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FUNKIST

自らの限界と様々な境界を超えて

アルバム『Gypsy』リリース以来、メンバーチェンジで活動が出来なかった期間を経て、南アフリカやヨーロッパでのストリートライブツアーなどを経て、音楽的にも人間的にも新たな進化を遂げたFUNKIST。彼らが完成させたアルバム『BORDERLESS』は、プリミティブな音楽をルーツとした柔軟かつ生命力溢れるアンサンブルと、自らのルーツをより深くより鋭く掘り下げたメッセージが詰まっており、様々なボーダーを超えて聴く者の魂を震えさせる。

 

INTERVIEW #1

「本当の再出発というか、1回ぶっ壊して0から作りたかったので、そういう意味でもFUNKISTという新しいバンドがどれくらいの底力があるのかというのを知りたかった」

●インタビューは約3年半ぶりですが、2014年3月にリリースしたアルバム『Gypsy』以降バンドにあった出来事を調べると、あまりにも情報量が多すぎて…。まずは今回のアルバム『BORDERLESS』に至るまでの経緯をお訊きしたいのですが。

染谷:『Gypsy』を出してツアーをまわって、そのすぐ後にメンバーが2人脱退することになったんです。それで8ヶ月間活動できなかったんですけど、僕と宮田とG.ヨシロウだけになって…。

●活動をしなかったということではなく、できなかったということですか?

染谷:アコースティックライブはちょこちょこやっていたんですけど、ライブハウスとかで“これがFUNKISTだ”というライブはできない状態でしたね。ベースもドラムもパーカッションもいないので。それで3人になって、まず南アフリカ行きました。リセットしようと思って。

●原点、めっちゃ遠いな(苦笑)。

染谷:ずっと続いていく音楽の螺旋階段から飛び出そうと思ったんですよね。そこで「これからどうしていくか」というのを話し合って。それと、南アフリカには音楽活動をしに行ったというよりは、1回休もうという感覚に近かったですね。

●どのくらいの期間行っていたんですか?

染谷:2週間くらいです。そこで“FUNKISTをどうするか?”という話をして。「メンバーがいなくなった」というところからスタートしているから、ポジティブなマインドにはなれなかったんですけど、南アフリカの風とか空気を感じながら、みんなでセッションしたりしている内にだんだん次のビジョンが見えてきて。その時にパッと浮かんだのが、“ベースはnaotoと一緒にやったら面白いんじゃないか”ということだったんです。

●naotoさんの顔が浮かんだ。

染谷:いちばん最初に浮かんだんです。当時彼は沖縄でサポートの仕事をしていて。最初の出会いは、10年以上前にnaotoのバンドと対バンしたことなんですけど、その頃からレゲエフィールドとか土着的な音楽がルーツになっているベースがすごく気持ちいいベーシストだなと思っていて。

●naotoさんのルーツはそういう音楽なんですか?

naoto:もともとはロックなんですけど、割とそういう音楽をやる機会が多かったですね。所属していたバンドではロックをやりながら、サポートではレゲエとかスカシーンが多かったり、多少ジャズがあったり。

●なるほど。南アフリカでnaotoさんの顔が夜空に浮かんだと。

染谷:気持ち悪いですね、南アフリカまで行ってnaotoの顔が浮かぶって(笑)。日本に帰ってきてから、何人か一緒にやりたいメンバーがいたんですけど、まず3人で沖縄のnaotoのところに行って、「一緒にやりたいと思っている」と言って。「沖縄で生活も自分の音楽のフィールドも家族もあるから、簡単なことじゃないと思うけど、その気持ちだけは伝えにきた」と話したんです。

●その時、naotoさんの心境的にはどうだったんですか?

naoto:「話がある」と言われた時からある程度腹は決めていたんですよ。その前に染ちゃん(染谷)がソロで沖縄に来た時、一緒にライブをしたというのもあって、なんとなく家族にも話をした状態で3人に会ったんです。

染谷:3人で話をしたら「色々整理したり、筋を通さないといけないことがあるからちょっと時間をくれ」ということになって。それから何週間かして「東京に出る」と言ってくれて。

●引っ越ししたんですか?

naoto:いや、まだ在住は沖縄なので単身赴任みたいな感じで来ました。

●正式加入はいつでしたっけ?

