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COTO

あの一瞬の輝きよ、再び。ニューウェイヴは二度死ぬ。


三浦俊一(NESS)とPEVO1号(PEVO)の2人によるユニット、COTOが1stアルバム『freedom』を完成させた。P-MODELや有頂天、ケラ&ザ・シンセサイザーズをはじめとする幾多のバンド活動を経てきた三浦に、PEVOや核P-MODEL、Shampooなどでメンバーおよびサポートとして活躍するPEVO1号。いずれもリアルタイムでニューウェイヴを体験し、その先駆者たちと活動を共にしてきた2人が交わることで一体どのような音が生まれるのかを想像するだけでも心躍る人は多いだろう。ギター、ベースはもちろんのこと、シンセサイザーやリズムマシンもPCを使わず実機で鳴らすという、ポストパンク精神溢れるサウンド。そこに風変わりながらもスムーズで染み入るようなメロディとコード進行が乗り、ヴォコーダーを使用した歌がソフトに耳へと届いてくる。ノイズミュージックよりもメロディアスで、環境音楽よりもリズミカル、そして子どものような自由さとピュアネスが煌めきを放つ稀有なる名作について、メンバー2人にじっくり迫るスペシャル・ロングインタビュー。

SPECIAL INTERVIEW:COTO #1

「ちょっとやりすぎたかもしれない…。もうちょっと弱くても良かったかなとは思いますけど、たまにはこういうのもね」

●元々は三浦さんがソロでライブをしていたところに、1号さんが参加したところから始まったんですよね?

三浦:そうですね。だから、名義も最初は“miurashunichi+PEVO1号”だったんですよ。1号さんが参加するようになったのは、2014年の冬頃だったと思います。

●三浦さん1人でやっていた頃は、どんな音だったんですか?

三浦:その時々によりますね。弾きまくる回の時はギターを持っていって、ずっとソロを弾いて。一番みんなが聴きたくないヤツですよね(笑)。別の回ではシンセサイザーを持っていって、ノイズをガァァァッて出すという…一番よりさらにみんなが聴きたくないヤツですね。

●みんなが聴きたくないものばかりやっていたんですね(笑)。

三浦:基本的にみんなが聴きたくないヤツをやっていました(笑)。バックトラックはあって、そこにギターソロを乗せたりノイズを乗せたりという違いで。何を乗せるかは、前日の気分次第という。

●そういう活動をしていたところに1号さんが加わって2016年にはユニット化したわけですが、そこから“COTO”と名乗るようになった理由とは?

三浦:いや、単純に名前が長かったから…。「どうせこのままやるんだから、名前を付けたほうが良いよね?」っていう感じでした(笑)。

●「どうせこのままやるんだから」って(笑)。

三浦:「たぶん続きますよね?」みたいな。COTOになる前から1年半くらいコンスタントに活動していたので、このまま続くんだろうなとは思っていました。

●それはフィーリングが合ったということでしょうか?

三浦:楽屋で一緒にいると良い感じっていう。

1号:そういう気持ちは大事だと思う(笑)。自分もやりやすかったですね。

●元々の出会いは何だったんですか?

1号:自分が別でやっていたバチバチソニックというバンドのツアーで、一緒になったんです。

三浦:僕はCosmo-Shikiのサポートゲストとして、そのツアーに参加していて。そこで1号さんと意気投合したので、自分のソロでも「ちょっとギターを弾いて欲しい」と頼んだんです。その時も別にギタースタイルがどうこうっていうのはあまり考えずに、“1号さんがいたら楽しいだろうな”っていうくらいの感じで。

●人間性的な部分が大きかった?

三浦:もう他はどうでも良いんですよ! 音楽的にやりたいことはもうほぼやり尽くしましたから。

●一緒にいても疲れなくて、楽しいといったところが大事なんでしょうね。

三浦:NESSもそういう感じなんですよ。全然、揉めることがなくて。…ということは、フロントマンがいないっていうことなんですけどね。フロントマンがいると、そいつはかなりの確率でワガママ(笑)。モメるケースが多いんです。

●フロントマン的な気質の人がいないほうが上手くいく。

三浦:バンドって大体フロントマンとギターの仲が悪くなるって、相場は決まっているんです。ベースがそれをなだめて、ドラムは我関せずっていうパターンが王道。COTOやNESSにはそれがないっていう。

●なだめるタイプと、我関せずな人しかいない(笑)。

三浦:だから外から見たら、強烈な個性はないんでしょうけどね。でも僕はそれがあって短く散ってしまうものより、長く続くもののほうが良いんです。そこは自分がプロデュースやマネジメントするアーティストにも共通しています。

●フロントマンがいないと活動を引っ張っていく推進力みたいなものは弱くなる気もしますが、“作品を出そう”というモチベーションはどこから?

