
2週間くらい前、突然弟に「ギター持ってる?」と聞かれた。「持ってるけど、ずっとケース開けてないからキノコ生えてるかも!」と言ってギターを貸した。弟はギター未経験者だ。
継続することが私の長所だと思っていたけど、ギターは一年で挫折した。ギターを持っていることを思い出したり、部屋に放置されたケースに入れられたままのギターを見ると心苦しくて、全てを無かったことにしたくなる。自分が欲しくて買ったはずなのに、忌々しいものを弟に押し付けることができてラッキーくらいに思ってしまった私は何らかで裁かれたらいいと思う。
弟は毎日夜遅くまで大学院の研究室にこもって研究に勤しんでいる。ギターを貸した日から弟は帰宅即ギターを触るようになった。玄関のドアが閉まる音がした次の瞬間にはもうギターのチューニングの音が聞こえてくるストイックっぷり。毎日毎日熱心に練習しているから何を弾こうとしているのか弟に聞いてみると、「テツandトモのなんでだろう」という答えが返ってきた。
毎日毎日夜遅くに帰ってきて疲れているだろうに、熱心に練習していたのが「テツandトモのなんでだろう」なことあるだろうか。近所迷惑になるし、弟とは部屋も隣り合っていて普通だったらうるさいと注意しているところ、その熱心さで見逃してあげていたところが正直あった。確かに思い返せば「なんでだろう〜」を重ねたくなる聞き馴染みのあるフレーズが延々と聞こえていたけど、まさかそんな熱心に「テツandトモのなんでだろう」を弾いているとは思わなかった。
それから、「テツandトモのなんでだろう」なら注意しても良い気がして、今までは我慢していたラインでも注意することにした。次の日早いのに、寝るには我慢できない音量のギターが聞こえてきた時、「テツandトモうるさい!」と注意したことがあった。ギターの音が止み、深夜本来の静寂に包まれた時、「テツandトモうるさい!」と注意したことが無性に恥ずかしくなってきて、意味がわからなかった。
そもそも私の弟はかなり変わっていて、帰宅即「テツandトモのなんでだろう」以外にもおかしなエピソードは山ほどある。ここ数年のルーティンでは、いつ何時であろうと「アロ〜〜ハァ〜!!!!!!」と叫んでリビングに登場してくる。参照元がわからないし、声がデカすぎて怖いから私は無視しているけど、母は基本的に「アロ〜〜ハァ〜」と返してあげている。私には辿り着けないユーモア。前はリビングに入り次第逆立ちをする時期もあった。家に居る間は大体ニュース番組を2倍速視聴しているか、歓声を上げながら相撲を観ているか、バラエティ番組をバカデカい音量で観ているか、深夜ラジオをバカデカい音量で聞いている。
他にも、自分の部屋で見たことないデカさのひょうたんの形をした野菜(夕顔?)をパンイチで抱きしめていたり、自分の部屋で持ち手なしのセグウェイをパンイチで乗って回転していたり、自分の誕生日に「バズ・ライトイヤー」の全身タイツを着てリビングに登場してきたり、ツインテールの女の子が好きだというバイト先の店長の退職祝いに黒髪のエクステ2本(恐らくポニーテール用なので一本がめちゃくちゃ太い)を買ってプレゼントしたり、母の日には「歯歯の日や 歯と歯の間キレイにしようや 」って書いた手紙と歯間ブラシを母にプレゼントしたり…書ききれないが色々と変だと思う。
昔は無口で人見知りで内向的だった弟は、いつからか面白いことへの貪欲さが爆発するようになった。弟に変化のきっかけを聞いてみると、「付き合っていた彼女と別れたことがきっかけ」だと言っていた。「失恋が辛すぎた防衛本能で、この失恋もおもろいんじゃねって思いだしてからおもろいセンサーが狂い始めた」という分析だった。彼女とは2年8ヶ月付き合っていて、別れてからもう3年が経とうとしているけど、その間に弟の「おもろいセンサー」は狂い続け、現在の研ぎ澄まされたおもろさに辿り着いたのだろう。 恋は人を狂わせる。
ついでに生きる上での信念も聞いてみると、「おもろがれば全部おもろい」とのことだった。おもろがって生きている弟を、私は多分一番おもろがっている。弟には申し訳ないけど、ぜひこの先も狂い続け、どうかおもろさに磨きをかけてほしい。私はアイドルをしている以上まだ恋には狂えないから、恋とは違うルートで己のおもろさを研ぎ澄まし、深夜に「なんでだろう」を掻き鳴らすような衝動に走れたらと思っている。今更すぎるけど、衝撃的な選曲に気を取られて、「テツandトモのなんでだろう」を練習することになった経緯を聞き忘れていたことを思い出した。
……なんでだろう?
