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the pillows

永遠に心を揺らし続けるロックンロールの響きがまた新たな物語の幕開けを告げる

pillows_main昨年の9/16にシングル『ハッピー・バースデー』をリリースしてから始まった、the pillows(以下ピロウズ)の25周年イヤー。今年2月にはトリビュート・アルバム『ROCK AND SYMPATHY』、3月には過去の映像集といった作品リリースだけではなく、第1期と第2期の再現ライブ/ツアーも行うなど、アニバーサリーならではの活動を彼らは繰り広げてきた。そんな1年を締め括るかのように9/17のシングル『About A Rock'n'Roll Band』に続けて、10/22には遂に待望のニューアルバム『ムーンダスト』をリリースする。前作のオリジナルアルバム『トライアル』からは約2年9ヶ月、その間には1年以上にも及ぶ活動休止期間を経て、再びアルバムを完成させたバンドは今どんな状態にあるのか? その答えは今作を聴けば、明快に伝わってくるだろう。紆余曲折ありながらも25年を超えた今も共に音を鳴らす3人の音は、“永遠”というものの存在を信じずにはいられないほど絶えず心を揺らす。あの日に出会ったロックンロールの引力はずっと万能で、道なき道を歩き続ける男たちの前に新たな道筋を照らし出している。

INTERVIEW #1

「13歳の頃はラジオばかり聴いていたんですけど、“ロックっていう、こんなにも素晴らしい世界があったんだ!!”という感じで。そこから頭がおかしくなったみたいに音楽を聴くようになったんですよね。心を全て鷲掴みにされたというか」

●まず、昨年9月16日(※結成日)にM-6「ハッピー・バースデー」をシングルとしてリリースされたわけですが、そこからピロウズの25周年イヤーが始まるという意識はあったんでしょうか?

山中:そういうことにしようって思ったんですよね。曲自体はソロアルバム『破壊的イノベーション』(2013年2月)の制作時には既にできていて、最初はそこに入れるつもりだったんです。でも途中でピロウズの(活動休止からの)復活がちょうどアニバーサリーと重なることに気付いたので、その前にこの曲をソロでやったらおかしなことになってしまうなと。そこからちょっと(内容をアニーバーサリーに)寄せた感じですね。

●最初はアニバーサリーを意識して作ったわけではなかったと。

山中:部屋でギターを持って作っている時は、アニバーサリーソングだとは思っていなかったです。M-10「ムーンダスト」もその時期に作っていたんですけど、逆にこの曲はアニバーサリーソングになるなと思いながら書いていたんですよ。ピロウズを思い浮かべて“バンドソング”として歌詞を書いたので、最初からソロでやろうとは思っていなかったですね。

●ソロアルバムの制作時から、既にピロウズとしての新曲も作っていたんですね。

山中:M-5「プレイリー・ライダー」は最初ソロでやろうかなと思ってセッションしたら、しっくりこなくて。ピロウズでセッションしてもこれまたしっくりこなかったんですけど、そこから方向性を変えてビートをシャッフルにしたら良くなったんですよ。

●元々はシャッフルじゃなかった?

山中:最初は16ビートだったんですよ。「ピロウズでやったら良いだろうな」と思ったのでソロではやらなかったんですけど、16ビートのままだとピロウズでもダメだったという…(笑)。どうしたら良いのかと考えた時に、「ピロウズはシャッフルが得意だったよな」と思い出して。それで試しにセッションで合わせてみたら、「これは行ける!」っていう感じでしたね。

●活動休止を経て再開してからは、バンドの状態も良くなっていたんでしょうか?

山中:そこは何というか…。(活動休止前は他のメンバーが)プレイヤーとして当たり前の最低限なことすらもしなくなっていたので、それを普通にするようになったという感じで。

●当たり前のことというのは?

