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アンドウヒロム

SNSで簡単に繋がる現代で、詩人音楽家は孤独の価値を考える

アー写10代から詩や曲を書き始める。その後ダンスを始めてニューヨークでCharles Goddertz氏にタップダンスを師事し、帰国後は“詩人音楽家”として活動。アンドウヒロムは詩や歌、ダンスなど表現の手段を問わず活動するユニークな存在だ。SNSがインフラになった現代の、他者の評価が過剰に価値を持つ在り方に疑問を投げかける作品『孤独からのアルカタチ』をリリースし、今の時代だからこそ“孤独”の価値を提唱するアンドウ。新作のリリースのタイミングを機に、JUNGLE LIFEが初インタビューで迫る。

 

●アンドウさんは10代の頃から歌や詩を書き始めていたそうですが、何かきっかけはありましたか?

アンドウ:詩を初めて書いた記憶があるのは小学校6年生の時でした。今でも覚えているんですけど、学校の課題で書いたんですよね。詩ということは指定されていなかったんだけれど、その時に僕は『飛べない鳥』っていう詩を無意識で書いていました。2羽の鳥のお話で、1羽は飛べるんだけど、もう片方は飛べないっていう話。「同じものを食べていて、同じ服を着て、同じような年齢になっているんだけど、どうしてお前は飛べないのか? 何でお前は飛ばないのか?」っていう。

●え? 小6の頃にそんな深い内容を書いていたんですね。

アンドウ:そうなんですよ(笑)。その頃飼育係をやっていたので、鳥を見てそういう詩を書いたのかもしれませんし、自分のことを飛べない鳥だと思っていたのかもしれないです。

●自分の作品として詩を書き出したのはいつからなんです?

アンドウ:いつからだろう? 詩って言えるかは分からないですけど、昔から自分の思いの丈というか、感じたことをずっと書いていたんですよね。

●それはどんな内容でした?

アンドウ:所謂、青春期の悩みや絶望、人間関係についてとか、普通に恋愛についての詩も多かったと思います(笑)。中学2年生の時に尾崎豊さんの「僕が僕であるために」を初めて聴いて。その影響でギターを始めたんですよね。僕は盗んだバイクで走り出すような人間じゃなかったので、それよりも耽美的な愛の物語に染まりたかったんだろうと思います。そのために、本当に自分と深く繋がってくれる相手を求めていたのかもしれません。

●そういった創作活動が今まで続いているということを、その頃の自分は想像していましたか?

アンドウ:いやぁ…。実は「自分は20代そこそこで死ぬんじゃないか」と思ってずっと生きてきたんです。自分が好きな詩人は、特に夭折した方が多かったので、自然とそう思っていたんですよね。だから20代が終わるに連れて「ここまで生き永らえてしまっている」ということを責めた時期もありました。それくらい長く生きていくことは考えていなかったんですよね。そういう意味では、生きていることすらも想像していなかったです。

●大学時代では、ニューヨークまで行ってタップダンスに目覚めてCharles Goddertz氏に師事するほどのめり込んでいたんですよね。

アンドウ:踊っている人って動きが凄いですよね。言葉じゃない情熱というか。それがすごく美しく見えて、面白かったんですよ。踊っていると「自分が言葉になる」感覚があって。読み手、言葉、書き手っていう関係じゃなく、「自分自身が言葉になれるんだ!」っていう喜びを感じたんですよね。

●ニューヨークでは言語も文化も違うと思うんですが、作品への影響はありましたか?

アンドウ:表現に関しては、「もっと好きなことを言えば良いんだ!」と感じましたね。(ニューヨークの)地下鉄でやっているパフォーマーたちは年齢を問わないですし、観客も受容的なんですよ。だから、思ったことをやって、それに対する熱狂も対価も、ブーイングとかそういうことも含めてあっていいんだなと思いました。

●大学を卒業した後のことは自身のプロフィールに、「大学を出て何度も仕事を変えていた。“安定チケット”を手に入れては捨て、どうしても彷徨ってしまう自分に苛立った」と書いていますよね。何があったんですか?

