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矢沢永吉

矢沢永吉 SPECIAL LONG INTERVIEW

EIKICHI YAZAWA 40th ANNIVERSARY
SPECIAL LONG INTERVIEW

「やっぱりビートルズがリバプールから出てきてロンドンへ行って、世界にのし上がるシーンを見てブルブルと震える自分がいたから。“そういうものが今はあるのか?”と思うわけです」

Interview

●JUNGLE☆LIFEはライブハウスで活動するアーティストを中心に掲載している雑誌なのですが…。

矢沢:そういう活動をやっている人たちはどれくらいいるんですか?

●実数はわからないですが、矢沢さんが音楽を始められた頃の数百倍はいるんじゃないでしょうか。ライブハウスでは毎晩3~4バンドがライブしていますし、スタジオの数も驚くほど増えています。

矢沢:すごい。メチャクチャ多いんですね。

●メチャクチャ多いですね。そういう中には、自分たちで海外へツアーに出かけているバンドもいたりして。YouTubeを通じて知ったという現地の人たちから呼ばれて行ってみると、会場はほぼ満杯らしいんですよ。

矢沢:僕が感じるだけのことかもしれないけど、インターネットを通じて海外へ出たとしても最終的にはどこへ行くんだろうね? そういう時代が良いのか悪いのか、僕はよくわからない。腐るほど多くのバンドがいるなら、そこから出てくるのはよっぽど個性があるヤツなのか、よっぽどラッキーなヤツなのか、よっぽど良い曲に恵まれているのか…。かと言って今の時代背景を考えると、単に良い曲だから売れるというわけでもないだろうし。

●確かに。

矢沢:ライブハウスも雨後の筍のように、増えているんでしょ? そうなってくると、リスナーの数も限られてくるからね。その中で、今の音楽シーンのどこが好きでやっているのか? "音楽が好きだから"とか"ライブが好きだから"? それはそれで良いけど、そこから先の50歳や60歳になった時に何をしているのかな?

●今の時代性もあると思うんですけど、そこの意識が希薄だと思うんですよね。僕は40年前に高校生の頃、CAROLのライブを福岡の九電記念体育館で観たんですよ。あの頃からずっとロックバンドが好きなんですけど、今は数がたくさんありすぎて。

矢沢:それが良いのか悪いのか、っていうことですよ。僕も音楽家だし、ステージマンでシンガーだから、「どんな形であれ、音楽やライブが好きだからやっている。それが人生だよ」と言われたら、"それはそうだな"と思う。でも悪い言い方をすれば、「俺だったらステージに立てるだけではやらないね」と。だって、儲かりもしないのにやらないよ。もし今みたいな時代だったら、僕は夜汽車には乗らなかったかもしれない。

●ロックスターを目指して、故郷の広島から出てこなかったかもしれなかった?

矢沢:僕はその辺がハッキリしているから。「矢沢さんは音楽をそういうふうに見ているのか」と言われるかもしれないけど、僕は音楽が大好きでステージが大好きで、ビートルズを聴いて泣いたからね。

●音楽が好きでやっているという気持ちは変わらない。

矢沢:でも、そこには条件があります。たとえばサッカー選手にしても「俺のこの右足1本をいくらで買ってくれますか?」というものでないと、魅力は半分以下に下がりますね。最近はテニスプレイヤーにしてもボクサーにしても、「この腕をいくらで買ってくれますか?」っていうことを若い人たちが言うようになってきているから良かったと思う。誰かが「それを最初に言い始めたのは矢沢さんですよ」って、言ってくれたんですよ。当時から「俺の右腕をいくらで買ってくれるんだ?」と言っていたんだけど、あの頃はロックシンガーが金のことを言うと「それは違うだろ」と言われるような時代だった。でも僕は"そうかなぁ?"と思っていて。だって、ビートルズの本に「こんな俺たちでも一発当てたら、ロールスロイスを買える。世界中に別荘を持てるぜ」と書いてあるのを読んで僕は足が震えて、手が震えて、「Oh my God!」っていう感じだったんだから!