今朝、歯ブラシと歯磨き粉を近所の薬局で買う夢を見た。その前に見た夢は、足の裏が少しだけ硬くなっているような気がするという内容だった。他にも、夢にするまでもないしょぼい夢をいくつか見たけど、しょぼすぎて内容は何一つ覚えていない。
昔は奇想天外な夢をもっと沢山見ていた。「夢日記を書き続けると夢と現実の境目がわからなくなる」という同級生から聞いた迷信に危ない期待を抱き、夢と現実の狭間に行けたらウケるなと思ってしばらく夢日記も付けていた。記録したぶっ飛んだ夢の内容を、少し経ってから読み返すことが楽しかった。当然夢日記を書き続けても、現実は現実だし、夢は夢のままで、境目ははっきりしたままだった。
私の夢の想像力はいつの間におしまいになったのだろう。街ゆく人々全員と噛み合わぬリズムに苛立ち歩行さえもままならない新宿で、ふと目に入った宝くじ売り場にできた長蛇の列を見て、「当たる訳ないのにこんな並んで…」と思ったあの日か。「今日は当たるぞ」というスピリチュアル的な何かを感じ取り、宝くじを買ったことが何回かあるが、一度も当たったことはない。特別ぶってみても、私はどこまでも普通の人だ。
「期待しない」ことがクールだと思っていた。期待して叶わなかった時のダメージが最小で済むように、現実的な夢を見て、現実的な夢を語ることがクールだと、そう思うことにした。 夢日記を書くことよりも「期待しない」ことが、私の中の夢と現実の境目を曖昧にし、夢の想像力をおしまいにしていた。夢の中で歯ブラシと歯磨き粉を近所の薬局で買わせたのは現実の私だった。
宝くじの一等が当たる確率は、「生きている間に隕石に直撃して死亡する確率」の10倍以上低く、「無作為に選んだ100万人の中で、誕生日・血液型・名前の漢字・出身地が全員同じ人を探す確率」と同じらしい。もうここまで来るともはやよくわからないけど、よくわからなすぎて夢はもっと自由に見てよかったことを思い出した。夢は必ず叶えないといけないと思っていたけど、もちろん叶えるために力は尽くすけど、一旦叶うかどうかは置いておいて自由に夢を見ようと思う。疲れるし傷付くけど、期待した方が面白いからやっぱり期待はした方がいい。宝くじ売り場で列に並ばず「宝くじの一等が当たる確率は〜」などとうんちくを垂れていてもしょうがない。列に並ぶことに意味がある。
今日の私はこれまでと違う。「今日は当たる」という確信めいたオーラのようなものが私の周りから出ている気がする。今回は本当だ。いや、絶対にそう。今こそ宝くじを買ってみちゃおう。血走った目で宝くじ売り場にチャリを走らせた。今夜私はきっと、面白い夢を見る。
最近料理をしている。料理をするようになったきっかけは、母が食材宅配サービスを始めて、時短調理できる食材で冷蔵庫が潤っているからというだけで、特に大きな理由はない。趣味になりそうな気配もない。ただ自分が食べたいから作って、盛り付けという言葉すら勿体ないくらい、何も考えずに手に取ったお皿の上に作ったご飯を乗せているだけ。時短調理の食材セットを使えば、普通なら30分以上はかかりそうな料理の大体が10分〜15分で完成する。ちゃんと味も美味しい。美味しさよりも、その手軽さがクセになって料理をしているような気もする。