アンドウ:僕なりに考えたんですが、SNS的な価値観が自分の中でムクムクと育っていたのかなって思います。何でも「いいね!」と言ってもらいたいというか。熱い思いを語ったり、「社会的に貢献していることが美しい」みたいな。そういうブームがあったと思うんですけど、そういうものに、いつの間にかすごく染まっていっていたんですよね。

●周りの目が気になりすぎると。

アンドウ:例えば仕事を辞める時に「自分にとって、人生の確信をみつけた!」とFacebookに投稿したら、みんなが「いいね!」をたくさん押してくれて、安心したり。逆に、押してくれないと、妙に不安になって、自信がなくなって。SNSを始めてから、急にそういう風に、何かと大義名分を振りかざすようになっていった自分がいて。M-1「いいね」っていう曲に書いたんですけど。「自分がこうしようと思う未来も、実は周囲からの目を基準に作ってしまっていて、コントロールされているんじゃないか」とか。気持ちの良い孤独じゃなく、本当に不気味な孤独や影がある、みんなに怯えながら孤独になっている。「僕が今一人なのは何かから外されているからなんじゃないだろうか?」みたいな。

●疎外感を感じてしまう。

アンドウ:その頃、長田弘さんの『私の好きな孤独』というエッセイと出会って、読んだんです。そこには「孤独は今、むしろ望ましくないもののように捉えられやすい。けれども、孤独が持っていたのは、本来もっとずっと積極的な意味だった」と書かれていて。それを読んで「僕は今まで、孤独は消極的な意味でしか捉えられていなかったな」って思ったんです。それはやっぱり、「こういうSNSをインフラにした暮らしに取り巻かれているからかな」って思って。でもそこから抜け出せないし、どういう風に孤独と向き合ったらいいかが分からない。だからこそ自分でどう向き合ったらいいかを考えなければならないなと思って、苦しみながら生きてきました。そこで今回の『孤独からのアルカタチ』が生まれたんです。こんな時代だからこそ、「愛されたい自分」よりも、勇気を持って、最初は評価されないかもしれないけれど、「愛したい自分」から始めてみようと。そこから、少しずつ繋がっていける努力や工夫をしていこうと。これは自分にとって大きな発見でした。

●それをあえて音楽として世に放つんですね。

アンドウ:自分で意識して選んだわけじゃないんですけど、こうして音楽として作品にできたのも、いろんなミュージシャンの方との出会いのお陰だと思っています。最近ふと思ったのは、詩人っていうのは職業じゃなくて、ひとつの生き方じゃないかなって思うんですよね。一見、自己中心的なんですけど、人との関わり方や、社会との関わり方、一人一人との出会い方、別れ方も含めて。ある種のロマンチシズムでしょうか。損得よりも感情を大事に生きていこうとしてしまいますし、ただただ深く分かり合いたい性質が僕にはあるんですよね。

●6/14には月見ル君想フで“詩と音楽のフリーライブ『孤独からのアルカタチ 〜孤独からでしか始まらない美しさを信じて〜 』”を開催しますが、これはどんなイベントになりそうですか?

アンドウ:悲しみから逃げないで詩を読みたい。そこに根ざした音楽をやりたいと思っています。そこで来てくださる方とどこまで分かり合えるか。そして、それがどこまで胸を熱くするものかっていうことを再認識したいと思っています。決して湿っぽくならないようにしたいですね(笑)

●最終的に笑い合えるようなイベントにしたいと。

アンドウ:そうですね。最終的には爽快なものにしたいです。「別に喜びだけじゃなくて、こんなに悲しいことや孤独でも、こんなに熱い気持ちになれるんだ!」ということを感じ合いたいですね。

Interview:馬渡司

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