音楽メディア・フリーマガジン

歯をなめんな!の巻

今年もいよいよ終わりですなあ。ほんと、あちこちで言われていることですが、今年はいろいろあった。ありすぎて何がなんだか、という気持ち。このジャングルライフの連載も3/11以降はどうしても震災について触れざるを得なかった。震災のインパクトはそれこそ今年だけじゃなくてこれから何年も語られていくべきことでしょう。実際まだその衝撃は大きい。過去のものではもちろん全くない。

実は震災とは別に僕個人的にも大きな出来事がありました。いや、震災なんかと比べものに全くならない些細なことなんですけど。しかもジャングルライフではこのことを全く触れぬまま半年過ぎてしまいましたわ。それくらい小さな、でも個人的には大きい出来事(笑)。あのー、5月に入院をしてたのです。生まれてはじめての入院、と思っていたんですけど実は先日父親に聞いたところ幼稚園の頃小児喘息で若干入院してたらしいのですが、まあそんな記憶はありませんから、記憶が固まってはじめての入院。その入院の理由が「歯と歯茎」。歯で入院。もっと大きなご病気や怪我で入院した人にとっては本当に申し訳ない話なんですけども。よく虫歯をこじらせたら人間死ぬで、という話は日常出たりするじゃないスか。生死のことはともかく、経験したから言いますが、歯はこじらせたら少なくとも入院、手術はするぞ、と言いたい。今回はこの入院のお話。
元はといえば昨年の年末に前歯の差し歯が取れちゃいまして、さすがに前歯が無いのは正月早々見場が悪いということで歯医者に行ったわけです。取れた差し歯をはめてください、という理由で。そしたらレントゲン撮られていろいろ診察されんですけどね、先生が言うには「差し歯はとりあえずはめますが、年明けても通ってきてもらえますか?」というお話。まあこの際だから他の歯も虫歯でどうしようもなくなっているようだし通いますか、くらいの軽い気持ちで了承したわけです。で、年明け。歯医者に行くと先生がこれからの治療説明というのをしてくださったんですけど、その際に、「あのーフカミさんの歯の生えている付け根が膿んでしまっているんですよ。それもかなり患部が大きい。ここで治療できる分はしますが、この膿溜りは歯科では処置ができないので大学病院の口腔外科に行っていただきたい。紹介状も用意しますので。」とのこと。いやはや歯で大学病院とはえらいことですなあ、なんて呑気に思っていたんですが、何度も歯科に通ううちに詳しく話を聞いていると、どうも状況が思うよりシリアスなようで。普通歯の根元の膿溜りみたいなものは差し歯の穴から治療薬を入れて治療するそうなんですが、僕の歯の根本に広がっている膿溜りは数本の歯の根本にまたがってあるくらい大きなものであるということ。そしてこの膿を治療しないとそのうち大変なことになる、と。それでもまあその時にはまださほど大きなことだとは思っていなかったんですよね。
そのうちに3/11。大学病院に行くきっかけを失い、しばらくそのままになっていたのですが、歯医者の先生が毎回「大学病院に行きましたか?」というのでついに行くことに。長い長い待ち時間を経てレントゲンを撮り、口腔外科の先生と面談したのですが、開口一番「すみませんが次回CTスキャンを撮ってきてください。」と。CTスキャンですか? 歯で? と思いつつ、その次の回にはCTスキャンを撮影。だんだん事が思うよりずっとシリアスなんだと思ってきたところで先生の衝撃的な言葉。「(CTスキャンの結果を見ながら)あなたの歯の付け根の膿溜りね、ここからここまで、この黒くなっている部分が全てそうなんですよ。これはちょっと特殊な状況です。」と前歯の左半分ほぼ全てを指差して言うわけです。さらに「さあ、いつ手術しましょうか?」と。手術ですか? 歯で? そしてどうやら手術後は数日入院してほしい、とのこと。歯で手術! 歯で入院!

