
一月は3回くらい風邪を引いてありえなかった。食べ物を分解して食べる癖(公の場ではちゃんと控えている)があったり、ハマったものは延々と食べ続けてしまう癖はあるけど、食べ物の好き嫌いはほとんどしないし、野菜もよく食べる。R-1だって毎日飲んでいる。食事や睡眠もそれなりに気を付けているつもり。だったらもっと健康で、元気であっても良くないか?と思っている。とにかく力を付けたい。
健康になりそうなもの、元気になりそうなものは大抵手を出してきたけど、実はまだエナジードリンクには手を出したことがない。モンスターもレッドブルも飲んだことがない。味は知らないのに、エナジードリンクを飲む人たちから漂ってくる人工的な甘い匂いは知っている。モンスターの缶の側面に支離滅裂なカオスポエムが書いてあることも知っている。目にするたび覚醒した人間にしか書けない文章だと憧れる。
なぜエナジードリンクに手を出さないのかというと、元気になりすぎるんじゃないかとシンプルにビビっているからだ。未来の自分から命を前借りしている感じもする。別に長生きしたい訳ではないけど、予期せぬタイミングで前借りした分の返済を求められたら怖い。飲んだだけで、本来出せるはずなかった元気がみなぎってくることもなんだか悔しい。私は私の気合いを信じている。
エナジードリンクへの幻想が膨らみすぎている可能性もある。一旦冷静になろうと思って色々調べたら、冷静になるばかりか私の中のエナジードリンク像はどんどん膨らみ、結果的にとんでもない最強ドリンクへと位置付けられてしまった。そんな魔剤を24時間どこでも簡単に手に入れられる世の中を憂うばかりである。
魔剤に手を出す勇気がない私は、この先も自分の手が届く範囲の健康と元気でやっていくしかない。もどかしく思いながらも、慎ましくR-1を毎日飲み続ける方が私らしい気がする。…でも、いつかは翼を授かってみたい。
近所を歩いていたら、飲み捨てられた金色のR-1の容器が落ちていた。私が毎日飲んでいるのは赤色のノーマルR-1で、ノーマルR-1の倍くらいする値段の金色のR-1は気が引けて買ったことはない。ポイ捨てはするのに、一丁前に健康になりたいなんて、そんな図々しいことが許されるのか?健康や力が欲しい私に必要なのは翼ではなく、このポイ捨て犯的な図々しさか?ここ最近はR-1を飲むたび、うっすら情けない。
現実世界のカレンダーと私の体内カレンダーは2年くらいずれ続けていた。現実世界に私はずっと間に合ってなかった。
なのに、2025年は2025年になった瞬間から私の中でも強烈に2025年だった。追いついてしまった。なぜ長年のずれが、突然追いついたのかはわからない。日々の過ぎていくスピードがとにかく速かった。
何も忘れたくないから忘年会をしてないのに、2025年は色々忘れてしまった。忘れたことも忘れているから一周回って何も忘れていないかもしれない。年を追うごとに忘れるスピードが加速しているけど、歳を重ねることはそういうものだとも思う。
2025年、5年程書き続けていた日記がいつからか書けなくなった。趣味だったハード散歩もほとんどしなくなった。あんまり怒らなくなり、原動力だった「怒り」は原動力にしては頼りなくなった。できなくなってしまったことや、失ったものばかりに目が行く私の心のジメジメした湿り気で、乾燥がひどい冬も抜群に加湿してくれよ。
年始に一年の目標を50個を立てることがここ数年の恒例になっていた。結果毎年、目標に沿おうともせず、ただ一生懸命生きてしまうのだけど、やりたいことを言葉にすることは大切だと思っている。
2025年の目標を見返した。半年継続予定が目標だった私主催のバンド対バン企画は1年間継続し、沢山の方に足を運んでもらえた。密かに憧れていたアフタヌーンティーも体験できた。かき氷だっていっぱい食べた。イヤリングやネックレスも積極的に付けられたはず。