naoto:2年前の10月くらいですね。

●2年間も単身赴任。

naoto:2ヶ月に1回くらい帰っている感じですね。

●めちゃくちゃ気合いが入っていますね。

染谷:めちゃくちゃ気合いが入っていて、バカなんだと思います(笑)。

naoto:単なるバカです(笑)。

●ハハハ(笑)。naotoさんからみたFUNKISTはどういうイメージだったんですか?

naoto:色んなところで弾いてきたんですけど、僕はヴォーカリストの力を重要視するというか、背中を見て演奏していることが多かったということもあって、自分がベースを弾きたいと思うアーティストというのがどうしてもあるんですよ。その中に染谷西郷もいたんです。宮ちゃん(宮田)も知っていたし、音楽的にも僕の好きなワールドミュージックの要素が入っていたので、どうしても“やってみたい”という気持ちが勝っちゃったんですよね。

●頼もしいですね。

染谷:その後、土着的な音楽が得意なDr.WILLIEとヒューマンビートボックスのSIMAに声をかけて、新体制で始まったのが2年前ですね。シングル『Time has come / LIFE is LOVE』を出したとき。

●はい。

染谷:それで日本で活動する前に、音楽性を高めたり、自分たちにどんなことができるのかというのを知るために、海外でツアーしようと思ったんです。日本だと前のFUNKISTと比べられたりすることもあるんですけど、そういうのを抜きにして誰もFUNKISTを知らないただ音の塊の状態で、自分たちにどれくらいの力があるのかを知りたいというのがあって。そんな時にアメリカのフェスから声がかかって。最初はシカゴであったフェスに出させてもらったんです。

●相変わらず活動範囲が普通ではないですね(笑)。

染谷:当然最初は盛り上がらないんですよ。でも過去のFUNKISTに比べて、グルーヴとかノリが僕の得意なこと…いわゆる土着系とかスパニッシュ、アフロ、レゲエとか…ができる人たちが集まっているので、一塊になった時の爆発力が凄まじくて。そのシカゴのフェスでも、アメリカの人たちが最後は飛び跳ねながら一緒に踊ってくれたんです。次の日もライブをさせてもらって、ステージはなかったんですけどゲリラライブみたいな形式で、周りにいた人たちがみんな一緒に踊ってくれて。“これは強いかもしれない”とその時思い、そこからヨーロッパをストリートライブでツアーしようと思って、ギリシャ、イタリア、フランス、イギリス、スペインとずっとストリートライブだけでまわってきたんです。

●ストリートライブだけで?

染谷:宿だけとっておいて、着いた街で演奏するみたいな。電車で寝るとかもザラでしたね。

●まじか。

染谷:昼に着いて演奏して夕方には電車に乗って、次の街に翌朝着くみたいな。

●フットワーク軽すぎません?

染谷:ハハハ(笑)。ヨーロッパって、ストリートパフォーマーがいっぱいいるんです。だからそこの1等賞にならないと、足も止めてもらえないんですよ。だから最初はなかなか観てもらえなかったんですけど、最後にスペインに着く頃には人が集まってきて、みんなで踊って歌うことができるようになってきて、そこでまた確信したというか。

●音楽的な部分で修行したんですね。

染谷:本当の再出発というか、1回ぶっ壊して0から作りたかったので、そういう意味でもFUNKISTという新しいバンドがどれくらいの底力があるのかというのを知りたかったんです。それでヨーロッパに行き、音の塊になれば言葉とか環境を超えて世界中どこでもみんなを踊らせることができるというのがわかったんです。今作は“俺たちが鳴らせば世界が踊る”というコンセプトがあるんですけど、日本でやる前に“これがFUNKISTのこれからの武器になるんだな”というのは見えたんですよね。

●改めて自分たちのオリジナリティを磨く旅だったと。

染谷:そこが僕自身もずっとやりたかったことだし、欲しかったことだったんですよね。M-13「Time has come」はソカのビートが入っていたり、16ビートでもあったりしてダンサブルな曲なんだけど、土着的な曲でシングルを作って、やっと僕らのツアーが始まったという感じですね。

INTERVIEW #2

「3人になった分、今まで以上にひとつの塊になった感じですね。削ぎ落とされたというか。もっとシンプルに伝えたいものを届けられている」

●ヨーロッパでのストリートライブって、言葉も通じないしFUNKISTのことを知らない人たちの足を止めさせる必要があるわけじゃないですか。そういう音楽って、どういうところがポイントなんでしょうか?