矢沢永吉2●アハハハ(笑)。

矢沢:"こんな俺たちでも一発当てたら、ひっくり返せるかもしれない"というところにブルブルと震えて、"よし、夜汽車に乗ってやろう"と思ったわけです。今の日本のライブハウスシーンは便利だと思うけど、商売の理屈から考えてもこんなにバンドやライブハウスが多かったら、ここからスーパースターは出てこないんじゃないですか? 出てきたとしても、形は違いますよね。「じゃあ、矢沢さんが思う"スター"って何ですか?」と訊かれたら、"こんな俺たちでも世の中をひっくり返せるんじゃない"という力を持っている人のことで。

●世の中をひっくり返せる力というのは?

矢沢:"力とは何か?"というとやっぱり、お金だと思います。お金の力というか、サクセスというか。自己満足のためにライブをやって、次の街へ行って…ちょっと待てよと。それが良いのか悪いのか、僕はよくわからない。ただ1つ言えることは、この時代に僕が広島で音楽を見ていたら、夜汽車には乗らなかったです。なぜなら魅力が半分以下だから。「矢沢さんのロック道は、常にそことリンクするんですか?」と訊かれたら、「サクセスとリンクしますよ。サクセスしないなら、僕は半分以下の魅力しか感じません」と。それはサッカーでもテニスでもボクシングでも同じ見方だし、だから今の日本サッカーからは世界的なスーパースターが出てきたんです。

●成功することに貪欲というか。

矢沢:世界には、貧困の国から出てきた有名な選手がいっぱいいます。その中の誰かが「この足で家族を食わせてやれるんだから、俺は絶対に勝ってみせる。おふくろに家を買ってやりたいんだよな」とか言っているシーンを見たりすると、"わかるなぁ~!"と思うんですよ。やっぱりビートルズがリバプールから出てきてロンドンへ行って、世界にのし上がるシーンを見てブルブルと震える自分がいたから。"そういうものが今はあるのか?"と思うわけです。

●今は色んなものが最初からお膳立てされていますからね。

矢沢:いつの間にか、こんな時代になっちゃって。ロックバンドを目指している若い人たちは、ちょっと可哀想だなという気がします。もちろん、ウチの娘(矢沢洋子)も含みますけどね。明けても暮れても100人から200人くらいのライブハウスでちょこちょことやって、車に揺られて揺れて…。「お父さん、知っている? みんな月に10万円や15万円で生活しながらやっているんだよ」って言われても、「それじゃ食えないじゃん」と。しかも15万円を定期的にもらえるならまだ良いほうだっていうし、夏フェスに出ている連中ですら半分くらいはバイトをしながらやっているんだっていう。それでもライブハウスに立ちたいから、みんなやっているんだって。だから、その時に「悪いけど、お父さんはこんなつまらないもののために夜汽車には乗れない」って言ったんです。"つまらない"ということを強調したのは、歯痒かったんだと思います。僕はステージが大好きだし、人の前で歌いたいから、つまらないわけがないんです。でも、愛しているからこそ悔しくて、そう言っちゃうんです。

●そういったところで、矢沢さんは誤解されている部分があるんじゃないでしょうか。著書を読んだり楽曲を聴いて、矢沢さんがおっしゃっていることの裏付けを紐解いていくと、僕はすごく素直な人だと思うんですよね。それに、上品なんですよ。でも言葉だけを捉えると絶対に誤解されるようなことをなぜ、してきたのかという疑問はあります。

矢沢:それが僕のエネルギーだったんですよ。みんなに誤解されたくないからとかキレイに見られたいからとかで、ドライバーでちょっと調節するなんて、ロックじゃないですよ。それに今おっしゃってくれて嬉しかったんですけど、ひょっとしたら僕の方が真っ直ぐだったのかもしれない。僕の方が曇りがなかったのかもしれない。だから昔、「なぜ芸能界に入って、歌手になろうと思ったんですか?」と訊かれた時も「お金が儲かるから」と言いました。そしたらインタビュアーが「え?」って、言うんですよ。普通は"こう訊かれたらこう答えるんだ"っていう教育を、昔はみんな受けてきたんです。「"ありがとうございます!"って、頭をペコペコ下げるんだ」って言われてきた。でも僕がケロッと「お金が儲かるって聞いたから」と言ったものだから、そのインタビュアーは驚いてしまって。それを見て"あ、そうか! お金のことだけ、言うとマズいんだ!"って気付いて、「音楽も結構好きです」って言っちゃったんです(笑)。