「ラジオ番組に出演する」という目標が(代打とはいえ)「約4時間の深夜ラジオのパーソナリティ」という形で達成できたことは特にアツかった。「夢みたい…って思う瞬間を味わう」も、沢山沢山心当たりがあった。何もかも忘れたくないとは今でも思っているけど、こういう大切な瞬間だけに狙いを定めて、忘れないでいられたらそれで十分なのかもしれない。
2026年は、積み重ねたり積み減らしたり、どちらが良いとかではなく、どちらも受け入れてやわらかく生きたい。健康診断は受けたいし、スマートな敬語を使えるようになりたいし、誰かしらの結婚式に行きたいし、ゲロ吐くまで呑んで自分の限界を知りたい。
2026年を迎えたら、私の中のカレンダーは一体何年になっているのだろう。
人が書いた文字が好きだ。
最近25歳の生誕ライブでファンの方から手紙を貰った。アイドルを応援している人は「手紙」との距離感が近い。お祝いの場や記念日的な日以外にもお手紙を書いてくれることがある。アイドルになっていなかったら、こんなにお手紙をもらう人生を送っていなかったはずだ。
私も学生時代は手紙を書きまくっていた。小学生の時は授業中に友達とちっちゃいメモ帳で手紙をブン回し合っては、紙に書くまでもない会話をしたり、秘密の話をしたりして、仲を深めたり、険悪になったりした。インクが透明なのに、ブラックライトを当てると文字が浮かび上がるペンが流行った時はアツかった。
中学生になってからは、特に美術の授業で手紙をブン回していて、私たち仲良しグループ丸ごと美術の先生のブラックリストに入っていたと思う。女児しかやらない、あの独特な紙の折り方を見るとそんなことを思い出す。
私自身が文字を書くこと自体も好きだ。
私が書くチェキの文字(とても「個性的」と言われる)を知っている人は信じられないと思うけど、中学生時代書道を習っていた。ちゃんと何らかの段位も持ってた。体操を習っていた弟が頻繁に賞状を貰っていたことが羨ましくて、自分も賞状が欲しいという下心が始めた理由だった。書道教室に通う同級生に、賞状の入手具合の探りを入れたりもした。とにかく賞状が欲しくて、字を書くことも好きだったから都合良かった。
いざ始めると、思いの外簡単に賞状が貰えて、私の賞状欲しい欲はすぐに満たされてしまった。正座をしなきゃいけない(当たり前)のと、先生に筆を強く握られながら、力任せに指導されるのとかが嫌で、2年経たないくらいで辞めた。
生誕ライブでもらった手紙やメッセージカードで色んな人の字を見た。字を見て、ギャップを感じたり、そのままの人となりを感じたり、省略文字の書き方や文字のクセ、間違えた文字の誤魔化し方とかから勝手に色んなことを想像した。綺麗も汚いもどちらが良いもない。何なら不器用そうな文字の方が高まる。恐らく自分の手書き文字の自己評価が低くて、わざわざWordなどで打ち込んで印刷してきてくれる人も居るけど、どんな字でも良いから全然見せつけてほしい。
手紙は思いを整理するのも、書くのも(打ち込むのも)時間がかかる。私のために時間を割いて、言葉を選んでくれたことが何よりも嬉しいし、その言葉に救われることも沢山ある。アイドルを始めてから貰った手紙は全部大切に取っておいてあって、自室の収納のほとんどを占拠している。
この先も色んな人の色んな字が見たい。字を見て勝手に思いを馳せたい。高まりたい。調子がいい時は、字を見るだけでその人の幼少期まで遡って想像できて、愛おしさに胸を苦しくさせることだってできる。
アイドルがよく「手紙が一番嬉しい」と言うけど、多分これは信じていい。
懺悔なのか、悩みの告白なのか、己の怠慢なのか。全部かもしれない。
私は約束や時間は守るタイプだ。小、中、高、大、どの学生時代を思い返してみても遅刻したことは一度もない。アイドル活動も10年目になるけど、仕事をすっぽかしたことは一度もない(6年くらい前に1回だけ寝坊してプロデューサーからの電話で起きたことはある、ライブ本番には間に合った)。提出物の期限も必ず守っているし、何なら早めに提出している。