染谷:ストリートライブではいつもセッションから始めていたんですね。FUNKISTの曲じゃなくて、フリーセッション。その国々によって持っているタイム感とか生活のスピードが違うんですよ。だから、まずはセッションでそこをチューニングしていくというか。

●ほう。

染谷:たとえば日本でやっているテンポ感だと、スペインの南部でやるとすごく速いんです。“人生は楽しいほうがいいじゃん”という人たちに対して、カチッとしたリズムでいっちゃうと、置いてけぼりにしてしまうんです。

●なるほど。

染谷:アフリカはもっとゆるいんですけど、街に着いてフリーセッションをしながら、人の足が止まるポイントを探す感じですね。国ごとに人だかりができるノリとかテンポ感があるんですよ。それをフリーセッションで確かめつつ、“人だかりができてきたな”と思ったら、そのノリを受けてFUNKISTの曲に昇華してやっていく感じです。

●歩いているお客さんの顔を伺いながらやっていくんですね。

naoto:僕はそれが趣味なんですよ。弾いていて、この街はファンクが好きなのか、レゲエが好きなのか確かめるのが好きなんです。海外の反応のほうがリアルなんですよね。良ければ“いい!”という反応がすぐに帰ってくる。その反応があった曲の感じでゴリ押してみたり、“これは違うな”と思ったら色んなものを弾いてみたりしながらやるのが面白かったですね。

●なるほど。繊細なドSみたいな感じですね(笑)。

染谷:もしくは乱暴なドM!

●ハハハ(笑)。実りのある旅だったんですね。

染谷:自分の中でやっと道筋が見えたというか。2年先まで見ようと思って、アルバムを作ってツアーをまわって、最後は…今まで恵比寿LIQUIDROOMを一度も完売させたことがなかったので…恵比寿LIQUIDROOMでやる、というのをゴールに据えて。そこから逆算して、シングルを3枚作って、シングルのカラーが全部揃うと、ラスタカラーのアルバムになるという計画を立てたんです。

●その頃には新しいビジョンが見えていたんですね。

染谷:ただその過程でドラムとヒューマンビートボックスが抜けるというのは、ビジョンになかったんですけど…。

●そうですよね。今日のインタビュー、3人ですもんね。

染谷:そこに関しては、相当なダメージが…。

●そこを乗り越えて今に至るという。

染谷:タフにはなれたかなとは思っていて。最初に決めた道筋通りではなかったですけど、修正してでも辿り着いてきたので。

●その間に心がポキっと折れちゃったことはなかったんですか?

染谷:僕は完全に何回か折れています(笑)。特にヨシロウが抜けるとなった時は、“ここまでだな”とすら思った。

●ヨシロウさんは一旦お休みなんですよね?

染谷:はい。去年の5月から旅に出たんですけど、“これは修正しきれないかもな”と。言葉にすると難しいんですけど、僕はFUNKISTが大好きなので、みっともないとかみすぼらしいFUNKISTは見せたくないんです。FUNKISTをリスペクトをしているから、そうなってしまうくらいだったらやめたほうがいいと思っているんです。だから「ここまでにしたい」と伝えたんですけど、宮田とかnaotoが「俺らはお前が“歌う”と言ってくれたら、いつでも背中を押す準備はできているんだ」と。「だからただ一言“歌う”と言ってくれ」と伝えてくれて。でも僕はまだ心が折れたままなので、「2週間くれ」と言って。

●そんな熱いこと言ってくれたのに2週間考えたんですか(笑)。

染谷:かっこよく「俺歌うぜ」って言えたらいいんですけど、その2週間の中でもう1回冷静に考えた時に、“今のFUNKISTでできることは揺るがないな”と客観的に見ることができるようになったんです。対外的な評価はわからないけど、音の力で言うと“まだすげえ強いぞ”と思ったら、自分の描きたいものに向けて“いけるかもな”という可能性が見えてきたんですね。その後にヒューマンビートボックスのSIMAが抜けたりしたんですけど、根っこの部分の強さが変わらない自信があったので。そこが自分の分岐点でしたね。

