優れた音楽性とシーン最強のアンサンブルを武器に目覚ましい成長を遂げ、4月にはニューシングル『In Future』&『MAZE』アナログ盤のリリース、そして5月には日比谷野外音楽堂ワンマンライブを控えているNothing's Carved In Stone。当連載は、同バンドのフロントマン村松が、様々な“表現者”とガチのぶつかり合いを行い、その際に起こる化学反応を赤裸々にレポートしていく村松拓強化プロジェクトである。
村松拓が「会いたい人に会いに行く」というコンセプトのもと、ストレイテナー ホリエアツシ、HUSKING BEE 磯部正文、the band apart 荒井 岳史、アルカラ 稲村太佑、SUPER BEAVER 渋谷龍太、浅井製作所 浅井英夫、宇宙物理学者 小谷太郎という面々と対談を繰り広げてきた当連載、最終回となる今回のゲストはたっきゅんが前々から「最終回はこの人!」と決めていたTHE BACK HORN 山田将司。たっきゅんが惹かれる“山田将司”と、“村松拓”という人間の魅力にググッと迫る受け身の美学最終回、じっくりとご覧あれ。
シングル「In Future」のMVですね。ピンヴォーカルの。
Nothing’s Carved In Stone
「In Future」
僕的には、山田さんとTOSHI-LOWさん(BRAHMAN)のいいところをブレンドしてやろうと思ってたんですけど、全然ならなかった(笑)。
ハハハ(笑)。でも自分が思っているより全然普通だから大丈夫。普通っていうか、かっこいいから大丈夫。
ホントだって。俺だって自分のは観たくないけど、他の人を観ると全然普通だもん。
ハハハ(笑)。拓さんはずっと前から「最終回は山田さんに!」とおっしゃっていたんですよ。
もう最初っから“対談相手は?”と考えてパッと思い浮かぶ人。すごく近いけど…対バンさせてもらったり弾き語り一緒にさせてもらったりしてすごく距離が近くなりましたけど、その都度ステージに上がっていく姿とかでたくさん刺激をくれる先輩で、いちばんリスペクトしてる人なんです。この連載が始まって最初に話したいと思ったんですけど、最初に出てもらっちゃったら僕の中ではオチになってしまうので。
そうですね。最初にTHE BACK HORNを知ったのは20歳くらいのときなんですけど、まだコピーもやっている頃で。仲間の中で、ストレイテナーみたいな編成のバンドでヴォーカルやってるやつが居て、そいつが「THE BACK HORN大好きだ」って。「もうすげぇんだよ、ステージ上で暴れまくって」って。そいつはすげぇ泥臭いやつなんですけど、“THE BACK HORNはそういうやつのカリスマなのか”と。そういうイメージだったんですよね。
そいつからいろいろ教えてもらって聴いたりして“かっこいいな”と思ってて。で、対バンをちゃんとさせてもらうようになって、“山田将司やべぇ!”ってより思うようになったんですよね。
そうですね。俺たちのツアーに出てもらって。で、“あ! 山田将司すげー!”となって。僕とはヴォーカルのスタイルが違うんですけど、それでも、なんていうんだろうな…“もう山田将司でしかない”っていうか(笑)。“これが俺の欲しいものだ”と思ったんですよね。
そのときの裏話をすると、当時は自分の歌とかにも悩んでいたし、“どういう気持ちでステージに向かっていこうかな”みたいなこともまだ悩んでいたんですよね。
そういうときに間近で見せてもらって「拓よお、筋肉はこうなってるんだから、ステージに出て行く前にこうするといいんだぞ」みたいな。それってすごく細かいことなんだけど、向かっていく姿勢…なにが必要かというのを自分でわかっていて、そういうところも全部含めてすごいなと思って。ライブして、打ち上げまで一緒にして、部屋飲みもして。
こうやって、まともに目を見て話せるようになるとは思わなかったですもんね。常に宙空を睨みながら話すようなイメージがあったから。
結構俺はそう思われがちだからね。最近はあまりなくなってきたけど、「近寄り難い」とかよく言われます。俺が拓に会ったときの最初の印象は、“こんなにかわいい顔をしてるんだな”と思ったんですよ。声と顔が全然違うんだなって。
「本当に黒人みたいな声してるな」って、最初に会ったときも言ってて。かっけぇ声だなって。でも会って話してみるとお茶目な面がいっぱいあるじゃないですか。弾き語りとかだとなおさらお茶目さが出てくるというか“たっきゅん節”が出てくる。びっくりしましたね。
それからTHE BACK HORNの“KYO-MEI”に呼んでもらったり、俺らの“Hand In Hand”に出てもらったりして、スタジオで会ったりもして。
「飲みに行ってください」ってお願いしても全然行ってくんないんですよ。
改札で待ってたら飲みに行ってくれるかなと思って。僕はそれくらい慕ってるんですよ。
ずっと言ってくれてたもんね。なかなか忙しいからタイミングが合わないよね。
忙しいですよね。まあ僕もそうなんですけど。なんか、オフの日がオフにならなくないっすか? 喉を使いたくないっていうか。
そうだよね。ツアー中とか、オフはケア日だよね。鍼に行ったり、整体に行ったり、身体を休めて。休めるけど、ならさなきゃいけないし。
いい感じでいってるときは大丈夫なんだけど、ツアー中に1回体調崩しちゃうとどうしようもないからね。俺、最近はもう薬を飲まないようにしたからさ。
※共に喉にいい漢方薬
「ササクール」ってなんか名前聞いてがっかりなんですけど(笑)。
山田さんが「薬止めた」って言ってたから、俺も止めたんですよ。
そうですね。酒は飲みに行けないし、人と話すとやっぱり疲れちゃうし。
まあどうやって自分でストレスためないことをするかだよね。本読んだり映画観たり、風呂に浸かったりとか。
ハハハハ(笑)。僕、ツアー中とかに考え込むやつ観ちゃうと帰ってこれないんですよ。
俺は逆に何も考えないからなんだけど、心配ばっかしちゃうんだよ。1人で居るとずーっと声のチェックばかりしちゃうからさ。
喉のことを考えれば考えるほど回復は遅くなっちゃうから、頭をどれだけ切り離せるかっていうことがいちばん大事っていうか。そのためになんでもいいからするっていう。だから本を読んだり映画を観たり、チャリに乗ってどこかに行ったり。あと、最近は歩いてる。走るのやめたの。
たぶん腕の振り方が悪いのか、俺の姿勢がもともと良くないからなのか、走ると肩と首に筋肉が付くことがわかって。腕を動かすから首の筋肉も使うじゃん。肩とかも。
それで結果的に力が入りやすくなることに気づいて。でもやっぱり身体を動かしていたいから、最近は1時間くらい早歩きのウォーキングをやってるんだけど。
うん。なるべくライブに近いくらいの呼吸で行きたいって思ってるから。
ほう〜。そうか。…こういうところなんですよ、僕が山田さんを好きなところ。
なるほど。肉体的にも精神的にも己を知るというか、ベストの状態を作るというか。
でもそこに行ってくれてる先輩が居るから、そこにめっちゃ行きやすいんですよ。僕も結構こういうケアとか健康に気を使ったりとかしてますよ。
そう? 最近はこれ…(と言ってボトルに入った液体を机に出す)。
これはチアシードっていう種が入ってるんです。ハリウッド女優とかが飲んでるんだけど。
水と、あとホメオパシーっていうものの薬というかサプリというか。ツアー中は絶対にこれ飲んでるから。
いいよ。ルイボスティーはカフェイン入ってないから寝る前もいいよ。“ルイボスティー 栄養”とか“チアシード 栄養”とかで検索したらびっくりするよ。
ライブのときは本編とアンコールの間だけだね。ライブ中だと歯に詰まっちゃうから。
「山田将司、歯にゴマ詰まってるな」と思われちゃいますよね(笑)。
あともう1個紹介していい? これ(※とカバンからケースを取り出す)。
うん。ミドリムシって植物性でもあり動物性でもあるから、栄養の吸収がすげぇいいという。
ハハハ(笑)。何年も前に藍坊主のhozzyと山田さんで対談させてもらったんですけど、そのときに山田さんは「肉を食べない期間を設けてみたら、人間としての攻撃性がなくなってしまったからやめた」とおっしゃっていて。
山田さんは自分のコンディションを良い状態に保つために、いろいろと試されるんですね。
やってますね。肉を食べなくしたのは、精神的には良かったんですよ。消化に血が行かない分、頭がすげぇすっきりして。
でも植物性のタンパク質だけだと…たぶんバランスよく採ってればいいんだけど…なかなか普通の生活だと大変で。俺にはちょっと違うかなっていう感じでした。まあ人に合う/合わないはあるでしょうね。さっきホメオパシーが入ってるって言ったけど、ホメオパシーって、薬じゃないからオリンピック選手とかも使っている人が居るのよ。ウサイン・ボルトも使ってるし、ロックミュージシャンもいっぱい居るんだよね。イギリスの方だといっぱい…王室の人とかも使ってるんだよね。
ちゃんと勉強しないといけないみたいなんだけどね。自然治癒力を高めていくための考え方だから。
だからそこを目指すために俺は使ってるんです。思考というか、ライブ中の感覚とかにもいろいろと関わってくるんじゃないかなって思ってて。やっぱり自分のありのままを出したいじゃん。
自分の憧れがあったとして、その憧れに追いついただけで満足しないじゃん。自分っていうものから何が出てくるのかっていうか、ちゃんと自分と対峙したいというのが俺の課題なんだけど。ライブ中とかまさにそうで。最初に言ってた「In Future」のMVの話じゃないけど、俺から観たら全然拓っぽいけど、あれはどういう風に考えてたの?
いや、僕がたぶん山田さんのことを好きだからだと思うんですけど、思考回路が似ているなと思っていて。誰かの真似じゃダメだなって思うんです。当然なんですけど。でも歌い方でもなんでもそうだと思うんですけど、いちおう自分の中で“ここを通ろう”って道を作ってきたんですよ。“ステージ上ではこういう自分を出していこう”みたいな。
そういうところで、ハンドマイクってまったく経験がないものだったから「やってみるしかねえ!」って(笑)。で、やっぱり初心に帰るっていうか、好きな人とか憧れていた人たちの姿を想いながら、あとは自分らしくやるだけ。今回はそういういう感じだったんですけど(照)。
Nothing’s Carved In Stone
「In Future」
らしさは出てたよ。“◯◯っぽいな”という感じは全然なかった。
でも僕は自分で観て“これなんだろうな?”って思うんですけど(笑)。
でももしそれが整理されていたら、自分の中では“◯◯っぽくなった”と安心していることだから。安心していないということは自分らしいことだと思うから、その感じを保ち続けることができれば絶対にいいと思う。なんでもそうだけど、例えばメロディを作っているときとか、何かっぽかったら安心するでしょ? “キャッチーってこういうもんかな”みたいな。
でも“キャッチーじゃないけど自分らしい”というのは、すごいオリジナリティだと思うし。
変わってきてると思いますね。最近さ、俺、ずっとライブ前にアミノバイタルを飲んでたんだけど、それもやめたんだよ。
そしたら逆にいいなって。アミノバイタル飲んでたら「ウオーッ!」ってなるけど…。
すごく燃える。糖分が頭に行くから、頭も身体もすごく動くんだけど、なんか自分の力じゃないんだよね。自分の力じゃないから、他者的な余計な力で「ウワーッ!」って歌うから、終わった後に余計な疲れが身体に出るっていうか。
自分の力だけでライブをやると、精神的なものも、表現だったりとか、ワンマンとかだったらMCもやるんだけどちゃんと自分の言葉が出てきたりだとか、終わった後もしっかり自分の疲れが出てくるっていうか。だから次の日の疲れの残り方が普通になってきたんだよ。だからアミノバイタル飲むのやめたんだよね。ライブ終わってからプロテインを…添加物が入ってない植物性のプロテインがあるんだけど…それを採るようにして。
そうそう。ライブ中はやっぱり自分をいじめ続けているから、その他ではなるべく身体に対していいことをしてあげたい、っていうだけかもしれないですけど。
自然に、自分が無意識でバランスを取ってるのかもしれないけどね。休みの日の過ごし方もそうだし。
いや、俺も甘いんだよ。自分がダメになってから気づくことはいっぱいあるね。それじゃあ遅いんだけど本当は。
たぶん山田さんもそうだったと思うんですけど、僕も喉の薬をすごく使っていたときがあって。
喉の薬を使ってライブがうまくいくんだったら全然それでいいじゃないかという感じだったんです。でも突然“そうじゃないな”と思うようになって、いざやめてみたらできるんですよね。
うん。意外とね。“自分だけでどうにかできる力が本当はあったのに”っていう感じだよね。
そうそう。余計なブースト回路を積んでるから、余計に負担がかかるし、後でダメになるし。
1回不安になった気持ちも、薬があったら安心するしね。その不安…自分が自分を信じてやれないから薬に…なんかヤバい薬の話みたいだけど(笑)。
俺が前から山田さん好きって言ってたのはこういうことなんですよ。
話を聞いていると、普段の生活が全部ステージに向かっているというか。
そうですよね。ギタリストが「弦切れちゃった」とかドラマーが「スティック折れちゃった」みたいなことが、俺らヴォーカリストからしたら「喉痛めちゃった」なんですよね。アクシデントなんだけど、それを自分からは起こしたくない。最高にしていたい。精神的なところもそうなんですけど、山田さんのそういう姿勢が好きなんですよ。自分の力でコントロールして自分の状態を整えること…そういうことの答えは結構いっぱい日常に落っこちてると思うんですよね。
そういうことを伝えることができるポジションに居るヴォーカリストって稀有だと思うんですよ。TOSHI-LOWさんとかもそうだと思うんですけど、THE BACK HORNとか山田さんって、音楽に対して求めている“かっこよさ”が人間的というか。それはなんかすごく安心するんですよね。
だから月に1回とか言わず、3日に1回くらい飲みに行ってほしいんですけど(笑)。
THE BACK HORNの音楽を聴いているとそう思うんですよ。メンバー4人の人間が見えてくるし。それが僕もほしいんですよね。
JUNGLE☆LIFEで連載始めた頃から、会話の節々に山田さんの名前が出てきていたんですよ。
ずっと思ってますね。“日本語の力すげぇ〜!”と思ったのも山田さんだし。
自分で日本語の歌詞を歌ってて思うけど、自分の精神状態も言葉によってどんどん変わるくらい、そもそも日本語って力があるよね。言霊っていうのは本当にあるなって思うし。昔のネガティヴな感情を爆発させたような曲を歌うと気持ちもやっぱりそうなるけど、その逆もしかりで。確信を持ってメンバーで作った曲や歌詞をライブをやったときの、自分の気持ちがちゃんと上を向いていく感じとか、ちゃんとみんなと一緒にいける感じとか、それをちゃんを実感できるっていうのは、すごい希望だなと思うんだよね。
僕はそれを観てる側にも居ますけど(笑)、すごいって思います。
昨日、栄純(G.菅波栄純)とも話したんだけど、ライブってやってる側が思うほど細かいところは最終的にはどうでもよくなると思うんだよね。もちろんそこから目をそらしてはいけないんだけど、でも「バーン!」という爆発みたいなものとかさ、真っ直ぐな想いや感情の身体の動きがお客さんに伝わったりとか、まあ本当に日本語なんか特にそうだと思うけど…例えば横に好きな女が居たとして、横に居るのに「好きだー!」とは言わないわけじゃん。
だから静かな曲だったり、お客さんの側に寄り添うような曲は、やっぱり横で伝えるように歌いたいし。遠い場所に居る仲間のことを想って歌うのであればそれなりに叫びたいし。その場その場で歌い方がどんどん変わるっていうのが俺は昔からあって。それがおもしろい。
うん、飽きない。結構俺は「ずっと同じことをやれるタイプだな」といろんな人に言われることが多いんだけど、音楽はまだまだやれることがあるし、飽きない。
僕は割と飽き性なんですけど、飽きずにやっていることはたぶん音楽だけなんですよね。
あ、筋トレはまだやってます。今、腹筋は400回くらいできます。
いや、いろいろとセットを混ぜてやるんですよ。横のところ鍛えたり。
歌に対していいとか悪いとかじゃなくて、ただ飽きたという(笑)。今それを聞きたかったのに。筋トレして歌がどうだったのか。
あ、腹筋はやっぱりいいですね。それと体幹を鍛えるのはやめないようにしていて。それで代謝も良くなったし、自分の中の熱の感じというか。身体の中に熱が入ってくる感じは、ライブのときの感覚を確かめられるんですよね。あとやっぱり腹筋が良くて。下っ腹なんですよね。
あ、そうだよね。あまり上を鍛えると良くないらしいね。シックスパックを鍛えたら邪魔になるというか、必要なのは下のほうの、丹田のところだよね。俺も1年半くらい前、すげぇ腹筋つけてたことがあって。そこからなんかもう、喉にすっげぇ力が入るようになって。
俺たぶん、今は悪い方向に行ってるんですよね。俺バカだから(笑)、お腹の見た目がかっこよくなりたい、みたいな方向に行きそうになって。
ハハハ(笑)。ヴォーカリストって精神も含めて身体全体が楽器ですね。
どんなに調子が悪くても、自分を信じてあげなきゃいけないし。だから信じることができるのは強いなって思う。それでたぶんいい方にいけるし、歌も良くなるし、回復力も上がったりする。自暴自棄のときは何してもダメだし。
喉や自分を良い状態に持っていくことを常に気づかっておられるじゃないですか。そこまでしても歌うことは楽しいのかな? って素朴に思ったんですけど。
ああ〜、やっぱり調子いいときは楽しいですね。…っていうか当たり前のことだけど(笑)。
まあ調子いいときは自分が気持ちいいけど、やっぱりライブってお客さんと一緒に作れる時間が楽しかったりするんです。自分の声が100%じゃなくても、いい時間はいくらでも作ることができる。
昔はそれが出来なくて、“自分が100%気持よく歌えてないとみんなも気持よくないんじゃないか”って思ってたから自分が60%とかの日は、ちゃんといい時間を共有できた気がしてなかったんです。でも自分のコンディションはもちろんいいに越したことはないけど、それだけでライブがいいかどうかが決まっていないということに、18年くらいやってやっとわかってきたというか。
最近やっとわかってきましたね。自分の中では何かを諦めているような気がしていて、自分で認めることが出来なかったんですよ。なんか他人任せにしているような気がして、お客さん任せにしているというか。でもそれは、お客さんのことを信用できていなかったのかもしれない。
ちゃんとお客さんのことを信用して、他のメンバーのことも信用していたら、実際に自分が100%じゃなくても、いい時間は作ることができるっていうのをちゃんとわかってきた。不器用ですね、本当にね…。
僕の場合は“なんでライブするんだろう?”みたいな疑問がずっとあったんです。曲がいいとか、俺やメンバーがいいとか、演奏がいいとか、みんな何かを忘れたくてライブに来てるとか…いっぱい理由があるのはわかるんだけど、“結局はなんでライブをやるのか?”という疑問がずっとあって。
すごく特別な時間になるけど、別にどこでも行われていることだし。“何なんだろう?”ってずっと思ってたんですけど、最終的には来てくれた人と俺たち全員が、俺たちの音楽とみんなの気持ちを使って何か繋がったりとか、忘れたりとか…それだけでいいと思うようになって。
本当に細かいことはどうでもよくなってきているんです。例え声が出なかったとしても、僕の歌をみんなに歌わせるくらいの度量っていうか。そういうものがあればおもしろいものを作ることができるんだなっていうのが最近やっとわかってきて。
そうだね。その日だけの、その日にしか出来ない良さが作れるんだよね。俺もこの前やったもん。みんなに歌わせて。
声が出なくてやっぱりその日はヘコんだけど、お客さんを見たらいい顔してたし。
もしかしたら、さっき「なるべく自分のありのままで居たい」と言っていたのは、誰かのせいにしたくないからなんだろうなって思う。“ライブが終わる頃にはみんなをこういう気持ちにさせたい”っていうのが根っこにあるから、それを自分で信じるために、自分らしさを無くしちゃいけないと思うし。そのために、いろいろと身体の中に入れるものを考えたりしてるんだなって思うな。
連載「たっきゅんの受け身の美学」はこれで終わりです!! みなさんどうもありがとうございました!! メッセージや感想はyamanaka@hirax.co.jpまで!!
