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乙三.

特別じゃない日常に鳴り響く、大人になりきれない大人たちの青いメロディー

アウトライン乙三写真データ大人になりきれない若者たちの一夜限りの青春ストーリーを描いた映画『クジラのいた夏』の主題歌として、乙三.の「いつかここで」が抜擢! 同曲を表題とするフルアルバムが、5/28に発売された。前作のミニアルバム『横浜ミックスナッツ』から約2年半ぶりにして、ベルウッドレコード復帰後初のフルアルバムとなる今作。同映画の挿入歌「なれたらいい」などのじっくりと聴かせる楽曲を軸に、これまで以上に落ち着いた大人の雰囲気を漂わせる1枚となった。もちろんライブで盛り上がり必至の黒いグルーヴと遊び心も満載した、乙三.ワールド全開の12曲を堪能せよ。

 

「世の中でほとんどの人が興味を持っているようなところには、自分の興味もリンクさせていくというか。“皆さんと一緒に暮らしていく”というのが大事だなと思っていて」

●前作のミニアルバム『横浜ミックスナッツ』を2011年12月に発表して以来、久々のリリースとなりましたね。

創作:前作を出した時は、次もすぐに出そうと思っていたんですよ。でもあれよあれよと時間が過ぎていって、このタイミングに…(笑)。別に煮詰まっていたわけでもなくて、色々とバタバタしていた感じですね。

●色々とあったという部分でいえば、M-9「妹」は弟の幸平(G.)さんが結婚したということなのかなと思ったんですが。

創作:そうなんですよ。幸平が結婚したところから作った曲なので、この歌詞では足立区の思い出をそのまま歌っているんです。だから、町名とかも実在のものですね。注釈を入れたほうがいいのかなとも思ったんだけど、「何の歌だろう?」と想像しながら聴いてもらうのもいいかなって。

●この曲を歌っている時に、バックで幸平さんがどんな表情をするのか気になりますね(笑)。

創作:まだライブでもやっていない曲なので、そこも見ものですね(笑)。

●他の収録曲は既にライブでやっていたりする?

創作:ライブでまだやっていないのは、2曲だけですね。曲ができたら早く聴いて欲しくて、すぐに出しちゃうんですよ。ただ今回のレコーディングをするにあたって作ったものもあるので、そういう曲に関してはお披露目した程度ですけどね。

●収録曲は前作以降に作ったものなんですか?

創作:ずっと前からあったものもあるんですけど、基本的には前作以降に作りましたね。

●表題曲のM-1「いつかここで」は映画『クジラのいた夏』の主題歌になっているわけですが、これは映画のために作った曲?

創作:実は元々、作ってあったものなんですよ。最初は監督さんが乙三.のことを気に入ってくれて、「何か使いたいな」というお話を頂いたんです。それで前作とかの曲を映画のシーンに合わせた映像を作って下さって、「こんな感じのものでまだ出していない曲はない?」と訊かれて。その時に「いつかここで」を渡したら、すごく喜んでもらったんですよね。

●映画の世界観に、歌詞や楽曲を寄せたりしたわけではない?

創作:それはしていないですね。ただ男と男の友情みたいなところを描いた作品なので、映画では歌詞の中でも恋愛色の薄い部分が使われています。

●曲自体も6分40秒ほどあって長めなので、その中で映画に合う部分を抜粋したわけですね。

創作:ライブでやっている時は、(曲の長さを)あんまり気にしていなかったんですよ。録音してから分数を見て、自分たちでもちょっとビックリしましたね(笑)。

●実際に映画の中で流れている場面を見て、どう思われましたか?