山中:要は情熱を持って、音楽を作っていくっていうことなんですよ。情熱が感じられたら、結果的にシンプルなコードを弾いているだけでも良いんです。色々考えた上で「これで良いよね」というものなら、それで良い。でも(活動休止前は)ただサボっているだけのように感じられてしまったのが嫌だった。だから今は“すごく良くなった”んじゃなくて、“普通になった”という感じですね。“正気に戻った”というだけで、急に別人になったわけじゃない。僕自身も、別人になることは望んでいないから。

●バンドとしてあるべき姿に戻れたからこそ、M-4「About A Rock'n'Roll Band」みたいな曲が生まれたのかなと思ったんですが。

山中:それは「メンバーがこうなったから」という理由で、作っているわけではないですね。ただ、ピロウズに持っていく曲というものを考えた時に、「G.真鍋(吉明)くんと(Dr.佐藤)シンイチロウくんがやりやすいものを持って行こう」というモードチェンジは自分の中でありました。オルタナティブな曲に関しては、自分の頭の中で着地点が見えて作っているんですよ。だからサウンドも含めてのオルタナティブ・ミュージックなんですけど、それを2人に望んでもどうしても難しくて…。逆に「About A Rock'n'Roll Band」みたいな、すごくシンプルなアレンジの曲を(ピロウズには)持って行くようになったんです。

●歌詞の内容も、バンドの状態とリンクしているわけではない?

山中:ロックと出会った時の歌というのは今までに何曲も作っていて、そういうものを“また作ったよ“という感じですね。

●「ハッピー・バースデー」が25周年イヤーのスタートだとしたら、今年の9/17にシングルでリリースした「About A Rock'n'Roll Band」はその締めくくりなのかなと。

山中:締めくくりというか…、その時はもう「ハッピー・バースデー」を作ったことも忘れていましたね(笑)。でもアニバーサリーソングにしたいなとは思っていました。最初は逆だったんですよ。「ムーンダスト」をシングルにして、『About A Rock'n'Roll Band』っていうタイトルのアルバムにしようと思っていたのが途中で逆になった。

●「About A Rock'n'Roll Band」も、アニバーサリーソングを意識して作ったものではあるんですね。

山中:最初に意識して作ったのは「ムーンダスト」だったんですけど、来年も再来年もさらっとやれる曲のほうが良いなと思って。20周年の時に作った「雨上がりに見た幻」(2009年9月/29thシングル)は壮大なロックバラードで、とても気に入っていたに結局それ以来あまりやっていないんですよね。たとえば夏フェスでの40分のセットリストには組み込みづらい曲というか。だから今回は、来年も再来年もピロウズのニュースタンダードとしてやれるものにしようと。感動的なものというよりも、軽やかなものにしようっていう意識だったかな。

●ロックと出会った時の衝撃を表現するような曲になっている。

山中:13歳の頃はラジオばかり聴いていたんですけど、「ロックっていう、こんなにも素晴らしい世界があったんだ!!」という感じで。そこから頭がおかしくなったみたいに音楽を聴くようになったんですよね。心を全て鷲掴みにされたというか、その時の感覚かな。こういう曲はちょいちょい作るんですけど、また違う切り口で歌詞が書けて良かったなって。

●今までも書いてきたテーマを別の切り口で書けた。

山中:こんなにストレートに書いたのは珍しいかな。今まではもうちょっと自分なりのポエトリーな感じで表現することが多かったけど、この曲は誰が聴いてもわかるロックンロールだから。こういう感じはちょっと珍しいかもしれないですね。

●確かに今回はM-7「アネモネ」の歌詞なんかもすごくストレートに感じましたね。

山中:でもそれはこうやってインタビューを受けて初めて気付いたことで、自分ではストレートだと気付いていなかったんです。M-8「Song for you」やM-9「メッセージ」についても、そう言われて「あ、本当だ!」みたいな…。もう色々やり尽くしたんですよ(笑)。何周かして、今はまたこういうモードになったんでしょうね。

●収録曲を書いた時期は近いんですか?

