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strange world’s end

負の感情を昇華した先に広がる新世界に向かって。 心の闇を突き破る、現代のエモーショナルロック。

活動10周年イヤーを迎えたロックバンド、strange world's endが2ndアルバム『やっぱり、お前が死ねばいい。』をリリースする。前作の1stアルバム『君が死んでも、世界は別に変わらない。』から、約3年ぶりに放たれる今作。アルバムタイトルにも見られるように言葉や音は鋭さを増しながらも、今までにはなかった“外”へと向かうエネルギーが今回の楽曲には感じられる。バンドがこれまで持っていた内部爆発的な領域を超えて、現代に生きる人間の様々な感情や想いをよりリアルかつストレートに表現する様は痛快なほどだ。人間の心の闇を容赦なく揺さぶる全11曲は誰にでもあてはまるわけではないが、この歌を必要とする人は絶対にいるだろう。そこへと届けるべく、新たな一歩を踏み出したメンバー2人へのロングインタビュー。

「叫んじゃったりすると、逆に伝わらないんですよね。この曲を聴いた小学生がすぐに真似して歌えちゃうくらいのポップなメロディじゃないと、逆に“人殺し”の恐ろしさが出てこないというか」

 「“殺せ”とか“死ね”とかあまり使っちゃいけない言葉を使うからには、やっぱり他の部分にも嘘があってはいけないと思うんです。リアリティがないと、どっちも成立しなくなってしまうから。こういうストレートな単語を使っているからには言葉に説得力を出さないと、本当に言いたいことも軽くなると思うんですよね」

●アルバムタイトルの『やっぱり、お前が死ねばいい。』をはじめとして攻撃的な言葉が歌詞にも多いので、実際にお会いするまではちょっと怖かったんですが…。

飯田:初期のメンバーにも、そういうことを言われたことがあって…。先にデモを聴いていた印象もあって、初対面の時は「会った瞬間に殴られるんじゃないかと思っていた」らしいんですけど、そんなことはないです(笑)。

●会ってみて、安心しました(笑)。実際、他人に対して攻撃的な行動に出るわけではないんですよね?

飯田:気を病むことはあっても、それが暴力行為とかに結びつくことはないですね。酔っ払って暴れることもないですし(笑)、あくまでも自分の中に溜まったものを吐き出す表現の1つとしての歌詞や音楽なんです。ざっくりと言えば“ロックバンド”をやっているというだけで、それ以上でも以下でもないんですよ。“俺たちは鬱々としなきゃいけないんだ”という打ち合わせをしたこともないから(笑)。

●結果として、“鬱ロック”と呼ばれる表現になっているだけというか。

飯田:それをやろうとしているわけではないですね。これまでは“君とあなたの鬱ロック。”というのがキャッチフレーズだったんですけど、そろそろ“これじゃなくても良いかな”という気持ちがあって。だから今回はもっと広いところにアプローチしたいなと思って、“心の闇を突き破る、現代のエモーショナルロック。”というフレーズになったんですよ。

●自分たちの音楽をもっと広めたいという気持ちの表れなんですね。

飯田:全ての人がこの音楽を受け入れてくれることはないかもしれないけど、届く人には届くと思うから。自分が音楽によって救われたように、僕らの音楽を必要としてくれる人はいると思うんですよ。そういう人にどうやって届けようかなと考えています。かといって、こちらの表現が急に変わったりするわけでもないんですけどね。

●そういう中で、今回はエネルギーが外側にも向けられるようになったことが大きな変化なのかなと。

飯田:それはありますね。今回はダークな言葉や強めの言葉を発する曲であっても、外側に向けて発するようになったというか。以前は自分の内側を攻めていたんですけど、逆に外側を攻めるような部分も出てきたんですよ。それが良いか悪いかは別として、単純に内側から自分だけを攻め続けるのに比べると、“外側に向いた”とポジティブに捉えることもできると思うんです。

●自分の内面だけで完結していない。

飯田:別に明るいエネルギーではなくて、ダークなエネルギーも伴っているんですけど、それが外側にも向き始めたというか。外側にエネルギーが発散されるようになったのかなと。あと、コーラスを入れるようになったというのも、“外に向いた”ということなのかなと思います。

●それはどういうこと?

