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~関東・東北地方音楽シーンの現状報告~ Vol.4

モノクロミライ / G.&Vo.滝川ヒロユキ

僕が今全力で愛すべきもの。当たり前の日常、小さな幸せ、大切な人、この手から生まれる音楽、そのひとつひとつが掛け替えのないものだと実感できた。

僕の生まれ育った場所は、宮城県石巻市。両親が暮らす街です。大学進学を機に茨城へ移り住んだ僕は、自身も被災し、不安な日々を過ごしました。

震災当日。僕は職場である茨城県内のショッピングモールで被災しました。停電、断水、そして次々に携帯電話から流れてくる被害の情報に、次第に自分の置 かれている状況を実感していきました。僕は小さな画面の中で、どんどん赤に染まっていく東北地方の被害を呆然と見つめるしかありませんでした。それ以降、 次々とバンドのメンバーや友人、お世話になっている方々がたくさん心配の電話やメールをくれました。とても嬉しかった。
故郷・石巻の被害の大きさを知ったのは、もっと後になってからの事でした。石巻は海に面した街で原発も近くにある。両親への連絡がつかないまま、自らも 身動きが取れない状況。唯一の希望と言えば、両親は教師だから震災の時は学校にいたはず! きっと学校に避難しているはず! これぐらいでした。不安で、不安で、押し潰されそうな夜が続きました。そして、ライフラインがすべて止まったまま迎えた3日目の朝。やっと兄弟から両親の 無事を聞くことが出来たのです。「生きていてくれてありがとう。生きていてくれて嬉しい」と心から思いました。その後、自宅に電力が復旧。変わり果てた故 郷の姿を初めてブラウン管越しに見た僕は、言葉を失いました。ようやく繋がった電話の向こうからは両親の力無い声が聞こえ、僕が家族5人で暮らした家が津 波で流されてしまった事、親戚の命が津波で沢山奪われてしまった事、それは聞いていられないぐらい痛々しいもので、僕は何と声をかけていいか分からず、す ぐにでも助けに行きたい気持ちと、それが出来ないもどかしさに胸が苦しかった。
僕は今回の震災で、「幸せの価値観」が大きく変わりました。僕の今までの幸せは、蛇口をひねれば水が出て、スイッチ一つで部屋中を明るく照らせる、そん な「当たり前」があった上での幸せだったと。職場の営業が休止となっている間、友人たちの差し入れや僕を支えてくれているみなさんの励ましの言葉がこれほ どまでに有難く感じたことはありませんでした。
震災から早4ヶ月、僕の住んでいる街は元気を取り戻して来ています。とは言え、あの「3月11日」も誰にとっても「当たり前に」過ぎるはずの日だったわけで。明日が来るか分からない今だからこそ、僕は自分の大切な人を、自分達の音楽を、全力で愛そうと思います。

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元アーティストマネージャー・A&R / 現スマートフォンアプリ企画開発 / 山本麻由

3月11日、twitterやfacebookから流れ出る「助けて」という文字を目にした時から私は動かずにはいられなかった。東京においても買い占めが起き、停電になるのではと混乱する日が続いた。正直、その状況から目を背けたかったということも動くきっかけになったと思う。

私は以前までプロダクションやレコード会社に勤めておりましたが、現在は定時に上がるOLに転身。しかし、震災後、支援活動をしていく中で以前担当していたアーティストや音楽関係者の方々と再会することに。