山中:バラバラですね。特に古いのは「Song for you」で、最後に曲順を並べた時に“「アネモネ」から「メッセージ」へとつなぐ曲を”ということで用意したんです。いつ作ったのかは覚えていないんですけど、MDで残っていたものなので相当古いんじゃないかな。歌詞は「アネモネ」からストーリーが続くように考えながら、最近書きました。

●流れを考えて、後から付け加えた曲もある。

山中:曲順に沿って聴いた時に「ん〜…。ここが納得いかないけど、他に方法がない」となることがこれまでもあったんですけど、今回は「プレイリー・ライダー」から「ハッピー・バースデー」の部分がどうしてもダメで。色んなパズルの組み合わせを考えてみた上で、お互いを活かすにはこの順番しかないと思ったので「プレイリー・ライダー」にアウトロを後から付けたんですよ。それによって、「ハッピー・バースデー」への流れがしっくりくるようになりましたね。

●楽曲間のつながりを良くするために、アウトロを付けたんですね。

山中:そういう発想は自分1人じゃ生まれなかったものかなと。若手のプロデュースをする中で、本人たちの出してきた曲が「ん〜…」っていうものだった時に「じゃあ、こうしない?」って提案したりするんですよ。そこで経験を色々と積んでいって、そういう発想になっていったのかな。

●最近もTHE BOHEMIANSの新作をプロデュースされていましたが、そういう中で得られるものもあるんですね。

山中:もちろんあります。とにかく誰かと真剣に音楽を作るっていうことからは、色々と影響されますね。採用されるかどうかは別として、自分がやってみたいことも「こんなのはどうかな?」っていう感じで提案していくんです。ピロウズだけやっているのとは経験値が違ってくるので、今思えばそこも他の2人とはズレが生じる原因だったのかもしれない。ソロやTHE PREDATORSもやって、プロデュースもしている自分と、主にピロウズしかやっていないメンバーとではスタジオワークの経験値が違いすぎて。そこの不満が溜まっていったのもあるかな…。

●活動休止はそういう部分でのガス抜きみたいな意味もあったのでは?

山中:1年休もうとは決めていたので、逆に言えば必ず再会することはお互いにわかっているわけですよね。20年以上も嫁と一緒にいて、1年間だけ浮気しても良いとなったら絶対ドキドキするでしょ(笑)。別に離婚するっていうわけじゃないし、遊びの方が楽しいから。

●それはそのとおりですね(笑)。トリビュート・アルバム『ROCK AND SYMPATHY』(2014年2月)を出して、若いバンドとツアーをまわったのも良い刺激になったんじゃないですか?

山中:あのツアーはすごく楽しかったですね。もうワンマンはやりたくないくらい、楽しかった(笑)。トリビュートに参加した若手は強敵ばかりなので、とんでもなく良い音と技術力でブチかましてくるわけですよ。それを観てから自分たちがステージに上がるのも良いんですよね。

●負けていられないというか。

山中:音楽力では負けているバンドはいっぱいいたし、悔しい感じはありましたね。でも悪いけど人間力は圧倒的に勝っていたから、ステージへ上がる時に不安はなかったです。ステージに立つということに関しては、いくら技術や人気があってもそういうものとはちょっと別というか。

●技術や人気だけでは計れないものがある。

山中:そういう意味では逆に“Born in The '60s”っていう先輩たちとのツアーは、いつも敗北感しかないんですよ。怒髪天とTHE COLLECTORSとTheピーズとTOMOVSKYっていうキャラが濃い人たちがステージをめちゃめちゃに荒らした後で、最後にピロウズが出ても全然盛り上がらないっていう(笑)。もちろん楽しいし、僕らの音楽力が上回る日もあるんだけど、人間力で負けている人ばかりなので「チクショウ!」ってなる。

●そこはキャリアの長さには勝てないですよね(笑)。

山中:キャリアもあるし、やっぱり30年とかを超えて今でも活動を続けている人たちというのは能力のある人しか残っていないんです。能力がない人は淘汰されて消えちゃう世界で、それでも続けている人は絶対に能力があるわけだから。

●そんな選りすぐりの人たちの中で一緒にやることも刺激になる。

山中:「悔しい!」っていう思いが刺激ですよね。自分も46歳を目前にして、「歳を取ったな」と思うわけですよ。でもそれよりももっと歳上の先輩たちがカッコ良いロックバンドとして君臨しているので、「まだ大丈夫だ」って思える。兄さんたちがあれだけやれているんだから、僕も来年も再来年もやれるんだっていう勇気をもらえますね。

INTERVIEW #2

「明日もし誰かが死んでピロウズが解散しても、25年間で味わった喜びや達成感は自分の中で永遠だなって思うんです。僕らに愛情を注いでくれて、僕らの周りにいてくれた人たちも含めて普遍的なものだなと」

●そして活動再開後は第1期と第2期の曲を再現するライブもそれぞれやったわけですが、そこで得られたものもあったのでは?