優れた音楽性とシーン最強のアンサンブルを武器に目覚ましい成長を遂げ、4月にはニューシングル『In Future』&『MAZE』アナログ盤のリリース、そして5月には日比谷野外音楽堂ワンマンライブを控えているNothing's Carved In Stone。当連載は、同バンドのフロントマン村松が、様々な“表現者”とガチのぶつかり合いを行い、その際に起こる化学反応を赤裸々にレポートしていく村松拓強化プロジェクトである。
村松拓が「会いたい人に会いに行く」という当連載、前回のネジ工場の社長さんとの異業種対談に引き続き、今回のゲストはなんと宇宙物理学者で理学博士、宇宙や科学・物理に関する多数の著書がある小谷太郎さん。映画『インターステラー』から重力波、表面の不思議から113番元素まで発展したたっきゅんとの対談は、いったいどのようなビッグバンが起こったのだろうか?
主な著書
『知れば知るほど面白い 不思議な元素の世界』(大和書房)
『知れば知るほど面白い宇宙の謎』(三笠書房)
『理系あるある』(幻冬舎)
『宇宙一わかりやすい 相対性理論 図解イラスト超入門』(すばる舎)
『科学者はなぜウソをつくのか――捏造と撤回の科学史』(dZERO)
『宇宙の謎が手に取るようにわかる本』(中経出版)
『周期表でスラスラわかる! 「元素」のスゴい話 アブない話』(青春出版社)
『宇宙で一番美しい周期表入門』(青春出版社)
『科学者たちはなにを考えてきたか』(ベレ出版)
『数式なしでわかる相対性理論』(中経出版)
※今回は長いので3部構成です。
たっきゅんの受け身の美学 Vol.11(その2)
たっきゅんの受け身の美学 Vol.11(その3)
「すごくロマンがあると思うんですよね。小谷さんのように研究されている方が居て、その研究内容やお話を聞いて僕たちがそこにロマンを感じる」(村松)
まずは読者の方にわかりやすい話からお聞きしたいと思うんですけど、普段はなにを研究されているんですか?
専門は天文学、宇宙物理なんですけど、「天文学」って聞くと大抵の人は望遠鏡を覗いているところを想像すると思うんです。
天文学は、可視光で観測するとは限らないんですよ。X線とかガンマ線とか電波で観測すると、出てきた天体の情報っていうのは写真になっていないんですよ。ダーッと数が並んでいるだけのデータなので。
そうです。天文学の中で、私が博士論文を書いたり、大学院で勉強していたのは、X線天文学という分野なんです。X線望遠鏡をロケットで打ち上げて、その望遠鏡で天体からのX線を観測するんですよ。
そうすると、目では見えないX線を出す星についてがわかりますよと。X線を出すのは、目で見える星とは違った性質を持つ星なんです。
例えばブラック・ホール連星系とか、中性子星連星系とか、昔超新星爆発を起こした残骸だとか、あるいは超巨大ブラック・ホールとか。要するに肉眼では見えない天体が見えるんです。
X線で見た宇宙。天の川銀河が中心にくるように作図してある。光点は1個1個がX線を放射するX線天体。X線観測装置「MAXI(マキシ)」によるデータ。MAXIは日本の研究チームが作ったX線監視装置で、国際宇宙ステーションに搭載され現在も活躍中。
提供:中平聡志、JAXA/RIKEN/MAXI Team
そういう研究をしていました。…そうすると、ASTRO-Hの話もしなきゃいけないかな。
日本は世界でも珍しくて、独自のX線望遠鏡を打ち上げて観測するっていうことをやっている国なんです。それが単独でできるのは…技術力だけじゃなくて予算が付くかどうかっていう大きな問題もあるんですけど…限られた国で、日本とアメリカとドイツなどの数国なんです。
日本は伝統的にその分野に強くて研究をやっていたんです。ついこないだ(※2016/2/17)、ASTRO-HというX線天体望遠鏡が打ち上げられまして。
今はまだ打ち上がったばかりで性能を確かめている状態でまだ観測は始めていないんですけど、これが稼働すれば、日本独自のデータを次々と出してくる。
そうですね。まあ最近は執筆活動で忙しくなっちゃってるんですけど(笑)。
例えば僕が最近気になるのは、話題になった重力波なんですけど…。
ハハハ(笑)。小谷さんはつい最近、Japan Business Pressというwebメディアで重力波検出に関する「重力波検出のすごさ、子どもに説明できますか?」という記事を書かれていましたよね。
はい。「子どもに説明できますか?」という部分は編集者の方が付けられたんです。別に私は子どもとか一切意識せず好き勝手に書いたんですけど。
私が生きている間に重力波が検出されるなんて思っていなかったんですよ。ものすごく微弱な振動なので。
検出するのはものすごく大変なんです。とにかく馬鹿でかい装置を作って、重力波がやってくると、その馬鹿でかい装置の長さが微妙に変わるんです。どれくらい微妙かというと、原子の中の原子核よりも更に小さいサイズくらいしか変わらないんです。
確か、重力波を検出した装置は検出部の長さが4kmくらいあるんですよね?
そうです。アメリカにある2台のレーザー干渉計重力波観測装置「LIGO(ライゴ)」が検出したんですけど、温度を冷やして熱による雑音を少なくした状態で、レーザーで何回も反射させて振動を増幅させるようなことをするんです。
それを見ると原理的には重力波が検出できるはずだって言うんですけど、その研究は何年も続いていて、「もうすぐ見えます」「もうすぐ見えます」「もうすぐ見えます」って、ずーっと言ってきたんですよ(笑)。周りは「またか」とか「見られるといいですね〜」みたいな反応だったんですけど。
重力というのは、質量があるところに発生する、と考えていいんですか?
はい。重力というと、普通はリンゴが落ちるところを想像しますよね? あれが地球の重力です。でも地球があっても、激しく振動しないと重力波は発生しないんです。
重力源が激しく振動すると、重力場の振動が宇宙空間を伝わる性質があるんですね。
すべてのものに引力があるっていうことは、そもそもニュートンが17世紀に発見したんです。(※引力は引っ張る力。重力はすべてのものが持っている引力)
そうです。リンゴが落ちる話ですね。ニュートンが万有引力を見つけたきっかけは、リンゴが落ちてくるのになぜ月は落ちてこないんだ? というところから始まったんです。当時、月というのは天界にある特別な物質でできていて、特別な物理法則に従っているから落ちてこないんだ、と思われていたんです。
だけどニュートンが引力について研究した結果わかったのは、実はリンゴも月も同じように落ちてくると。月は別に特別な物質ではないし、月だけではなく地球もリンゴもボールも人間も、みんな引力を持っているということを発見したんです。
でも当時の人は「そんな非常識なことがあるか!」とびっくりしたんです。月とリンゴが同じ法則に従っているというのも驚きだし、すべてのものがみんな引力を持っていることも驚きだし。当時、力というのは接触したら伝わる、という考え方が常識だったんですよ。でも地球の重力はポーンと真空を飛び越えて月に伝わっちゃう。「そんな馬鹿な!」とみんな言ったわけですよね。「離れたものに力が伝わるなんて!」と。
はい。私も物理学を大学で教えるので、重力の法則も教えるんですけど、みんななかなかわかってくれないですよね(笑)。17世紀に発見された法則なんだけど、現代でも納得してもらうのは難しいです(笑)。
赤外線天文衛星「あかり」で撮像したオリオン座。赤外線で撮像すると、肉眼では見えない宇宙の塵が浮かび上がる。明るい場所は星生成領域で、ガスが集まって新しい恒星が生まれている。オリオンの右肩の輪のような構造は、過去に爆発した超新星の名残。
提供:JAXA/あかりチーム/制作:土井靖生(東大)
映画『インターステラー』とブラック・ホールと重力波検出すごいという話
あの映画、重力が結構重要なキーワードになってるじゃないですか。
ブラック・ホールが出てきますよね。「やった!」と思いますよね。
ブラック・ホールに落ち込んだ主人公が五次元に入って、子供の頃の娘に重力を使ってメッセージを送るじゃないですか。
あの映画はキップ・ソーン(アメリカの物理学者/LIGOの共同研究者の1人でもある)が協力してアイディアを授けたということになっているんですけど、たぶんキップ・ソーンはそういうドラマ的な部分まではたぶんサジェスチョンしてないと思います。
キップ・ソーンは『インターステラー』以外でも映画とかに協力しているんですよ。しばらく前に『コンタクト』というジョディ・フォスター主演の映画がありましたけど、あれは原作があって。カール・セーガンという宇宙物理の人が書いた小説なんですけど、その原作を書くときにカール・セーガンがキップ・ソーンに「テレポーテーションを小説の中に出したいんだけど、もっともらしく聞こえる説明はないだろうか?」と相談して、そしたらキップ・ソーンが「ワームホールを使うといいよ」とアドバイスしたらしいんです。だから『コンタクト』にはワームホールが出てくるんです。“ワームホール”という言葉は使っていないんですけどね。
ワームホールは『インターステラー』にも出てきますよね? あれってワープということなんですか?
いや、実は誰もワープもワームホールも見たことがないので、「あれはワームホールじゃない」と否定することはできないんです。キップ・ソーンが考えているワームホールは、ボールのような球体で、そこに入ると別の場所にあるボール状のワームホールから出てくる、というものなんですね。
その2つは近道のように繋がっていて、その近道のことをキップ・ソーンは「ワームホール」と呼んでいるんです。
『インターステラー』は現代の宇宙物理学的な観点から見ても、リアリティのある作品なんでしょうか?
後半はあまり物理関係ないですね。あと、陰謀論みたいなものと闘って科学を応援する映画なのかなと思って観ていたんですけど、途中で陰謀論をモチーフにしたようなシーンがあったりもして。
しかしながら、映像はすごく綺麗でしたよね。ブラックホールも綺麗でしたよね。あれは「本物だ」と言っちゃったらマズいんですけど、本当にブラック・ホールがあったらああ見えるように計算して作った映像らしいです。
想像上であることは間違いないんですけど、現実にあるとしたらこういうハズだという計算に基づいた映像ですね。
衝突寸前のブラック・ホールのコンピュータ・グラフィクス。2個のブラック・ホールが互いの周りを周回し、何億年もかけて接近し、衝突・合体する過程を相対性理論の方程式を用いて数値計算した結果。背後の恒星から来る光がブラック・ホールの重力場によって曲がるため、ゆがんで見える。
提供:The SXS (Simulating eXtreme Spacetimes)
あとブラック・ホールっていうのは、質量があるものなんですよね? なんかその辺がよくわかんないんですよね。
重力波が見つかったから自信を持って言えますけど、質量はあります。太陽の何十倍も持った、だけど光を出さない天体(ブラック・ホール)があるんですよ。
今回検出された重力波は、ブラック・ホールが出したということもわかっているんですか?