というのも、誰のためにもならない自分の生活になるべく時間をかけたくない。アイドルの仕事全般に惜しみなく手間暇注いで、丹精込めて取り組んでいるから、その反動なのか自分の生活には極力時間をかけたくないし、とんでもなく適当になってしまう。
基本的に数分温めるだけの冷凍チャーハンすら待てない。いつも10数秒残して電子レンジの扉を開け、ややシャリつきながらもそこそこの美味しさを感じながら食べて、それで良いと思っている。お風呂上がりのドライヤーも片手に2個持ちして使っている。私の手はかなり小さいし、2個持ちしながら必死に髪の毛を乾かしている時のヴィジュアルは相当キモいと思うけど、髪の毛の乾くスピードが段違いに早くなるからやめられない。寝る時に着るパジャマもズボンが前後逆であろうともう何でも良い。確認して穿くことも面倒だし、間違えて穿き替え直すのも面倒だし、そもそもそこに何の思いも馳せたくない。とにかく時間をかけたくない。
そんな私と、10分〜15分でできる時短料理が噛み合った。ただ、10分で作ったご飯は美味しいなと思うけど、作って、食べた、という情報が横たわるだけ。母が作ったご飯を食べる時は「もう食べ終わっちゃったな」とか、「このご飯と出会う前からもう一度やり直したい」とか思っている。心が満たされる。母も私と同じ食材宅配サービスで届いた料理セットで作っているはずなのに、味付けやお肉の焼き方、どのお皿に載せるか、母は色々考えてアレンジしたりもしているからか、母が作ったご飯の方が異様に美味しく感じる。
母が作ったご飯に限らず、そもそも私はあらゆる手料理が好きだ。バレンタインのチョコも、市販の板チョコをかじった味と絶対同じはずなのに、わざわざ一度溶かしてアルミのカップに流し込んだ手作り(手作り…?)チョコレートの方が私にとっては価値があるし、美味しく思える。手間暇の味が好きなのだ。
私の料理は、動画を倍速で観たり、InstagramのリールやTikTokとか、手軽なショート動画をスクロールして得られる刺激中毒になっている現代の若者と同じではないか?内心そんな若者を小馬鹿にしていた私だって、すぐ作って、すぐ食べて、すぐに美味しさを感じたがっている。世の中も、短い時間で満足したい、効率的な効果を得たい、「タイパ(タイムパフォーマンス)」が重視されているけど、時短した先に何があるのだろう。
やることはやりまくらないといけないし、アイドルという職業は特に色々なタイムリミットがあって、急かされていることは間違いないし、急いだ方がいいこともわかってる。時短料理は、確かにやることをやりまくる毎日を助けてくれるけど、心に残るものは別に無い。このまま全ての生活を時短にしていったら、心は渇き、「急かされている」というまだ気配で留まっているものが、実態として目の前に立ちはだかってしまいそうで余計に焦る。
生活を時短して生まれた時間は、私を必要としてくれる誰かのために使いたいと思っている。でも、誰かに時間や手間をかけるのは私自身だから、そんな私自身にも時間や手間をかけることも大事なことのはず。それに、私は結局手間暇かかったものばかり愛してしまう。
手始めに、母を真似て時短調理の食材にアレンジを加えてみちゃったり、たまには時短とは反対に遅い料理をしてみるのもアリかもしれない。いつかは何らかを醗酵させたり、何日も煮込んだチャーシューを作ったりもしてみたい。パジャマだって正しく着たい。そうこうしながら手間暇かけて私を愛したい!