三浦:単純に“曲ができたから作る”という感じですね。COTOで最初に『DEMO TRACKS #1』(以下『#1』)を出したのは、ツアーの経費を作るためっていうすごく単純な理由だったんですよ。ライブの動員はそこまで多くないんですけど、音源は不思議とその10倍〜20倍は売れるんです。

●COTOとして最初の自主音源を出したのは、そういう理由だったと。

三浦:そこで“次の音源を作ったらどうなるんだろう?”と思って『DEMO TRACKS #2』(以下『#2』)を出したら、それも同じくらい売れて。“じゃあ今度は1号さんの曲だけで出してみたらどうだろう?”と思って『DEMO TRACKS #3』(以下『#3』)を出したら、やっぱり同じくらい売れたんです。

●作品を重ねても、セールスは落ちなかった。

三浦:そういう例は今まであまりなかったんですよ。1枚目が売れて、後は徐々に減っていくっていうのが30歳を超えたバンドの定番パターン。でもそうならなかったので続けていったら、いつの間にか4枚も出ちゃった。その収録曲をまとめるだけでも、9曲はあって。今回のアルバムに入れていない曲も含めると10曲以上になってきたので、(作品として)1回まとめたほうが良いなと思ったんです。

●『#1』の時は曲名が「1」〜「3」の数字だったわけですが、その作品からも曲名を変えて入っ
ていたりするんでしょうか?

三浦:M-8「Hire」が「2」ですね。最初は自分たちも番号で覚えられていたんですけど、さすがに「9」とかになってくるともうわからなくなっちゃうから、途中からタイトルを付けるようになりました。最初に名前を付けたのはM-1「In Tokyo」とM-2「OO Nerd」ですね。

●どちらも『#2』に収録されていた曲ですよね。先ほどのお話では、その次に出した『#3』は1号さんの曲ということ?

三浦:『#3』と『DEMO TRACKS #4』(以下『#4』)には、1号さんの曲しか入っていないです。 だから『#1』『#2』と、『#3』『#4』では曲(のテイスト)が分かれていると思うんですよ。

●1号さんに曲作りを依頼する時も、特に指定はなかった?

1号:そうですね。“コンセプトはこれでいこう”っていう話から始まったわけではないので案外、自由でした。「2曲作って下さい」と言われた時も、特に制限はなくて。

●曲をCOTOに持ってくる時の状態は、それぞれ違ったりする?

三浦:いや、ほとんど同じですね。2人とも、8割くらいできた状態で持ってきます。

●1人でほぼ完成形まで作った状態で持っていくと。

三浦:10割の場合もあります。僕が1号さんを誘ったばかりの頃の名残が今でもちょっと残っていて、ジャッジは僕がするケースが多い。だからデモの段階でも僕が“できている”と判断すれば、そこで止めちゃいますね。

●無理に何かを足したりはしない。

三浦:“変えないといけない”とは思わなかったです。たとえば、“ここにフレーズがあったら飽きがこないかな”と思ったら少し足したり、“ここのリズムをもっと強くしたらアグレッシヴに押せるな”と思ったら音源を変えてみたり。自分でやっちゃうこともあれば、1号さんに直してもらうこともあります。

●アクセントを加えたりはしているんですね。今も2人の間で特にコンセプトを共有しているわけではない?