●アハハハ(笑)。

矢沢:そしたらインタビュアーは"What?"って感じで、変なヤツだと思ったんでしょうね。今度はニヤニヤしながら「じゃあ、矢沢くんはどの位置まで行きたいの?」と訊かれて。次はちゃんと答えようと思って「10m先のタバコ屋にキャデラックで乗り付けて、ハイライトを買える男になりたいです」って言ったら、そいつはズルッと崩れ落ちていましたね(笑)。でも、それはマジだったんですよ。僕はそこで「上に行きたい」とか「良い車に乗りたい」とか「絶対に成功してやる」とか宣言するヤツの方が、ホームランを飛ばすと思うんですけど。「あっちにもこっちにも良く見られたいし、周りにも誤解されたくない」というヤツはそこそこの打率で終わっちゃうんじゃないかな。一概に決めつけられないですけど、キレイ事じゃなく「俺はそこに行きたいよ!」って言い切っていいと思います。誤解されることは誤解されるだろうけど。でも、あの頃の矢沢って、トガっていましたね。

●すごくトガっていました。

矢沢:それがどこかクセになっていたというか、バイタリティになっていたのかもしれませんね。でも今の時代は、みんな何のために音楽をやっているんですか? 自己満足? ライブをやって、ライブハウスを儲けさせているんですか? そこで甘んじていたらダメですよ。「バイトしながらでも、ステージに立てるだけで満足なんです」なんて、一見キレイに見えるけど、58歳になった時にどうしますか? 好きな女ができて、子供ができたらどうしますか?

●そういうところまで考えてほしいと。

矢沢:去年の武道館でギターのトシ・ヤナギをメンバー紹介する時に、「18歳の時に羽田からギターとパスポートだけ持って、どうなるか全くわからないままロサンゼルスに行って、飛行機が離陸した時に"俺、英語もわからないのに本当に乗っちゃったよ!"って涙が溢れたという話を聞いて、僕が広島のプラットホームを出る時に"おいおい、俺は本気なのかよ? バカやってんじゃねぇぞ"って思ったのとよく似ていたんです」っていう話をしたんだけど、あいつは今ロサンゼルスでものすごく有名だからね。でも最初に行った時は本当にギターとパスポートだけで、英語も喋れないのに飛び込みで行ったんです。それから早何十年、今はTV番組なんかにもよく出ていて、"トシ・ヤナギ"って言えば向こうのプロデューサーでもみんな知っているんですよ。

●そんなに有名なんですね。

矢沢:その次に、キーボードのメンバー紹介になったんです。彼は娘が生まれて可愛くて可愛くて仕方ないっていうことを楽屋でも話していたので、「娘が可愛いだろ。大学までちゃんと行かせろよ」と言って。「いいか? これからミュージックビジネスに関わっていく中で抜けられなくなったからって、ぶら下がるようなことはするなよ。だったら早めに堅気になれ。昔みたいに日比谷の野音に出てキャーキャー騒がれて、女に食わせてもらいながらロックだロックだと言っていた俺たちの前任者たちみたいなことをするな。女ができりゃ結婚する。結婚すれば子供が生まれ、子供が生まれたら大学まで出して、ちゃんと一端の社会人にさせる。それでこそ、ロックが市民権をちゃんと得るということなんだ。"俺はマイクを蹴飛ばして子供を大学に行かせました"とか、"キーボードをガンガン弾いて子供を大学に行かせました"と言えてこそ、俺たちロックが市民権を得たということになるんだよね」ということを言ったんですよ。そういうことを自分が言っていた時だったから、余計に"いつまでやるのか?"という話とリンクするんですけど。このインタビューをそういう人たちが読んだらどう受け止めるかは知りませんが、好きな音楽をやってくださいと。僕も一緒です。ステージに立てたら十分。だけど、それでいいのは40代の頭まで。50代になってまで、ステージに立てたら十分なんて言ってはダメ。それはやっている自分自身が可哀想。じゃあ、一体どうすればいい? 「でも矢沢さん、俺はバンドをやめたくないっす」と言うなら、やめなきゃいいじゃないですか。"そういえば矢沢がこんなことを言っていたな"と、頭の片隅に置いておく。その意識も何も持たないでやるのと、頭のどこかに持っていくのとでは違いますからね。だから今回のインタビューの冒頭で、僕は「それが良いのか悪いのかはわからない」と言ったんです。音楽を愛しているからこそ、僕はこう言っているんだと思って頂けないでしょうか?