飯田:以前は正直、そういうことを考えなかったんですよ。コーラスを入れると、ちょっと甘くなるじゃないですか。だから自分の歌1本で行くよりも、コーラスを入れることで逆に弱くなったり薄くなったりするんじゃないかと思っていて…そこはちょっと浅はかでしたね(笑)。最近は色んな音源を聴いている中でも“なるほど、こういうコーラスの使い方があるのか”という聴き方をしていて。改めて“まだバンドとして伸びしろがあるな”と感じています。

●コーラスを入れることで、バンドとして表現の幅も広がった。

平:コーラスが入っている曲も元々あったんですよ。でも最近は、曲を作る過程で“コーラスをちょっと入れてみよう”と考えることが増えたのかな。

飯田:元々ライブでは平にコーラスを入れてもらっていたんですけど、それを作曲段階から考えるようになったというのはあって。特に大きく変わったわけではないけれど、そこも考え方が外に向いたことの1つかもしれないですね。

●その結果として、バンドの伸びしろも見つけられたというか。

平:僕はもうそんなに伸びしろなんてないんじゃないかと思うんですけど…。

●ハハハ(笑)。

飯田:覆されましたね(笑)。でも引き出しは、まだあると思うよ…。

平:そうだね。まだ引き出しを持っているから良いやっていう。必要な分の引き出しは既にあるので、元々あるものだけで上手くこなしていく感じというか。だから余計な、“お試し”みたいな引き出しはいらないかなと。

●取ってつけたようなものはやりたくない。

平:そういうものはいらないですね。“新しい何かを取り入れてみよう”というのは前から考えていることだし、そういうものも自然に入ってくる感じだと思うんですよ。

●自分の引き出しの中で今まで開けていなかったところを使ったりはするんですよね?

平:それはありますね。今までは使い道がなくて、ホコリをかぶっていただけなんです。

飯田:“使い道がなかった”というのは、確かにそのとおりかもしれないですね。コーラスも今まで使ってはいたけれど、こういう使い方はしていなかったから。色々と引き出しはあっても、ほとんど開けないところもあるじゃないですか。そこを偶然開けてみたら、「これがあったか!」みたいな感じなのかな。

●自分の中にあるものを再発見する感じというか。歌詞に関しても、誰もが心の中で持っているけれどもなかなか口には出しづらいことを歌っている感じがします。

飯田:たとえばM-8「コロニー」の歌い出しは“朝起きて 死にたい気持ちになって”となっているんですけど、こういうことはみんなも“あるある!”っていう感じだと思うんですよ。でもそういう歌詞って、実はあまりないんですよね。他の歌詞にしても、そういう瞬間を切り取っているのかなと思います。

●誰もがどこかしら重ねられる部分のある歌詞になっているのかなと。

飯田:そうですね。それをあえて歌詞にしているというのと、あとはわかりやすい言葉を選ぶようにしていますね。できるだけ、誰もが日常で使える言葉の範囲内で書こうとは思っています。“そういうことを思う時もあるよな”というラインにはしておきたい気持ちがあって。

●平さんも歌詞に共感する?

平:僕は全くわからないです。

一同:ハハハハハ(笑)。

平:いや…共感するわけではないんですけど、わからないではないなと思います。

●まぁ、色んな人がいますからね(笑)。

飯田:どの曲にも自分の体験談を入れているんですけど、それだけで完結してしまうとパーソナルすぎるので、面白おかしくしてあって。M-3「無知の感染」は実体験も入れつつ、ちょっと社会風刺的な歌詞にしてあるんですよ。

●社会風刺というのは、どういうところで?

