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SNARE COVER

世界最大のライブコンテスト“エマージェンザ”特集#1 SNARE COVER:唯一無二の歌声が国境を越えて響き渡る

優勝者は3万人を動員するドイツの野外フェス“タウバタール・フェスティバル”で演奏できるという世界最大級のライブコンテスト・“エマージェンザ・ミュージック・フェスティバル”。その日本大会である“エマージェンザ・ジャパン”で2017年、ソロアーティストとして初めて優勝を果たしたのが、北海道を拠点に活動している斎藤洸のソロプロジェクト・SNARE COVERだ。“エマージェンザ”特集第1弾となる今回は、世界大会への出場から帰国した斎藤洸を羽田空港でキャッチして突撃インタビュー。唯一無二の声で世界を驚かせた彼に、日本大会優勝までの経緯をはじめ、“音楽が国境を越えた”と実感したというドイツの野外フェスのことなどをじっくりと訊いた。

●“エマージェンザ・ジャパン”の優勝おめでとうございます! SNARE COVERは北海道を拠点に活動されていますが、そもそもこのコンテストに応募したきっかけは何だったんですか?

斎藤:札幌だけで活動していくというよりは、できる限り外に出て自分の力を試したいという部分があったので、海外のことはずっと頭に入れていたんです。でもやり方がわからなかったり、周りにそういう活動をしている人がいなかったりで、実行には移せていなくて。2年前からエマージェンザの存在は知っていたんですけど、まだバンドのメンバーがいた頃は勝ち上がっていけるイメージが沸かなかったんです。あとは観客の挙手の数で勝者が決まるコンテストなので、札幌からの出場だと不利だなというのもあって。

●地元にいるファンを全て連れて行くわけにはいかないですからね。

斎藤:でもソロになって自信がついてきて、“自分の力でトップに行くには、エマージェンザしかない!”と思ったので、今回は予選の応募期間ギリギリで応募したんです。その時に運営の方と出会って、 Skypeでやりとりしていく内に、このイベントに対する興味もどんどん湧いてきたんですよね。

●そこから順調に勝ち上がっていくことができた。

斎藤:それは運営の方からアドバイスをもらえたことが大きいと思います。逆に「このままだと次勝ち上がるのは難しい」とか、はっきり言ってくれたんですよ。バンドミーティングというのがあったんですけど、僕は札幌在住なのでどうしても東京には足を運べなくて。でも運営の方が必ずSkypeで事細かく状況を説明してくれたんです。そういうことを重ねる中で、エマージェンザに対する信頼感も生まれてきて、“ここで勝ちたい。世界に行きたい”と思うようになってきました。“期待に応えたい”という気持ちも強くなりましたね。

●その気持ちがパフォーマンスにも表れたんですね。そういう事細かなバンドミーティングもエマージェンザの特徴になっている。

斎藤:本当にちゃんとしていると思います。逆にバンド自身のやる気もそこで試されるというか。ミーティングとかを“面倒くさいな”と思ってしまうバンドもいると思うんですけど、そういう人たちは勝ち上がることができないと思うんですよ。そういう厳しさがある中でのファイナル進出というのは、すごく意味があると思います。

●出場者の本気度も試されているというか。

斎藤:だから勝ち上がっていくごとに“(自分のやっていることは)間違いないんだ”という気持ちが大きくなっていきましたね。恐らく今まで勝ち上がってきたバンドもそうだと思いますよ。

●元々、エマージェンザ・ジャパンに応募すると決めた時から優勝は狙っていたんですよね?