●わかります。

矢沢:ライブハウスを愛している、ステージを愛しているからこそなんですよ。我々って、水商売だから。水商売というのは、スタートを切った時にはキラキラしていますよ。僕らも22歳くらいの頃なんて、イイ女がいたら口説き放題だった。ライブ中に目と目が合って"あの女はイイな"って思ったら、歌いながら「ちょっと来い」って呼ぶんです。その女が踊りながら前に来たら「お前、後で楽屋で待っていろ」と言って、そのままその女をモノにしていましたよ。"ロックって最高じゃん"と思っていました(笑)。ジョン・レノンも書いていましたよね。キャバーンクラブの休憩中に行きつけのパブへ行って、ビールとポテトチップスとシンシアがいたら何もいらなかったという話。僕はすごくわかります。ちょうどジョン・レノンも20歳とちょっとの頃で、パブでワーッと盛り上がってからまたキャバーンクラブに戻ってロックンロールをやる。それでその先に何がある? 僕は先に言ったように、「娘が生まれたら大学にちゃんと行かせろよ」というところに行き着くんですよね。

●著書によると矢沢さんは40年前から著作権や肖像権についてもきっちり勉強されてきたそうですが、それは先々のことを考えて、ひょっとしたらこういう時代が来ることを予見されていた部分もあったのかなと思うんですが。

矢沢:それは"予想したから、こうした"ということではないんですよ。みんなと一緒に「行くぞー!」っていう時には"行けるはず"とか"行かなければならない"と思うし、チンピラで終わりたくなかったですから。予見はしていないです。ただ単に、僕はビートルズを崇拝していたから。ビートルズの本にそういうシーンが出てきたんです。ステージに立って、歌ってライブをやる気持ち。あのハッピーでキラキラギラギラする気持ちと同じくらいに、権利というものにも熱くなれというようなことが書いてあったんです。そのままの言葉では書いていなかったけど、そういうふうに僕には聞こえたんですよ。「ライブって最高だろ? 今日の夜も最高のステージをやるぞ! でも、これと同じくらいの比重で、肖像権に著作権に何から何までお前のものなんだよ。誰のものでもないんだぞ。人には取られるなよ」ということが書いてあるんですよ。僕にはそういうふうに読めたのであって、違うアーティストが読んだって何も感じなかったかもしれないですけど。

●"聞こえる"という表現を矢沢さんはよくされますよね。

矢沢:そういうふうに僕は感じたとか思ったという点では、他のロックシンガーよりも強く感じた部分はあったかもしれません。それもまた自分のポジティブなパワーに変えていったのかなと思います。そこから手探りでやっている内に、何か気に食わないと。僕はCAROLを結成して1年するかしないかという内に、メンバーと一緒に飲んでいる場合じゃないと思っていたから。1年経った頃には、まだ他のメンバーはみんなで飲んで「女をナンパした」とか言っていたけど、僕は裏方と飯を食っていましたからね。当時の担当マネージャーやレコード会社の人たちとかとね。僕はプロダクションの人間から、お金の匂いがしたんですよ。だから早くからCAROLのメンバーは、3人と1人に分かれていたんですよね。もしかするとCAROL解散の要因を作ったのは、僕かもしれない。僕もジョニー(大倉)たちと一緒になってやっていれば、解散はもう2年くらい後ろへズレたかもしれない(笑)。

●いやいや(笑)。矢沢さんはなぜ、そこで裏方に目を付けたんですか?