●なるほど。

宮田:僕は7人のFUNKISTを守りたいと思っていた人間だったんですよ。最終的には守れなかったんですけど、振り返って“自分は何にこだわっていたのかな?”と色々と考えていて。新しくメンバーを迎えた状態でまた始めたんですけど、半分が新しいメンバーなので新しいバンドと同じで、前のバンド像を引きずること自体が間違っているというか。

●ああ〜、なるほど。

宮田:過去のFUNKISTを再現することじゃなくて、今このメンバーで伝えられることは、今までよりも増えているんじゃないかなと思ったんです。FUNKISTという名前は一緒なんですけど、新しいバンドを作るという気持ちでやり始めましたね。

●変な言い方ですけど、7人のFUNKISTを引きずる必要性がなかったというか。

宮田:7人のFUNKISTを今やろうと思ってもできないんですよね。たとえばヨシロウがいなくなって…まぁヨシロウがいなくなるのは8年ぶり3度目なんですけど(笑)…ツインギターで表現していたことを1人でやるのは絶対に無理で。

●はい。

宮田:“ギター1本で何ができるか?”という試行錯誤を3回繰り返してきたんですけど、その上でnaotoと2人でアンサンブルやコードとかを緻密に話し合えるようになったんです。naotoとは音楽の言語が近い感じがするんですよ。だからスムーズに話が伝わっている感じがあって、更にできることとできないことをお互いがわかっているから、「これってどうする?」みたいにお互いに救いの手を差し伸べ合えるんです。だから3人になった分、今まで以上にひとつの塊になった感じですね。削ぎ落とされたというか。もっとシンプルに伝えたいものを届けられているという感じがします。

 

INTERVIEW #3

「人間って訴える力が強いものにエネルギーを感じると思うんですけど、染谷西郷なりの想いを出したほうが、ヴォーカリストとしてもっと伝わるものがあるんじゃないか」

●今回のアルバムを出してツアーをするという計画を2年前にしていたと思うんですけど、その時にアルバムの全体像は見えていたんですか?

染谷:まだ見えていなかったですね。ただグルーヴとかノリは最強のやつを作るというテーマはバンドとしてあったんですけど、それくらいです。

●おっしゃるように今作はグルーヴに音楽的な焦点が当たっていて、聴いていて体温が上がる印象があるのと同時に、歌詞の内容についてはより鬼気迫る感じというか、大袈裟ですけど、命を懸けて歌っているような曲が多い気がするんですね。共通する事項として、“諦めない”という姿勢が歌詞の根底にあると思うんですが、“音楽を諦めない”というニュアンスというより、“生きることを諦めない”という印象がすごく強かった。

染谷:自分なりに人生と闘ってきてたどり着いたから書けた言葉はいっぱいあって。いつも強かったわけではないから、欲しかった言葉とか、手を伸ばしていた想いとかを書いた部分もいっぱいあると思うんですけど。多分その歩みがあったからこそ書けた言葉はたくさんあると思います。

●FUNKISTの曲を聴く度に思うんですけど、染谷さんは会ってお話をすると、朗らかで明るい印象があるんですね。でも曲を聴くと、実は刺々しかったりとか、弱かったりとか。

染谷:音楽だけは命を懸けているので。

●そういう自覚はあるんですか?

染谷:もともと10代の時に病気になって、そんなに長くは生きられないかもという経験もあるので、“これが人生最期の1曲かもしれない”と思って書いている部分はあるんです。“この言葉で本当にいいの?”とか、近しい人とかが“あの人は最期にこんなことを思って死んだのか”となった時に、“自分はこれでいいのか?”と思ったり。“もっと何か伝えてくれる言葉はないか”といつも考えているんですけど、今回はすごくストイックなほうに自分が向かっているなという自覚もあって。

●そうなんですね。

染谷:「Island Carnival」みたいなバカな曲は今の僕には作れないし、ああいう曲を作ろうとするとどこかで嘘をつくことになるかもしれないと思ったので、naotoに「バカみたいにみんなで楽しめる曲を書いてくれないか」とオファーして。ライブも楽しいのが好きだし、みんなで笑い合えるのも好きなので、アルバムの中に肩の力を抜けるような曲があったほうがいいと思ったんです。

●あえて何も考えない感じ。

染谷:そういうふうに曲作りをするのは楽しかったですね。

●ただ、「Island Carnival」の宮田さんは、あれで大丈夫なんですか?