そう真面目に生きてきたつもりだけど、通っている整体をもう4回くらいすっぽかしている。遅刻とかではなく、毎回「整体」という予定そのものの存在を忘れてしまい、毎回先生からの電話が来て気づく。こちらが悪いのに、毎回優しく申し訳なさそうに予約していたことを教えてくれる先生の声が、罪の意識を加速させる。
カレンダーに「整体」という予定は入れてあるし、同じカレンダーで仕事のスケジュール管理もしているから忘れるはずがない。行かないと困るのは自分なのに、ほんの少しも整体の予定を覚えていない。どうして。
ショックを受けたり、恥ずかしかったり、情けない場面でよく「顔無い」と言うけど、私も随分前から顔無い。すっぽかすたびに無い顔が無くなって、今はもうマイナスとかだと思う。
心の底から申し訳なく思っているから、すっぽかすたびに次回の施術では菓子折りを持って行って、謝罪している。特定の物事をすっぽかし続ける経験がなかったから、なんで整体だけこんな事になるのかわからない。
友達に相談すると、「実は舐めてるんじゃない?」って言われてビックリした。私は、心の奥底で整体を、先生を舐めていたのだろうか。 でも確かに、すっぽかしを重ねるなんて舐めていなきゃしない気もする。
毎回「お忙しいと思うので、こちらのことは全然気にしないでください!」と優しく許してくれる先生。多分先生には社会に向いてない人間だと思われている。いや、先生違うんです。いや、違うのか?もう私は私のことを信じられない。
直近の余罪を言うと、予定が分かり次第すると伝えた次回予約の電話も1ヶ月くらいできていない。できていないというのも、先日整体に電話をかけたけど不在で、私の出られない時間に先生から折り返しの電話が来ていてそのままになっている。
この先もずっと私たちはすれ違い続け、私の身体はめちゃくちゃになっていくのだろうか。先生、ごめんなさい。私、こんなはずじゃないんです。本当に違うんです。
23年間黒髪で生きてきたけど、昨年10月に初めて髪の毛を赤紫色に染めた。アイドルを10年近くやっているのに、それまで一度も髪の長さや髪色など、外見を大きく変えたことはなかった。
髪を染めることは手っ取り早く自分を変えたい人が使う手段だと思っていた(もちろん全員がそうとは思わない)。私の中で「自分を変える」は、単なる見た目の変化ではなく、精神面の変化が全てだった。自力じゃない形で外側を変化させて、中身まで変化したような気になるのは何か違うと、ずっと思っていた。
アイドルでいる間は必死に光で在ろうとする一方で、ふとした瞬間こんな風に、デカい石を裏返した湿った土の上でひっくり返るダンゴムシみたいな私が出てきてビビる。私はこうして時々ねじ曲がる。
ある日、運営さんに髪の毛を染めてみないかと提案された。少し悩みながら、今まで友達や家族に「ずっと黒髪なら貫いた方がいいよ〜」とか「染めたら勿体ないよ〜」と言われたことを思い出し、それに縛られていたような気もして、髪を染めようと決めた。私はこうして時々破壊衝動に駆られる。
いざ美容院に行って、染められ始めて、一度も明るくなったことがない黒髪を明るい茶髪にされて、別人すぎる自分が鏡に映った時は震えた。私の赤紫髪は、ブリーチはせずに一度明るい茶髪にしてからその上に色を入れるやり方だった。赤紫色というオーダーにしてはドピンクすぎるカラー材を塗られた時はもうおしまいだと思った。
目がチカチカするようなカラー材を塗られ、頭中をラップで包まれた姿は滑稽で、鏡を見るたび静かにウケた。「全面ガラス張りで、施術中のお客さんが見えるようになっている美容院は一体どういうつもりなんだ…?」と長い待ち時間の間、ウケる自分を見ながら考えたりしていた。
髪を乾かし終わると、希望通りの赤紫色の髪の毛になっていて安心した。鏡とか電車の窓に映る自分が別人みたいで、それがいつまでも面白くて、家に帰るまでずっとナルシストばりに自分の姿を確認していた。