三浦:でも最初に今作を作ろうとなった時は、小賢しいことを考えていたんですよ。「今までのことはなかったことにしてアーティスト気取りでやろう!」とか言って(笑)。The Velvet Undergroundの1stアルバム(『The Velvet Underground and Nico』)を2人で聴いたりしてました。

●あの黄色いバナナ・ジャケットの歴史的名盤を参考にしようと、最初は考えていた。

三浦:ところがShampooの折茂(昌美)さんにその話がバレて(笑)。すごく険しい顔で「何それ?」と。「ヴェルヴェッツをなめんな!」みたいな。

●叱られたんだ(笑)。

三浦:折茂さんとは僕が高校生の頃からの付き合いで、お姉さんみたいな存在なんですよ。「ちゃんと自分たちの内側から出てきたものを正直にやらなきゃダメなの」って言われて、「すいません…」と。そこから“ちゃんと今までやってきたものをやろう”って考えるようになりましたね。

●これまでやってきたことをちゃんと作品にも反映しようと。

三浦:だから全部アレンジを変えちゃう手もあったんですけど、そういうことはほとんどしていなくて。

●今回「In Tokyo」には中野テルヲさんがベースで参加しているわけですが、それによってアレンジが大きく変わったわけではない?

三浦:中野さんにベースを発注する時点で、ベースラインもおぼろげにはできていたんですよ。だから「Aのところのリフはユニゾンでやりたいので、このままお願いします」とか、「Bでは好きに動いちゃって良いです」っていう感じで頼みました。

●中野さんに依頼した理由とは?

三浦:1曲目は「In Tokyo」か「OO Nerd」のどちらかだと思っていたので、もうちょっと押しの強い曲に仕上げたかったんです。

●確かにこの2曲は攻めているなと思いました。

三浦:ちょっとやりすぎたかもしれない…。もうちょっと弱くても良かったかなとは思いますけど、たまにはこういうのもね。

SPECIAL INTERVIEW:COTO #2

「“ニューウェイヴは甦る”っていう期待も込めて“ニューウェイヴは二度死ぬ”というキャッチコピーにしたんです。まぁ、自分たちがニューウェイヴをやっている自覚はないんですけどね(笑)」

「個人的な感覚で言うと、“1979年の夏”っていう本当に狭い時期の音楽だけを僕はずっと追い続けているようなところがあって」

●「OO Nerd」は“ナード(=内向的)”とタイトルに入っていますが、あまりそういう感じではないというか。

三浦:それも無理矢理付けたタイトルなんですけど、これにはちょっと言えない事情があって…。

●そうなんですね。今作のキャッチコピーでもある“ニューウェイヴは二度死ぬ”は『007』(※1967年公開の『007』シリーズ映画第5作『007は二度死ぬ』)のオマージュなので、「OO Nerd」という曲名にしたのかと思っていたんですが。

三浦:元々はもっと違うコピーがあったんですけど、ピンとこなくて追加で作り直してもらった中からこれを選んだんです。ニューウェイヴは時代背景に基いている音楽なので、僕の中では1979年の秋に死んでしまっていて。あとはその亡霊がずっと生き続けている…その亡霊の中に優秀なものがいくつかあるっていう状態だと思うんですよ。

●三浦さんの中では、ニューウェイヴはもう既に死んでいると。

三浦:でもこういうシニカルな世の中だと、もう1回くらい出てくるのかなと思っていて。『007』の原題は“もう1度甦る(=You Only Live Twice)”っていう意味だから、“ニューウェイヴは甦る”っていう期待も込めて“ニューウェイヴは二度死ぬ”というキャッチコピーにしたんです。まぁ、自分たちがニューウェイヴをやっている自覚はないんですけどね(笑)。

●確かにそこまでニューウェイヴ的な印象は受けませんでした。

三浦:でも皮肉なもので、世の中の人たちにはきっとそこにカテゴライズされるんですよ。まぁ、僕がやることがニューウェイヴですからね。

●“僕がやることがニューウェイヴ”は名言ですね(笑)。

三浦:それくらいのことは言っておこうかな(笑)。

●“ニューウェイヴ”の定義は人それぞれですが、そこまでピコピコした音ではないですよね?