矢沢永吉3矢沢:お金の匂いというか、権利。そこには版権や著作権とかも絡むのかもしれない。何か"こいつらの方がズルいぞ"と、直感で思ったんですよ。だからステージに立って、言われた通りに歌っている場合じゃないなと。CAROLの頃には、もう僕は"コマになりたくない"と感じていたんでしょうね。後ろにいるヤツらは相当、うさん臭い会話をしている気がするなと。そいつらのコマにはなりたくない。コマになるってことは、侮辱だからね。

●でも元々は信じきっていたものに裏切られたところから、そういう裏付けを感じるようになったんじゃないですか? 初期の頃の矢沢さんには"信じる"というすごく純粋なパワーがあったような気がします。

矢沢:もちろん! 強くありました。

●だからこそ、その反動があったのでは?

矢沢:そうなんですよ。反動が凄かった。言い出したら長くなるから全ては言いませんけど、最初のマネージャーがお金に困ったという時に僕は言いました。「CAROLのこれとこれとこれの権利は、全部こいつに渡していいから」と。そしたらレコード会社の人が戸惑った顔をして「矢沢くん、本当にいいの?」って言ったんですけど、「今、事務所が困っていると言っているんだから、いいんだよ。やってくれ」と。それは"彼が立ち直ってくれないと、俺たちCAROLの行き場がないじゃないか"という方向でものを見たからで。僕はそいつに"事務所が困っているんだ"っていうことを散々に吹き込まれて、信じていたんですよね。後で調べたら、それは嘘だったんだけど。そんなふうに僕の純粋さを弄んだヤツらが当時はいっぱいいたわけです。それらも含めて、僕は鍛えられたのかもしれないですね。

●そういった経験も糧にしたというか。

矢沢:だけど今振り返ってみて、自己弁護するわけじゃないけど、僕の方が真っ直ぐです。その真っ直ぐさがあって、怒りをパワーにするという性格も含めて、後にソロシンガーになったところから色んなことを発信するようになったんですね。そこで先ほどおっしゃって頂いたように敵もいっぱいできたし、誤解する人も増えたんですけど、僕だって人間だから"人に誤解されたくない"とか"変に思われたくない"という気持ちはありましたよ。でも、そうも言っていられない。"こっちは忙しいんだよ"という気持ちも、どこかにありました。それで今この年になって、62歳で40周年というところまで来て振り返ってみたら"いいんじゃない?"と。誤解を解こうだなんて思うな。誤解されっぱなしで結構。

●僕はそれだともったいないと思うんですよ。

矢沢:でも、わかっている人はわかっているから。

●それはそうなんですけど、知らないままで過ごすのはもったいないなと思って。今回、僕は30年ぶりに『成りあがり』を読んだんです。正直言うと、『Are You Happy?』は初めて読んだんですけど、"もっと早くに読んでおけばよかったな"と思ったんですよ。

矢沢:あなたも誤解していたでしょ? (笑)。

●すいません、誤解していました…(笑)。僕も昔は一応バンドをやっていて、矢沢さんのファンクラブ会報誌にコメントを書かせてもらったことがあったんです。ちょうど『RISING SUN』(1981年)リリースの時で、僕は「矢沢永吉にちゃんと会えるような男になるぜ!」ということを書いていたんですよ。自分でも"いつかは会えるだろうな"と思っていた人にこうやって会えて嬉しいんですけど、だからこそもったいないと思うんですよ。