今回の震災で最初に連絡を取ったのは、こちらの特集vol.2でも寄稿されているNomadicRecordsの平山“two”勉氏。福島県在住のtwoさんはご家族と共に避難を余儀なくされているにも関わらず「自分の町の人たちを救うんだ」と動かれていたのです。それを聞いてじっとしているわけもなく、私もtwoさんのサポートをする形で行動を開始しました。救援物資が足りないということから、下北沢GARAGEさんにもご協力頂き、物資を集めることに。twitterなどのSNSを通じて呼びかけたところ、その情報を沢山のアーティスト達がキャッチしてくれて、さらに自分達のファンの方に向けて発信してくれたのです。GARAGEの楽屋が埋め尽くされるくらいの量の物資が集まり、3週間に渡って福島県の避難所となっている施設へと送りました。
それでもまだやれることがあるのではないか? と自問自答した結果、現地支援ボランティアに向かうことを決意。とはいえ、宿泊場所も確保できないどころかライフラインも復旧していないという状況も伝わっていたので、被災地の方に負担をかけないように個人で動くのではなく団体の一員として申し込むことに。GW1週間を使って、気仙沼と陸前高田にて瓦礫撤去や浸水した小学校・個人宅の片付けなどを行いました。その後も、1ヶ月に2度のペースで仕事が休みの週末を利用し、様々なNPO団体が運営しているボランティアバスに乗って気仙沼大島やいわきにて活動しています。被災地といっても地域によって状況は様々で景色も匂いも人々の心情も違いますが、一つ共通しているのは、助けを必要としていることです。ボランティアができることなんてしれていると思うかもしれません。確かに、重機があれば一発で片付くのにと感じる時もあります。だけど、その重機がないのです。ましてやそれを待っていたら何年かかるかわかりません。ならばできることからやっていくしかない、そんな熱い思いが被災地にいる方々から伝わってくるのです。
一度、被災地へ足を運んで欲しいと思います。必死に前を向き歩き出している被災者の方々からの力強いメッセージを受け取って欲しいと思います。私達はこの現実を受け止め、何十年、何百年と先の未来に伝える役割を担っています。
最後に一言。音楽は無力じゃない。一緒に活動した被災地の学生さんの携帯からは電池が切れるまで音楽が流れ続けていました。作品を待っています、ライブを待っています。私はそのようなメッセージとして受け取りました。被災地に音楽を届けられたらと思います。音楽関係者の皆様、よろしくお願いします。

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宇都宮HELLO DOLLY / ブッキング梅沢真実

執筆者プロフィール

高校卒業後、よく通ってたHELLO DOLLYにて勤務開始。

現状

地震発生時、LIVEはもちろんなくなり、キャンセルや延期が相次ぎました。
ライブハウス自体には特にヒビとかも無く、宇都宮の街自体もいつも通りでした。(福島県側、茨城県側は多少被害があったみたいですが…)
いろんな人のいろんな意見がありましたが、私達に出来ることをいろいろ考え、無料LIVEを開催したり、極力電気を使わないようにと工夫をしたりして翌週にはLIVEを少しずつ再開していきました。5月には、震災前のようにお客さんも、バンドたちも戻ってきましたが、節電の影響でいろいろ変わってきてるのも現状です。けど、足を運んでくれるツアーバンドや地元で頑張っているバンドマン、そして、それを楽しみに見に来るお客さんのために今、やるべきことを精一杯やって宇都宮を盛り上げていきたいと思います。

メッセージ

音楽の力ってほんとにすごいなと思いました。今、出来る事を皆さん精一杯やってください。
HELLODOLLYは9月で無事、12周年! いろいろな人たちに支えられここまできました。ありがとうございます。是非、遊びに来てください! いつも絶えない元気と笑顔でお迎えします!

盛岡CLUB CHANGE / ポディション・ FW背番号11 キングカズ / 中村 信也(なかむら のぶや)

執筆者プロフィール

ノブです。日本の皆さん宜しくお願いします。

現状

最初に、震災後の厳しい時期、真っ先に盛岡や沿岸地域に駆けつけてくれたアーティストが居たことを一生忘れません。
現在、盛岡だけを考えると震災後から約4か月経ち、仕事の面などようやく元に戻りつつありますが、震災後からの厳しい状況からまだまだ脱している訳ではなく、経済面などのマイナス面を取り戻すべく日々生きている状況です。
又、沿岸地域の復興への道のりはまだまだ長く、5年~10年と、かかります。
長い目で息切れせず、自分に出来ることを続けていこうと思っています。
ライブハウスとして、人として、明るく! 己がやれることしっかりやる。
それしかねーべや! なあ~兄弟。

メッセージ

子供の頃、アフリカの飢餓の現状がコマーシャルで伝えられていましたが今は皆無です。本当は何も変わっていない、ただテレビで流さないだけ。現場はすぐ傍にあり、俺が、あなたが、行動すれば見えるものを見ようとしないだけ。行動おこせ!! 野性を取り戻せ! (壬生狼)