山中:第2期のツアーでは、真鍋くんのプレイが相当冴えていたんですよね。彼はポップ・ミュージック寄りの曲をやると、すごく上手くて。そこは絶対、僕にはできないことだと思いました。活動を始めた当初は僕の演奏能力がまだ低かったわけで、ピロウズの前半は本当にメンバーが支えてくれていたんだなっていうのを改めて感じられたのはとても良かったです。

●特に第2期の曲は難しそうですよね…?

山中:もう難しすぎて「昔の自分は何でこんなことができたんだ?」って思うくらいで、ツアー前のリハーサルがすごく大変でした。若いミュージシャンってそういうものだと思うんですけど、演奏で「なめんなよ」感を出そうとするっていう。あえてすごくややこしいことをやっていたので、難しかったですね。

●そういう「なめんなよ」感を意識せずに、「About A Rock'n'Roll Band」みたいにシンプルなロックンロールができるのは今だからこそなのかなと。

山中:でも第3期になってからはもう大体そういう感じだったかな。第2期の終わり頃にデビュー直前のミッシェル(THEE MICHELLE GUN ELEPHANT)のライブを観ることがあって、とてつもなくカッコ良かったんですよ。そこで「あれっ? 俺たち、どうしちゃったの?」って我に返ったんです。カッコ良いものが好きでロックを始めたはずなのに、いつの間にか余計なことをすごく考えているなっていう。評論家対策みたいなものが頭にあったけど、「そんなことはどうでもいいよ」と思えるようになって。そこからちょっと変わったんですよね。

●いつの間にか、音楽をやるのに余計なことを考えてしまっていた。

山中:「あんなにTHE BLUE HEARTSとかに夢中だったのに、俺はどうしちゃったんだ? なんでジャズをやっていたりするんだ?」と思って、目が覚めたんです。「パッと頭に浮かんだものをやればいいじゃないか」っていうのが、第3期の前半だったのかな。後半はオルタナティブに夢中になりすぎて、アイデアがあれば技術的なすごさはいらないと思うようになっていって。オルタナティブ・ミュージックは時代も国境も超えるものだと思っていたし、それを「日本からピロウズが世界に発信するんだ」っていう野望があった。

●第3期の中でも転換点があった。

山中:実際にそれをやり遂げたと思うから、オルタナティブ・ミュージックにこだわってやって良かったなとは思っていて。でもそれをいったん捨てたというか。「真鍋くんとシンイチロウくんが楽しんでやれるものに僕が寄せなきゃダメだ」っていうモードになって、もっとシンプルなもので良しとしようという方向性に変わりました。

●そういうマインドで作ったのが今回のアルバムということですよね。

山中:ピロウズなりのロックンロール・アルバムということは考えていました。“ロックンロール”と言っても、幅が広いじゃないですか。チャック・ベリーみたいな本当のロックンロールはやらないし、The Birthdayみたいなゴリゴリなこともできない。でも「オアシスの初期って良かったよね」という感じで、「あの時代のロックンロールがカッコ良い」という感覚がピロウズにはしっくりくるんですよね。その辺がフィットすると思うし、そういう“ロックンロール”感かな。

●オルタナティブ・ミュージックにこだわっていたところから、そういうニュアンスでのロックンロールに今は変化してきている。

山中:オルタナティブをやるとどうしても、僕のソロと化してしまうんですよ。それは良い結果を生まない。音楽としては良い結果を生んだけど、曲を作るまでのプロセスとしてバンドの健康状態を損ねるし、僕の気分も良くないっていう。そういうものなんだということを受け入れてやるしかないと、今は思っているんです。