髪を染めるまでは、日陰でウジウジとあんなやかましいことを考えていたくせに、1ヶ月以上経っても私は変わった髪色にウキウキしていた。印象は確かに変わったし、私服も、今まで着てたステージ衣装も、何度も歌って踊った音楽も全部新鮮に感じた。
髪色を変えても核なるものまでは変わらないけど、髪色の変化によるウキウキや新鮮さによって、私の内側で何かが前に進むような、確かに今までと違う感覚があった。あのタイミングで髪を染めたことは正解だったと今でも思う。
私は「変わらずに変わり続けたい」と言い続けてきたけど、変化に弱いし、変化に伴うあらゆる人のあらゆる心の動きに敏感で臆病だ。でも髪を染めて、私の中の変わっても良い「余白」のような部分があることを知った。思えば、精神面の変化だって全て自力なんかじゃなくて人との出会いや環境のお陰だった。外側に引っ張られるようにして内側は変わっていくもの。
最近は髪の長さも行けるとこまで伸ばして、顔の横まで激しくレイヤーを入れてウルフっぽくしてみちゃったり、髪色に加えて髪型も変化させている。この世の全てが変化し続ける諸行無常なのであれば、私はきっと、もっとラフに変わって良いはずだ。時には怯えず、変化に身を任せてみること。髪を染めるという小さな一歩で、変わりたくない、変えたくない大切なものにも、改めて出会い直せた気がした。
夏バテをしたことがない私はいつも食欲旺盛で、食欲が落ちるらしい夏バテに不思議な憧れがあった。「夏バテ なる方法」、「夏バテ やり方」などと検索して、夏バテにならないための方法しか出てこない画面を睨みつけていた。
人にこの話をすると呆れられる。お酒を飲み慣れている人に「吐くまでお酒を飲んでみたい」と言って、「あんなの知らない方が良いよ」と言われた時の疎外感と似ている。私はたとえ辛くても、いつかそちら側の世界を知りたいのだ。
2024/08/11、私の部屋についにエアコンがやってきた。エアコン設置記念日。長年エアコン設置を提案されていたけど、設置工事のアレコレが面倒臭かったのと、夏の間はリビングに避難して寝ていたから別に不便ではなく、ずっとなあなあにしていた。気持ちとタイミングが噛み合い、突然その時は来た。
いざエアコンが設置されると、今まで蒸し暑さしかなかった部屋がひんやりして心底感動した。初めてコンタクト付けた時みたいだった。リビングで寝ていた時は敷布団で、マットレスは硬かったし、家族の活動時間になればその生活音で強制的に起こされてしまうから思えば全然不便だった。私は夏の間、不便ではないフリをしていただけだった。
あの夏の革命から一年が過ぎ、また夏が来た。当たり前のようにエアコンを付ける日々に、ひんやりした部屋への感動も流石に落ち着いた。夏バテに憧れていた私も、ついに食欲が減らないタイプの夏バテデビューを果たした。食欲は落ちずに、ただただ薄く伸ばしたような熱中症が身体の中で漂っているみたいな、全く嬉しくない無意味のバテ。
ここ最近の暑さは何かの冗談みたいで、蝉の声すら聞こえない。あと数十年後に人類は夏に殺されるんじゃないかって不安になる。このおかしな暑さに終わりは来るのか。夏が終わったら、本当に秋が来るのか。春夏秋冬という当然の順序すら、もう信じられない。
灼熱の屋外から冷房の効いた部屋に入った瞬間の助かったような感覚が好きで、外と家の中が同じ気温になる季節が来ることが今は怖い。身体的刺激がないと頭がばかになりそうで。
「かわいい」って何だろう。
中学生の頃の私は「ゆめかわいい」という概念の虜だった。パステルカラーで、ユニコーンや雲、虹、夢やファンタジーを連想させるモチーフ、きらきらでふわふわなものは大体全部「ゆめかわいい」。
今でも私の部屋は「ゆめかわいい」テイストのままだ。壁の張り紙や装飾は剥がれかけているし、ファンシーなおもちゃたちは雪崩を起こしているけど。もう自分の中でとっくにブームは過ぎ去っているけど、ただ片付けるのが面倒臭くて「ゆめかわいい」の化石をそのままにしている。これでは全然かわいくないしだらしない。