テレビから聞こえてきた「かわいいだけじゃだめですか?」という問いに、母が食い気味で「だめでしょ」とツッコんでいた。その瞬発力にビビりウケつつ、「ね〜」と同意の音を出した。
アイドルの本質とも言える「かわいい」で勝負するなんて私なら怖い。スカしたり捻くれたりせずに、己の「かわいい」を信じて、貫けるなんてめちゃくちゃ格好良くて、たくましいことなはず。
「ね〜」と音を出してた時の私、もしかして斜めに見て冷笑していた…?思春期に発達しすぎた斜に構冷笑筋(しゃにかまれいしょうきん)ってこんなにも衰えないものだと思わなかった。鍛えたつもりもないし、そもそもそんな筋肉は存在しないのだけど。日々、私の中で「熱血・本気・友情・愛・絆の私」と、「斜に構冷笑筋マッチョの私」、「斜に構え冷笑しかけた私をそれダサいぞと冷笑する私」がぶつかり稽古している。私は私を信じて貫けているだろうか。
そんなぶつかり稽古の日々の中で、己の「面白い」を信じて貫くとある人のことを尊敬し、憧れ、好きになった。お笑いコンビ、真空ジェシカの川北茂澄さんだ。川北さんに出会ったことで、人生で初めてお笑いにハマり、人生で初めてお笑いのライブも観に行った。
川北さんは、予測不可能かつマニアックで狂気じみたボケを淡々と繰り出す芸風で、他芸人のギャグや口調を借りた言葉やアレンジを加えた言葉で、発言のほとんどを構成している。特に使用頻度が高い「まーごめ(元ネタはママタルトの大鶴肥満さん) 」という言葉は、会話の文脈に関係なく、全てを代用する言葉として川北さんは使っている。謝罪も肯定もあらゆる感情が「まーごめ」の中にある。
少し前に川北さんと偶然遭遇して、勇気を出して話しかけたことがある。突然のことだったし、嬉しさとパニックでほとんど何を喋ったかは記憶が無いけど、その時も「まーごめ」や「もちろん」と言っていたことは覚えている。いつどんな時も川北さんは川北さんで感動し、さらに尊敬の念が深まった。
服装も独特で、人前に立つ時はほとんど幼少期の大鶴肥満さんの写真の下に「どういたしまして」と書かれたTシャツを着ている。いつ見ても着ているから、思わず影響されて私も同じTシャツを買った。私が初めて観に行ったライブでも川北さんは当然のように例のTシャツを着ていて、本物だと感激した。人力舎所属なのにも関わらず、吉本新喜劇の法被を着ている時もある。川北さんは常識があり、秩序が無い。
川北さん独自の飛躍した思考に惹かれているけど、私が心から尊敬しているのは、やりたいボケを披露するための下準備や労力を全く惜しまない、手段を選ばないところだ。地上波テレビの街ブラロケでも、規模の大小問わずどんなイベントでも、いつだって人一倍小道具を用意して、淡々とボケ倒し、周囲を翻弄している。その姿を見て、私は笑いながら感服する。川北さんは確かに天才だけど、地道な手間と労力と努力で築き上げられた天才なのだ。川北さんはたとえスベろうが、不気味なくらいマイペースに自分のやりたいボケをし続ける。いつだって何をするかわからないけど、ダサいことはしない。川北さん自身の「面白い」を貫くエゴの強さこそが、どんな時も川北さんを川北さんたらしめる。
少しも斜に構えたり、冷笑している暇がないくらい、私も川北さんのように真っ直ぐに自分の信じるものを貫きたい。私の中の「熱血・本気・友情・愛・絆の私」よ、「斜に構え冷笑しかけた私をそれダサいぞと冷笑する私」の出る幕が無いくらい、「斜に構冷笑筋マッチョの私」をさっさと木っ端微塵に打ち負かしてくれ。その日が来るまで、諦めずにぶつかり稽古を続けたい。

私はまったく泳げない。息継ぎができない。中1の夏休みに足がつかない深めのプールで溺れてもうおしまいかもしれないと思ったことはあったけど、プールに行けば売店でアイスを買ってもらえるし、流れるプールに浮き輪で浮かぶのが好きで、その後も変わらず遊びに行っていた。水が怖いという気持ちは今もない。運動は全般できる。ただただ泳ぐことだけがまったくできない。息継ぎができない。