●ピロウズとして表現するのに一番向いている形が、ロックンロールというか。

山中:本当はもう1つ向いているものがあって、それは今はもう消えてしまった“ブリットポップ”と呼ばれるものなんですよ。でも今やると古さを感じるので、そんなにやりたくないなっていう。ザ・ストーン・ローゼズなんかは永遠にカッコ良いんですけど、ブリットポップに憧れたバンドがいて、それに憧れたバンドがいて、またそれに憧れたバンドがいて…とひ孫みたいな音楽になってくると「ちょっとダサいな」って感じてしまうから。

●確かに(笑)。

山中:でもロックンロールはもっと普遍的なものだと思うので、新しいも古いもなくて。たとえばチャック・ベリーみたいな曲をやったとしても、音を出す人間がカッコ良ければ良いんですよ。音を出す人にロック感があれば、絶対にカッコ良くなるから。今はそういう感覚ですね。

●“ロックンロール”自体も色んなものを含む大きな言葉だから、普遍的にもなるというか。

山中:たとえばグリーン・デイなんかはジャンル分けするなら、きっとメロコアやパンクロックと言われると思うんですよ。でもパンクロックはロックンロールの中に入っているものだし、「じゃあ、ロックンロールでしょ?」って。そういう
幅の広い言葉ですよね。こてこてのロックンロールはアルバムで1曲くらいは書けても、それを10曲は書けないし(笑)。

●「ロックンロール・アルバム」と言ってしまうことで、チャック・ベリーみたいな音を想像する人もいるかもしれないですけどね(笑)。

山中:そういうものは作らないですよ。「アネモネ」なんかは、ロックンロールじゃないですからね。でも良い曲が書けたと思うから、アルバムに入れてしまうわけで。“オルタナティブ”ではないと思うんですけど、“ロックアルバム”と言っても伝わらないかなと。“ロックンロール”とまで言った方がもうちょっと気分が伝わるのかなと思って。

●そういう感覚を「About A Rock'n'Roll Band」みたいにシンプルでストレートな楽曲は象徴している?

山中:自分の中ではそういうものとは違うタイプの曲も書いちゃっているんですけどね。ツインギターで面白いアイデアの曲を作ったりして、それをやりたい気持ちはすごくあるんです。でもそれをピロウズには持っていかないと決めたから。自分が聴くために録音して、どこかで聴けるようにしようかなと思ったりもするし、そういう音楽的な欲は消えていないんですよ。ただ、ピロウズはこうやっていくのがベストだっていう判断をしたっていうことなんです。

●ピロウズとして、最適なやり方を発見したというか。

山中:そういうことです。ちょっと何かを諦めた悲しみが自分の中でありますけど、ネガティブな方向には目を向けないでおこうって。楽しい方向に目を向けて進むしかないっていう感じですね。

●これだけ長く続けてきても、音楽を作る楽しさは今も変わらない。

山中:発表していない曲を山ほど書いちゃってるんです。とにかくたくさんある中で、(アルバムには)そこから選んでいく感じですね。絶対にやらないソウルの曲とかも作っちゃうんですよ。

●それは今のピロウズではできないですよね…。

山中:THE PREDATORSでもやらないし、やる場所がないんです。でも作るのが好きだし、作っていることで僕の中では何か意味があるから…、もう趣味ですね。

●どんどん曲が生まれてくる。

山中:歌詞は大変なんですけど、音楽に関してはずっと良い曲が書けるんじゃないかと思っているんです。歌詞については、歌いたいことの幅がそんなにないから。自分の人生のこと、ラブソング、バンドのことっていう3つくらいなんですよね。そこから色々と角度を変えて作っていくっていう作業なので、歌詞は苦しくて。

●テーマが限られていると、やはり大変ですよね。

山中:好きな単語や表現もガンガン使い終わった後ですからね。でも歌詞に関しては、今までやっていないことをやろうとは一切思わないんですよ。思ってもいないことを歌うというのは意味がわからないし、たとえば“Twitter”や“スマホ”みたいな新しい言葉を入れたりもしない。時事ネタを取り扱うのは基本的に歌謡曲だと思っているので、そういうのはイヤなんです。

●だからこそ10年後に聴いても心に響くような、普遍的な歌詞になっているんだと思います。あと、これまでに発表した曲の歌詞を連想させるような部分も、今回の曲には出てきますよね?