手術の手順を聞いたら、これがもう無口になるような内容で。唇を持ち上げて歯と歯茎の間の部分を切って開き(痛たたたた)、膿溜りを全て除去して再び縫う、と。その際に前歯の差し歯の部分が残るかどうかはわからない。もしかすると差し歯にしている前歯3本なくなる可能性もある、とか言うんですよ、これが! ここにきてようやくこの自分の置かれている状況がシリアスなんだと気づきましたわ。ただ、手術は1時間あまりで終わるし、入院は顔が腫れるのと手術後の経過を見るためということで3日以内で退院は出来るから大丈夫、といわれてちょっとだけ持ち直しましたが。
すっかり気持ちが落ちて5月末の木曜日。僕は信濃町の大学病院に入院いたしました。入院病棟は昔からある古い病棟。6人部屋。まるでサナトリウムのよう。入院して4時間後、手から点滴を流されながら車椅子で手術室へ。手術室に入ると、よくTVや映画で見るような大きな部屋。歯と歯茎の手術でこの部屋かよ! と思ったら手術室に続々と白衣を着た男女が入ってくるのです。そう、ここは大学病院。生徒が僕の手術を見学しにきてたのでございます。ああなんか恥ずかしいぞ。
いよいよ部分麻酔から手術にとりかかるべく先生がやってきたのですが、手術直前に先生が、「あのー、手術中なにかBGMをおかけできますが、どうしましょうか?」といわれたので、室内で流れていた音楽をあらためて聴いてみれば(手術室に入ってからそんな音楽をまともに聴けるような状況ではございませんでした)、イージーリスニングアレンジをされた山下達郎先生の「クリスマス・イブ」のカヴァーが流れていたので思わず、「山下達郎さんが好きなのでこれでお願いします。」と答えたりして。
そこからまあ鼻と口だけが出るような布で顔を隠し、歯茎に部分麻酔の注射を打ち、麻痺してから手術がスタート。音楽は山下達郎からユーミンやらサザンやらのポップス・イージーリスニング・カヴァーが流れる中、何かの金属がカチャカチャ音を立てて自分の歯と歯茎のあたりをいじっているのですが、見えないから何をやっているのかわからない。麻酔がかかっているので痛くは無いけれど、時々先生が「××をとって。」とか「これは××だよな。」とかそういう言葉が音楽とともに遠くで聞こえている、奇妙な時間。そんな状況がしばらく続いていると、徐々に痛みがちょっとずつ戻ってきて。おいおい、大丈夫なのかこれは、と。歯と歯茎上では電気のこぎりのような音が鳴っているし、どんどん不安になっていく。そのうちとんかちで歯をガンガン叩かれ始めたりして。その頃には痛みがかなり戻ってきていたので、もうこれが痛い痛い! とはいえそれを言葉で伝えられないのでしょうがなく、「ううう」、とか「ああ」、とかそういう言葉を出すとようやく先生が「患者さんが痛がっているじゃないの。麻酔を追加して。」と言って処置してくれたので痛みは和らいだものの、それまでの痛みで泣いてやんの、俺! …まあ、人生で確実にトップを争う痛みでございました。

結局1時間の予定の手術は大幅に延長し、2時間近くかかって終了したのでございますが、不安だったのは前歯が残っているかどうかわからないということ。麻酔がかかっているし、歯があるかどうか確認の仕様が無い。すると先生が一言「ご苦労様でした。歯もなんとか残しましたから。」と。もうそれを聞いて、完全に脱力ですよ。手術室にむかう廊下では別に歩けるから車椅子なんか使わなくてもいいのにな、なんて思っていたのですが、もう帰りは絶対車椅子じゃないと無理! 病室に帰ってきて、点滴しながらようやく一息ついて1時間。すると看護士さんがやって来て、「フカミさん、食べられなかったら食べなくてもいいですから。」といいながら持って来た夕食、酢豚! 食えるか、こんなもん!! …えー、結局さらに1時間ほどして食ってやがんの、俺! 手術して2時間で腹が減って酢豚食ってしまう悲しい俺! そしてその日の夜。口の周りがなんだか違和感あるのでトイレに行って鏡を見てみたら顔の下半分が腫れあがって別人になっておりました。これはそりゃ大事とって入院だわ、とあらためて思った次第。翌朝、ふたたび看護士さんがやって来て持ってきた朝食、納豆! なんでこうとろっとしたものとかねばっとしたものを用意するかなあ、なんて考えながらやっぱり食べてしまう悲しい俺の腹! 昼過ぎにふたたび先生のところで診察を受け、その際に昨日の手術の内容を聞いたのですが、どうやら膿溜りの袋が歯の根本にこびりついていたので歯の根本をカットしたそうで、そのために電気ノコギリやとんかちを使ったそうでございます。怖い。想像するだけで怖い。唇を持ち上げて歯茎をカットして丸見えになった歯の根本をノミととんかちで砕いて取る手術。ただ術後はかなり良好のようで、翌日の朝診察したらもう退院してもいいですよ、と。結局入院、手術は2泊3日の短さで終わったのでございました。
まあしかしこの歯と歯茎の手術、聞いた話によると、虫歯の人がそれを放置しておくと菌が脳に回って、っていう話の「菌」の溜りを除去した手術だったのね。つまりこれが放置して脳に回って、ということを想像すると処置してよかったなあ、と思います。歯茎からよく出血がある人、なんだか風邪とかをひくと鼻と歯の間が痛くなったりする人、は一度歯医者さんで見てもらうのもいいかもしれません。僕も思えばそういう症状がありました。そして半年後の11月。術後経過のため毎月大学病院に行っていたのですが、手術直後は歯の上にぽっかりと黒い穴みたいなものができているのをレントゲン写真で見せられていたのですが、この部分が徐々に白く変化していっている(歯肉ができているそうでございます)状態で、このたび毎月行く必要がなくなりました。
人生(ほぼ)初めての手術の話でございましたよ。歯はこじらせたら少なくとも入院、手術はするぞ、ほんとに。

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