高校は選択授業で水泳を回避することができたけど、中学校まで水泳の授業は必須だった。中学生の時、某「会いに行けるアイドル」に熱が入っていた私は、アイドル前髪を真似して、前髪をいかにして崩さないかということに青春を使い果たしていた。
特に水泳の授業は天敵だった。授業の後は自然乾燥でドライヤーもない。だったら最初から濡らさなければいい。そんな大胆な考えに至った私はプールの中を頭だけ水面から出して歩いたり、ただ浮かんだり、唯一できる犬掻きや平泳ぎ(息継ぎ無しver.)などで時間を潰し、先生に目を付けられそうなタイミングで深刻に泳げないと弁明してみたり、あたかも泳ぎに苦戦しているかのような姿を演出したりして、水に顔面を一度もつけず授業終了を迎えることに何度か成功していた。プール後に問答無用で何本ものシャワーが並んだ通路を歩かされるが、あれも器用に顔面だけ避けて通り抜けていた。時代が時代だったら殴られていてもおかしくない。
実技テストは、「クロールで25メートル泳げるか」という内容だった。泳げないし、息継ぎのやり方もわからないし、前髪も濡れるし、何もかもが最悪だけど、成績のために腹を括るしかなかった。息継ぎができない私にとって息継ぎはただのパフォーマンスでしかなく、この25メートルは気合いと根性で戦うしかなかった。息継ぎ風パフォーマンスをするたびに「何なんだこれは」と「これで満足か?」と、息苦しさで視界が眩みながら苛立ちながら、どうにかこうにか泳ぎ切った。死ぬかと思った。テストは問題なく泳げているという評価だったが、それはただ私の気合いと根性が評価されただけにすぎない。そんなことよりぐしょ濡れた前髪の方が気になっていた。
他にも、50メートル走では極力風の抵抗を受けないよう下を向いてつむじから風を切るキモフォームでそこそこ速いタイムを出し選抜のリレー選手に選ばれたり、マット運動ではつむじをマットに付けるだけにとどめるという練習でも何でもない舐めた時間を過ごし、実技テストだけマジ回転をして成績を取ったりしていた。前髪命であり、前髪に魂を売っていたとしか思えない奇行の数々。今思い返してもあの頃はどうかしていた。
ただ、某アイドルブームの真っ只中ということもあり、同じ志を持つ前髪命少女は校内に多く居た。そのお陰で私の奇行は大して浮くことなく、そういった同志と手を取り合い、日々前髪を守っていた。渦中に居たから浮いていたことに気づいていないだけで、実際は普通に浮いていた可能性もある。前髪は確かに守れていたかもしれないが、私たちはきっと前髪よりも大切なものを失っていた。もう諦めがついているはずなのに、今でもふとした瞬間に泳げないことを思い出して、うっかりちょっとだけ悲しい。
ところで、 水泳の授業で、先生が水中に投げたゴム状の宝石を競って水底で取り合うゲーム、あれ何だったんだろうな。今思えば、やっかいな前髪命少女たちの頑なな拘りを粉砕するための儀式だったのかもしれない。
当時の前髪命少女の私が、将来汗で前髪ぐしょ濡れ当たり前の激しいライブをするアイドルグループで活動していると知ったらビックリするだろう。今の前髪への想いは前髪命期の足元にも及ばない。前髪よりも大事なものが多すぎて、青春を使い果たして前髪を守ったように、今は大事なものたちを守ることに魂を使い果たしたい。

一月は3回くらい風邪を引いてありえなかった。食べ物を分解して食べる癖(公の場ではちゃんと控えている)があったり、ハマったものは延々と食べ続けてしまう癖はあるけど、食べ物の好き嫌いはほとんどしないし、野菜もよく食べる。R-1だって毎日飲んでいる。食事や睡眠もそれなりに気を付けているつもり。だったらもっと健康で、元気であっても良くないか?と思っている。とにかく力を付けたい。
健康になりそうなもの、元気になりそうなものは大抵手を出してきたけど、実はまだエナジードリンクには手を出したことがない。モンスターもレッドブルも飲んだことがない。味は知らないのに、エナジードリンクを飲む人たちから漂ってくる人工的な甘い匂いは知っている。モンスターの缶の側面に支離滅裂なカオスポエムが書いてあることも知っている。目にするたび覚醒した人間にしか書けない文章だと憧れる。