飯田:“横のヤツ死んでも だって自分じゃないし”という歌詞は、ネットゲームのことでもあって。ネットゲームで横にいるヤツが死んでも、あまり気にしないじゃないですか。でもそれが実際の世界と重なっていって、次第にそっちの比重が大きくなると、現実世界の出来事にも心が動かなくなっていくというか。

●だんだん感覚が麻痺していってしまう。

飯田:だから最後の“人殺し”を連呼するところも“誰もが”から始まって“お前も”、そして“俺もか”という流れになっているんですよ。

●この曲の終盤で“人殺し”を連呼する部分は、かなりインパクトがありました。

飯田:しかも、可能な限りポップなメロディに乗せているっていう(笑)。ここはポップにしないと、面白さが出てこないと思ったんですよね。

●メロディがポップなせいか、“人殺し”のフレーズがすごく耳に残る(笑)。

飯田:これは叫んじゃったりすると、逆に伝わらないんですよね。この曲を聴いた小学生がすぐに真似して歌えちゃうくらいのポップなメロディじゃないと、逆に“人殺し”の恐ろしさが出てこないというか。だから本当に、歌っていると楽しくなってくるようなメロディにしてあるんです。たとえば小学生が3人くらい並んで“人殺し 人殺し 人殺し♪”と歌いながら歩いてきたら、怖いじゃないですか。

●それは怖いですね(笑)。

飯田:それくらい生活に入り込むようなメロディじゃないと、最終的には怖くないんですよ。怖がらせようとして一瞬で絶叫するんじゃなくて、むしろ(ふと気付いたら)“こんなことを歌っていたんだな…”という感じのほうがヤバい気がする。

平:メロディは“フィルター”として使っている感覚があって。曲として聴かせるには、メロディがフィルターになることで言葉がダイレクトに響きすぎないくらいがちょうど良いのかなと。僕らの歌詞はあまりにも直球な言葉だから、そのまま直球で来られるとみんな耐えられないと思うんですよ。

●メロディが加わることで、聴きやすくなっている。

平:言葉を伝えたいだけならメロディは関係ないし、ただ朗読したり叫んだりしていれば良いんですよね。でも曲として伝えるには、メロディというフィルターを通したほうが良いと思うんです。それを上手く使うことで、言葉がキャッチーになったりもするから。そのままの意味じゃなくて皮肉になったり、面白おかしくなったりもするというのが良いんじゃないかなと。

●強い言葉を使っているからこそ、それをどう届けるか考えなくてはいけない。

平:“殺せ”とか“死ね”とかあまり使っちゃいけない言葉を使うからには、やっぱり他の部分にも嘘があってはいけないと思うんです。リアリティがないと、どっちも成立しなくなってしまうから。こういうストレートな単語を使っているからには言葉に説得力を出さないと、本当に言いたいことも軽くなると思うんですよね。

●“面白おかしくしている”という話もあったようにユーモアも取り入れることで、“痛い”歌詞にはなっていないのかなと。

飯田:そうはなっていないと思いますね。そこは曲の耐久性というか、長く聴けるものを作りたいという気持ちがあるので考えています。

平:“死ね 死ね”なんて歌っていても、それはウチらが思っていれば良いことで、聴く人まで洗脳みたいにそう思わせる必要はなくて。そう感じてくれても、全く別の捉え方でも構わないんです。そう思っている人にとどめを刺すのか、逆に救済するのか、“どちらでもどうぞ”っていう。そういったことは、歌詞とメロディを決める時に考えていますね。

●“死ね 死ね”と言えば、M-7「終了」の後半では“みんな死ねばいい”と連呼していますが…。

飯田:“みんな死ねばいい”と合計40回歌っているんですけど、歌詞カードでも略することなく全部載せて欲しいとデザイナーさんにお願いしたんですよ。

●40回繰り返すことに意味がある?

飯田:意味がありますね。前半部分の歌詞があった上で、そこから切り返して後半で“みんな死ねばいい”と歌っていることに意味があるから。だから、歌詞は全部載せたかったんです。

●色んな声で“みんな死ねばいい”と歌っていますよね?

飯田:完全に一発で録っているんですけど、もう…イカれていましたね(笑)。色んな人の感情を召喚する感じというか。

●色んな人が気持ちを重ねられるように、色んな歌い方をしているのかなと思いました。

飯田:そういうイメージですね。最初は自分として歌っているんだけど、そこに色んな人が重なってきて、だんだん破綻していく感じになっていて。元々は“もう生きるのに疲れたから部屋で寝たきりになって食事も排出もせず、このまま白骨化したいな”という歌詞なんですよ。でも急にその人の中で何かがブチッと切れて、“みんな死ねばいい”となってしまうような感情の動きを想像して書いたんですよね。

●無気力な状態から、急に“みんな死ねばいい”という敵意に変わる瞬間がある?