三浦:ギター中心ですからね。あと、シンセサイザーの音が僕はそれほど好きなわけでもないんですよ。たくさん持ってはいますけど。今回も1号さんのほうが、シンセサイザーのフィーチャー率の高い曲が多い。

●実は三浦さんの曲はそこまでシンセを使っていない。

1号:自分は打ち込みで作っちゃうので、ほぼ全部の音が入った状態になっているんです。

三浦:1号さんが最初にシンセベースで入れてきたものを「これ、ベースを差し替えたらもっと良い感じだよね」と言って、生のベースに差替えたりもしました。ドラムが人力じゃないので、機械っぽいイメージになりがちなのを押さえて。だからニューウェイヴっていうか、ポストパンクっぽいんですよね。

●確かにポストパンクのほうが音のイメージに近い気がします。

三浦:やりたいことも、そっちに近いんですよね。個人的な感覚で言うと、“1979年の夏”っていう本当に狭い時期の音楽だけを僕はずっと追い続けているようなところがあって。そこらへんの音楽が輝いていたのは、ほんの一瞬だけなんです。数ヶ月くらいで終わってしまったんですけど、その短命さがまたカッコ良い。

●三浦さんが“1979年の夏”で具体的にイメージするものは、どのあたりなんですか?

三浦:日本だと、PLASTICSやP-MODELが出てきた頃ですかね。イギリスだと、ラフ・トレードの人たちの名前をようやく日本でも聞くようになった頃というか。パンクとスノッブが混ざった感じなのかな。それがすごくカッコ良く感じたし、1号さんも同じような体験をしてきたのかなと思います。

1号:そうですね。今、話を聞いていて“そういえばそうだな”と気付くことがありました。

●同じような音楽体験をしてきている?

三浦:ロックの歴史で見ると、1号さんの曲のほうがちょっと後の時代感…1981年〜1982年あたりの感じがするかな。

●そういう感じは音にも無意識に出ているんでしょうか?

三浦:そうですね。でもそんなに上手くはできないですよ。

1号:上手く出そうと思ってThe Velvet Undergroundみたいなことをしようとしたら、見事に玉砕しました(笑)。

三浦:怒られちった…みたいな(笑)。

●ハハハ(笑)。アルバムの話に戻りますが、M-3「悲しい合図」はコンピレーションアルバム『電子音楽部』にも入っていましたよね。

三浦:それをちょっとだけイジっています。tokyo pinsalocksが「悲しい合図」のカバーをやっているんですよ。だから、Hisayoにベースを弾いて欲しくて。ちょうど僕が指を怪我して、楽器が弾けない時期だったんです。それで中野さんとHisayoにヘルプをお願いしたら、2人とも快くやってくれました。

●曲によって、ベースは違う人が弾いている。

三浦:「In Tokyo」とM-4「Desert inn」は中野さんで、「悲しい合図」と「Hire」がHisayoですね。M-6「Shooting Star」とM-7「Cloudy」は怪我する前にベースを入れてあったので、そのまま使いました。M-5「牛乳だったら」は最後の最後に指が治ったので、自分で弾いています。

●「牛乳だったら」は今作で一番キャッチーかなと。

三浦:これは僕の鼻歌をそのまま譜面に起こした感じ。そういうものも出したかったというだけで、別にこれがやりたいことかといえば、そういうことでもないんです。ただ“出ちゃった”っていう感じのものにしたかったんですね。

●子どもが歌っていそうな無邪気な感じがします。

三浦:自分の中には無邪気な子どもがいるんですけど、それが止まらない時があるんです。本来なら、その子どもの部分を商品に反映しにくいんですよ。たとえば“こんなバカなことをやって、他の作家から笑われてしまうんじゃないか?”とか考えてしまったりして。それが評判を得ることもありますけど、逆に仕事が来なくなっちゃったら困りますからね。

●そういう現実的なことを考えると、出しづらい部分ではある。

三浦:だから今まではあんまりパーンと出せなかったんです。でも今回は折茂さんの一言もあったので、パーンと出しちゃおうかなと思って。そう考えると、「In Tokyo」も鼻歌っぽいんですよね。

●自分の中の“子ども”の部分を出したということにも関わるのかもしれないですが、今回のアートワークには子どもが描いたような絵が使われていますよね?

三浦:これは全部、子どもの絵です。募集して、子どもに描いてもらったんですよ。

●それはどういう意図で?

