音楽メディア・フリーマガジン

ピロカルピン

“ありえないことなどない”と彼らの進化は物語る

 「“一度でもライブがやれたらいいな”と思っていた、何年か前の自分たちからしたら信じられないし、ありえないことなんです」

Review

3rdアルバム『宇宙のみなしご』を3月にリリースし、1つのターニングポイントになることを予感させたピロカルピン。ソールドアウトで終幕した初の東名阪ワンマンツアーは、音源以上の世界観で会場をまるごと包み込んだかのようなライブで、さらなる飛躍の可能性を感じさせるものだった。
そんな中で5月にはドラムのメンバーチェンジがあった。バンド名を伏せてのオーディションに「純粋に音源を聴いて“良い”と思ったから」(荒内)という直感的理由で応募してきたDr.荒内 塁が新メンバーとして加入。「1人目だったんですけど、いきなり“この人に決めてもいい”っていうくらい上手かった」(Ba.スズキヒサシ)という技術面はもとより、「“こんなに落ち着いている人は見たことがない”っていうくらい、自信がみなぎっていた」(Vo./G.松木智恵子)というメンタル面の強さもあり、あっという間にバンドにフィットしていく。それはまだ加入して間もないにも関わらずバンドの一員として、過去最大規模となる渋谷CLUB QUATTROでのワンマンライブ“幻聴シンポジウム vol.1”でその存在感を示し、ライブの成功に貢献したことからも顕著にわかるだろう。
この日のライブで行われたリズム隊によるセッションは、荒内のお披露目という意味だけでなく、「今までは松木と自分の2人だけがフィーチャーされることも多かったけど、あのセッションを通して“この4人のバンド”というイメージが伝わった気がする」(G.岡田慎二郎)という印象をも残した。荒内自身も「達成感があったし、バンドのポテンシャルが上がるのを感じられた」と言う通り、現場で観ていた筆者も過去最高に素晴らしいライブだったと思う。特にライブが終盤に進むにつれて、フロア全体が自然と一体になって盛り上がる光景は圧巻だった。
そんなフロアの様子に「大きい場所でやることは自分たちのモチベーションも上がるけど、お客さんに対してもプラスに働いていた」(松木)と実感したことも大きな経験となっただろう。まさに「4人みんなの想いとお客さんの想いも感じながらやれて、一体感のあるライブだった」(スズキ)という表現がふさわしい名演だった。また、「“一度でもライブがやれたらいいな”と思っていた、何年か前の自分たちからしたら信じられないし、ありえないこと」(松木)であり、「バンドマンにとっては1つのマイルストーン」(岡田)というクアトロでのライブを成功させたことは、確実に次への大きなステップとなったはずだ。
10月には“MINAMI WHEEL 2011”(FANJ twiceに出演)でピロカルピンとしては初の入場規制を引き起こし、関西でもその注目度が高まっていることを証明。メンバーが監修を手がけた初のオフィシャルバンドスコアも発売されるなど、シーン内での期待値も上昇している中で、ピロカルピンとしては初となる3曲入りEP『青い月』を11/23にリリースする。「クアトロでのライブが終わって本人たちもスタッフもモチベーションが上がっていたので、“この勢いのままでどんどん行こう”となった」(スズキ)ということで、7月下旬から新体制で制作が始まった今作。
「最初の元ネタができてから曲が完成するまでの時間は、今までで最速かもしれない」(松木)というタイトル曲「青い月」は、ライブで得た感覚を反映するかのような高揚感溢れる1曲だ。「ピロカルピンの中でもかなりストレートなギターロック」(岡田)とは言うものの、松木のソングライティングセンスが際立つ、流れるような美しいメロディは彼ららしい“王道”的風格を漂わせている。以前は「ありえないと思っていた」という自らの経験と、「絵本のようなファンタジー色の強い歌詞を書きたいと思っていた」(松木)という想いを反映した、幻想的なだけではない歌詞の世界観もまさにピロカルピンの新たな王道と言えるだろう。
それとは逆にM-2「オペラ座」は、冒険的な試みを感じさせる異色の楽曲だ。岡田が「元々は持っていたんだけど、これまでのピロカルピンでは出していなかったニューウェーブやサイケ、シューゲイザーの要素だったり、ちょっと過激な部分も見せてみようというところからのスタートだった」と語るように、これまでのピロカルピンでは見られなかったダークでアヴァンギャルドな雰囲気を漂わせる。「劇場でオペラを観ている人が劇中の世界にすごく引き込まれている時の心象風景」(松木)を表現したという歌詞とサウンドが合わさり、ライブでの陶酔感にも似た非日常的体験をリスナーにもたらす。そして、過去の自主音源からの再録となるM-3「祈り」は、初期楽曲ならではのピュアでとんがった松木の感性がキラリと光る1曲。「根底にあるものは今と同じだから、歌っていても違和感はなかった」(松木)という通り、ピロカルピンの原風景が垣間見えるシンプルな楽曲でありながら、他の新曲2曲とも自然に共存している。
EPということであえて1曲ごとの方向性を明確に打ち出したことで、彼らが持つ表現の幅が明確に見えた今作。「確実にバンド内の空気は良くなっているし、バンドの状態も今までで最も安定している」(松木)という言葉には、今後へのさらなる期待を高めずにはいられない。リリース後の12月に東名阪で予定されるレコ発ワンマンツアー“once in a blue moon”では、イベント名が暗示するように“めったにないこと”が見られるかもしれない。そして、『青い月』というタイトルに込めた“ありえないことなんてない”という想いがある限り、彼らはまだまだ進化を続けていくだろう。

Text&Interview:IMAI

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