間違いないですね。最初に言いましたけど、物が振動すれば微妙な重力波が出るんですけど、重力波は弱いので、ものすごく重い物がものすごく強く振動しないと、検出できるくらいの重力波は出ないんですよ。でも今回バシッと検出できちゃったので、これはとてつもなく大きな重力を持った物が、とてつもなく振動したのは間違いがないと。だからブラック・ホールが衝突したと。
そうです。宇宙空間だと、交通事故みたいに正面衝突なほぼありえないんです。真正面からぶつかることはほぼなくて、少しでもズレていたら、相手の重力も働いて、互いの周りを周回してしまうんです。
宇宙空間は摩擦がないですから、まわりっぱなしなんですよ。何億年もまわってるんです。
ブラック・ホールの場合、回転する毎に重力波を少し出すんです。出すと少し距離が縮まるんです。そうすると出る重力波が少し強くなる。そうするとまた少し距離が縮まる…その繰り返しで何億年もかけて衝突して、重力波を出すんです。
「生活とか便利なものとかは、ヒッグス粒子を見つけるためにあるんです。重力波を見つけるためにあるんです。音楽だってそうじゃないですか」(小谷)
物理とか宇宙とか素粒子とかめっちゃ気になるんですよね。ヒッグス粒子が少し前に見つかったというニュースとか。
でも、ヒッグス粒子が見つかったからって何がすごいんだ? と思うんです。理論というか数式があって、その数式から「ヒッグス粒子は存在するはずだ」と言われていて、それで最近やっと「ヒッグス粒子が見つかった!」と騒がれていて。
でも「じゃあ結局ヒッグス粒子が見つかって、何が変わるの?」っていう疑問が生じるんです。
そうですよね。そもそも宇宙なんて、空を見上げれば宇宙があるけど、空を見上げなくても普通に生活できますよね。
それに素粒子やヒッグス粒子をわざわざ見なくても生活できますよね。日常にはまったく関係ないですよね。
フフフ(笑)。でもそれを追い求めているっていうのは、研究者のみなさんは衝動でやっているんですか?
いや、それはでも音楽も同じじゃないですか。「音楽が無くても生きていけるだろう?」と問われたら、「そうです」と答えますよね。宇宙のことがわからなくても生きていけるんです。そうなんですけど、でも無きゃダメな人間もいるんですよ。
「ヒッグス粒子は何の役に立つんですか?」と問われましたけど、それは逆なんですよ。生活とか便利なものとかは、ヒッグス粒子を見つけるためにあるんです。重力波を見つけるためにあるんです。音楽だってそうじゃないですか。
我々は何のために生活しているかというと、やっぱり音楽を聴くためなんですよ。宇宙のことを知るためなんですよ。
あと気になることがあるんですけど、例えばこの手と、ここ(空中を指す)と、これと(机を指す)、要は全部原子で出来ているじゃないですか。
ほう…。難しい質問ですね(10秒くらい沈黙)。いくつか答え方があるんですけど、例えば水がありますよね(コップの水を指す)。
このコップの水は地球の重力があるから今はこういう形になっていますけど、無重量状態に持っていくと、水はボール型になるんですよ。やっぱり表面があるんですよね。
説明が難しいんですけど、水の中に物が入っているときと、水の外に物があるときではエネルギーが違うんですよ。
物を水の中から出そうとしたら、エネルギーを外から加えてやらないと出てこれないんですよ。ボールみたいになっている水っていうのはエネルギーの低い水分子の集団で、そういうものは群れ集う性質があるんです。
金属などの場合は、結晶構造を観察するという方法があるんですけど、X線を当てたりして結晶を調べるんです。でもその場合、内部しかわからないんですよ。表面っていうのはすごく特殊な構造をしているんです(※表面科学という研究分野もある)。
いや、だからずっと気になってるんですよ。表面は空気と触れ合ってるじゃないですか。だからきっと溶け合ってるんだろうなっていう感覚があって。
はい。この辺は専門外なのでちょっとラフな話をしちゃいますけど(笑)、そうなんですよね。表面があって分かれているように思うんですけど、実は物のやりとりがあったりして。
例えば化石ってあるじゃないですか。化石というのはもとは骨なんですけど、取り出してみるともう骨じゃなくて石になっているんです。元素が違ってるんです。
なぜかっていうと…というかなぜそうなってるかは誰も説明できないんですけど…観察によると、骨を埋めておくと、骨の原子と外側の土の原子が何かを交換するんですよ。
それが不思議ですよね。中身が入れ替わっても表面だけが残る感じがしますよね。不思議ですよね。
さっき水の話でおっしゃっていましたけど、表面というのはエネルギーの境界線なんでしょうか?
その話が化石についても言えるかというと、ちょっと自信がないですけど。
マネージャー:拓は昔から「表面すげぇ」とよく言ってたんです。
昔から思ってたんですよ。間接的に、すげぇ綺麗な姉ちゃんと知らない間にセックスしてるんじゃないかって。
相手は怒るんじゃないですかね。「そんなことした覚えはない」って。
でも、想像上のことではなかったということがわかったのは嬉しいです。やっぱりそうなのか〜。あともう1つ不思議に思っていたことがあるんですけど、蝶のことなんです。
蝶って綺麗な模様をしているじゃないですか。でもあんなに小さい生き物が、周りから見られることを意識しているような模様になるなんて、ありえないことだなって。
ああ、なるほど。そこには2つの不思議がありますよね。なぜ蝶にああいう模様ができたのか? というのと、なぜ人は蝶を見て綺麗と思うんだろう? という。
夕日とかああいう光景って、別に人間のために作られたものじゃないですけど、あれを見て感動しますよね。不思議ですよね。
それこそ、誰も永久に答えることができない問題なんじゃないでしょうかね。
はい。和音だって、なぜ聴くと気持ちがいいのか誰も説明できないじゃないですか。
昔の作曲家たちは、たぶん音に美しさとか切なさを感じて、それを分析して、自ら旋律を作って追求してきたと思うんです。それは科学を解き明かすことと似ているなと。
音楽を作るという行為自体が不思議で。それを生み出して、人を感動させていく。
しかもそこにはルールがあるんですよね。そのルールはどこかに書かれているものじゃなくて、みんなが美しいと思うか思わないかに基準があるだけなんですけど。
そこからルールを引き出して音符にすることができる人が居るっていうこと自体が不思議ですよね。
ホワイトボードを使って物理学者に原子の構造を説明する村松拓さん
僕は色々と宇宙に関する本を読むんですけど、中にはすごく難しいことが書いてあって、なかなか理解できないことも多いんです。でも小谷さんは、専門ではない人にも伝わるようなわかりやすい書き方をされていて。想像するに、“わかりやすく伝える”ということをかなり意識的にやっておられるのかなと。専門家とそうではない人との架け橋になろうとしているというか。
そう感じてもらえたのなら嬉しいですね。私は本を読むのが好きで、いろいろと本を読むんですけど、専門書や科学書って、やはり難しい内容が多いじゃないですか。その反面教師じゃないですけど、出来る限りわかりやすく伝えようというのは確かに意識しているところではありますね。
ただ、小谷さんの著書『数式なしでわかる相対性理論』を読ませてもらったんですけど…すごく手ごわかったです(笑)。
あれは実は実験的な本なんですよ。相対性理論の教科書にはいくつか種類あって、特殊相対性理論だけを教える本。ロケットの中では時間がゆっくりになって、物が縮む…それは特殊相対性理論の範囲なんですけど、それだけを教えるという。
でも一般相対性理論を加えると、数式が必要になるので途端に難しくなるんですよ。特殊相対性理論をアインシュタインが発表してから10年後に、アインシュタインがまた一般相対性理論を発表したんですけど、「この10年間でアインシュタインに何があったんだ?」と思うくらい難しくなってるんですよ。その10年間でよっぽど勉強してるんです。
特殊相対性理論は掛け算・割り算・√(ルート)くらいで計算が出来るのに、一般相対性理論は偏微分方程式やリーマン幾何学を使っていて、すごく難しいんです。最初にアインシュタインがそういう方式をぶっ立ててしまったので、一般相対性理論の教科書っていうのはすごく難しいんです。
しかし、一般相対性理論で言っている重力理論…時空にシワがよる…ということも物理と言えば物理なので、一般的な人も理解ができるんじゃないかと私は夢想していたわけです。
例えば我々はキャッチボールをするじゃないですか。キャッチボールというのは、ニュートン力学に基づいた複雑な弾道計算が必要になるわけです。でも我々はそんな計算していないですよね?
同様に考えて、例えばブラック・ホールの近くを光に近いスピードで駆け抜ける生き物が居たとしたら、偏微分方程式なんかを使わずに直感的に運動しているんじゃないかなと想像するんです。そう考えると、数式を使わずに一般相対性理論を理解することも出来るんじゃないかなって前から思っていたんです。
そういう試みで『数式なしでわかる相対性理論』を書いたんですけど…やっぱりなかなか難しいですよね。すみません(笑)。
いやでも、他にもいっぱい相対性理論に関する本を読んだんですけど、他と比べてすごくわかりやすかったです。
2016年2月17日、H-IIAロケット30号機によってX線天文衛星ASTRO-Hが打ち上げられ、「ひとみ」と命名された。かつてない性能のX線観測装置は、新しいX線天文現象を発見し、その謎を解き明かすと期待されている。
提供:JAXA
物理学というのは、根本的には素粒子を見つける学問なんですか?
ああ〜、素粒子を専門に研究している人はそう思ってますね。「素粒子物理学こそ物理学の王道だ」と思ってますよね(笑)。
そういう傾向があって、素粒子物理学は数学がすごく難しいんですよ。
だから物理学の中でも数学がめちゃくちゃ出来る人が素粒子物理学を選ぶんです。エリートの中のエリートっていう雰囲気があって。でも素粒子物理学がどれくらい成果を出しているかというと…(笑)。
さっきヒッグス粒子の話が出ましたけど、量子重力理論というのが今の素粒子物理学の最大のテーマだと思うんですけど、何十年もかかって全然答えが出ていないし。
それは…うーん、数学者の考えることは難しいな…数式を先に作って、それの答えが出ないから「成果がない」ということなんですか?
何が進んでいないかと言うとですね、例えば量子重力というのがひとつの課題なんですけど、それを解くためには新しい数学が必要なんですよ。
でも新しい数学がどういうものかというと、誰も確証を持っていないので、いろいろと試行錯誤している段階である。それと新しい数学そのものが、現在わかっていないということに加えて、本当に難しいんです。チンパンジーに数式が解けないように、我々人類には量子重力理論の数式は解けないかもしれない。
更に難しい点の3つめとして、実験が難しいんです。アインシュタインが一般相対性理論を発表したときに、何でそれが正しいか実証したかというと、太陽の近くをまわっている水星の軌道が1つの証拠になったんです。
水星というのはいちばん太陽に近い惑星なんですけど、水星の軌道はニュートンの万有引力の法則から微妙にズレた軌道なんですよ。
その理由が当時はわからなかったんですけど、アインシュタインの一般相対性理論はニュートン力学のズレを説明できたんですよ。だから実験的に見て正しいと。
あと、光っていうのは重力によって曲がるんですけど、それもやっぱり一般相対性理論の予言と観測が一致したので、一般相対性理論は正しいと。
アインシュタインが一般相対性理論を発表したときは、重力レンズはまだ観測されていなかったのか。
ところが最先端の量子重力理論は、実験がとてつもなく難しいんですよ。例えば粒子加速器で実験しようとすると、現在の加速器とは桁違いの、宇宙サイズのものじゃないと確かめられないんです。だからそこのところで手詰まり感がありますよね。
しかしですよ! 重力波が検出されたじゃないですか。これは期待が持てますよ。なぜかっていうと、アインシュタインの相対性理論だって実験室では実験できなかったけど、水星とか太陽とか、宇宙を観測して確かめられたんですよ。
だから宇宙空間は我々人類がどうがんばっても作ることができないような実験装置でもあるんです。衝突するブラック・ホールとか。だから今まで実験できなかった量子重力の実験が観測できるかもしれないですね。
小谷さんが本にも書かれていたことで訊きたかったことがあるんですが、ダークマターって結局何なんですか?
我々が所属している銀河系は、恒星や惑星・星間ガスの合計よりも、ダークマターの方が質量が多いんですよね?
そうです。太陽になれなかった星がたくさんあると言う人も居れば、未確認の粒子があると言う人も居れば、ニュートリノだと言う人も居ると。
ついこないだまでは、人類に知られていない未知の粒子だと言われていたんです。光も出さないし、電荷も持っていないので電気的な反応もしないので、スカスカ通り抜けるんですよ。
ある。たぶんその説は正しいと思うんですけど、でも…これは勝手な思いつきでしゃべっているのでそれを踏まえてご理解いただきたいんですが…重力波が検出されたじゃないですか。太陽の29倍と36倍のブラック・ホールが合体し、62倍のブラック・ホールになったんですけど(※29と36を足すと62より多くなるが、足りない分は重力波のエネルギーになって放射された)、これがいきなり見つかっちゃったので(※LIGOは2002年〜2010年まで稼働し、その後5年間停止して検出感度を上げるための改良を行い2015年2月に再稼働、同年9月14日にいきなり重力波を検出した)、この現象は我々が考えていたよりも頻度が高いものなのかもしれないんですよ。
ということは、我々が計算していたよりも、目に見えない(観測できていない)ブラック・ホールが銀河系内にたくさんあるかもしれないですよね。
そうすると、ダークマターと思っていた全部の質量がそうではないにせよ、何割かは黙っていたブラック・ホールで説明できるかもしれないなって。ちょっと私、今は思いつきなのでいい加減なことを言ってるかもしれないですけど(笑)。
今後も重力波が検出できるのは、衝突などの極端なイベントだけなので、衝突の回数を数えていったら、たぶん衝突せずにその辺に存在するブラック・ホールの数も推定できると思うんです。そうすると、ダークマターと思っていた何%かはブラック・ホールだと説明できるかもしれないですね。あくまでもこれは現時点の思いつきですけど(笑)。
今日の対談で、宇宙のことに興味を持つ仲間が100人は増えると思うよね。
宇宙の本じゃなくて、元素の本なんですよ(※『知れば知るほど面白い 不思議な元素の世界』)。
118種類の元素が載っているんですけど、その118種類を全部解説している本なんです。
そうなんですよ。日本だと理研で見つかった113番元素っていうのが騒がれていますけど、同時にいくつかが認定されていまして。
というか、新しい元素が見つかるってどういうことなんですか? そもそも、みんな限界まで知ってるんじゃないの? って思っていたんですけど。
その限界はですね、20世紀中に結構早い段階で来ていて。その辺の土を掘り返して見つけることができる元素はあらかた見つけちゃったんですよ。
でも周期表を見てみると空欄が結構あるわけです。空欄の元素を探して、石ころをほじくり返しても全然出てこないんですよ。それで1937年、エミリオ・セグレという物理学者が、空欄の元素を人工的に作っちゃったんです。
テクネチウムという元素なんですけど、それは既に知られている元素に、粒子加速器で原子核をぶつけて核反応を起こさせるんです。そうすると、ほんの僅か新しい元素が出来ましたと。調べてみると、周期表の空欄に当てはまるものだったと。最初は「人工的に作ったものを新しい元素と言っていいのか」みたいな議論になりましたけど、結局それは認められまして。それからはそういう方法がメインになったんです。
でも人工的に作った元素はどれもこれも寿命(半減期)が短いんですよ。テクネチウムは何種類かあるんですけど、いちばん長いものでも1億年なかったはずですね。何百万年とかのはずです(※テクネチウム98の半減期は約420万年)。
地球は46億年前に宇宙のガスや塵が集まって出来たじゃないですか。この辺のテーブルとか我々とかを作っている元素は、そのときにもう出来ていたんです。でももしそのときにテクネチウムがあったとしても、寿命が短いから崩壊しているんです。だからその辺の土を掘り返してもテクネチウムは出てこないんです。
そのことがわかっちゃったから、みんな土を掘り返すのをやめて、新しい元素を作ることにしたんです。
作った元素の中で、テクネチウムは珍しく医学の分野で使われてます。、テクネチウムに変化する元素が骨に吸収されやすい特性を持っているので、注射すると骨に集まるんです。その後、崩壊したテクネチウムが出すガンマ線の写真を撮ると、骨の様子や病巣がわかるんです。
アハハハ(笑)。いや、研究に国が予算を付けるって、すごいことだなと思っていたんですよ。でもそうやって人類の役に立つ研究だったりするんですね。
113番元素なんかは、理研のRILAC(ライラック)という装置を使って作るんですけど、ものすごく高額の装置を何ヶ月間もぶっ続けで動かして、やっと1原子が出来るんです。
そういう意味では役に立たないですけど、周期表の空欄を埋めて人類の知識を広げるという意味では役に立っていますよね。それはさっきも話しましたけど、我々の生活が113番元素を作るためにあるんですよ(笑)。
おもしろいな(笑)。この対談でみんなが興味を持ってくれるといいな〜。すごくロマンがあると思うんですよね。小谷さんのように研究されている方が居て、その研究内容やお話を聞いて僕たちがそこにロマンを感じる。それをみんなに気づいてほしいな〜。
ロマンを感じてくれる人が居ないとサイエンスは成り立たないですからね(笑)。
たっきゅんの受け身の美学 Vol.11(その1)
たっきゅんの受け身の美学 Vol.11(その2)
後半物理関係ないけど映像綺麗でおもしろいよ!!