染谷:ハハハ(笑)。転調させまくった挙句に、最後のいちばん高いパートを歌うという。

●FUNKISTのアルバムとしては、こういうノリが今までなかったわけではないですけどね。

宮田:今回の被害者は僕ということです(笑)。

染谷:ライブでもちゃんと下手にやってくれると思います。

●さっき染谷さんがおっしゃっていましたけど、歌詞を書く時にシリアスなモードになっているという自覚はあったんですね。

染谷:あとは出てくるメロディとかコードワークとか、アンサンブルのイメージも、力強いものが多く出てくるなと感じていたので、温かいハッピーな曲は感情より頭で構築しないとできなくなると思っていて。でもそうするのは今回はあまりよくないなと思っていたので、思いっきり自分から出てくるものに任せました。

●いちばんシリアスな突き刺さる言葉があるのはM-8「One Shot」だと思うんですけど、ちょっとびっくりしたんです。これは心の中の核にあるものを出したイメージですか?

染谷:僕にしか歌えないものとか、生い立ちも含めて曲にした曲が昔は多かったんです。でも徐々に日本で生活している人たちとか、普通に生活している人たちにもキャッチできるところに落とし込んでいくみたいなクセがついていたので、昔のそういう曲をソロのライブでやっていた時に、naotoが観に来てくれていて、「ああいう曲はFUNKISTには必要じゃねぇか」という話になったんです。

●なるほど。ソロではそういうタイプの曲をやっていた。

染谷:naotoが「染谷西郷にしか歌えない歌だけど、それをFUNKISTとしても歌うべきじゃないか」という話をしてくれて。「もしアルバムを作るんだったら、あの当時の曲を今のFUNKISTでリメイクして入れたい」と。その時に“だったら今の俺にしか作れないメッセージで0から作ったらどんなものができるんだろう?”と考えたらどんどん熱くなってきて、書き殴ったのが「One Shot」なんです。だから“日本と南アフリカの間で生まれて居場所がない中で育ってきたから、俺がお前らの居場所になってやるぜ“という歌詞で、“それが気に食わないなら俺を撃ち殺してみろ”という強いメッセージを込めました。

●うん。すごくメッセージ性が強いですよね。

染谷:ルーツはアフリカの音楽でやりたかったので、naotoに極上のレゲエを作ってきてもらって。アフリカの音楽と、和の音楽が入った曲で、“俺”という人間を表現できるようになったというか。鍵をかけていた引き出しを久しぶりに開けたみたいな感覚でした。

●鍵をかけていたんですか?

染谷:そうですね。“届きやすいものを!”という意識はどこかであったんだと思います。

●naotoさんはなぜそういう提案をしたんですか?

naoto:それが染谷西郷の1つの魅力だったんですよ。俺は今までの音楽活動の中で、“闘う音楽”の中で見てきた風景がありまして。染谷西郷にもそういう部分があることを知っているのに、それをやっていない。それを“何でやらないんだ?”と思っていて。もちろんいつも素晴らしい歌詞は書いているんですけど、“そこじゃない部分もあるんじゃないのかな?”と思っていたんです。

●なるほど。

naoto:それをソロでやっていて、突き刺さりまくったんです。染谷西郷のもう1つの良さがあるのに、FUNKISTでやらないのはダメだと。もったいないというか。人間って訴える力が強いものにエネルギーを感じると思うんですけど、染谷西郷なりの想いを出したほうが、ヴォーカリストとしてもっと伝わるものがあるんじゃないかと。それを新しくバンドでやろうという提案をしました。

●それで開放できたというか。

染谷:それまでは、どこか自分の中で住み分けをしていたところもあって。FUNKISTで表現していい部分があって、そこからはみ出している部分は1人歌えばいいかと思っていたんですけど、それが決壊しましたね。

●遂にこのタイミングで。

染谷:だから今のライブはすごく面白いと思います。自分がやっていて面白いし、楽しいので。

naoto:「One Shot」は、弾きながら泣けるんですよ。

●「One Shot」をライブで観る時に、naotoさんに注目していれば…。

naoto:下手したら泣いています(笑)。そういう曲ってすごく必要で。自分を高めるというか、バンドメンバーさえ高まってしまう曲のエネルギーがお客さんに伝わっていくので、“すごいものを作ってきたな”と思いましたね。すごい力を持った曲になったと思います。

 

INTERVIEW #4

「凄まじいことができれば、間の壁なんて簡単に超えられるというのを実感したんです。“超えたい”が“超えられる”に変わってきた」

●リード曲はM-1「BORDERLESS」ですが、2008年にリリースしたシングル『BORDER』とは繋がっているんですか?