Twitterを通して「原宿系」やその「KAWAII」文化と邂逅した私は、「かわいいは正義」だし、普通じゃつまんないし、何よりも人と違うことがポリシーだった。だから、その真ん中よりちょっと逸れたところに居た 「ゆめかわいい」を選び、好きになることに決めた。大体のものは気づいたら好きになっていたり、結果的に好きになっているものだけどこの時の私は違った。人生後にも先にも「ゆめかわいい」を謳っていたあの頃が性格的には一番尖っていたんじゃないかと思う。まだ24年間しか生きてないけどわかる。
「ゆめかわいい」を背負うために、その字面の柔らかさにそぐわない、むしろ字面的には「䨻(スマホで表示できる最も画数の多い漢字らしい)」なバリカタ精神を内に秘め、パステルカラーを身に纏い、毎日耳の上でツインテールをして学校に通っていた。(中学3年間毎日ツインテールしていて分かったけど、後頭部の分け目がハゲてくるから毎日ツインテールするのは普通にやめた方が良い。)
当然こんな格好をしている人は学校に私以外誰もいなかったから、相当目立っていた。内心憧れられたくて、何なら真似されたくて、校則が許す限りの「ゆめかわいい」格好をしていたのに、いざ後輩に自分の持っていたパステルカラーのリュックを真似された時は、無性に腹が立ったことを覚えている。思春期にも程がある。今となってはもはや羨ましいくらい精神が鋭利で、魂はパステルカラーとは剥離していた。
あの頃は「ゆめかわいい」を身に纏うことで個性を手に入れた気になっていた、特別な存在になった気でいた。だから真似されて、同じ物を身に纏われてしまえば、自分の存在そのものが無くなってしまうような怖さがあった。本当は何者でもない、何者かになりたくてしょうがなかった私は、真似された程度でぐらついてしまう、脆弱な「ゆめかわいい」にしがみつくしかなかった。
しがみつくようにして好きだった「ゆめかわいい」を、いつの間にか手放した今、私は何者かになれているのだろうか。いや、そもそも今の私は「何者かになりたい」と思っているのか…?
あの頃のように外面ばかり取り繕っていても、いつか必ず苦しく虚しくなる。「かわいい」だけじゃダメなんて言わないけど、やっぱり「かわいい」だけじゃ物足りない。魂で、やっていきたい!でも「かわいい」って言われたら正直嬉しくてたまんない!欲張りでわがままで面倒臭くて嫌になっちゃうけど、魂も、外面も、良い感じのバランスでやっていきたいのだ。
そのためにはまず、あの「ゆめかわいい」の化石みたいな部屋を片付けたほうがいいだろうな。
しばらく「喜怒哀楽恥」で生きてきたけど、最近は「喜怒哀楽緊張」だ。もう約9年間アイドルをやっているのに、ずっと人前に立つことに恥じらいがあって、最近はずっと緊張している。緊張と入れ替わった恥じらいは消えたわけではなく、それを上回る緊張に今は偶然飲み込まれているだけだ。そのうちまた出てきそう。
数えきれないくらいやっているはずのライブも、どんな規模感であろうと、みぞおちあたりがゾワゾワして、体の感覚が自分から遠のいていく。とにかく緊張している。感覚がこれ以上遠のいていかないように、ステージに出る前私は私の体を満遍なくブッ叩く。夢じゃないことを確認する時にほっぺたをつねるみたいな…私の場合はちょっとバイオレンスすぎるかもしれないけど意図は近い。痛みこそ現実。ブッ叩けばそこそこ大丈夫になる。そんなブッ叩きを見て、同じグループのメンバーはいつも軽く引きながら笑ってくれる。
そんな私の緊張はファンの人には気づかれない。緊張は気づかれない方が良いに決まっているから嬉しいけど、不思議だ。どんなに緊張していても「堂々としてる」とか、私の中でどれだけ揺らいでいようが「安定感がある」と言ってもらうことが多い。
確かに、ステージに立っている時の私は正直強そう。みんなが安心してついて行きたいと思えるようなヒーローになりたいから、できるだけ弱い部分は見せたくない。強く頼もしく、無敵でありたい。