飯田:やっぱり外の世界に対するイラ立ちが、どこかにあるんですよね。ちょっとした切り返しであれば、“あ〜、ムカついちゃったな”という程度で終わると思うんです。でも一番下まで落ちてから一気に切り返すと、振り幅が大きくなっちゃうから。

●一番下まで落ちている分、そこからの反動も大きい。

飯田:そうなってしまうと、大変なことが起きたりもするんですよ。だから実際にそういう人が聴いた時に“あぁ、わかるな”となって、僕らの音楽が1つのはけ口になれたら良いなとは思いますね。

●実際、飯田さんの場合も内に溜め込んでいるものをバンドとして音楽で発散できているから、日常で攻撃的になったりしないわけですよね。

飯田:バンドがないと、自分もかなり溜め込んでしまいますからね。現状はバンドがあって、自分の表現として感情とか溜まったものを出すことができているから、何とかなっていて。でもそうではない人もたくさんいるので、そういう人が抱いている感情を変にオブラートに包んだりせず、こういう形で表現しているんです。ただ、その人たちがこのアルバムを聴かなければ意味がないので、そのためにこうやって取材を受けたりしているというか。

●届かなければ意味がない。

飯田:今回は前作以上にすごく良い作品になったので、そのためにももっと外向きに発信していこうと思っているんですよ。僕らの音楽を聴いて“こういうヤツもいるんだな”と、少しでも思ってもらえたら嬉しいですね。

●そのアルバムに『やっぱり、お前が死ねばいい。』というタイトルを付けた理由とは?

飯田:ラストのM-11「フロンティア」の最後に、“いつか みんな 此処から 消える 君も 俺も 誰もが 居なくなっちまう 夢も 笑顔も 痛みも 憎しみも”と歌っていて。“死ぬ”っていうことは、そういう“感情”さえも失われてしまうんですよね。それによって楽にもなるんですけど、やっぱりそういう感情が失われるのはさみしいことだなと。“やっぱり、お前が死ねばいい。”とか思っている感情とも最終的には、そこで別れるわけですよ。このアルバムを最後まで聴くと、それも許されたような気持ちになるというか。そういう意味で、『やっぱり、お前が死ねばいい。』というタイトルにしたんです。

●許される?

飯田:どんなことを思っていてもみんな最終的には死んじゃうんだから、そんな自分自身を結局は受け入れるしかないというか。そうしないと、生きている間がただつらいだけになってしまうから。「終了」の歌詞に出てくる“みんな死ねばいい”と、タイトルの“お前が死ねばいい”は直結している感じもあって。ただそれだけで終わるんじゃなくて、最後の「フロンティア」まで行くとそういう感情が昇華されて、許される感じがあるんです。1曲目の「敗北」でいきなり負けるところから始まり、最後はそういう流れになっていくのが良いなと思っています。

●『やっぱり、お前が死ねばいい。』の“やっぱり”にも、意味があるのかなと。

飯田:“やっぱり”は皮肉っている感じというか。“絶対”ではないんですよね。“お前”というのは自分自身のことかもしれないわけで、決して誰かを責めているわけではない。自分にも言えるし、誰かにも言える言葉にしている感じです。そこも自分が、外との接触を持ち始めたことを示すものになっていますね。

●外に向かい始めたことが、今後の新たな作品にもつながってくるのでは?

飯田:strange world's endはタイトルも歌詞も2つ以上の意味を持たせるようにしているんですけど、そういう意味で前作と今作もどこかしらつながっているんですよね。『君が死んでも、世界は別に変わらない。』『やっぱり、お前が死ねばいい。』と来て、“この次はどうなるのか?”というところで、全てはパラレルにつながっていて。直線でつながっているというよりはパラレルでつながりながら、どんどん自分たちの世界を広げていっている感じですね。

Interview:IMAI

 

 

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