たっきゅんの受け身の美学へのメッセージや感想は
yamanaka@hirax.co.jpまで!!
優れた音楽性とシーン最強のアンサンブルを武器に目覚ましい成長を遂げ、今春に“Hand In Hand Tour 2016”とニューシングル&『MAZE』アナログ盤のリリース、そして日比谷野外音楽堂ワンマンライブを控えているNothing's Carved In Stone。当連載は、同バンドのフロントマン村松が、様々な“表現者”とガチのぶつかり合いを行い、その際に起こる化学反応を赤裸々にレポートしていく村松拓強化プロジェクトである。
ストレイテナー ホリエアツシ、HUSKING BEE 磯部正文、the band apart 荒井岳史、アルカラ 稲村太佑、SUPER BEAVER 渋谷龍太…村松拓が「会いたい人に会いに行く」という当連載、なんと今回は初の異業種交流!! 今回のたっきゅんの受け身の美学のゲストは、低頭ネジや超低頭ネジ、規格品のタッピンねじ小ねじなどの製造販売を行う有限会社浅井製作所の代表取締役、浅井英夫さんとの初の異業種対談。“ものづくり”を共通項にして和やかに進行した対談は、どのような化学反応を起こしたのだろうか。
有限会社 浅井製作所
代表取締役 浅井英夫さん
〒340-0024
埼玉県草加市谷塚上町449-7
http://nejikouba.com/
前代表取締役、浅井伸一氏が東京都足立区興野町で創業。昭和43年12月、現在地埼玉県草加市谷塚上町に移り、有限会社浅井製作所を設立。昭和60年、長男英夫氏が入社。平成9年、父浅井伸一の病気により浅井英夫氏が代表取締役に就任。2001年に自社サイトを開設。どんな極小ロット品でも機械的に出来ない形状を除きロット数にて断ることはない。
まず最初に、ネジ工場でネジの作り方を見学させていただきました。
たっきゅんの「ネジ工場の職人さんと対談してみたい」というアイディアからスタートした今回の『たっきゅんの受け身の美学』。快く取材・対談を引き受けていただいたのは埼玉県草加市にある(有)浅井製作所の浅井さん。しかし、我々はどれくらいネジのことを知っているのだろうか? 家具や家電製品に使われているネジは、子供の頃から我々にとって身近な存在だったけれど、実際にどうやってネジを作っているのか、よく考えたらたっきゅんも山中編集長も全然知りませんでした。
というわけで、対談の前に浅井製作所の工場見学をさせていただき、ネジがどうやって作られているのか、どのような機械でネジを加工しているのか、そもそもネジ工場とはどういうものなのかを浅井さんに教えていただきました。
見たかったものがここにはいっぱいあると思いました。見れば、感じればわかる。
ネジの作り方を学ぶ。
ネジの製造は、大きく分けて2つの工程がある。
まず最初に使用するのは圧造機。針金状になっている材料を圧造機に送り込む。圧造機はその針金状の材料をネジの長さに切り、針金の先を叩いてネジの頭の部分を作る。そして2回目は別の部品でネジの頭を叩き、プラスの形を入れて頭を整形する。
圧造機(左の写真)
圧造機は以下の3つの作業を行う機械なのだ。
1.針金状の材料を切り、
2.先を叩いてネジの頭を作り、
3.もう1度叩いてプラスの形を入れる。
左から、
針金状の材料を切ったもの、
1発叩いた状態、
2発叩いてプラスの形を入れた状態。
次に使うのは転造機。溝が刻まれた2つの金型でネジを挟み、滑らせながら圧力を加えることでネジに山と谷を作る。
転造機(左の写真)
転造機はギザギザの金型でギュッと棒の部分を挟んで滑らせることで溝を作るのだ。
1.溝が入った金型でネジを挟み、
2.滑らせながら圧力を加える。
僕からするとネジって、すごく限られた場面で使うものというイメージがあるんです。機械とか、“ものを止める”というシステムで使うものじゃないですか。でも浅井さんは想像していたより…Twitterをやっておられたりとか、HPを作られたりとか、外に向けていく視点がすごくオープンで、そこにまずびっくりしたんです。
ウチの場合は特になんですけど、このような取材でも「ここは撮られちゃマズイです」というようなものを作っていないんですよ。例えば他の町工場さんなら社外秘の図面があったりするとアピールできないような場合がある中で、ウチはそれがなかったんです。じゃあもう「出せるものは全部出す」というスタンスで。
はい。ネットに情報を出して以降ですけど、一般の方でも、ここ何年かは特にネジを使う人が増えているようです。“ものを作って売る”ということが、今は完全に企業のものだけでは無くなってきているんです。
例えば、弊社の古くからのお客さんなんですけど、二足歩行のロボットを作られている方とかだと大量にネジを使うんです。まあ「大量」と言っても個人のレベルの大量なんですけど…釣りのセミプロの方がフライリールを自作して、ちょっと多めに作って販売もされていたりだとか、あとは弊社も以前からよく参加していますけどハンドメイドのものを売るイベントも増えてますし、それを生業にしている方も出てきていますし。
そういう意味では、ネジって機械関係のものをなにか作ろうとしたら必要になってくることが多いんです。ホームセンターとかにもネジは結構売ってるんですけど、その中でも事足りないこだわりがある方も増えているんです。量産のネジのメーカーに作ってもらうという感覚がない中で、ふっとウチがネット経由でそういう方と繋がって「作れるメーカーさんがあるんだ」と言っていただけるんです。
ネジはホームセンターにも山ほどあるし、ネットで探しても規格外のものなんて山ほどあるんです。でも、それでも事足りないということがあるんです。こだわりが強い方というか。
その“こだわり”というのは、具体的にはどういうことなんですか?
いちばん多いのは、一般的なプラスネジじゃなくてマイナスネジですね。
ああ〜。あれ、僕も“なんで今どきマイナスネジなんだろう?”って思うんですよ(笑)。
プラスのネジって、日本国内で出回り始めたのは昭和40年代以降なんです。
それより前に、アメリカの方が今のプラスネジやドライバーのプラスの形を考えて特許を取って、それをアメリカのフィリップス・スクリュー社が買い取って一社独占で作っていたんです。ライセンス料を払って作ることもあったんでしょうけど、特許品なのでそこでしか作れないわけなんです。それでその特許が切れたのが1950年代ごろで、それ以降でどこでも作れるようになり、機械のネジを作る方法も考え出されて広まったんです。
それまでの時代は、マイナスネジは頭を整形した後、マイナスの溝を削って作っていたんです。でもプラスネジの場合は整形と穴あけを1回の工程でできるというメリットが出てきたんです。それに締めたことがある人だったらわかると思いますが、マイナスネジって横滑りしてしまって締め辛いんですよ。
要するに“大量に作って大量に使う”ということには適さないネジなんです。対して、大量生産にも大量消費にも適しているのがプラスネジなんです。そういう背景があり、昭和40年代以降一気に広まったんです。
逆に言うと、それより前の時代はマイナスネジしかないんですよ。なので先ほど言った“こだわり”というのは、当時のアーミー系のジオラマを作っている人だったり。その時代を忠実に再現しようとすると、その人にとってはマイナスネジじゃないといけないんです。
釣りのリールも、アンティークっぽいものをモチーフにしてオリジナルを作っている人にしてみればプラスネジは許せないんですよ。だから機能的にどうこうじゃなくて、こだわりのみです。
他に弊社が作っている低頭ネジや超低頭ネジなどは機能的なものなんですけどね。シビアに設計したときにネジの頭が出ちゃうようなことなんかがあるらしいんですよ。
ということは浅井さんは「ニーズに応える」の繰り返しというか、そういうサイクルなんですか?
ニーズに応えることに加えて、私の性格的な部分なんですけど、作り手の理屈も押し通す、ということですね。それは単に反対するわけじゃなくて「それはできないけど、こうやったらできますよ」とか「こうやったら安く済みますよ」ということだったり。お客さんのニーズ通りにやろうとしたら新しく金型を作らなきゃいけなくなるから、お金も手間もかかる。そこで、こっちはこっちの理屈を押し通して「それで全然問題ないです」ということであれば、お客さんも安く済むし、こっちも楽ができる。それがウチの得意なところですね。
目的に沿った別の方法を提案するわけですね。効率的に、安く済む方法を。
そういうことです。ネジを使う人はネジの作り方を案外知らないんですよね。お客さんの要望を言ったら他の工場では「金型に40万円かかります」と言われたけど、ウチだったら全然別の方法で問題がなかったということが何回もあります。そういう感じで、こっちの作り手の理屈と、使う方の理屈をうまく擦り合わせるっていう。日本のものづくりはその“擦り合わせる”ということが重要なんですよ。かっこよく言えば“提案”ですけど、ウチは結構わがままなメーカーなんです。
ハハハ(笑)。ネジの魅力って、僕から見ても結構いっぱいあるんですよ。工具とかも好きだから、ホームセンターに行ったらなんかワクワクするし、さっき工場見学させていただきましたけど、ああいうちゃんと理屈立った機械にかこまれてものを生み出していくという生き方は、魅力を感じるんです。浅井さんから見たネジの魅力って何なんでしょうか?
うーん、“間違いなく無くならないものだよ”という想いで接しているというか関わっているというところは確実にありますね。親父に「いくらいい接着剤が出来たってネジに敵うやつはねぇんだから」とよく言われたんですけど、やっぱりメンテナンス的に開けたり閉めたりできるのはネジだけなんですよね。
ただ「表向き」と言うと語弊があるんですけど、やっぱりネジは商売道具なんですよ。自分が生きていくためのものなので、もう“愛着”とは違う感触にはなっていますよね。大量に使ってもらわなければこっちは仕事にならないですから、1個1個大事に使ってもらったら困るんですよね。
へぇ〜。僕とは全然違いますね。僕は「CD大事に聴いてください」という姿勢なので。
僕も今はバンドで生活しているんですけど、“ものをつくっている”という感覚ではあるんですよ。だからどこがどう違うのかな? っていうのを浅井さんに訊きたかったんです。
いわゆる量産の品物は私に近いと思うんです。とにかく量を使ってもらわないと話にならないという部分がありますので。
そうですね。でもご覧頂いたとおりウチの設備で作れないものは出来ないですし、1人でやっているので、あまり難しいものは受けられないし受けないんです。そういう意味で、ウチはナノ精度の寸法を要求されるようなものとはまるっきり対極なわけですよ(笑)。量産ネジの中での品質はもちろん保っているつもりですけど、でも最近はそういう要望も増えてきましたね。
そうですね。最近は多いですね。作り方をしらないというか、ネジ1本作るのも、1個何百円もするような機械の部品を作るのも同じような感覚で言ってこられるわけです。でもどう考えても違うんですよ。こっちは工賃的に10銭、20銭のレベルでやっているわけですから。でも流れ的にどうもそういう方が増えている感じはありますね。現場を見ない方が増えてますから。
僕の勝手なイメージなんですけど、“ものづくり”というのはアーティスト的な側面と、先ほどおっしゃっていたユーザーと擦り合わせる側面の両方があると思うんです。
でも職人としては、もしなにか無理なことを言われたときに「じゃあやってやる!」と挑戦できるかどうかっていうところがあるじゃないですか。要は自分が作っているものを買ってもらう相手に対しても「じゃあお前使ってくれよ」と思える人に使ってほしいと思うというか。でもネットが広まって、まるで人間がものを作っていないような考え方が広まって、人と会わないことが増えて、そういう感覚が薄まっているような気がするんですよね。
わかります。以前ですけど「ネジって作るという感覚が無い」と言われたことがあるんです(笑)。普通にどこにでも売っているもので、作るものではないという。
でも恥ずかしながら、ネジは削って作っているものだと思っていました。
そうですよね。逆転の発想だからすごく勉強になりました。僕もネジは削って作るのが当たり前だと思っていたから(笑)。
専門業者でもそういう方はいらっしゃいますよ。ただ、ウチにあるいちばん古い機械は昭和44年製ですけど、要するに当時から作り方は確立されているんですよ。
だから“誰も(ネジの作り方を)知らないとはどういうことだ!”という想いも正直なところあるんです。
そういう観点から、見学とかを積極的に受け入れているんですか?
そうです。ガキの頃からずっと見てきて、この作り方が普通だと私は思っているじゃないですか。だからちょっと複雑な形のネジを見たときに“これどうやって作ってるんだろう?”と不思議に思ったりして。
ちょっと前まではテレビで町工場が取り上げられるのは旋盤が多くて、最近だとすごく複雑な形状を加工したり、精度の高い加工をする工作機械ばかりじゃないですか。「そういうのばかりじゃねぇだろ!」っていうところを見せてあげたいということで、見学やネットでの情報発信をやっている部分もあります。ネジの認知度に比べて、作り方の認知度の低さったらありゃしないですからね。
今、お1人でやっておられるじゃないですか。会社としての営業面はどうしているんですか?
インターネットでの発信で引き合いをいただいているのみですね。展示会とかも以前は出展していたんですけど、あまりメリットを感じることができなかったんですよね。というのは、ウチは売りにできる商品があまりないんです。難しい加工ができますとか、すごく複雑なネジを作りますとか、そういうものではないんです。大抵言われるのが「緩まないネジはできないのか」とか「どこにも断られたんですけど作ってもらえませんか」みたいなことばかりなので、費用対効果を考えたときに展示会は割に合わないんです。
おかげさまでネットでの反応が悪くなかったですし、新しいお客さんもつきましたし、基本的な営業はネットのみで事足りてますね。一部海外にもお客さんが居らっしゃいますし。
浅井さんご本人がこの会社の商品というか作品みたいなものですね。
あ、それは言われたことあります(笑)。金髪にしてるのもそういうことです。小さい会社なのでとにかく目立たないとどうにもならないんですよね。
ということは、ネジそのものや、この工場でやっていることを知ってもらうことで、お客さんやニーズが増えていく、という流れなんでしょうか?