創作:正直言って、自分ではよくわからないんですよ。映画で使われるというのが初めてなのもあって、頭の中でチャンネルが分かれているというか。映画に関しての自分と、バンドをやっている時の自分というのが混在していないんです。だから映画が終わって自分たちの曲が流れるのを見ても、“合う・合わない”というよりは「いいのかな?」っていう感じで。でもいつもライブに来てくれるお客さんが「映画とすごくハマっていて良かった」と言ってくれたので、今は安心しています。

●M-8「なれたらいい」も、同映画の挿入歌として使われているそうですが。

創作:この曲に関してはライブでまだやっていない段階で、(映画の制作側に)聴いてもらったんですよ。そしたら「これも使いたいな」と言ってもらって。

●映画で使われることもあってか、どちらもじっくり聴かせるタイプの曲ですよね。

創作:そこは映画の主題歌に決まったことが大きくて。そういう面を見せられる、良いチャンスかなと。今回はジャケットもそうなんですけど、あんまり奇をてらわないこともやってみたいなと思ったんですよ。自分たちのキャラクターとしてワーワー盛り上がっていたり、お祭り好きな感じに見られているのもわかっていつつ、ライブの中で静かに聴かせるパートが好きだと言ってくれるお客さんもいるから。もちろん自分たちも演奏していて楽しいし、今回は元々そういう面を表に出してみてもいいかなとは思っていたんです。

●そういう曲とM-4「凹凸(おうとつ)」みたいな下ネタ全開の曲とのギャップがすごい(笑)。

創作:そうですね(笑)。「凹凸」も結構前からあったんですけど、レコーディングの時に歌詞を見て自分でもちょっとビックリしたというか。溜まってたんだなって(笑)。

●ハハハ(笑)。“凹凸”のコーラス部分は、ライブでもお客さんと一緒に盛り上がれそうな感じがします。

創作:そういうつもりで書いた部分はあるんですけど、ライブでやっているだけだとお客さんも自信が持てないというか。僕らはあんまり「こうやって欲しい」という感じで煽ったりしないんですよ。だから自分たちがやっていることをお客さんが自主的に真似てくれようとしても、音源になっていないから「あそこは“凹凸”と聞こえるけど、本当は何て言っているんだろう?」という感じになってしまう。

●ライブだけだと、歌詞をはっきり聞き取れるわけじゃないですからね。

創作:聞こえたまま真似するのは、やっぱり気恥ずかしさもあると思うんですよ。だから音源化することで「こういうことを歌っているんです」とちゃんと伝えられれば、ますますライブでやってくれるようになるんじゃないかなって。自信を持って、“凹凸”と言ってもらえるんじゃないかと(笑)。

●全体を見てみると、今作は下ネタが少なめな気がしました。前作ではもう少し下ネタが前面に出ていたような…。

創作:ハハハ(笑)。でも昔から下ネタを押していこうと思っていたわけじゃなくて、自然とそういう曲ができていただけなんですよ。だから今回も、自然とこういうバランスになっただけなのかなと。確かに言われてみれば抑えめですよね…枯れてきたのかな(笑)。

●ハハハ(笑)。とはいえ、M-5「小指」やM-6「要カンタービレ」ではちょっとエロティックに大人の恋愛を描いていたりするわけですが。

創作:あんまり自分の実体験としてあるわけじゃないから恋愛について歌うのは気恥ずかしいんですけど、いまだに憧れみたいなものがあるんですよ。昔は「大人の恋っていいな」と思っていたものが、いまだに憧れとしてあって。リアルにそういう経験をしている人が歌うと、また違うと思うんですけどね。自分にとっては憧れのままなので、そういうことを恥ずかしげもなく歌えるんです。

●憧れだからこそ歌えると。実際に大人の恋愛をしているわけではない?

創作:メンバーもそういう経験はほとんどないんじゃないかな。みんな、初心(ウブ)だからね(笑)。

●初心なんだ(笑)。確かに、みんなが大人の恋をしているわけじゃないですからね。

創作:世の中全ての人で考えても、割合的にそんな人は一握りしかいなくて。70〜80代の人だって、そういう恋愛に憧れるかもしれないですからね。間違っても自分が特別だなんて思わないし、「自分のことを特別視しているんじゃないか?」となったら危機感を抱くというか。

●自分は特別な存在ではない。

創作:たとえば『笑っていいとも』が終わると聞いたら、「今日くらいは見てみようかな」と思ったりするわけで。そういう世の中でほとんどの人が興味を持っているようなところには、自分の興味もリンクさせていくというか。もちろん変に気を張って自分を維持しようとかいうわけじゃないけど、“皆さんと一緒に暮らしていく”というのが大事だなと思っていて。