山中:そういう部分はありますね。たとえばM-1「Clean Slate Revolution」の“飛行船”は「ハイブリッド レインボウ」のジャケットや歌詞の内容を意識したものになっていて。手塚治虫の漫画って、色んな物語にロック・ホームやヒゲオヤジが出てきたりするじゃないですか。僕はそういうのが好きなんですよ。どの曲も同じ主人公が歌っているものだと思っていて、僕から切り離した曲ではないというか。ずっと“山中さわお”という人間が歌っているストーリーになる曲の割合が多いのかな。全曲じゃないですけど、それは今回も意識的にやりました。

●ピロウズの代表曲的な「ハイブリッド レインボウ」を想起させるフレーズが、25周年アニバーサリーの最後を飾る作品の1曲目に入っていることに深い意味を感じたんですが…。

山中:そこは意識していたと思います。でもアニバーサリーというよりは、活動休止から復活して最初のアルバムっていう感覚なんですよね。「また行こうぜ」っていう。“Clean Slate”は“真っさらな状態”という意味なので、「色々あったけど真っさらな状態でまたやっていこうぜ」っていう意味で書きました。

●活動休止をしたことで一度真っさらな状態になってからの、新たなスタートという感覚がある。

山中:この曲に関してはそうです。「ムーンダスト」は特にアニバーサリーを意識して書きましたけどね。

●「ムーンダスト」をアルバムタイトルにした理由とは?

山中:このアルバムの曲でどれかをタイトルにするとしたら、内容的にも絶対「ムーンダスト」だと思ったので迷わずこれにしました。“ムーンダスト”というのは青いカーネーションの名前なんですけど、花言葉が“永遠(の幸福)”なのでそこもアニバーサリーに相応しいなと思いましたね。

●“永遠”というニュアンスで使っている。

山中:若い時に思っていた“永遠”とは感覚が違うんですよね。若い時の“永遠”っていうのは物理的なもので、“本当に永遠”っていうか。今はそうじゃなくて必ず肉体も滅びるし、人間は死ぬし、バンドも良い方向に想像してもあと5年くらいだと思っていて。…解散はしないですよ。でもこのペースのまま現役でやれるのは、希望的観測をしてもあと5年くらいだと思っているんです。物理的に永遠ではないなと。

●そういう中で今思う“永遠”とは?

山中:明日もし誰かが死んでピロウズが解散しても、25年間で味わった喜びや達成感は自分の中で永遠だなって思うんです。僕らに愛情を注いでくれて、僕らの周りにいてくれた人たちも含めて普遍的なものだなと。ザ・ビートルズには未だにファンがいるような、そういうニュアンスの“永遠”ですね。

●いつまで経っても人を魅了するし、感覚の中ではずっとなくならないものというか。

山中:たとえば解散してから音楽をやらなくなったとしても、ジジイになった時に「山中さんって何をやっていたの?」と訊かれたら、絶対に「ピロウズをやっていた」って言うと思うんですよ。「バンドをやっている人生だった。僕は音楽で生きていたんだ」って30年後も絶対にそう言うと思う。ここから(若い頃に働いていた)印刷屋に戻って何十年か働いたとしても、「僕は印刷屋だった」とは言わないと思います。「ピロウズは自分の人生で、ロックバンドが自分の人生だった」っていう答えは出たっていうことですよね。

●10/4のthe pillows 25th Anniversary NEVER ENDING STORY “DON'T FORGET TODAY!”があって、リリース後の11/30からは今作のツアーも予定されています。それを前にして、今はどんな心境なんでしょうか?

山中:ビジネス的にはこのアルバムを25周年を締め括る最後の作品という位置付けにしていると思うんですよ。でもメンバーの気持ちとしては(25周年は)10/4で終わって、26年目に入るアルバムだと思っていて。曲を作ってレコーディングしたのは25周年の期間なんですけど、僕ら自身の気分はそっちかな。「新しいアルバムが出て、それを持ってツアーをまわるよ」っていうところで、また新しい幕開けだと感じています。

Interview:IMAI
Assistant:馬渡司

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