染谷:特に物語として繋がっていることはないんですけど、「BORDER」という曲ができたのは13〜14年前で、その時は“声を上げて僕らの間の距離を超えたい”という願望だったんですけど、それから10年以上FUNKISTをやってきて、世界中でライブをやって、超える瞬間をいっぱい見せてもらったというか。ヨーロッパをストリートライブでツアーしていた時も、難民問題が報道されている時で、テロ問題もまだある状態で。だから海外から来て演奏していても、なかなか受け入れてもらえない状況だったんです。

●それどころじゃないですよね。

染谷:でも音楽さえ良ければ、その間にある感情とか理性とか考えを吹っ飛ばせる瞬間があるじゃないですか。自分もライブを観に行って、後ろのほうで腕を組んで観ていることもあるんですけど、あまりにそのライブが良かったらいつの間にか両腕を突き上げていて“我慢できなかった”という時もあるし。音楽って、そういう底知れない力があるというのを見せてもらって。だから凄まじいことができれば、間の壁なんて簡単に超えられるというのを実感したんです。“超えたい”が“超えられる”に変わってきた。

●実感になってきたんですね。

染谷:だから『BORDERLESS』というタイトルに、“間にある壁なんて5分あれば壊せるぜ”という想いを込めました。今作の歌詞の中では、“僕らは距離も超えていく”と言い切っているんです。それは願いじゃなくて実感なんですよね。アパルトヘイトとか、そういう世界規模のことじゃなくても、友達の輪に入れないとか、自分が夢に1歩踏み出せないとか、人間関係の中で生きていると色々なことがあると思うんですけど“1曲分の時間だけ俺らにくれたら、そういうボーダーを全部ぶっ壊してやるぜ”と今は思えているんです。「One Shot」もそうだけど、それを俺らにしかできないもので。LOVE&PEACEのメッセージはFUNKISTの根底にずっと変わらずにあるものだけど、海外に行ったらMCが通じないし、言葉で届けられることには制限があるけど、音楽では全員が環境とか関係なく踊り合えるんだということを実感して。南アフリカで腹減っている子たちがいて、治安が世界一悪いエリアでもギャングの兄ちゃんも子どもたちも笑いながら踊っているという光景を見てきたし。そうなると“これがいちばんピースフルだな”と。

●そういう音楽を自分たちで生み出せばいいと。

染谷:たとえ戦場のど真ん中に行っても、音を鳴らせば全員が肩を組んで踊れるくらいの曲が作れたら、言葉すらもいらないんだなと思って。今回それを目指せたのはそういう経験があったからですね。

●ある意味、音楽の根源的なところに近づいていっているのかもしれないですね。

染谷:より音楽が好きになったし、あの頃よりももっと音楽の力を信じているんだと思います。

●あと印象的だったのは「YOU」なんですけど、作曲は鬼の宮田さん(※宮田は結成当時、非常にスパルタで“鬼の宮田”と呼ばれていた)じゃないですか。

宮田:鬼の宮田、懐かしい(笑)。

●この曲を聴いて思い出したのは、陽子さんのフルートだったんです。彼女のフルートは歌とは違う物語性があるというか、すごく饒舌だなといつも思っていたんですけど、このギターもめちゃくちゃ饒舌で。鬼がまさか…。

染谷:鬼が泣いた(笑)。

一同:ハハハ(笑)。

●この曲はどういう経緯でできたんですか?

宮田:これはアルバムに入れるために作った曲ではないんです。1年くらい前に自作自演の誕生日会というライブをやったんですよ。飲み屋みたいなところにメンバーに来てもらって、何かをやろうかなと思って計画していたんですけど、その直前にヨシロウがどこか行っちゃったんです。それでどうしようと思って、こういう場だからこそ今までにやったことがないことをやってみようと思って。昔、染谷と僕で30周年記念ライブというのを2人でやったことがあるんですね。

●30歳の誕生日に?