なぜエナジードリンクに手を出さないのかというと、元気になりすぎるんじゃないかとシンプルにビビっているからだ。未来の自分から命を前借りしている感じもする。別に長生きしたい訳ではないけど、予期せぬタイミングで前借りした分の返済を求められたら怖い。飲んだだけで、本来出せるはずなかった元気がみなぎってくることもなんだか悔しい。私は私の気合いを信じている。
エナジードリンクへの幻想が膨らみすぎている可能性もある。一旦冷静になろうと思って色々調べたら、冷静になるばかりか私の中のエナジードリンク像はどんどん膨らみ、結果的にとんでもない最強ドリンクへと位置付けられてしまった。そんな魔剤を24時間どこでも簡単に手に入れられる世の中を憂うばかりである。
魔剤に手を出す勇気がない私は、この先も自分の手が届く範囲の健康と元気でやっていくしかない。もどかしく思いながらも、慎ましくR-1を毎日飲み続ける方が私らしい気がする。…でも、いつかは翼を授かってみたい。
近所を歩いていたら、飲み捨てられた金色のR-1の容器が落ちていた。私が毎日飲んでいるのは赤色のノーマルR-1で、ノーマルR-1の倍くらいする値段の金色のR-1は気が引けて買ったことはない。ポイ捨てはするのに、一丁前に健康になりたいなんて、そんな図々しいことが許されるのか?健康や力が欲しい私に必要なのは翼ではなく、このポイ捨て犯的な図々しさか?ここ最近はR-1を飲むたび、うっすら情けない。
現実世界のカレンダーと私の体内カレンダーは2年くらいずれ続けていた。現実世界に私はずっと間に合ってなかった。
なのに、2025年は2025年になった瞬間から私の中でも強烈に2025年だった。追いついてしまった。なぜ長年のずれが、突然追いついたのかはわからない。日々の過ぎていくスピードがとにかく速かった。
何も忘れたくないから忘年会をしてないのに、2025年は色々忘れてしまった。忘れたことも忘れているから一周回って何も忘れていないかもしれない。年を追うごとに忘れるスピードが加速しているけど、歳を重ねることはそういうものだとも思う。
2025年、5年程書き続けていた日記がいつからか書けなくなった。趣味だったハード散歩もほとんどしなくなった。あんまり怒らなくなり、原動力だった「怒り」は原動力にしては頼りなくなった。できなくなってしまったことや、失ったものばかりに目が行く私の心のジメジメした湿り気で、乾燥がひどい冬も抜群に加湿してくれよ。
年始に一年の目標を50個を立てることがここ数年の恒例になっていた。結果毎年、目標に沿おうともせず、ただ一生懸命生きてしまうのだけど、やりたいことを言葉にすることは大切だと思っている。
2025年の目標を見返した。半年継続予定が目標だった私主催のバンド対バン企画は1年間継続し、沢山の方に足を運んでもらえた。密かに憧れていたアフタヌーンティーも体験できた。かき氷だっていっぱい食べた。イヤリングやネックレスも積極的に付けられたはず。
「ラジオ番組に出演する」という目標が(代打とはいえ)「約4時間の深夜ラジオのパーソナリティ」という形で達成できたことは特にアツかった。「夢みたい…って思う瞬間を味わう」も、沢山沢山心当たりがあった。何もかも忘れたくないとは今でも思っているけど、こういう大切な瞬間だけに狙いを定めて、忘れないでいられたらそれで十分なのかもしれない。
2026年は、積み重ねたり積み減らしたり、どちらが良いとかではなく、どちらも受け入れてやわらかく生きたい。健康診断は受けたいし、スマートな敬語を使えるようになりたいし、誰かしらの結婚式に行きたいし、ゲロ吐くまで呑んで自分の限界を知りたい。
2026年を迎えたら、私の中のカレンダーは一体何年になっているのだろう。
人が書いた文字が好きだ。
最近25歳の生誕ライブでファンの方から手紙を貰った。アイドルを応援している人は「手紙」との距離感が近い。お祝いの場や記念日的な日以外にもお手紙を書いてくれることがある。アイドルになっていなかったら、こんなにお手紙をもらう人生を送っていなかったはずだ。