まあそれがいちばん理想ですけどね。ただ、なかなかそういうわけにはいかない部分があると思うんですよ。ウチがこちょこちょやったからといって、大手の会社が今まで使ったことがないネジを使うということにはならないと思いますけど、さきほど言ったようにネジは商売道具ですから、如何に会社を潤わせようかと思ったときに、キーワードとして「ネジ」はいちばんわかりやすいんですよね。町工場と言えばやっぱり最初にネジを思いつかれる方が多いので。
確かに今まで「ネジは買うもの」という発想しかなかったですけど、浅井さんの存在を知ったら「ネジは作ってもらうことができる」という発想に変わりましたもん。
ただ、こっちはネジを作るのが仕事ですからね。「100本や200本のオーダーじゃあ儲けにならないでしょ?」とよく言われるんですけど、こっちからすれば「そうじゃなくて、儲ける値段を付けるんだよ」という発想で。そういう部分は、製造業の業界内の感覚とはちょっと違うようです。
5万本のネジと100本のネジの単価が違うのは当たり前の話じゃないですか。それを100本でも同じ単価にしなきゃいけないっていう固定観念というか強迫観念があるんですよね。「送料なんか出ないでしょ?」とも言われるんですけど「送料も振込手数料もいただきます」と。それは当たり前の話で。そういうところの考え方は変えちゃいました。
なんか、今の若い人たちに響く考え方ですね。ネットに対する考え方も。浅井さんが作っていらっしゃるネジ自体に確固たるものがないと、こういう活動はできないことだと思うんですよね。僕よりも下の世代の人たちって「どうやって飯のタネを作っていくか?」ということを考えている人が増えていると思うんですよ。
だから浅井さんの考え方というか生き方は、今の若い世代に近いというか響くような気がするんです。
結局、自分で作った作品を安く売る必要はないんですよね。相手もあるからこっちの自己満足だけじゃあ商売にならないし、その辺の摺り合わせは絶対に必要なんですけど、でもお金を稼ぐっていうのはそういうことなんですよね。商品の値段を下げるということは、自分で作品の価値を下げているということですもん。「それは違うでしょ」と思います。
「安くしてよ」と言われたら、そこに売らなきゃいいわけで。それでうまくまわっていけばいいと思っています。
工場見学させてもらって、お話を聞いて、見たかったものがここにはいっぱいあると思いました。見れば、感じればわかる。
最初に見ていただいた機械は「カム式」という機械なんですけど、すべての動きを1つのモーターで作ってるんですよ。
らしいんですよ。こっちが動いてるなと思ったら、別の所で連動して違う動きをしていたり。しかもモーターの力をフライホイールの重量で増幅させているっていう。
古い機械というのは大体ああいう大きなフライホイールが付いてます。大きいのは敢えてで、重量と慣性の力を機械のエネルギーに変換しているんです。
現代の機械だったらコンピューター制御とかでやっているんでしょうけど、でも人間の知恵を使って、力の弱いモーターで硬い金属の形を変えたり曲げたりするっていうものの考え方が無くなっていくのは寂しいですよね。でもここ(浅井製作所)にあるっていうことは、これからの若者たちにとってすごくプラスになると思うんです。
そう言っていただけるとありがたいですね。ウチもあと何年やっていけるかわからないですけど(笑)。
僕もまだ若者のつもりでやっているんですけど、浅井さん的に最近の若い人たちに言いたいことはあるんですか?
うーん、最近はガツガツしていない人が多いように思うんです。私は自分の仕事をいろいろとやっていく中で“如何にスマートにやるか”ということを考えているんですけど、その中でもガツガツとやっていけるんですよね。でも最近の若い人たちはスマートだけで終わっているような気がして。
ガツガツとやっている人も増えていると思うんですけど、でもそうじゃない人も絶対的に多くなっていると思うんです。ガツガツやる = 泥臭くやることではないと思うんですよ。それこそTwitterとかを使ってスマートに情報発信をやっていくと同時に、その中でもっとガツガツやっていけばいいのになって思いますよね。
私の場合はやらざるを得ないっていうところもあるんですけど、でもこういう考え方も、ネットを始めたときや商売を始めたときに「こうやろう」と思っていたわけではなくて、いろいろとやる中で私は結構考え方がブレてきたんですよ。その時々にいちばん適したものをチョイスしながらやってきた感じなんです。だから柔軟に臨機応変にやるということも1つの方法かなと思います。
ところで浅井製作所ではネジを使った指輪などのアクセサリーも製造・販売をされていますよね? あれはどういう発想で始めたんですか?
実は私、子供が3人いるんですけど独り身なんですよ。で、今お付き合いをしている女性がおりまして、その方に「指輪をあげるよ」と言ったら「浅井製作所で作ったネジを使った指輪が欲しい」と言われまして。
それで仲間の加工屋さんに「ネジを8本締められる形で作ってくれない?」と頼んで、実際に出来上がってネジを締めてものにしたら「これ結構いいよね」と思いまして。私と彼女の分だけのつもりだったんですけど、2個だけの加工を頼むわけにもいかないので、最初に10本作ったんですよ。だからせっかくなので売ろうと思って、デザイン・フェスタ(※年2回開催されるアジア最大級のアートイベント)に持って行ったら3〜4個売れたんです。そこからハマっちゃいまして、今に至ります(笑)。
めちゃくちゃいい話(笑)。今ちょっと僕の中で歌詞が思い浮かびました(笑)。
おまけ
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たっきゅんの受け身の美学へのメッセージや感想は
yamanaka@hirax.co.jpまで!!
優れた音楽性とシーン最強のアンサンブルを武器に目覚ましい成長を遂げ、9月にニューアルバム『MAZE』をリリースし、“MAZE × MAZE Tour”と豊洲PITでのLIVE Album『円環 -ENCORE-』再現ライブ“円環 -ENCORE-”を大成功させたNothing's Carved In Stone。当連載は、同バンドのフロントマン村松が、様々な“表現者”とガチのぶつかり合いを行い、その際に起こる化学反応を赤裸々にレポートしていく村松拓強化プロジェクトである。
ストレイテナー ホリエアツシ、HUSKING BEE 磯部正文、the band apart 荒井岳史、アルカラ 稲村太佑…村松拓がリスペクトするヴォーカリスト・フロントマンを迎えて対談を行ってきた当連載、今回は初となる年下が登場する。記念すべき初の年下ゲストは、1月から3ヶ月連続でシングルをリリースし、4/10にはZepp Diver Cityでワンマンを開催するSUPER BEAVERの渋谷龍太。たっきゅんが嫉妬するほどの衝撃を受けたという渋谷龍太とのヴォーカリスト対談は、果たしてどのような展開を見せたのであろうか。
前の連載で、2014年を振り返る話をしていたとき「2014年に観たライブの中でいちばん印象に残ったのは?」と拓さんに質問したら、渋谷さんの名前が挙がったんです。
大阪で対バンしたんだけど、あの日のライブは本当にヤバくて。“こりゃ負けた”って思ったんです。
梅田AKASOだったんだけど、そのときのシチュエーションもSUPER BEAVERに合っていて。いいバンドだなって思ったんだよね。
ちゃんと対バンさせてもらったのはあのときが初めてでしたよね。僕もそのときにNothing's Carved In Stoneを観てめちゃくちゃビビりました。
あの圧力って、練習して出せるものじゃない気がするし、かといって歴を重ねればついてくるものなのか? っていえばそうでもないだろうし。あの4人の中でできているもの…僕は“圧力”としか言いようがないんですけど、ものすごく感じて。圧倒的なものを感じたんですよね。だからまさかそのときに拓さんがそういう風に感じてくれてたなんて、まったく思ってもなかったです。
いやいや、そんなことないよ。だって渋谷くん、ヤバいから、マジで(笑)。
確かに渋谷さんは、こうやってしゃべっている感じとは少し違いますよね。
去年ツアーに呼んでもらって高松で2マンしたときもそうだったし、こないだROTTENGRAFFTYのツアーに呼んでもらって3マンしたときもそうだったんだけど、ステージングもMCも、バンドに上も下もないっていうか、ステージはいつでも開けていて誰でも立っていいっていう姿勢自体がすごくバンドっぽくて、たくさんの人から共感を得る側面を持ってるんですよね。
だから渋谷くんはどういう意識でバンドをやってるのかが知りたかったんだよね。
ああ〜、僕はもともとジャパコアがものすごく好きだったんですよ。高校のときから20代前半までライブハウスに通ってジャパコアのライブばかり観てたんです。ハードコアがめちゃくちゃ好きで。
ああいう、エネルギーに満ち溢れているものにすごく憧れていて。
いろんなバンドのライブを観に行ったとき、ハードコアみたいな感じでバチバチにやって、その上で観ていて楽しいようなライブをやりたいなと。で、自分がバンドをやる側になって、せっかくステージに立たせてもらえるのであれば、人の何十倍ものエネルギーがあるものを観せられたらおもしろいなと。僕がお客さんのとき、それがいろんなものの活力になっていて、憧れの対象だったんですよ。だから一種のヒーロー像みたいなもの、フラットにやるのではなく、図抜けたヒーローみたいな存在になりたいなっていうのがそもそも自分の中にあったんです。それに突き動かされてバンドをやっているというか。
SUPER BEAVERのライブを観てて思うのは、渋谷くんの人間性とかがエネルギーの塊になってると感じるんだけど、いちばん重要なのは“そこで吐いている言葉が誰の言葉なのか?”っていうところで。渋谷くんの場合は、もう渋谷くんの言葉でしかないんだよね。それが観ていてわかるからいいバンドだなって思う。嘘をついてないっていうか、打算がないっていうか。でもエネルギーを見せていく方向がすごくポップで。
だから自己満足とか小さいものに憧れているんじゃなくて、すごく大きなものになろうという気がして。…なろうとしているというか、表現しているものがすごく大きくて捉えられないんだけど、その角度で来られたらわかっちゃうっていうか、すごく何気ない物事を拾っている。だからハードコアとうまくリンクしない(笑)。
たぶんその理由は、ウチは基本的に曲を作って歌詞を書いてるのがギターの柳沢なんですよ。
僕らは本当にバラバラの人種で、唯一共通しているのはポップミュージックなんです。4人でいろんなことを話して活動していく中で今のスタンスができた感じなんです。最近は僕がMCでしゃべったことを柳沢が拾って歌にするんです。その歌を僕が聴いて、またMCでしゃべって…っていうサイクルができているんです。だから僕らがハードコアとリンクしないのは、さっき言った僕のヒーロー像とは違うところに伝えたい事があるからだと思うんですよね。全部1つに集約するのではなくて、僕らが伝えたいことは“人と人”っていうところで。
僕ら20歳くらいの頃に一度メジャーデビューさせてもらったんですけど、その時期にないがしろにしてきたもの…そうしようと思ってやっていたわけじゃなくて、知らずに進んでいたんですけど…例えばライブハウスに行ったときにライブハウスの方と直接お話するだとか、対バンの人たちと一緒に打ち上げさせてもらうとか、当時の僕らはまったくなくて。
スタッフさんに「打ち上げするくらいだったら今から打ち合わせするから帰るよ」って言われたりして、「お先に失礼します」って誰だかわからずに頭下げたり。そういうことを続けていたら、当然のことに周りからどんどん人が減っていって。バンド結成当初はCLUB251のワンマンでチケットがソールドアウトしていたんですけど、メジャーデビューしてそんな感じでやっていたらお客さん3人とかになっちゃって(笑)。そのときは理由がわからなかったんですけど、その後メジャーとの契約が切れて、自分たちに何が足りなかったのか考えたんです。そこで“やっぱり人と直接対話する時間が少なすぎた”と思って、そこからは直接自分たちの足で行って、直接目を見て話す機会を作って、打ち上げにも全部出て。
そういうスタンスが4人の意志としてあるから、“人と人”をいちばん大切にしなきゃいけないっていうのは統一されているんです。だから僕がいちばん伝えたいことはそこなんですけど、でも自分の好きなヒーロー像っていうのがあるから、そういう方法で。
いやいや(笑)。怒りとかはないわけじゃないですけど、全部に中指を立てる、みたいなスタンスではないんですよ。
バンドって、ただ音楽をやりゃいいっていうわけでもないもんね。いま渋谷くんは28歳でしょ? 若いうちにいろんな経験をしてるってすごいことだよね。
拓さんがSUPER BEAVERのステージから感じたのは、そういう姿勢というか背景みたいなものなんでしょうか?
そうですね。俺らはたぶん一緒で、生き方が“バンドで生きていく”っていうところだと思うんだよね。だから1年365日あったとして、そのうちの1日に出会う人ってものすごく貴重じゃん。
そこで何ができるか? っていうのはいちばん大切だと思うんだけど、それが渋谷くんのステージから見えるっていうか。ライブでのっぴきならない感じがいつでもある。3回観たら3回ともある。ウチのバンドもそういう部分はずっと持っていたいし、今でも“ちゃんと持ってるかな?”と自問自答するというか。だから年齢関係なくライバル視してしまうよね(笑)。音楽やスタイルは違うけど、根本は一緒だなって思う。
最初に渋谷さんがNothing's Carved In Stoneについて「圧力」とおっしゃっていましたが、その“圧力”をもう少し具体的に訊きたいんですが…。
1人1人の個がめちゃくちゃ強くて、更に演奏がめちゃくちゃ上手で。要はそれだけでも僕はデカい武器だと思うんですけど、“真ん中が拓さんじゃないといけない”っていうのが僕はいちばんデカいような気がしていて。
4人なんですけど、やっぱり拓さんが真ん中に居るからNothing's Carved In Stoneなんだっていうのが見えるから。あの楽器陣で真ん中に立つ自信は、僕はないです。
そういうことじゃなくて(笑)、語弊があるかもしれないですけどあの3人を従えている感じっていうか。それがステージで見えるっていうのがすごいというか。逆に“置いてもらってるんだな”っていうのが見えちゃったら、僕はNothing's Carved In Stoneというバンドには魅力がないと思うんですよ。でもそうじゃなくて、拓さんが真ん中に立って、拓さんが引っ張ってるっていうのが見えるから、全部が活きるっていうか。
だから「演奏すごいよね…」ではなくて「上手いしあのバンド、ヤバい」ってなるんです。全部がプラスに転じるというか。それが僕にとっての“圧力”なんですよ。あれはものすごいです。
拓さんは、絶対に客席からは観れないじゃないですか。観てるとものすごいですよ。自分の出番前でも嬉しくなってピョンピョンしちゃうんですよね。
ライブやってると、だいたい俺の視界の範囲内で踊っててくれるんです。客席で(笑)。
こないだの山口でも、次は僕らの出番なのに最後の曲までNothing's Carved In Stone観てましたね。次は自分たちの出番だから準備しなきゃいけないんですよ。自分たちのライブがいちばん大事だし。準備しようと思ってシャツを着替えてたら「次はこの曲か!」って気になって観に行っちゃうし、“やべぇ準備しなきゃ”ってズボンを履き替えてたら「お、次はこの曲か!」ってまた観に行っちゃう。
もうめんどくさいから、最後まで観てそれからバチッと切り替えようって。でもそうしたくなるくらいのバンドと対バンできるっていうのは本望ですよね。
対バンの魅力ってそれだと思うんです。やっぱり一緒にやってるバンドを観て自分が奮い立ったり、一緒にやることで危機感を感じたり、ピリピリした感じだったり楽しい感じがなければ、僕は対バンをやる意味がないと思っているんです。だからあそこまで観たくなっちゃうっていうのはものすごく嬉しいことで。だから最後まで観ちゃうんですよね。たぶん観ちゃダメなんですけどね。
やっぱり観るでしょ(笑)。でもさ、もう既におもしろいことをやっている先輩たちっていっぱい居るじゃん。そういう人たちが作ってきたフィールドで満足していいのか? っていうのを俺はずっと思ってきたんだよ。
だからなんか、あまり媚を売らずにやっていく方がいいと思っていて。だからステージも、何年もかかって“ちゃんとヴォーカルが引っ張っていけるバンドにしたい”という想いでやってきて、だから渋谷くんがそんな風に感じてくれたのかなって思うと嬉しいんだけど。
確かに同じようなことはしたくないんですね。「◯◯チルドレン」とか言われちゃったりするのはおもしろくないし、すごくいろんなことを紐解いていけばそんなこと言ってられないかもしれないですけど(笑)、でも唯一無二っていうのは追い求めてますね。
やっぱり後輩だったら追い抜く精神で…まあ単にムカつくときもあるから見せ方もあると思うんですけど(笑)…どのスタンスで僕らを追い抜こうとしているのが見える後輩とか、“こりゃあしばらく敵わねえや!”っていう背中を見せてくれる先輩とか。自分の中でどこか畏怖するところを感じないと、一緒にやる人としての魅力を感じないんです。だから自分がどの立場でやるとしても、先輩からも後輩からも畏怖されるところがなければやる意味がないっていうか。バンドって、ステージに上りさえすればイーブンだと思うんですよ。だからこれこそが、人に対する敬意の表し方だと思うんです。同じバンドマンとしてはそうあるべきだろうと。
あとさ、最近思うんだけど、例えばSUPER BEAVERの歌詞や、渋谷くんの存在や生き方に共感する人がいっぱい居るってことは、みんな誰かが決めた自分じゃなくて、自分が決めた自分の価値を知りたいからなんだと思うんだよね。
バンドマンとか、何かものを作ったり、努力をしている人たちは、それを発信することが出来る立場にあると思うんだよね。上からじゃなくて。だからそれを腐らせずにやっていくには、よりいいものにしていくには、もう自分の価値を高めるしかないっていうか。そういうことを最近よく考えてるんだよね。
僕はサラリーマンだからよりそう思うのかもしれないですけど、バンドマンってまさに自分の価値を高めるしかないというか、それだけを信じて続けている人たちだと思うんです。だからすごく強く見えるんですよね。
そうですね。自分が“楽しい”と思えるところでやってて、他の人が“楽しい”と思っているのが自分の楽しさになった結果というか。だから使命感というより、せっかく楽しいんだから周りの人にも絶対に楽しんでもらった方がいいだろうっていう感じなんです。
バンドやってる奴がすごいとか、サラリーマンがすごいとかいう見方はなくて。ステージはいつでも開けてて、そこに立った奴がライブをやっていて。渋谷くんが言っていたように、おもしろい奴が居たからそこに人が集まってきたっていうことだと思うんです。
だからバンドをやる上では、人間の格を付けるようなことはしていないというか。“今日はウチのバンドでおもしろいことやってるからちょっと観てよ”っていう気持ち。もちろん“俺たちがおもしろいと思ってることがちゃんと伝わってるかな?”っていうドキドキというか緊張はいつもあるんだけど、大したことはやってないんです。ステージの上では闘いますよって。みんなほら、職場や学校で闘ってるじゃないですか。そういうのが俺らはステージの上っていう。
うん。そうですね。みんなフィールドがあって、それぞれのステージで闘っていて。僕らはライブハウスで露骨に目立つようなことやってるからバンドが目立っているだけで。パンを買いに行ったらパン職人はそこでステージに立ってるし、ご飯を食べに行けばコックさんがステージに上がってて。
場所が変わればステージに上がる人も変わっていくと思うんです。そこで見せるものっていうのはみんなきっとありますよね。
そうそう。だから緊張するんだよね。別のところでみんなそうやって同じ気持ちを持って闘ってるだろうから、俺のステージを観て“おもしろい”と思わせられる何かをちゃんと持ってるのか? っていう。その緊張感が常にある。
拓さんに今日、ステージに上がる前にどんなことを考えているか訊きたかったんですよ。というのは、ステージの上であんなに堂々としている人を僕はあまり知らないから。
見えますよね。なんでこんなに堂々としてるんだろう? って。緊張してるのかな? って。その余裕は、いろんなものに基づいているようなものというか。あれを見たときに“拓さんは何を考えているんだろうな?”って。
被せていい? 俺も渋谷くんに対して同じこと思ってたんだけど…。
言葉が湯水のごとく出てくるじゃん。“どういう思考回路してるんだろう?”って。だから緊張してないんだろうなって思うし、堂々としてるなって。
たっきゅんの受け身の美学へのメッセージや感想は
yamanaka@hirax.co.jpまで!!