宮田:いや、2人は6歳の時に出会ったんですけど、出会い30年周年目の36歳の時です。その時に陽子の「Smile Children」という曲をギターソロで弾いて。“そういう曲を作りたいな”と思って家で作っていたら、色んな人の顔が出てきたんですね。メンバーもそうだし、日本中、世界中に土地の名前を見たら思い出す顔があって。そうやってできた曲だったので、「YOU」というタイトルをつけたんです。

●色んな人に対しての「YOU」。

宮田:そうです。複数形の「YOU」というか。あなたのことでもあるし、みんなのことでもあるという。それを染谷が聴いて「これアルバムに入れたい」と言ってくれたんです。

●そしてアルバムリリース後はツアーが控えてますね。ファイナルを恵比寿LIQUIDROOMでやるというのは、そもそも決めていたんですか?

染谷:ハコとしても好きなのはもちろんなんですけど、今まで渋谷TSUTAYA O-EASTと渋谷TSUTAYA O-WESTをやってちゃんと結果を出せてきたのに、恵比寿LIQUIDROOMは2回やってきてソールドアウトをさせられずに終わっているから、それをちゃんと達成して、“今のFUNKISTがいちばんヤバい”というのを自分たちで見たいと思ったんです。“やるならやろう”と思って決めました。

●どんなツアーにしたいですか?

宮田:最初は作品として完成したものでも、曲はライブでどんどん変わっていくじゃないですか。今作の中でいちばん古い曲は「Time has come」で、ライブでもやってはいるんですけど、作った頃とは色んな部分が変化して、ライブの曲に仕上がっているんです。CDにパッケージされた曲とライブの曲を比べると、成長というか変化がいつの間にか出てきていて。アルバムで新録した曲はまだライブでやっていないので、この曲たちがどう変化していくかすごく楽しみですね。ツアーファイナルの時にどんなFUNKISTが見られるのか、自分でも楽しみなんです。

naoto:シングルは出してきましたけど、FUNKISTとして俺がベースを弾いてできた初めてのアルバムなんですよ。

●確かに。

naoto:今回のツアーは色んな闘いが自分の中にあって。今までのアルバムを聴いてきているし、7人の時のFUNKISTを観てきていて、その上で加入して作った新しいアルバムなので、今までとは違ったFUNKISTをこのツアーでしっかりと観ていただいて、“FUNKISTはこうなったんだ”と楽しんでもらいたいですね。先ほど『BORDER』から『BORDERLESS』の流れの話もありましたけど、自分自身のミュージシャンとしての変化もあるわけで。“今のFUNKISTで俺はこういうベースを弾くんだ”というのを、初めて発表できる場でもあるんですよね。だからそこはちゃんとケツを引き締めてやりたいと思っています。

●いい意味で今までのFUNKISTとの闘いでもあるんですね。

naoto:闘うつもりはないんですけど、俺には俺の歴史があって、バンド活動以外にも色々やってきたことがあって、その中の1つの形として全部自分でベースを弾いたアルバムなので、今までの集大成という感じですね。

●なるほど。

naoto:別にこれで終わるんじゃなくて、これから先もあるんですけど、そういうちょっとしたところでの考え方は、今までのシングルとは違った感じはあります。「今のFUNKISTいいでしょ?」と言いたいですね。

染谷:FUNKISTが始まって18年なんですけど、途中で“もう音楽好きじゃないのかも”とか思った時期もあったんですよ。でも今は本当に楽しくやれていて、それがとにかく幸せだと思うんです。“音楽を嫌いにならなくて済んだ”という。それは、メンバーとか周りにいた人たちが支えてくれていたんだと思っていて。少なくとも、俺が“すごくいい”と思うアルバムができたから、胸を張ってというレベルではなく、絶対に満足させられるという自信がありますね。日常の中で悩んだりすることもそれぞれにあると思うんですけど、それを全部持ってライブハウスに来てくれたら、終わったあとは笑顔にして帰す自信があります。

Interview:Takeshi.Yamanaka
Assistant:室井健吾

 

 

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