●ジャケット写真でのメンバーの姿も今回はすごく自然体ですよね。普段着感があるというか…。

創作:「今回は普通がいいね」という話をして、それぞれが私服を着てくることにしたんですよ。ただ、あんまりとっ散らかってもダメだから、「ちょっと好きだなと思っている娘と2人で出かける時の服」というテーマを出して。

●あ、デート仕様だったんですね。

創作:それにしては…っていう感じですよね。

一同:ハハハハハ(爆笑)。

●失礼ながら、ちょっと買い物に行く時くらいの普段着感がありますよね(笑)。まあ、そのくらい恋愛に対しても自然体ということかなと。

創作:肩肘張っていないっていうね(笑)。自分と同世代のメンバーが多いんですけど、前作を出した時はまだ30代半ばだったんですよ。でも今はもう40歳に手が届くというところになって、意識しなくても歳相応の感じになっているのかなと思います。

●M-3「兀兀(こつこつ)」やM-10「じゃあ、結構」では、そういう年代になったからこそリアルに歌える内容かなと思いました。

創作:お説教くさい感じが、自分ではちょっと嫌だなと思ったりするんですけどね。でも自分も言ってもらいたいことだったりするし、ライブでやったら「こんな曲を待っていた」とお客さんに言ってもらえるかもしれないので、これはこれでいいのかなって。

●歳を重ねて説得力を増したことで、自然とこういうことも歌えるようになったのでは?

創作:そうかもしれないですね。20代後半の時とかはライブでもどんな人が来ているかわからないので「どうもありがとうございます」と丁寧に言っていたんですけど、最近はもう「どうもね。ありがとね」という感じになっていて(笑)。40代も近づいてきた今の自分たちがステージ上でいつまでもヘコヘコしているのは、見苦しいんじゃないかなと思ったんですよ。わりとラフな感じで、「思ったことを言っちゃえ」みたいな感じに振舞っているほうが自然に映るかなっていう。そういうのもあって、お説教的な曲も出てきたのかもしれないですね。

●歌に関しても、思ったことを自然と出せている。

創作:「言ってもいいのかな?」っていう時に、「いいよな」と思えるようになったというか。若い頃の“捨て身”とまた違う“捨て身”っていうのかな。若い頃は「これがどうにかなっても、まだ先に何かあるんだから」と思える。でも今の自分たちはそうではなくて「これしかできねぇんだから、それでダメって言われたらしょうがねぇなぁ」みたいな(笑)。そういう感じで、ちょっとドシッとしちゃっているところはあるかもしれないですね。

●それが作品全体の雰囲気にも反映されているというか。そんなアルバムのタイトルを『いつかここで』にした理由とは?

創作:タイトルに関しても、今回は奇をてらっていないものにしようというのがあって。いつもワーワー言っているように見えて、意外にナイーブで繊細なんだねと思われたいんですよ(笑)。自分たちはどうしてもライブではワーッと盛り上がってしまうバンドだから、逆に20代から叙情的で繊細な感じの歌を歌っているようなバンドへの憧れみたいなものもちょっとあって。そういう草食系男子というか、どこか寂しげで「お姉さんが守ってあげる」と思わせるような男の子の匂いを出したいなと思ったんです(笑)。

●そういう思考の結果、タイトルが『いつかここで』になったと(笑)。ジャケットだけ見ると、前作とは全然違うバンドに見えたりもしますが…。

創作:確かにそうですよね(笑)。でも「こういうふうにしたいな」と思っているものを出すという前向きな気持ちは、あんまり変わっていないと思うんですよ。

●久々の作品ということで、達成感も大きいのでは?

創作:そうですね。これだけ時間がかかったのに、最後は徹夜作業が続いてバタバタだったんですよ。そういう意味で、達成感は半端じゃなかったです。

●2年半くらいあったわけですが、結局はギリギリになったと。次作もきっとマイペースな感じで…(笑)。

創作:いやいや、あっという間で驚くくらいのスピードで作って、またすぐインタビューに来ますよ(笑)。

一同:ハハハ(笑)。

Interview:IMAI

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