CLUB 251 / 店長 河崎雅光

執筆者プロフィール

好きな言葉は『ニンニクいれますか?』251店長、wash? ベース担当。

現状

3/16からちょっとずつライブを再開することにした。251は『音POWER』音楽の力で日本に元気を!! を合い言葉に出来ることを少しづつやることにした。とにかく幸いにも元気がある僕らがやらなければならないのは音楽を奏でること、そして仕事をすること。経済を動かしてお金を生まないと何も出来ない。義援金すら渡せない。と思った。251の現状はおかげさまで平常に営業しています。下北にも日常が戻って来ています。だけど、ふと疑問を感じます。まだ終わってないと思う。まだまだ原発問題や復興政策の遅れなどで辛い状況の方は沢山います。子供達は大丈夫なのか? 問題は山積みだと思います。音楽よりも大事なものもあるはずです。一日もはやく復興が進み10年後20年後も安心して日常を過ごせるような日本になって欲しい。これから何をすべきか?が大事なんではないでしょうか。

メッセージ

とにかく今年は動きましょう! (笑)。それぞれの感覚でそれぞれに動いて結果よりも行動があるのみ。なんかそんな気がします。

新横浜ベルズ / ブッキングマネージャー / 小山宏一

執筆者プロフィール

気がつけば、この道26年目(ベルズは14年)になります。「長ければ良いというものではない」と、半分は理解しています。

現状

3月11日は交通機関がストップしたために、予定の公演をキャンセルしましたが、翌日より営業させていただきました。具体的な被害がなかった事、新横浜に関しては安全と思われる交通機関が確保できた事が判断の基準でした。但し、各出演者には、「物理的にも精神的にも無理をしない事」「ファンの方々にも、同じく無理をして来店しないよう呼びかける事」「節電モードを徹底する事(リハ無し等)」を了解していただいた上で、チャージの一部を自動的に義援金に充てさせていただきながらの営業でした。結果、動員は通常の半分以下でしたが、ほぼ予定通りのスケジュールで進行できました。7月現在は、例年通りの営業に戻っています。

メッセージ

個人的に、両親が原発避難地域に在住していた事で、被災地にも何度か足を運びました。無事でいた街のライブハウスに出来る事は「いつも通りのライブをやって、お客さんに元気な気持ちでいてもらう」「出来るだけの義援金を送る」、以上2点だと思っています。

LIVE HOUSE ANGA / 中台奈央美(ブッキングマネージャー)

執筆者プロフィール

ANGAと共に歩み早14年。日に日に酒も喧嘩も強くなり男と化す33才眉無し熟女未婚。

現状

お店自体は震災による被害はなかったですが、その後の相次ぐキャンセルで3月中はほぼ営業出来ず、先の見えない不安でいっぱいでした。もちろん開店して14年、初の事なので厳しいですが、もっと大変な地域の方もいらっしゃるので、これしきで悲鳴を上げてらんないです。あんがよ~。ただただふんばって楽しい空間を創るのみです。4月からはキャンセルも落ち着き、今は通常通りの営業をしています。出演者、お客さんに感謝です。この震災をきっかけに今迄当たり前の様に過ごしてきた毎日が当たり前じゃない事に改めて気づかされました。毎日を大事に、大切に生きています。これからもみなさんの楽しみの場所、空間になるように努めていきたいと思います。

メッセージ

明るく元気に楽しく、たくましく!! ANGAはいつでも憩いの場となるように元気満タンで一生懸命営業していきます。ぜひ心の栄養を蓄えに遊びにきてください。負けませぬ。

下北沢GARAGE / 出口和宏 / ディレクター

執筆者プロフィール

1996年入社。企画/制作・ライブハウス/レーベル運営。

現状

東北地方太平洋沖地震当日から2週間程度の公演は延期及び中止。営業再開に関してはお客様の安全確保を第一に、都度最新の情報をもとに当日判断。再開後、営業中の余震による演奏中止は幾度かありましたが、公演を楽しみにご来店いただいているお客様方や表現と真剣に向き合っているアーティストの方々のおかげで5月頃にはライブハウスとしておちつきをとり戻した様子です。被災地へボランティアとして訪れたアーティストも多数います。そして、今回の地震でわれわれの考えるライブハウスの価値が新たに更新された気がします。

メッセージ

東北関東大震災により被災されたみなさま、そのご家族の方々に心よりお見舞い申し上げます。みなさまのご健康と一日も早い復旧をお祈り申し上げます。そして、ぼくらの届ける音楽や気持ちが皆さんの素敵な明日に繋がっていけるようにがんばります。

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