優れた音楽性とシーン最強のアンサンブルを武器に目覚ましい成長を遂げ、9月にニューアルバム『MAZE』をリリースし、“MAZE × MAZE Tour”と豊洲PITでのLIVE Album『円環 -ENCORE-』再現ライブ“円環 -ENCORE-”を大成功させたNothing's Carved In Stone。当連載は、同バンドのフロントマン村松が、様々な“表現者”とガチのぶつかり合いを行い、その際に起こる化学反応を赤裸々にレポートしていく村松拓強化プロジェクトである。
ストレイテナー ホリエアツシ、HUSKING BEE 磯部正文、the band apart 荒井岳史、そして先月号では前バンド時代から深い親交を続けてきたアルカラの稲村太佑と、村松拓が尊敬してやまないヴォーカリスト・フロントマンを迎えて対談を行い、バンドのインタビューとはまた違った村松の姿を浮き彫りにしてきた当連載。アルバム『MAZE』のリリースツアー“MAZE×MAZE TOUR”と豊洲PITでのLIVE Album『円環 -ENCORE-』再現ライブ“円環 -ENCORE-”を終えたタイミングの今月号では、突然の病気療養から見事に完全復活を遂げた村松拓に、現在のありのままの心境を訊いた村松拓の独占ソロインタビューを敢行。彼の濁りのない表情と言葉の節々から、現在の充実度が伺える内容となった。
大腸憩室炎という診断で1週間くらい療養されていましたが、すっかり元気になったみたいですね。
はい。6日間入院して、4日くらいは何も食べずにずっと点滴。もう1〜2日目とかは痛くて動けなかったんです。
はい。トイレに行くのも大変で、歩いてたら看護師さんに「大丈夫ですか?」と訊かれて「痛い…」と言ってもそのままスルーされちゃう、みたいな。
優しいんだけど、俺以上の人がいっぱいいるから。夜になると「お願いしまーす!」って何度も何度も看護師を呼ぶおじいちゃんがいたりして。だからずーっとイヤホンして音楽を聴いたり、本を読んでました。相対性理論が分かる本とか、月刊ムーとか(※チーフマネージャーの差し入れ)、宮下奈都さんにいただいた小説とか。
でも、割と余計なことを考える必要がなかったから、すごくいろんなことがリセットされてる。怪我の功名ですよ。夜の6時には飯を食って、9時には消灯なんですよ。そうするともう寝るしかない。
本当によかったです。いろいろとフラットになれたし、もうちょっとストイックになれそうな気がする。
うん。まだまだ精神面が弱いなと思って。みんなあると思うけど「この日絶対風邪ひかねぇ!」っていう日あるじゃん。でもその日、絶対風邪ひく現象ってあるじゃないですか。
ツアー中はそれが絶対にないようにしてて。ツアーがどれくらいの期間であっても、それをやっていたつもりだし。それをやっていたツアーが終わって、“円環 -ENCORE-”が終わったとき、“なんとか身体も保ったな。よかったよかった”って思った瞬間にパツンと緊張の糸が切れたっていうか。
それをもうちょっと保つ方法があるかもしれないと思えるというか。
そう。精神的な成長を促す生活を、もう少し意識的にした方がいいなと思ってて。前に「いろんなことを気にしないで、もっとわがままに生きればいいや」っていう話をしたじゃないですか。
それがもう少し発展していきそうな感じがあるんです。そういうところを持ったまま、オープンでもクローズでもないんですよ。だからすごく自然だし、人にも優しくできるし。
自分の大切なものもブレないし。そういう状態を作ることができているから、このまま強くなっていけたらいいなっていう状態になれてる。なぜか。
足りてない部分と、できていることの自信…そういうことでバランスが取れるっていうか。今できないこととか、敢えてやらないことを“できないから焦る”とかじゃなくて、“楽だ”と思えたというか。“別にこれでいいや”っていう。そういうこと自体を、自分にとってのプラスと感じることができていて。だから“フラット”っていう言葉が合うんですよね。
「出る杭は打たれる」って言いますけど、どこの世界でも意見を持っている人に対して、その反対の意見を持っている人もいて。で、なるべくそういうものを呼ばないモノの言い方をするのが、実は俺は好きなんですよ。
そう。それはずる賢い部分なのかもしれないけど、音楽って別にどっちでもいいじゃないですか。「こっちじゃなきゃいけない」っていう言葉を乗っけているつもりも全然ないし、音楽やバンドには、そういう余計な雑味を入れたくなかったんです。
だけど「俺はこう思います」とか「だから俺はこうやって生きていきます」とか「こういうときはこうするべきだよね」っていうことを、もっと普通に発信していくことを始めようと。
すごく根本的でプライマリーな衝動とか…“ああいうものになりたい”みたいな…だけでもいいんだけど、ウチのバンドではそれがとてもとても大事なことで。あとはファンとの繋がりとか。そういうものを曲に乗せたとして、今俺には発信する場所がブログもあるし、『たっきゅんの受け身の美学』もあるし、それが余計なものに感じなくなってきたんです。
つい最近ブログに書いたんですけど…俺、もう最近は携帯要らないなって思っていて。
うん。便利。だから使っちゃうけどね。でも例えばウィキペディアとか、ひと昔前だったら買ってるよねっていう情報がネットにはいっぱい載ってるわけでしょ。
でもそこには、ミュージシャンの生き方とか、なにかものを作っている人の生き方とは相容れないものの在り方が、ネットとか携帯の中にはいっぱいあるなと。でもそれを逆手に取って上手くやっている人たちが注目を集めているんだろうなと思うんだけど。
例えば哲学者っていたじゃないですか。“人間として進化していきましょう”とか“こういう風に生きればもっと生きやすくなりますよ”っていうことを教えてくれるのが、哲学者だと俺は思うんです。それを人づてに聞くのと、インターネットで調べるのと、本を買ってきて読むのと…実際は何も違わないけど、決定的な隔たりがあると俺は思うんです。
自分たちが生きている限られた時間を使って、その時間を価値のあるものに変えたらお金になりました…それが今の社会でしょ? そのお金を使って、自分の好きなものを買いますという行為…自分が払う対価とリスペクト…がないと、循環しないと思って。そんなに簡単じゃないよねって。自分でもよく思うんですけど、スマホでサッと見たものがずーっと残るかっていうと、そんなことあり得ないんですよね。
子供の頃に好きで自分のお金で買った本とかの方がよっぽど残ってる。だから俺は、自分の費やしてきた時間の対価とリスペクトを払って本を買うよ。その先に何かがあると思う…そういう内容をブログに書いたんです。
そういう考え方とかを、もっと発信していった方がいいと感じたんです。世の中の成り立ちに当てはまるというか。俺がわかってるとかわかってないとかじゃなくて、“でもそうかもしれない”と思うことをもっと発信していくことが大事かもしれないと思ったんです。フラットな状態になったからこそ、そういう心境になってるんです。
うん、よかった。すごくよかった。すごくバンドを見つめ直せた気がします。
ああ〜、なるほど。観ていて思ったんですけど、ここ2〜3年くらい、拓さんはどんどんライブで自由になってきていると思うんです。最近だと5/17の大阪のライブがそれまでの自由さを最も更新していた気がして。
その一方で楽曲的に言うと、アルバム『REVOLT』(2013年6月)に収録されている「Bog」をきっかけに、拓さんは時にハンドマイクでライブをするようにもなって。その後、アルバム『MAZE』では、拓さんのルーツがメロディに色濃く出た楽曲も増えたじゃないですか。
そういう自分を出せる楽曲が揃ったということもあり、ここ2〜3年拓さんがやりたかったことがこのツアーで形にできたような気がしたんです。だから自由さは過去最高だった。今回のツアーは「Discover, You Have To」、あの曲に尽きると僕は思っていて。あの曲のステージングや4人の感じは、それまでになかったもので。コンテンポラリーダンスとか演劇を観ているような感覚があった。
そういう意味での“解放”というか“覚醒”というか。「がんばりすぎなかった」とおっしゃいましたけど、それが形になって、自然に内から溢れ出てくるものを表現しているというか。
うん、自由になったのかな(笑)。まだまだ自由になりたい部分はいっぱいあるんです。いっぱいあるけど…。あのね、今作ってる新曲があるんだけど、オニィ(大喜多)が「歌詞を書きたい」って言ったんですよ。
俺はこのバンドで、歌詞の部分に自分の役割のウェイトをかなり置いてきていて。でもここ何作かで、自分の音楽的なポテンシャルがだんだん上がってきて、自分から音楽的な化学作用を起こせるようになってきたと思ってて。まだ全然足りないけどね。
きっと前だったら、オニィが「歌詞を書きたい」と言ったら“あれ?”と思っていたと思うんです。“俺の役割がなくなる”と思ってモヤモヤするだろうなって。でも今はそこでは、俺の中になんの濁りもなくて。なんというか、本当に自分がバンドのために何かをできているっていう実感…その感じ方がピュアなところに来れているのかなって思ってて。だから自由になってきてるのかな。ツアー中もそうだったし。“かっこわるくてもいいや”みたいな。
ダサくても、自分が求めている役割と、バンドのためになにができるかっていうこと…そういうすごく大切でピュアなものを追求していくと、自分が自然とそこに当てはまっていくじゃないですか。余計なことを考えなくてすむから、そこをめがけて自分を転がしていくっていうところに入り込めるようになったというか。だからある意味自由っていうか、そういうバランスのような気がしてるんです。
そうですね。いろんなことの相乗効果でそうなれたと思うんですけど。さっき言ってた「Discover, You Have To」の歌詞を書けたこともそうだったし、『MAZE』というアルバムを作れたこともそうだったし、本当にいろんな要素がある。
なるほど。今回のツアー中に、Twitterで「たっきゅんゴリラみたい」と言っていた人がいたんですよ。
それはきっと「Discover, You Have To」のことを言っていたんでしょうけど、あのステージングは“村松拓”の表現だと思うんです。
“村松拓”が感じるものを感じるままに表現しているステージというか。例えば日本でかっこいいとされる“ロックスター像”みたいな価値観があるとして、そんなものにも当てはまらないもの。それをあのステージングから感じたんです。
だから俺、ずっと言ってたんです。「村松拓になりたい」って。「Discover, You Have To」にそれだけのものを感じてもらえたんだったら嬉しいですね。
それがバンド4人で表現できているっていうことは嬉しいですよね。今作っている新曲が思いの外、新しい方向に向かっているんですよ。
はい。すげぇいいんですよ。単純に迷いがなくなってきたんだと思うんですけどね。例えば今回のコラムも無理矢理結論付けるんじゃなくて、ありのままを出してもらえればいいと思うんです。
いいところもわるいところも、「こいつ何が言いてぇのかよくわかんないな」みたいなところも(笑)、ありのまま。
たっきゅんの受け身の美学へのメッセージや感想は
yamanaka@hirax.co.jpまで!!
優れた音楽性とシーン最強のアンサンブルを武器に目覚ましい成長を遂げ、9月にニューアルバム『MAZE』をリリースし、“MAZE × MAZE Tour”を大成功させたNothing's Carved In Stone。当連載は、同バンドのフロントマン村松が、様々な“表現者”とガチのぶつかり合いを行い、その際に起こる化学反応を赤裸々にレポートしていく村松拓強化プロジェクトである。
ストレイテナー ホリエアツシ、HUSKING BEE 磯部正文、the band apart 荒井岳史という名ヴォーカリスト・フロントマンを迎えて行ってきた当連載のスペシャル対談。当シリーズ4人目となる対談相手は、村松が前バンド時代から深い親交を続けてきたアルカラの稲村太佑。長く深い繋がりのある2人だからこそ聞き出せた数々の秘話は必読ですぞ!!
今日の対談イヤやわ〜。飲んでないときに話すなんか初めてやんな?
そうですね。ABSTRACT MASHのときにいっぱい世話になっていたんで。
アルカラはメジャーデビュー前からよく千葉に行ってましたよね?
そうですね、千葉のK's Dreamによく出ていて。拓のABSTRACT MASHは千葉LOOKでよくやっていて、OUTASIGHTっていう共通の先輩のイベントに呼んでもらって神戸や東京で一緒にやるようになったんです。で、打ち上げしたら(拓が)暴れているっていう。
僕、K's Dreamでのアルカラのワンマンとか観に行ってました。「アルカラが来るなら…」っていう。なんか、アルカラがみんなの兄貴的な存在だったというか。
当時、僕らは千葉に行ってもそんなに動員があったわけじゃないけど、お客さんの半分くらいがバンドマンで、しかもバンドマンもチケット買ってくれるんですよ。
お互い買って行く、みたいな。ABSTRACT MASHが神戸に来たらウチのメンバーも買って行く、みたいな。お互いそういうことをやってきてて、そこで人が集まるからこそお客さんも集まってくるというか。
そうですね。でも、2人であまり真面目にしゃべったことはないんです。ないんですけど、一方的に“同世代のいい先輩”と思ってる。一度、ABSTRACT MASHのツアーのときにアルカラに一緒に来てもらったじゃないですか。
うん。そのときも打ち上げでいっぱい熱い話したけど、覚えてないよな?