私も学生時代は手紙を書きまくっていた。小学生の時は授業中に友達とちっちゃいメモ帳で手紙をブン回し合っては、紙に書くまでもない会話をしたり、秘密の話をしたりして、仲を深めたり、険悪になったりした。インクが透明なのに、ブラックライトを当てると文字が浮かび上がるペンが流行った時はアツかった。
中学生になってからは、特に美術の授業で手紙をブン回していて、私たち仲良しグループ丸ごと美術の先生のブラックリストに入っていたと思う。女児しかやらない、あの独特な紙の折り方を見るとそんなことを思い出す。
私自身が文字を書くこと自体も好きだ。
私が書くチェキの文字(とても「個性的」と言われる)を知っている人は信じられないと思うけど、中学生時代書道を習っていた。ちゃんと何らかの段位も持ってた。体操を習っていた弟が頻繁に賞状を貰っていたことが羨ましくて、自分も賞状が欲しいという下心が始めた理由だった。書道教室に通う同級生に、賞状の入手具合の探りを入れたりもした。とにかく賞状が欲しくて、字を書くことも好きだったから都合良かった。
いざ始めると、思いの外簡単に賞状が貰えて、私の賞状欲しい欲はすぐに満たされてしまった。正座をしなきゃいけない(当たり前)のと、先生に筆を強く握られながら、力任せに指導されるのとかが嫌で、2年経たないくらいで辞めた。
生誕ライブでもらった手紙やメッセージカードで色んな人の字を見た。字を見て、ギャップを感じたり、そのままの人となりを感じたり、省略文字の書き方や文字のクセ、間違えた文字の誤魔化し方とかから勝手に色んなことを想像した。綺麗も汚いもどちらが良いもない。何なら不器用そうな文字の方が高まる。恐らく自分の手書き文字の自己評価が低くて、わざわざWordなどで打ち込んで印刷してきてくれる人も居るけど、どんな字でも良いから全然見せつけてほしい。
手紙は思いを整理するのも、書くのも(打ち込むのも)時間がかかる。私のために時間を割いて、言葉を選んでくれたことが何よりも嬉しいし、その言葉に救われることも沢山ある。アイドルを始めてから貰った手紙は全部大切に取っておいてあって、自室の収納のほとんどを占拠している。
この先も色んな人の色んな字が見たい。字を見て勝手に思いを馳せたい。高まりたい。調子がいい時は、字を見るだけでその人の幼少期まで遡って想像できて、愛おしさに胸を苦しくさせることだってできる。
アイドルがよく「手紙が一番嬉しい」と言うけど、多分これは信じていい。
懺悔なのか、悩みの告白なのか、己の怠慢なのか。全部かもしれない。
私は約束や時間は守るタイプだ。小、中、高、大、どの学生時代を思い返してみても遅刻したことは一度もない。アイドル活動も10年目になるけど、仕事をすっぽかしたことは一度もない(6年くらい前に1回だけ寝坊してプロデューサーからの電話で起きたことはある、ライブ本番には間に合った)。提出物の期限も必ず守っているし、何なら早めに提出している。
そう真面目に生きてきたつもりだけど、通っている整体をもう4回くらいすっぽかしている。遅刻とかではなく、毎回「整体」という予定そのものの存在を忘れてしまい、毎回先生からの電話が来て気づく。こちらが悪いのに、毎回優しく申し訳なさそうに予約していたことを教えてくれる先生の声が、罪の意識を加速させる。
カレンダーに「整体」という予定は入れてあるし、同じカレンダーで仕事のスケジュール管理もしているから忘れるはずがない。行かないと困るのは自分なのに、ほんの少しも整体の予定を覚えていない。どうして。
ショックを受けたり、恥ずかしかったり、情けない場面でよく「顔無い」と言うけど、私も随分前から顔無い。すっぽかすたびに無い顔が無くなって、今はもうマイナスとかだと思う。
心の底から申し訳なく思っているから、すっぽかすたびに次回の施術では菓子折りを持って行って、謝罪している。特定の物事をすっぽかし続ける経験がなかったから、なんで整体だけこんな事になるのかわからない。
友達に相談すると、「実は舐めてるんじゃない?」って言われてビックリした。私は、心の奥底で整体を、先生を舐めていたのだろうか。 でも確かに、すっぽかしを重ねるなんて舐めていなきゃしない気もする。