斎藤:間違いなく優勝は狙っていました。ただ、まず予選を勝ち上がることが難しいとは思っていて。そもそもお客さんを呼ばないといけないし、手も挙げてもらわなければいけないから。でも“みんなが集まっていれば自分はたくさんの挙手を得られるんじゃないか”という自信は、その時にはすでにあって。だから、まずはお客さんを呼ぶことに集中しました。あと普通は札幌から東京に出てきているという時点で他のバンドと比べると不利なんですけど、僕の場合は東京にも応援してくれる人がいて。

●北海道以外にもたくさんファンがいる。

斎藤:僕は猫の“わさびちゃん”のお父さんとしても活動していて、そちらで応援してくれる方たちも、僕の音楽を聴いてくれているんです。そういう繋がりで関東や関西にも僕の曲を聴いて応援してくれている人たちがいて、協力してくれたというのが大きいと思うんですよね。

●それも“この人を優勝させたい”と思っているから、応援に来てくれているんでしょうね。“わさびちゃん”からSNARE COVERのことを知っていても、ライブにまで足を運ぶというのはすごく大きな1歩だと思うんですよ。

斎藤:あんなにたくさんの人に足を運んでもらえるなんて想像していなかったので、本当にびっくりしました。自分のベストを尽くして“70人くらい来てくれたらな”と思っていたんですけど、フタを開けてみたら100人以上の方が来てくれて。“これは流れが来ているな”と思ったし、“絶対に勝ちたい”という気持ちになりましたね。

●そのファイナルの1曲目は童謡の「赤とんぼ」から始まりましたけど、これは、誰でも知っている曲をやろうというアイデアから?

斎藤:それもありますし、童謡を歌うというのはなかなか珍しいことだと思ったから。“自分ならこういうふうにやる”というイメージも早い段階からできていて、“これならインパクトを与えられる”という確信があったんです。

●出場者はほとんどバンドという中に1人で挑むにあたって、インパクトを残したいという気持ちもあったんでしょうか?

斎藤:できることはバンドと比べるとどうしても限られてしまうんですけど、僕は“限られた中でどこまでできるか?”というところに興奮するタイプなんです。何でもできる状態から選ぶよりは、“ここまでしかできない”という状況でどこまでできるかというところに燃えるので、色々とアイデアも浮かんできたんだと思います。

●1人でやることに対して、不安はありました?

斎藤:プレッシャーはありましたね。僕はループステーションという1人で音をダビングして重ねられる機材を使うんですけど、1つでも音を外すと曲自体がダメになってしまうんですよ。だから、そういう部分での緊張感はありましたね。でもそれは練習でカバーできると思っていたので、しっかり準備して臨みました。

●サポートを入れて出場するという考えはなかったんですか?

斎藤:なかったですね。“ボーカルの力を最大限にまで発揮する”というのが目標だったので、そのためにバンドサウンドは必要ではなかったんです。とにかく“歌を聴かせる”ということをメインにしていたから。

●ファイナルのステージに立った瞬間から、“今日はいけるな”みたいな予感はあった?

斎藤:予感とまではいかないですけど、調子はものすごく良くて。何1つプレイに対する心配はなかったし、ステージに上がる直前もほぼ不安はなくて、楽しみでワクワクして“早くやりたい”と思っていました。“あとは運命に任せるのみ”という心境でしたね。

●実際に優勝が決まった時はどんな気持ちでしたか?

斎藤:ものすごく嬉しかったです。でも優勝が決まった瞬間は、“やったー!”みたいに爆発的な喜びよりかは、すごく静かな喜びがあったんですよ。心の中でずっしりと感じる喜びというか。それから実感が少しずつ湧いてきた感じですね。数日後にSNSでファイナルの映像を観た時に、曲を終えた時の歓声を聞いて泣きました。“こんなにみんな自分のことみたいに喜んでくれていたんだ”と思って。

●確かにすごい盛り上がりでしたよね。そして“エマージェンザ・ジャパン”で優勝し、ドイツの野外フェス“タウバタール・フェスティバル”への出演を果たしたわけですが、現地の雰囲気は?