はい。全然覚えてない。でも「同世代で盛り上げましょうよ」みたいな話はしてたような。
そうやね。でも酒飲んで盛り上がっていくから、熱い話をしてても9割くらいがどうでもいい感じになる。脱いだり、全身の毛を燃やされたりとか、Tシャツを鍋で茹でたりとか。僕らそういう界隈でやってました(笑)。
アルカラはそういうシーンを作っていった人たちで、僕らは後からそこに入っていったっていう感じですね。それが10年近く前のことだから、こういう関係って他にはなかなかないんです。Nothing’s Carved In Stoneで活動してて、その頃のバンドで関われる人って少ないですもん。
当時は、お互い1年後がどうなってるかわからない者同士で、ただその日に如何にいいライブをするか。いいライブをするだけじゃなくて、如何にお互い高め合うかっていう。どっちがめっちゃ動員多いとかもなくて、なんならどっちも動員がない状態でやっていって…貴重な時間を一緒に過ごしたと思ってますね。
そこで、やっぱり人として好きになれるっていうところがないと繋がらないじゃないですか。動員がないというのは言い方を変えると窮地っていうか…ほとんどのバンドがそういう状況でやっているんですけど…そこで好きなバンドを誘って人を集めてやるんですけど、その先がどうなるかは誰もわからへんし。しかも、どんどん辞めていったりするやん、周りのバンドも。
そこで“高め合える”っていうところにアンテナが立つようになれたのは、やっぱりその時期があったからやと思います。振り返ればですけどね。そのときはただ楽しくて仕方がなかったからやってたんです。「今日打ち上げどこ行く?」みたいな。
僕、打ち上げも込みで神戸行ってましたもん。アルカラが拠点にしていた神戸ART HOUSEの人たちって飲み方がすごいんですよ。僕がゴミ捨て場とかに捨てられた思い出とかは全部神戸です。
むちゃくちゃでしたよ。ゴミ捨て場にダイヴするのとか流行ってて。
でも太佑さんはいつも飲むけど、立ち位置的にはみんなを指図して笑ってる兄貴的な感じでしたよね。
悪い先導役でしたね(笑)。やっぱり拓とかが神戸に来たときに、僕らとの関係は強くても、後輩のバンドとかは「初めまして」とかも多いじゃないですか。だから飲み会でそういう出番を与えてやることで、「あいつおもろいやん!」ってなったりするかなって。
それはやっぱりOUTASIGHTに教えられたから。ABSTRACT MASHとも、OUTASIGHTが繋げてくれたんですよ。「絶対にお前らと一緒にやった方がいいバンドがいるから」って。別にOUTASIGHTも僕らのためにバンドをやってるわけじゃないじゃないですか。でも、「お前らと絶対にやらせたいから今度連れてくるわ」っていうのがめっちゃ多かったし、そこから僕らも自分たちのイベントに呼んだり、逆に呼ばれたりするようになったりして、初めて行く土地でもみんなが迎えてくれるような空気ができて。
逆に言うと、自分たちの土地でしっかりといいイベントを作れていたら、いいところに自分らも迎えてもらえるって思えるからこそっていう。だから自分たちの持ち場…俺らで言う神戸…を盛り上げておこうっていうのはありましたね。
でも当時そこまで考えていたかというとそうではなくて、おもろいからやってただけという(笑)。
10年近く前からの関係とのことですが、お互いどういう印象なんですか?
僕、ABSTRACT MASHの頃にメンバーから「太佑さんのように、求心力っていうか、理屈じゃないオーラをお前も出せ」ってめっちゃ言われてたんです。
だから、きっとどこか意識してましたね。ライブに於ける姿勢というか、“かっこつける”というのはどういうことか? っていうところは、太佑さんを見て考えたり。
言ってみれば、ライブでも太佑さんはすごく作り込んで来るんだけど、その姿勢は俺にはまったく皆無だったし。それを全部、例えば「ミ・ラ・イ・ノ・オ・ト」のサビとかに解放させていける感じ。ただのファンみたいな話になってきちゃったけど(笑)、すごく意識してました。
ただかっこつけるだけじゃない美学みたいなものっていうか。曲もすごく真っ当で、ライブでただ自分たちが“かっこいい”と思っていることをやっているだけなんだけど、MCとかステージングとか、太佑さんのキャラクターを通すと裏側にあるものが見えてくるっていうか。そういうものが、僕にはなかったんですよね。それを自分のモノにしたかったというか、だから意識していたという事です。
なるほど。太佑さんは拓さんに対してどういう印象を持っているんですか?
最初に出会ったとき、“めっちゃええ声してる奴が出てきてしまった!”と思って。神戸のライブハウスでやってる後輩とかでも、気持ちが先に出てて中身が伴ってないっていうか、「こいつなんでヴォーカルしたかったんやろ?」って思うような(笑)、でも気持ちがすごくよくて仲良くなったようなバンドとかがいて、たまたまそういうところだから兄貴肌になれたのかもしれないですけど、拓は独特の声をしてるじゃないですか。「ライブなんて気持ちでなんとでもなるぜ!」とか言ってたのに、持って生まれたような奴と出会って。だから“早くこいつらを潰しとかんとヤバい”と(笑)。そう思うくらい新鮮やった。
ずば抜ける存在感っていうか、それが揺るぎない波長を持っていて、それを演奏が盛り上げるっていうか。で、打ち上げに行ったら、途中まではめっちゃ礼儀正しいんですよ。「アルカラと一緒にさせてもらって嬉しいです」みたいな。だから僕もそんなすごい奴に下から来られたらいい気持ちになって。かと思ったら、いつの間にか何本かビール瓶を空けてて「オイ! オーイ!」って(笑)。
それだけパッションが溢れてるんですよね。そういうところを見ていると、内なるものが出ようとしていて、こいつは更にヤバいと。“やっぱり早くこいつらを潰しとかんとヤバい!”と(笑)。
でも太佑さんが、そういう風に僕のことを見てたということがちょっとびっくりですけど。
見てたよ〜。拓はNothing’s Carved In Stoneに入ったときも、ABSTRACT MASHと両方やってたんですよね。「こっちを捨てる」とか一切ないし、そういうところがすごく好きやったんです。ABSTRACT MASHは結局活動休止しちゃうんですけど、その頃の後期をよく一緒にやらせてもらっていて。両方やるのは大変やったやろうけど、今まで自分が作ってきたものに対してメンバーとしての責任を持ってやっていくことっていうのは、すごく男らしいなと思ってました。
あと、当時から拓ってなんかちょっと危険なんですよ。飲んだら特にそうなるんですけど(笑)。ライブでも「いつでもヤバいスイッチ用意してますよ」みたいなところがギラギラしてて。Nothing’s Carved In Stoneのライブはすごくかっこいいんですけど、危険なスイッチを押したくなるっていうか。Nothing’s Carved In Stoneはオラオラ盛り上げるようなバンドではないじゃないですか。でもどんどん惹き込まれていくんですよね。世界観に。その入口には拓がいて、それはあの当時の“イケない拓ちゃん”がフィルターを通って見えてるというか(笑)。
入った当時はがんばらなあかん時期やったと思うんですけど、拓の中で責任っていうか、強くなろうという想いを持ってライブをしていたんだろうなっていう。だからそこでまた更に“早くこいつを潰さんとヤバい”って(笑)。幕末だったらとっくに斬ってますよ(笑)。
お互いこの10何年間生き残ってきたわけじゃないですか。その中には、今まで培ってきたものだったり、もちろん音楽的な蓄積もあるとは思うけど、それだけじゃなくて生き抜くだけの覚悟とかを持ってきたからこそ、ぶつかった(対バンした)ときにやっぱり得るものがあるなって思いますね。“同じ拓を見せてくるだろうな”と思ってても、全然違う感じで成長していて、“こいつええ大人になってるわ”と思ったり。会うたびに答え合わせができるっていうか、家族や親戚と年1回会うような感覚と似てますね。
そうですね。アルカラは東京に出てきたじゃないですか。でも“ネコフェス”をやっていて、東京に来ても活動のフィールドが変わんないですよね。自分のフィールドを持ち続けて、発信する装置があるから、それを使ってアルカラが本当に持っている混じりっけ無いものを広げていくっていう。それがすごくアルカラらしくて、誰にも媚びてないっていうか。バンドの楽しさ、アルカラのおもしろさみたいなものがブレないっていうか。やっぱり羨ましいですよね。
うん。僕はABSTRACT MASHを休止させたということが、今でもずっと引っかかっているというか。太佑さんはずっと地でやって、ここまで大きなものにしているっていう。めっちゃ羨ましいです。だから…めっちゃ斬り捨てたい(笑)。
僕からしたら、俺のできないこと…Nothing’s Carved In Stoneにはできないことをしている人たちですよね。
最近人に言われたことなんやけど…例え目的地が決まってたとして、でも楽しそうやったから途中で脇道にそれて、でもその脇道は目的地に繋がってなかったから戻らなあかんと。「でも自分が好きで選んだ道やから、戻るんも楽しい」って言われたんです。
いろいろとバンドをやっている中で、ABSTRACT MASHでやれなかったことを、もしかしたらこの先にできるときが来るかもしれないし。たまたま僕らは戻らないまま今もウニョウニョしてますけど、それは拓が選んでやったことだから、正解っていう言い方が合ってるかどうかわからへんけど、拓が選ぶべき道を選んでやっていると思ってます。
でも、太佑さんが僕のことをそんなに見てくれてたんだなって。それがすごく嬉しいです。俺に全然興味ないと思ってたから(笑)。
いやいや。先輩やけど、こっちが見ている立場のときもあったりするからね。だからまあ、ちょっとした嫉妬心もあるよ(笑)。
だから見てるけど見てないっていうか。あるやろ? 好きやけど「好き」って言わへんとか(笑)。
あります。アルカラは先輩だから直接「好き」って言いますけど(笑)、先輩じゃなかったら言わないでしょうね。
僕もそうですもん。なるべくチェックしたくないですもん。アルカラの新曲とかMVとか。
お互いそうですよね。僕もそう思ってますし、拓がそう言ってくれるのはすごくありがたいです。出会った頃は「助け合っていこう」というところが主軸だったので、お互い応援して、一緒に楽しい時間を作るっていう感じだったけど、今は逆にもう少し先の、お互いがお互いを嫉妬するくらいのことをやっていこうっていう。そういう高め合いの仕方になってますし、これから先どうなっていくのかはわからないし。
またベタベタする時期が来るのかもしれないし。人と人の関わり方って、恋愛とかと似ていて、老夫婦になるまでにはすれ違いとかがあったりして。そういう人間模様がバンドとバンド…拓と僕にもあるっていうのはすごくおもしろいことで。そういう含みもあった上で、例えば対バンしたときにお互いがお互いをイジってみたりしたときに、お客さんもこの2人のロック魂がどう育ってきたのか、どういう関係でやってきたのかを垣間見れる瞬間があると思うし、そこが楽しんでいただける1つにもなる。だからたまに酒でも飲みながら真正面から向き合って、そうしながらこれからもバンドをやっていくべきだし、それがライブにもプラスになると思うんです。お互いが出来る限り嫉妬しながらやれるっていう、そんな関係はやっぱりいいですよね。“バンドマン”っていう。
いいですね。拓さんはなぜ今回対談相手に太佑さんを希望されたんですか?
好きだからです。単純に、すごく好きなヴォーカリストだから。それと、太佑さんは俺の酸いも甘いも全部知ってるから、今までとは違う話もできるだろうなと思って。そう思ってたら…想像していた以上にいろいろと言ってもらって。嬉しいですね。
たっきゅんの受け身の美学へのメッセージや感想は
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優れた音楽性とシーン最強のアンサンブルを武器に目覚ましい成長を遂げ、9月にニューアルバム『MAZE』をリリースし、10月には全国7公演のリリースツアーが控えているNothing's Carved In Stone。当連載は、同バンドのフロントマン村松が、様々な“表現者”とガチのぶつかり合いを行い、その際に起こる化学反応を赤裸々にレポートしていく村松拓強化プロジェクトである。
今までストレイテナー・ホリエアツシ、HUSKING BEE “いっそん”こと磯部正文との対談を行ってきた当連載。たっきゅんこと村松拓が愛して止まないヴォーカリスト2人との対談を経た今月号は、かねてよりたっきゅんが「ライさん」と慕ってやまないthe band apart 荒井岳史を迎えてのスペシャル対談。バンドだけではなく、弾き語りでも共演している2人の対談はいったいどのような展開を見せたのだろうか。
そうですよね。the band apartと名古屋で対バン(2012年1月の“Hand In Hand Vol.2”)させてもらったときがあって。そのときの打ち上げで初めてじっくり話して。
くだらない話から、バンドのことから、パートが同じだからこそっていう話もするよね。でもやっぱり、バンドとしてつるませてもらったことに加えて、最近弾き語りで一緒になったことで更に仲良くなったかな。もちろんNothing's Carved In Stoneのことはずっと知ってたんですけど。
荒井さんはすごい人なんですよね。バンドの成り立ちからやっていることから音楽性から全部含めて、Nothing's Carved In Stoneとすごく似ている部分があると俺は感じているんですけど、その上で、俺を数倍増幅させたような人っていう。
フフフ(笑)。でもすごい人。レジェンダリーな人。だって俺が20歳くらいのときにはもう、the band apartは超有名だったし。「the band apart知ってたら音楽知ってる」みたいな感じだった。
いやいや(照)。でも共通項として、お互いのバンドの似ている部分を見出すことができるなっていうのは思っていて。
そう、例えばね(笑)。生形さんと川崎はちょっと通じるものがあると俺は感じるし。
あと、バンドとしての在り方として、ヴォーカルだけがドン! じゃなくて、各メンバーがバランスよく見えてるっていう。Nothing's Carved In Stoneは特にそう思うし、ウチも割と横一線に見えてると思うので。
the band apartはステージでの立ち位置も含めてそういう風に見えるんですが。
敢えてそういう風にしようというところも昔はありました。それこそ、拓ちゃんの大先輩の日高さん(日高央)のBEAT CRUSADERS…5人じゃなくて4人のときの立ち位置があれだったんですよ。俺ら、あれを見て「これパクろう!」と思ったんです。
いやいや、そんな深読みしてもらえるようなことは全然ないです(笑)。
the band apartはそういうところがいいんですよね。周年やんないとか(笑)。バンドのちゃんとした楽しさをずっと持っているなって。あと、ウチのバンドを始めたとき、5拍子とか結構難しい曲をやっていて、俺らは“ライブではそれが絶対に盛り上がる”と思っていたんですよ。で、ロクにCDも出ていない頃に1回だけフェスに出たんですけど、そういう難しい曲を演ったらもう“そよ風”みたいな(笑)。
“俺たち大丈夫か?”ってなったんです。まあ結局、そのまま路線を変えずにやってきたんですけど、the band apartはそういう時期はなかったんですか?