でも、どれだけ緊張や弱さを押し殺しても歌は正直だ。練習やリハーサルの時に歌えた歌が本番で歌えなかったり、大事なパートも緊張で喉が締め付けられることが多くなった。その度に、私が憧れるヒーローとの距離を知る。
緊張するのが悩みだと話した時に、「どうでも良くないから緊張するんだよ」と言ってもらったことがある。確かに、全然どうでも良くない。全部どうでも良くなさすぎるからこんなに緊張してるんだ。隠しきれない弱さも知ったけど、私がこのアイドル活動を心から大切に思っている気持ちにも気づけた。
長くやっていればそのうち慣れて、緊張なんてしなくなると思ってた。私の場合、強化されたのは「慣れる」ではなく、「どうでも良くない大切なものが増えていく感覚」だった。
多分これからもずっと、私のアイドル人生全部全部どうでも良くないから、ありえないくらい緊張するだろう。だってどうでも良くないんだから仕方ない。体をブッ叩いているうちに、いつか本物のヒーローになれるかな。絶対なりたいな。
休みの日に友達と遊んだ。
高校を卒業した頃から「遊ぶ」という言い回しがしっくりこない。公園を走り回るわけでも、サッカーをするわけでもないのに「遊ぶ」って何だろう。「ご飯に行く」とか「お茶をする」と言うのもなんか小洒落た感じがして、自意識が邪魔をしてなかなか言えない。だからしょうがなく、全部「遊ぶ」と言ってしまう。
でもこの日は久しぶりに「遊ぶ」だった。よくわからないノリで、近くにある公園で遊ぶことになった。どうしても鉄棒がやりたくなった。今の自分は逆上がりができるのか確かめたくなった。
その日はスカートを履いていたから、パンツ丸出しのリスクを見極めようと、手始めに一度鉄棒に手をかけて前回りをする体勢になってみた。全然ダメそうだった。結局、わざわざその友達の家に一度寄って、ジャージのズボンを借してもらった。
準備万端になった私はやる気満々で、さっきと同じように前回りをする体勢になった。いきなり逆上がりはハードルが高い。逆上がりはかなり練習してできるようになった記憶がある。
いざ体を地面から離した瞬間、前回りするビジョンが全く見えなくなった。一気に不安に包まれて、そこから動けなくなった。
隣の鉄棒を見ると、同じく前回りをしようとした友達も硬直していた。2人で一回地面に足をつけて、「異様に怖くないか?」、「どうやってあの頃前回りをしていたのか?」と、一緒に混乱した。
いや、前回りが怖いだけで逆上がりならいけるのではないか。そうやって今度は逆上がりに挑戦することにした。
鉄棒を握りしめて、逆上がるための軽い助走をしてみたけど、その先どうやって自分が鉄棒を逆上がっていくのかやっぱりわからない。昔あんなに練習してできるようになった逆上がり、私の中にはもう何も感覚が残っていなかった。
友達が鉄棒にぶら下がりながら、「こうやって昔できてたこと、色々できなくなっていくのかな〜」と嘆いた。「この先の人生、今まで手に入れたものどんどんこぼれ落ちていくだけなのか」とか、そんなところまで思考が行きかけた。いやいや、私は、私たちは、まだまだ手に入れている最中だ。そんなはずだ。
(前回りは一旦置いておいて)今日、ここで、逆上がりができたら何かが変わる気がする。私は物語の主人公かのように、友達にも同じことを口走っていた。小洒落ている感じがして「お茶する」とか「ご飯行く」すら言えないくせに、こんな臭い台詞は言えてしまう自分にゾクゾクした。
再び鉄棒を握って、恐怖でうめき声をあげたり、地団駄を踏んだり、ひたすら助走を繰り返したり、逆上がりしそうなフェイントムーブをしたり、どうにかして逆上がりをする未来に目を凝らした。とにかく何が何でもこの先一瞬の「できそう」を見逃してはならない。
隣の鉄棒では、友達が先に感覚を取り戻し、ビビりながらも逆上がりをクリアしていた。私も早くそちら側に行きたい。鉄棒を強く握り締め、地面を蹴り、空が見えた。何が起こったのかわからないけど、多分逆上がりしたっぽかった。