斎藤:ドイツの歴史ある場所でのライブだったんです。普段は経験できない自然の中のフェスということもあるし、ステージ上から歴史的な建造物も見えるようなところでやったので、不思議な感覚でした。すごく気持ち良かったですね。

●日本大会で優勝して、次はドイツでの優勝と目標が大きくなったことがモチベーションアップにも繋がったのでは?

斎藤:そうですね。“どこが自分のゴールなのか?”とか、“自分はどこで満足をして、その場に立った時にどういう気分になるのか?”というところにも興味があって。だからドイツ行きが決まってからも、“絶対に優勝したい”という気持ちを持ち続けられました。“世界一になりたい”という気持ち1つで挑みましたね。

●優勝するという強い気持ちで臨んだと。

斎藤:でも実際に他の出場者を観ると、レベルがすごく高くて。自分が憧れてきたような音楽やパフォーマンスが本当に目の前で起こっていたので、“この中で優勝を狙うんだ? これはすごいことだな…”という感じでした。

●戦々恐々としてしまった?

斎藤:圧倒はされました。でも“この中で自分はどういうふうに見られるんだろう?”っていう気持ちになることはすでに予想していて。やることはもう決まっているので、あとは“怖気づかないでやろう”と思って自分を保っていました。

●実際にドイツで演奏してみて、予想と違うところはありましたか?

斎藤:自分の声に対する反応が本当に大きくて。演奏する直前に声を出していた時にも、その辺でザワザワしていた人たちがこっちを観てくれたり、何人も立ち止まってくれたりという光景も目の当たりにしたんです。ものすごくたくさんの出演者やお客さんやスタッフの方たちが、本当に熱く「良かった! 特別な声だ!」と言って感動してくれたんですよね。それは想像以上のできごとだったので、何回も泣きそうになりました。

●1人でやっているからこそ、歌声がよりお客さんに届いたんでしょうね。言語が違う人たちにも自分の音楽が届いているという感覚はあったんじゃないですか?

斎藤:今回“ベストシンガー賞”を受賞することができたんですけど、全曲日本語で歌った上での結果だったので、それはすごく感じて。トップ3のバンドを観たら、自分が憧れるくらいすごく上手なボーカリストが揃っていたので、その中で“ベストシンガー賞”をもらえたことにとても感動しました。“音楽は国境を越える”とよく言われますけど、それを実感しましたね。

●Twitterでも「世界を経験出来て、僕は幸運でした!!」とつぶやいていましたが、今回の経験が今後の作品にも活きてくるのでは?

斎藤:ローテンブルクはすごく歴史的な街なので、そこにいるだけで自分のメロディの雰囲気とか音楽性にも間違いなく影響するなというのは予感していて。作曲にはすぐ影響すると思います。あと今回の経験を経て、“自分は通用するのか?”とか、“これは良いものなのか?”と自問していた部分で確信を得られました。今までやってきたことに対して、“これで良かったんだ”と思えるようになりましたね。

●ミュージシャンとしての自信もより大きくなったと。4月には『地球』というタイトルの作品もリリースしていたわけですが、以前から世界や地球規模の広い視野で物事を考えることが多いんでしょうか?

斎藤:そうですね。大きな規模の歌というか。歌に想いを込めて“人間賛歌”のような曲を作ることが多いんです。日常生活のお話というよりは、もっと大きなことを歌っていますね。

●そういう大きな規模のことを歌にするのは難しくないですか?

斎藤:日常的なものでもないから難しいですよね。でもみんなどこかで思っていたり、フワッと感じたりすることだと思うんですよ。意識的に“今ここにいる自分”というのを捉えた時に、“ここに自分という人間がいる”という現象自体が不思議な気がしていて。“いつから意識は自分というものを捉えているのか?”とか“それがなくなった時にどうなるのだろうか?”とか、そういうことを日々感じていますね。それが自分のステージでの表現とマッチしている気がしているんです。

Interview:室井健吾



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応募・詳細はコチラ→http://www.emergenza.net/

 

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