いや、別にそんなにオシャレなコード使ってるわけじゃないし、「これオシャレだね」って言いながら作ってないんですよ。だから周りの人がそう言ってくれたりしたことがデカいんじゃないですかね。よく言われるけどね。「オシャレ」ってめっちゃよく言われるけど(笑)、この年になって思うのは、そんなもんもへったくれもねぇなっていう。
それは大したことじゃないっていう気がしちゃうっていうか。バンドを構成する大きな要素ではあると思うんですけど、そこはもう俺たちが意識していることではないっていう気がする。ただそれがクセになっているだけで。
だからもう、なにをもってセルアウトなのかがよくわからないですよね。そっち側に行きようがないというか、好きなようになっていくしかないっていうか。作風をいまさら変えるとか、売れるためになにかをやるっていうのは、たぶん…消極的な意味ではないんですけど…しないんじゃないかな。なにをやってるかより、誰がやってるかの方が重要だと思うんですよ。
もちろんテレビに出ているような人たちとかは、売れるっていうか認知度を高めようとするのはわかりますよね、現象として。でも、特に今はライブ文化っていうか、ライブがメインになってきているじゃないですか。ということになると、やっぱり人を好きになればっていう。拓ちゃんが「名古屋―!」って叫ぶみたいな。
そういう人となりを好きになったらバンドや音楽を好きになるじゃないですか。だからやってることとか方向性の問題じゃない気がする。もちろん曲の善し悪しはあると思いますよ。でも、自分たちが信じて一生懸命やっていることが大切なんじゃないかな…って最近思いました。
おお〜、俺が最近思っていることのすべてを言ってもらいました(笑)。
俺も最近思ったんです。好きなことをやっていればいいやって。それをキチンと言葉にしてなかったんだけど、ライさんが言葉にしてくれてわかった(笑)。
いやいや、俺も最近拓ちゃんとかとつるんでそういうことを思うようになったから。だからすごく憧れてますよ。
うん(笑)。拓ちゃんは、俺からみたらスイッチの入る人に見えるんですよね。ステージに立ったらパーン! って。つまり“かっこいい”っていうことなんですけど、始まる寸前まではこうやってワイワイしゃべってるのに、出番になったら「じゃあ行ってきますわ」って出て行って、始まったらパーン! とスイッチ入るのが俺はかっこいいなと思っていて。
それにヴォーカリスト然としているっていう。すごくサウンド重視っていうか、サウンド全体で聴かせるバンドなんだけど、その中であれだけヴォーカリスト然としていて、パーン! とスイッチ入ってやっている感じはかっこいいと思いますよね。自分には全然ないところだから、憧れますよね。さっきから冗談で言ってますけど、拓ちゃんの「東京ー!」とか「渋谷ー!」っていうあの感じってすごくかっこいい。俺が言ったらギャグになっちゃうけど(笑)、それがギャグにならないっていうか、それで人も見えてくるし。それでたまにしゃべったときのギャップ感みたいなのにグッとくる。
素敵です。めっちゃ素敵。素敵ですよ本当に。3回言っちゃった。
でも俺から見たら、荒井さんは自然に居ることを当たり前にできる人だと思うんです。ライブでも。俺はそこに人間性を見ているというか。ステージの上でもステージの下でも“荒井岳史”でしかない。それが好きなんですよ。
飾りようがないから(笑)。精一杯がこのデニムシャツですから。
それが逆にすごいことだと思うんですよ。人前に立つことというか、例えば目立ちたいということだったり、バンドを始めた頃のような憧れの人に近づきたい気持ちとか…自分を飾りたくなるハズだと思うんです。でもthe band apartは、ステージに立ってもステージから下りても変わんないっていうか。
それは、ウチはたまたまそういう人間の集まりだけだっただけというか。俺が人を観て“かっこいいな”と思うことでも、自分がやったら野暮ったくなるというか、恥ずかしくてできないわけ。
曲中に「ありがとう!」って言うだけでも結構恥ずかしいことだし、コール&レスポンスも恥ずかしくてしてこなかったから(笑)。
もちろん若い頃はあったとは思うんですけど、それ以上に“野暮なのは恥ずかしいよね”っていうことと、自己顕示欲もありつつやっぱり自分に自信がなかったから。だからなんとも言えない感じになっちゃうんですよね。舞い上がっちゃって、緊張しちゃって、お客さんにしゃべってなにかを伝えることもできなかったし。今でもすごく緊張するけど。
Nothing's Carved In Stoneを始めた頃の俺、そんな感じでした。「僕はいいっす」みたいな。
その「僕はいいっす」よくわかる(笑)。硬い感じになっちゃうし、真面目になっちゃう。結婚式のスピーチみたいになっちゃう。
そういう試行錯誤みたいなものがあって、自然で居るというところに辿り着いたんですか?
そうですね。端的に言うと年齢ですかね。恥ずかしくなくなっちゃった。あとこれは最近じゃなくてもう少し前に思ったことですけど“やっぱりこっちが緊張していると観ている側も辛いよな”って思ったんです。
そう思ってからずっと何年もかけて、年齢と相まってやっと今のような感じになった。
本当に、そういうところの思考回路がすごく似てるんです! そうなんですよね。ステージに立ってるのに緊張してるって、なんか違うんですよね。
いい意味での緊張感とかじゃなくて、“俺大丈夫かな?”みたいな緊張ね。だから拓ちゃんのスイッチ入る感じがすごくいいなって。バチッと変わって。
でもあれ、めちゃくちゃ緊張してますよ。俺、緊張したらめちゃくちゃ汗かくんですよ。それが恥ずかしくて、それをお客さんに見せちゃってるのも違うなと思ってきて、結果、今のような形ですよね。緊張したら手も震えるもん。
俺も緊張してるからすっげぇわかる。手も震えますよ。弾き語りのときとか特に、リラックスしてるつもりなんですけど、水とか飲もうとするとプルプルとなって、恥ずかしいからあまり飲めない。両手で持ったりして。
そういう意味では、荒井さんはソロでやるようになって、去年アルバムもリリースされましたよね。ソロの経験も大きかったんじゃないですか?
そうですね。それがあったからこそっていう部分があるかもしれない。弾き語りでも、ソロでバンドメンバーが居たとしても、自分が先頭に立ってやっていかないといけないわけじゃないですか。その経験はデカかったかもしれない。ソロをやるようになってから明らかに「そんなにしゃべるんですね」と言われるようになったし。
確かにここ4年くらいで荒井さんの印象が変わりました。俺も悩むんですよね。MCとか自分で「真面目か!」って思うんですよ。
でもクソ真面目でつまんねぇなっていう印象じゃないから大丈夫だと思いますよ。
あ、ホントっすか。本当はデイヴ・グロール(Foo Fighters)みたいにゲップしたいけど、それがバンドのイメージになっちゃうから(笑)。
全然しちゃってもいいキャラだと思うけどね。かっこいいじゃん。だからソロやればいいのに…そんなに簡単じゃないんでしょうけど。
まず、拓ちゃんのこの人柄を更にもっと知ってもらいたいなって俺が勝手に思っちゃうんです。あとは、より剥き出しな感じになると…それはお客さんというより自分のためなのかもしれないけど…自分のことがよくわかるから、それがバンドにフィードバックするっていうか。やっぱりソロをやると“バンドってありがたいな”と実感するんですよね。最初はそう思いつつ、どんどんソロが楽しくなってくる。ソロの1枚目のときは夢中にやってて“俺は大丈夫か?”とか思っていたんですけど、いろんなことを経たら“これは楽しいかも?”と思えるようになって。それはたぶん、いろんな恥もかいたし、やったからなんだろうなって思うし。そういうことは当然、自然にバンドにフィードバックしていくものだろうし。だから、拓ちゃんにソロはやってほしいな…って思っちゃう。
荒井さん会うたびにそう言ってくれるから、会うたびにソロに対するモチベーションが段々上がってきてるんです(笑)。実際に荒井さんが変わってきたのも目の当たりしてるし。
うん。これはやっぱりソロの影響が大きいと思う。やったことによって、バンドを俯瞰で見れるチャンスもあったり。
俺、荒井さんを勘違いしてたんですよ。荒井さんが歌っているのを観て“あ、荒井さんって歌うことが好きな人だったんだ”って気づいたというか。それを観て“俺も弾き語りやってもいいかも”って思えたんです。だから弾き語りをやるようになったのは荒井さんの影響ですね。
いやいや、本当に(笑)。俺、弾き語りをやるのは逆に野暮ったく感じていたんです。だって1人でステージに出ていくっていうことは、人の音に酔えないじゃないですか。ということは、自分の中にあるものに酔っ払うしかなくて、それってなんか恥ずかしいことなんじゃないかなって。でも荒井さんがやっているのを観て“あ、歌が好きでいいんだ”っていう。
絶対にやった方がいいですよ。もっと剥き出しな拓ちゃんを観てみたい。それがまた新たな魅力を引き出すだろうし、バンドに新たな影響を及ぼすんじゃないかな。本当に個人的に思うだけで、すごく仲良くなったからこういうことを言ってるだけなんだけど(笑)。
話を聞いてて思うんですけど、荒井さん…拓さんのことすごく好きですね(笑)。
本当にね、世が世ならどういう関係になってるかわからないくらい好きです。
the band apart 7th Full Album『謎のオープンワールド』インタビュー
https://www.jungle.ne.jp/sp_post/207-the-band-apart/
Nothing’s Carved In Stone Album『MAZE』インタビュー
https://www.jungle.ne.jp/sp_post/214-nothings-carved-in-stone/
たっきゅん × ライさんチェキプレゼント!!
https://www.jungle.ne.jp/present/
the band apart
http://asiangothic.org/
たっきゅんの受け身の美学へのメッセージや感想は
yamanaka@hirax.co.jpまで!!
優れた音楽性とシーン最強のアンサンブルを武器に目覚ましい成長を遂げ、8/19にバンド初のライブアルバムをリリースしたNothing's Carved In Stone。飽くなき成長を遂げ続け、決して立ち止まることがない彼らは、待望のニューアルバム『MAZE』の全貌を明らかにし、レコ発ツアーを発表した。当連載は、同バンドのフロントマン村松が、様々な“表現者”とガチのぶつかり合いを行い、その際に起こる化学反応を赤裸々にレポートしていく村松拓強化プロジェクトである。
Nothing’s Carved In Stoneの現場マネージャー・渡辺氏(通称ナベ)。ライブはもちろんのこと、常にメンバーに帯同し、裏方からバンドを支えてきた彼は、バンドにとってなくてはならない存在である。
そんな渡辺氏がなんと今年の猛暑による夏バテで元気がなくなってしまっているという。今月号では、渡辺氏のピンチを聞きつけ、あの伝説の連載『たっきゅんのキングコングニー』が1回限定で復活を遂げる。たっきゅんと編集長山中によるスタミナ料理で渡辺氏を元気にするという今回の企画、果たして渡辺氏の精力を増進させたのはどっちの料理だったのだろうか!?
夏バテで精力が減退したマネージャー渡辺氏
Nothing’s Carved In Stoneの現場マネージャー渡辺氏。ライブはもちろんのこと、バンドにまつわる様々な現場でメンバーを陰から支えてきた、バンドにとってなくてはならない大切な存在だ。当連載の読者であれば覚えているかもしれないが、彼は『たっきゅんのキングコングニー Vol.6:生き急げたっきゅん! 103mからファーラウェイ! の巻』動画のエンディングテーマに抜擢されるなど、マネージャー業だけではなく幅広い才能を持っている。
そんな渡辺氏が、なんと猛暑によって夏バテになり精力が減退しているという。ワンフォアオール、オールフォアワン。マネージャーのピンチはバンドのピンチである。なによりも、アルバムリリース前というこの大切な時期に、マネージャーがダウンしてしまってはいけないのだ。
というわけで今回は、たっきゅんと編集長山中が、渡辺氏の食べたい料理を作って夏バテを解消するという緊急企画を敢行!! 『帰ってきた!! たっきゅんのキングコングニー』と題し、誌面と動画で料理対決をお届けすることとなった。
夏バテで精力減退した渡辺氏のために立ち上がった2人
対決の場に選んだのは、JR東中野駅近くのお店「セルフキッチン」。本格的な厨房を使って、客が自由に調理し、その場で食べることができるという、まさにセルフなレンタルキッチンスペース。アルバムリリース前の8月某日、我々は東中野に到着した。
セルフキッチン
東京都中野区東中野4-9-1 第一元太ビルB1F
TEL:03-6279-3232
http://www.self-kitchen.com/
まず、渡辺氏から出された料理のオーダーはこういうものだった。
ワンマンで数千人を熱狂させるバンドのフロントマンと、創刊26年をこえる音楽雑誌の編集長を前に、渡辺氏は臆することなくオーダーを告げる。その様は、まるでSMAP × SMAPに番宣のためにゲスト出演した大物女優そのもの。たっきゅんと編集長は「ウイ、ムッシュ!」とは答えずに、料理の準備に取り掛かった。
チャーハンというリクエストがあるとはいえ、オーダーは非常に曖昧としたもの。冷蔵庫を前に、食材を選ぶたっきゅんと編集長。
もちろんこの段階では、お互いが何を作るかは内緒。既に勝負は始まっているのだ。
お互いを牽制しながら食材を選ぶ
たっきゅんが選んだ食材
・レタス
・パプリカ
・水茄子
・スペアリブ
・ブロッコリー
・じゃがいも
・トマト
・アボカド
・にんにく
・むきえび
・たまねぎ
・たまご/ご飯
編集長が選んだ食材
・キャベツ
・豚バラ
・もやし
・青ねぎ
・たまねぎ
・ピーマン
・ベーコン
・まいたけ
・かいわれ
・ニラ
・ハム
・もっちりやきそば
・おたふくやきそばソース
・たまご/ご飯
そして調理がスタートしたところで、新たな事実が発覚!! たっきゅんの手際の良さが尋常ではないのだ。本人曰く「たまに料理を作る」とのことだったが、その手際の良さは調理だけではなく、料理を作りながら同時に洗いものをしたり、厨房の限られたスペースを効率良く使ったり、無駄なゴミや洗いものが出ない方法を取ったり。テキパキした段取りは、まさに専業主婦顔負け。速水もこみちならぬ『TAKU'Sキッチン』が実現する日は、そう遠くはないだろう。
米を研ぐ
笑う
野菜を素揚げする
何かを煮込む
いよいよ最後は渡辺氏が唯一具体的なオーダーをしたチャーハンの調理。ガスの火力は抜群で、セルフキッチン店長の「テフロンのフライパンで作った方が上手くできる。中華鍋は慣れていないと失敗することもあります」という忠告をまったく無視し、高火力&中華鍋で炒飯(チャーハンにあらず)に挑戦するたっきゅんと編集長。勝負はいよいよクライマックスに突入した。
ジャッ! ジャッ!
出来上がりに満足するたっきゅんと
ベーコンを入れ忘れていて焦る編集長
約3時間半の調理を経て、遂に渡辺氏の精力を増進させるスタミナ料理特別メニューが完成した。たっきゅんは3品、編集長は4品。額に汗を流した2人の表情は、疲労が見えるものの清々しく輝いていた。マネージャー・渡辺氏だけのことを想い、渡辺氏の精力増進だけを追い求めて料理した3時間半。対決にも関わらず同じ目的で闘いぬいた2人の漢には、強い絆が芽生えていたように見えた。
◯ たまごとレタスと味の素しか入ってないさっぱりレタスチャーハン
◯ 夏の終わりカレー(スペアリブ入りスパイシースープカレー)
◯ エビとアボカドのタルタルサラダ
◯ パラパラネギチャーハン
◯ ニラ焼きそば
◯ ハムのかいわれ巻き(母親の味)
◯ 生姜たっぷりまいたけスープ
いよいよ渡辺氏による実食。料理をバクバクと食べる渡辺氏を、緊張した面持ちで見つめる2人。たっきゅんの料理に対しての渡辺氏のコメントは「辛いものは苦手なんですけど塩加減が全部薄めで絶妙」「アボカドは得意ではないんですけど、このアボカドサラダはイケる」「料理屋さんで出てきても全然不思議じゃないクオリティ」というもので、編集長山中の料理に対するコメントは「生姜スープの味が強すぎて他の料理の味がわからない」「チャーハンはお店のチャーハンみたい」「やきそばの味も薄めだからいい」といったもの。
たっきゅんの料理に対する渡辺氏コメント
・辛いものは苦手なんですけど塩加減が全部薄めで絶妙
・アボカドは得意ではないんですけど、このアボカドサラダはイケる
・料理屋さんで出てきても全然不思議じゃないクオリティ
編集長の料理に対する渡辺氏コメント
・生姜スープの味が強すぎて他の料理の味がわからない
・チャーハンはお店のチャーハンみたい
・やきそばの味も薄めだからいい
どうやら“味が薄め”、“辛くない”、“お店で出てくるみたい”というキーワードが渡辺氏のツボのようだが、果たして2人の料理はそのツボを上手く射抜くことができたのだろうか?
気になる判定結果は、近日当コーナーでアップ予定の動画内で発表します! 勝ったのはたっきゅんか!? はたまた編集長か!? 渡辺氏の夏バテは解消したのか!? 『TAKU'Sキッチン』は実現するのか?
勝利の渡辺が微笑んだのはどっちだ?
動画で観る『帰ってきた!! たっきゅんのキングコングニー』
たっきゅんの受け身の美学へのメッセージや感想は
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