矢沢:僕が「誤解すればいいじゃん?」って今言ったのは、わざとなんですよね。それは僕だって本音の本音を言うと、好きで誤解なんてされたいわけじゃないですよ。誤解されたくないけど、上に向かって行く時に、日本のことわざでも"出る杭は打たれる"って言うでしょ? 人なんて誰でも、やっかみやら何やらあるじゃないですか。ましてや僕なんて、一般人じゃなくて、人に見られる仕事をしているでしょ? それだけで出る杭は打たれる。日本だけじゃないですよ。アメリカでも韓国でも、全部一緒ですよ。僕だって誤解は解きたい。人に変なことを言われたくない。だけど、こうやって晒し者にされてナンボの商売を選んだのも自分だから、"絶対に上に行ってやるから、待っていろよ"っていうのが、ちょうどCAROLを解散した頃ですよ。そこからはまさに"出る杭は打たれる"というようなことがいっぱいありました。

●はい。

矢沢:矢沢永吉に対しては、真ん中がいなくて。「矢沢、いいねー!! 俺は応援しているぜ!!」って言う人以外はみんな、「あいつは銭がどうした金がどうしたばかりの守銭奴で、ハッタリ野郎だ」と言っていますよ。でも僕は「お前の思う通りにならなくて、ごめんね」と。でも「今も矢沢さんはそれにこだわっているのか?」と訊かれたら、こだわっていない。こういう話になったから、あの頃はこうだったと話しているだけで。それもこれも含めて40年が経って今、僕はひとつ「サンキュー」と。何に対して言ったのかと言えば、運命なのか、オーディエンスなのか、この業界なのか。全てに対して何を言いたいのかといえば、純粋に「サンキュー」ですね。"スティル・ロックシンガー"で、まだ歌わせてもらっている。だからシンプルに「サンキュー」という気持ち。

●感謝の気持だけがある。

矢沢:40年目にして、この『Last Song』みたいなアルバムを書いちゃうんですよ。もう「サンキュー」だけですよ。僕らくらいに年をとってくると、もう悟ってくるからね。何を悟るかというと、あれだけ"あそこに行きたい"とか"あれを手に入れたい"とか思って僕がこれまでに作ってきたものも、何ひとつあの世には持っていけないんですよ。これが人生なんですよ。"負けねえぞ! 行ってやるぜ!"っていうのが人生なんですよ。だけど、年とともにだんだん丸くなってきて、「いいんじゃない?」と言うようになってきて。死ぬ時に誰か側にいる女性が手を握って「お疲れさん」と言ってくれて、「俺の人生、悪くなかったね」って言う。それで全部OK。そこで真実として、ひとつあるとすれば"ブレていなかった"っていうこと。絶対にブレていなかったっていうことだと、僕は思うんですよね。だから、あなたが「悔しいんです」とおっしゃってくれてうれしい。「もったいない」というのは、あなたの気持ちだったんです。あなたの中の僕に対しての想いが"悔しい"と思ったんじゃないですか?

●そうだと思います。矢沢さんがご自身でレーベルを立ち上げられたり、過去にメジャーのレコード会社から発売した音源をそこから再リリースされているのも、ブレていないからこそできたことなのかなと。

矢沢永吉4矢沢:レーベルを立ち上げようと思ったのは、こういうご時世になってきて"もういいでしょ?"って感じたところからなんですよ。これだけマジに走ってきたし、この何十年の間に武道館にも百何十回と立っていますよね。"もう自分のところで全部やっちゃおう。メーカー経由じゃないとレコードを出せないというのは、もういいんじゃない?"と。それによってメーカーにいた頃の半分くらいしかレコードが売れなくなったとしても、"それでもいいじゃない?"という気持ちで始めたんです。やってみたら、メーカーにいた時よりも倍近く売れました(笑)。

●そこでもちゃんと結果が出たわけですね。

矢沢:その前からウチは制作も自分のところでやっていますし、武道館参入も独自でやっていますから。そういう歴史があったからじゃないですか。独自で全部やってしまっているなら、もうメーカーを離れて、自分でやっちゃおう、やりたいようにやろうと。ある種、これも"面白いことをやっちゃおうぜ"という延長線上ですよ。やっぱり、"我が人生に悔いなし"というところに行かないとダメですね。

Interview:PJ

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