三浦:最初は重めの質感の油絵を予定していたんですが間に合わなくて、パッと思いついたのが子どもの絵。「スマイルの絵を描いてくれ」と言ったんですけど、それは何枚かしかなくて、みんな他の絵を好き勝手に描いて送ってきてくれたんですよ。中には僕たちの似顔絵まで描いてくれた子もいて。

●もはや何の絵なのかわからないものもありますよね…。

三浦:幼稚園くらいの子どもにも描いてもらっていますからね。でも、いくらのお寿司の絵はさすがに衝撃的でしたよ。きっと、いくらが好きなんでしょうね(笑)。それで良いと思います。自由で良いじゃないですか。だって、『freedom』ですからね。

●ちゃんとアルバムタイトルにもつながっている(笑)。

三浦:子どもの自由さに憧れている部分はありますね。ある程度の年齢になってくると、“これはやっちゃいけない”とか“これをやると評価が下がる”とか考えるようになってしまって。“これをやるとお客さんが減る”とか。まぁわかっててもやっちゃうことは多いですけどね(笑)。

●今回はそういうことは考えずに作ったんでしょうか?

三浦:本当に今やりたいことをやったというか。いや…、もうやりたいのかどうかもわからないですけどね。出てきたものをそのまま出して「こんなん出ましたけど、どうですか?」って訊いている感じかな。それであんまり好かれなかったら、「好かれなかったね」っていうだけで。

●そこは受け入れる。

三浦:はい。“じゃあ、好かれるようにするのかしないのか?”っていうのは、その後で考えれば良いことだから。「とにかく今できるのは、こういうことです。好きですか? 嫌いですか?」って、まずは投げかけてみた感じですね。

●自分としては好きなことをやっているわけですよね?

三浦:どうなんでしょうね(笑)。ただ嘘のない作品にしたかった。自分のことが大好きな人ではないので、そういうものになると客観的に聴けないんですよ。10年後に判断できるかも…ちょっと不思議な感じがしますね。

●ちゃんとキャッチーなところもあるので、ニューウェイヴやポストパンクを知らない若い世代の人が聴いても引っかかるものはあるんじゃないかなと思いました。

三浦:でも若い人たちから評価されて、その人たちがライブでモッシュとか始めたら困っちゃいますけどね(笑)。「僕ら、どう対応したら良いの?」って戸惑いますよ。…でも、まぁ良いか。

●そこも受け入れるんだ(笑)。

三浦:そういうことが起こったら起こったで良いじゃないですか。十人十色に好きな感じで楽しんだら良いと。踊りながら観たい人、座って観たい人、寝っ転がって観たい人とか、色々いて良いと思います。ライブで観たい人もいれば、家でヘッドホンで聴きたい人もいるわけで、もうみんなそれぞれ好きにすれば良いじゃないと。

●そもそも音楽の聴き方やライブの楽しみ方も自由なわけですからね。

三浦:うん。だから別にバンドのTシャツを着てライブに来なくても良いし、ロリータちゃんみたいな格好の子がヒラヒラしていても僕らは“可愛らしいね”って思うだけですから。COTOのライブでは、夏だと浴衣のお客さんもいたりもして。本当にみんなが自由にやってくれるから、お客さんと一緒に遊んでいる気がします。

1号:そういう感覚はありますね。三浦さんがライブ中にMCで、お客さんに話を振ったりもするんですよ。それを面白がって、次回のライブの時にお客さんが(要望に)応えてくれたりもして。

●三浦さんがMCで振った内容を実現したりするということ?

三浦:「アイドルのコンサートみたいにメッセージの入ったうちわを作ってくれ」と言ったら、お客さんが本当に作ってきてくれて。そこに何て書いてあるかを僕が読むみたいなことをしたんですが、そのメッセージが驚くほど面白くて。お客さんのほうが1枚上手でした。

1号:完全に一緒に遊んでいる感じでしたね。

●そういうライブの雰囲気が、子どもが描いたジャケットにも表れていると。

三浦:お客さんの子どもが描いてくれたりもしていますからね。子どもは楽しいですね。そういえば、このジャケットってThe Velvet Undergroundの1stアルバムのバナナに似ていませんか?

●いや、黄色っていうところだけでしょ?

三浦:やっぱり、ダメか!

一同:ハハハハハ(笑)。

Interview:IMAI
Assistant:室井健吾

 

 

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