毎回「お忙しいと思うので、こちらのことは全然気にしないでください!」と優しく許してくれる先生。多分先生には社会に向いてない人間だと思われている。いや、先生違うんです。いや、違うのか?もう私は私のことを信じられない。
直近の余罪を言うと、予定が分かり次第すると伝えた次回予約の電話も1ヶ月くらいできていない。できていないというのも、先日整体に電話をかけたけど不在で、私の出られない時間に先生から折り返しの電話が来ていてそのままになっている。
この先もずっと私たちはすれ違い続け、私の身体はめちゃくちゃになっていくのだろうか。先生、ごめんなさい。私、こんなはずじゃないんです。本当に違うんです。
23年間黒髪で生きてきたけど、昨年10月に初めて髪の毛を赤紫色に染めた。アイドルを10年近くやっているのに、それまで一度も髪の長さや髪色など、外見を大きく変えたことはなかった。
髪を染めることは手っ取り早く自分を変えたい人が使う手段だと思っていた(もちろん全員がそうとは思わない)。私の中で「自分を変える」は、単なる見た目の変化ではなく、精神面の変化が全てだった。自力じゃない形で外側を変化させて、中身まで変化したような気になるのは何か違うと、ずっと思っていた。
アイドルでいる間は必死に光で在ろうとする一方で、ふとした瞬間こんな風に、デカい石を裏返した湿った土の上でひっくり返るダンゴムシみたいな私が出てきてビビる。私はこうして時々ねじ曲がる。
ある日、運営さんに髪の毛を染めてみないかと提案された。少し悩みながら、今まで友達や家族に「ずっと黒髪なら貫いた方がいいよ〜」とか「染めたら勿体ないよ〜」と言われたことを思い出し、それに縛られていたような気もして、髪を染めようと決めた。私はこうして時々破壊衝動に駆られる。
いざ美容院に行って、染められ始めて、一度も明るくなったことがない黒髪を明るい茶髪にされて、別人すぎる自分が鏡に映った時は震えた。私の赤紫髪は、ブリーチはせずに一度明るい茶髪にしてからその上に色を入れるやり方だった。赤紫色というオーダーにしてはドピンクすぎるカラー材を塗られた時はもうおしまいだと思った。
目がチカチカするようなカラー材を塗られ、頭中をラップで包まれた姿は滑稽で、鏡を見るたび静かにウケた。「全面ガラス張りで、施術中のお客さんが見えるようになっている美容院は一体どういうつもりなんだ…?」と長い待ち時間の間、ウケる自分を見ながら考えたりしていた。
髪を乾かし終わると、希望通りの赤紫色の髪の毛になっていて安心した。鏡とか電車の窓に映る自分が別人みたいで、それがいつまでも面白くて、家に帰るまでずっとナルシストばりに自分の姿を確認していた。
髪を染めるまでは、日陰でウジウジとあんなやかましいことを考えていたくせに、1ヶ月以上経っても私は変わった髪色にウキウキしていた。印象は確かに変わったし、私服も、今まで着てたステージ衣装も、何度も歌って踊った音楽も全部新鮮に感じた。
髪色を変えても核なるものまでは変わらないけど、髪色の変化によるウキウキや新鮮さによって、私の内側で何かが前に進むような、確かに今までと違う感覚があった。あのタイミングで髪を染めたことは正解だったと今でも思う。
私は「変わらずに変わり続けたい」と言い続けてきたけど、変化に弱いし、変化に伴うあらゆる人のあらゆる心の動きに敏感で臆病だ。でも髪を染めて、私の中の変わっても良い「余白」のような部分があることを知った。思えば、精神面の変化だって全て自力なんかじゃなくて人との出会いや環境のお陰だった。外側に引っ張られるようにして内側は変わっていくもの。
最近は髪の長さも行けるとこまで伸ばして、顔の横まで激しくレイヤーを入れてウルフっぽくしてみちゃったり、髪色に加えて髪型も変化させている。この世の全てが変化し続ける諸行無常なのであれば、私はきっと、もっとラフに変わって良いはずだ。時には怯えず、変化に身を任せてみること。髪を染めるという小さな一歩で、変わりたくない、変えたくない大切なものにも、改めて出会い直せた気がした。