2人で興奮して、嬉しくてその後もビビりながらも3回くらい逆上がりした。何でもできるような気がして、ついでに前回りもやってみた。怖かったけど、できた。もうこんなの、何でもできるじゃん。
逆上がりできることが嬉しくて堪らなかった。手に入れたもの、この先手放していくだけなわけがない。そんなのいいわけない。こぼれ落ちないように抱きしめながら、欲を言うならまだまだこの先も拾い集めていきたい。
そんな私たちの様子を、小学生くらいの女の子2人組が炭酸のジュースを飲んだり、冷凍ぶどうを摘みながらニヤニヤと見ていた。
怪しくないよ。怖くないよ。きっといつかわかるよ。これが、君たちの将来だよ。
私は毎週「星野源のオールナイトニッポン」を聞いている。大体お風呂に入りながらとか寝る前に、生活を淡々と進めながら聞くことが多い。
最近終了してしまったけど、星野源さんと番組スタッフさんがぶっつけ本番で演じるラジオドラマコーナー「星野ブロードウェイ」は、特に絶妙な緩さとくだらなさで、意識がぼんやりとしてくる深夜に聞くのにちょうど良い。この日もいつものようにぼんやり聞きながら、お風呂に入って、髪の毛を洗っていた。
「みんな潰れるって決まってから好きになってんだよ。」
「潰れる前は何も思ってないの。で、潰れるって決まってから寂しさが評価に混ざり合って好きになってんの。」
「みんなね。なくなるものが好きなだけなんだよ。」
「なくなるという現象にはしゃいでるだけ。」
ちょっとビックリして、髪の毛に泡がついたまま立ち尽くした。明日潰れると決まった売れない喫茶店の店主演じる星野源さんが、潰れると決まってからお客さんが続々と尋ねてくる様をコミカルに憂いているだけなのに。
不思議と自分やアイドルという存在と重ねて聞いてしまって、火照っていた体と意識が急に冷たくなった。このコーナーは緩くてくだらないけど、急に核心をついてくるから恐ろしい。
「続けることは立派だよ。でも、それには気づかないもん誰も。終わるって決まらないと気づかない。」
私も同じことを考えていたことがある。実際前にブログで似たようなことを書いた。
「続けていくたびに、続けることが一番難しいことを痛感する。続けるって、続いているうちは特に気になるような現象じゃないというか、何事でもないような感じがして、当たり前の顔をしてそこに在り続けるからその重大さに気付けないというか。」
私はそんな風にブログで書いた。でも、そんなことを書いた私も近所の気になっているお店にずっと行けてなかったりする。どうせなくならないだろうとあぐらをかいている訳じゃないけど、行ってみたいと思ってから間違いなく2、3年は経っている。そもそも何のお店なのか、いつからあるのかすら知らない。今も変わらずお店が営業していることしかわからない謎のお店。「いつか行きたい」の「いつか」が来ないまま今に至ってしまった。
最初の立ち尽くしから、まだ私は髪の毛も洗い流さず、iPhoneを握り締め立ち尽くしていたっぽい。お風呂場の鏡に映る自分がなんだかダサくて、さっさと髪の毛を洗い流して逃げるように湯船に入った。
私も続けていることの意義を忘れてしまいそうになる時もある。「続けてくれているお陰だよ」、「続けてくれて有難う」って私を繋ぎ止めてくれる人たちが居なかったらどうなっていただろう。
だからと言って、不安定な存在であることをチラつかせて気持ちや言葉をカツアゲするようなことはしたくない。あの近所の不明なお店のようなスタンスで居続けたい。あくまで会いたいと思ってもらえる努力は絶対に惜しまず、あわよくば愛してもらえたらラッキーな感じで。続けているうちに、続けていることを少しでも多くの人に気づいてもらえるように、私は精一杯「続ける」を丁寧に続けていきたい。
湯船から上がって、決めた。来週良い加減あの近所の不明なお店に行ってみよう。自分の目で確かめよう。もしもなくなると決まった時、寂しさが評価に混ざって美化してしまう前に。