないもどかしさもありましたが、駅前で募金活動をしている小学生などを見て何かできないかとバンドマンみんなと話し合いを重ね、チャリティのフリーマーケットライブやオムニバスCDの販売などを行いました。まだまだ問題は山積みですが、この苦難をみんなで力を合わせて乗り越えようという団結の絆が深まった1年でした。

メッセージ

柏はホットスポットと呼ばれています。いろんな学者がいろんなことを言うので何を信じたらいいかわかりません。思うことはひとつ。柏を音楽のホットスポットと呼ばせてやります!

shibuya eggman / 店長 鞘師 至 (サヤシ イタル)

http://eggman.jp/

執筆者プロフィール

shibuya eggman 店長、兼円盤プレス事業部 部長。

現状

震災後1年経過、eggman周辺の渋谷神南の街もなんとなく、元通りの活気を取り戻しました。ただやはり時が経ち、東北のインフラも徐々に回復するに伴って、家族のヘルプの為仲間が従事するコミュニティーの為に被災地に行き、直接現状を痛感する経験をした人たちが東京にも増えてきているのも現状です。そういった人達の「継続的な支援」への意識の高まりから、今も各々で出来る支援を続けている周囲のお店やeggmanに出演するアーティスト、関係者各位の企業などが増えているのを感じます。我がライブハウスも然り、その意識を以ってイベント収益からの募金など、楽しく明るい場所を作りながらも、東北の悲しみも少し和らげることができるよう、営業に務めています。

メッセージ

語ること易し、動くこと難しです。が、後者が世界を動かします。「行動を規制すること」よりも、「アクションを起こしてメリットを生む」ことに目を向けて、音楽を楽しみましょう。

新宿MARZ / マネージャー/ブッキング 小柳 和久

http://www.marz.jp

執筆者プロフィール

『音楽という名のもとに』。

現状

東日本大震災におきまして被害に遭われた皆様、そして今現在も避難所にて生活している方々に心よりお見舞い申し上げます。あの日、本当の意味で『幸せ、夢、希望、平和、安全』という言葉を失いかけた。数あるメディアが、何度も何度も、現実を叩きつけた。エンターテイメントを職業として生きている人達は、沢山悩み苦しみました。自然災害、2次災害、余震に電力の自粛。“音楽とは何だろう?!”。僕は何度も何度も悩みました。『音楽は、音を楽しむもの、幸せ、夢、希望、平和を伝える最善の手段』だと…。震災当日は様々な方がMARZの安否を確認をしに来てくれ、本当に沢山の方々に支えられていると感じた僕は、STAFFと協議し3/18から“MARZ BAR"を開催しました。当日は、『待ってました!! 音楽に飢えてたんだ!!』という位音楽好きのたくさんの笑顔に逢えました。音楽の力を信じてみなさんが、また笑顔に、幸せになるように新宿歌舞伎町のど真ん中からSTAFF一同お祈り申し上げます。

メッセージ

2011年12月に10周年の節目を迎え、新しい形の近未来型ライブハウスとしてジャンルを特に限定せず幅広いアーティストにご利用して頂ております。東京に来た際は、是非お立寄り下さい。お待ちしております。

池袋LiveGarage Adm / 店長 豊島渉

http://www.adm-rock.com

執筆者プロフィール

勤続8年。Admの傍らバンド活動。よく「バンドとAdmとどっちが大事なの!?」と訊かれ「バカだなぁ。Admが大事に決まってるだろ」と優しく抱きしめている。

現状

震災後2~3ヶ月はバタバタしましたが、出演バンド、お客様、スタッフの力強い助けもあり、その後は落ち着きました。その節は本当にありがとうございました! 現在池袋の街は怖いくらい人が多く、いつも通りの日常を取り戻しています。メイドカフェ、アニメグッズ販売店、腐女子と呼ばれる方々等、ここ1年でより増えたような気がしますが、震災の影響かどうかは定かではありません。一時は池袋にたくさんいらっしゃった外国人の方々がちょっと減ったように思いましたが、最近はまた少しずつ増えてきて徐々に活性化しているように思います! そういうわけで、池袋は“特に現在まで引きずるような影響はないんじゃないかな?”というのが正直な所です。はい! 頑張ります!

メッセージ

バンドはやる奴とやらない奴の差がよりくっきり現れるようになりました。でもそれは震災があろうがなかろうが、実のところ弱肉強食の世界である事は変わらないと思います。ある意味ふるいにかけられたのかもしれません。精鋭揃いの池袋Admにぜひご来店ください。あと出演バンド大募集ですー。

banner05
banner_228 banner_top 浅井製作所 NCIS_banner4 new_umbro banner-umbloi•ÒW—pj