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Marlet Mine

仲間たちと共に生きていく3人のリスタート

良質な王道J-POPサウンドを武器に2010年から活動を展開してきた、Marlet Mine。2014年には渋谷O-WESTでワンマンライブを成功させるもメンバー脱退による活動休止を経て、2017年より本格再始動を果たした彼らが初の全国流通盤シングル『花言葉〜Message of flower〜 / Ring Rig』をリリースした。様々な挫折を経験しながらも仲間の支えを得て、再び立ち上がってきた吉川浩史(Vo.)の歌と言葉はポジティブな力に満ちている。現実を見据えた上で一歩ずつ前へと進む3人が奏でる音は、新たな輪を生み出していくことだろう。

 

「“みんなと一緒に頑張っていきたい”っていう気持ちなんですよ。メンバーやミュージシャン仲間も含めて、みんなでシーンを作っていきたい。仲間のミュージシャンたちが支えてくれたからこそ、自分は今この場所にいる」

●2014年から2017年まで、活動休止されていたそうですが。

吉川:そうなんです。元々は僕が名古屋から上京してきたのと同じタイミングでドラムの平井が大阪から上京してきて、東京で出会ったんですよ。そこで当時のギターとベースと一緒にバンドを結成したのが、Marlet Mineの始まりでした。そこから活動していく中で2014年9月に渋谷O-WESTでワンマンライブを開催することが決まって、そのライブに懸ける想いが自分たちの中で強かったんですよね。だから毎日ストリートライブをしたりして、ガツガツやっていたんですけど…。

●そのワンマンライブ後にメンバー脱退があって、活動休止に至ったんですよね。

吉川:O-WESTでのワンマンライブより前から声をかけて下さっていたプロダクションの方もいて、「この秋から一緒にやっていこう」みたいな話も頂いていたんですよ。でもライブ後に、その話が流れてしまって…。僕らもそこに懸ける想いが強かったし、大きな目標でもあったんですよね。そこで結果が伴わなかったことでメンタル的に落ちてしまって、メンバーも辞めることになってしまったんです。

●その出来事が活動休止につながった?

吉川:僕自身もかなりショックな出来事だったので、いったん地元の名古屋に帰ろうということになったんです。その時の結果が自分の中でもやっぱり納得できなかったので、もう音楽を辞めようと思っていたくらいだったんですよ。

●そこまで思いつめてしまった。

吉川:そこから名古屋に帰って就職活動もしたんですけど、なかなか上手くいかなくて…。実は名古屋に帰るタイミングくらいで昔からのミュージシャン仲間が駒沢STRAWBERRY FEILDSというライブハウスのプロデュースを始めるということで、誘ってもらってはいたんです。でも僕は音楽をやめて名古屋に帰るからということで、一度は断っていたんですよね。それで就職活動も上手くいかなくて“どうしよう?”となっていた時に、その仲間から再び「東京に帰ってきて下さい」という熱意あるお誘いを頂いたんですよ。

●それが東京に戻るキッカケになったんでしょうか?

吉川:そこで“もう一度東京で頑張ってみようかな”と思って戻ってきたのが、2015年の夏頃でした。最初は駒沢STRAWBERRY FEILDSに寝泊まりしながら、仕事に携わっていて。その時は自分がアーティストとして再び音楽をやろうとは考えてもいなかったんです。東京で自分が得た経験を仲間のアーティストたちに伝えて、援護射撃的なサポートができたら良いなと思っていたくらいで。

●裏方としての役割に徹していたと。

吉川:そんな感じで日々を過ごしていましたね。でもMarlet Mineに関してはメンバーも抜けていった中で、平井だけはずっと「趣味でも良いから一緒にやろう」と声を掛け続けてくれていて。僕が名古屋に帰っていた時も、東京でずっと待ってくれていたんです。他にも応援してくれるファンの方や仲間のミュージシャンが「やらないんですか?」とか「ぜひ歌って下さいよ」と言ってくれたのもあって、2016年頃から少しずつMarlet Mineとしてのライブを再開し始めました。

●ライブ自体はその頃から少しずつ再開していたんですね。

吉川:当時は僕と平井の2人しかメンバーもいなかったので、サポートを入れてライブをやっていて。ギターの村木にも手伝ってもらっていたんです。ただ本当に最初は趣味みたいな形で、自分自身もこの先どうなるのか見えていないままやっている感じでした。でもそうやって過ごしているうちに、“もう一度チャンスがもらえるのなら頑張ってみたいな”っていう闘志が徐々に甦ってきたんですよね。

●そこから本格的に活動再開となった?

吉川:そうですね。それが2017年のことで、その段階で村木にも正式メンバーになってもらって3人でスタートを切りました。そこから頑張っていこうとなった時に、まずは“CDを出したい”っていう想いがあって。それまでは、上京してきた当初に自主制作で作ったミニアルバム1枚しかなかったんです。

●CDを出したいと思った理由とは?

吉川:本格始動するにあたって、自分も30歳を越えて音楽業界でアーティストとしてもう一度頑張っていこうという“決意表明”みたいなものをしっかりCDにして、応援して下さる方々に届けたかったんです。そういう想いもあって、今回のCDを作りました。

●吉川さんをずっと待っていた平井さんも同じような想いがあったんでしょうか?

平井:30歳って、やっぱり1つの節目になるじゃないですか。そこでどうしても音楽を辞めていく人が多くて。でも僕はちょっと特殊というか、違う仕事もやっていたので、年齢は決めずに長く好きなことをやりたいなと思ってたんです。やっぱり東京に来て最初に出会って”一緒にバンドをやろう”と決めた相手だったから、“どうせやるんだったら吉川くんと一緒にやりたいな”っていうことで待っていたんですよね。

●村木さんは正式加入するとなった時に、どういった心境でしたか?

村木:僕は当時プラプラしていたんですけど(笑)、(吉川)浩史さんが僕の力が必要だと言ってくれたのがすごく嬉しかったんです。だから「僕で良ければ」と言って加入して、今では曲を作ったりもしています。

吉川:彼はちょっと不思議というか普段は寡黙な感じなんですけど、ギターを弾く時は急に激しい感じになったりするんですよ。そういう意味では、すごくアーティスティックですね。

平井:ギャップがすごいです。初めて会った時はあんまり喋らないから、どんな人なのかもわからなくて。でもライブで一緒に音を出したら、「すごいな!」って思いました。

●そういう人だから正式メンバーに誘ったというのもあるんでしょうね。

吉川:再始動するにあたって一番重要だったのは、村木がメンバーになるかどうかだったんです。彼が一緒にやってくれるということが、僕らの原動力になりましたね。

●先ほど話に出ましたが、村木さんも曲を作っている?

吉川:Marlet Mineに関しては元々、僕が作った曲を自分で歌うバンドっていうところがあって。ここでは自分自身の世界観を追求していきたいと思っていたんですよ。でも年齢を重ねたり、活動休止中に他のアーティストのカバーを演奏したりする中で、“色々な音楽に触れたい”っていう気持ちが出てきたんです。

●それが村木さんの作った曲を歌うことにつながった?

吉川:20代の頃はもっとガツガツしていたので、“なぜ自分の曲は認められないんだろう?”っていう想いのほうが強くて。でもそういうところから一度離れて考えてみた時に、村木の作る曲が自分にはすごく響いたんですよね。自分以外の人が作る曲を歌いたいと思ったのは初めてでした。ソングライティングの部分は今まで他人に渡したくない部分だったんですけど、それも“村木になら託せるな”っていう気持ちになれたんです。

●今は村木さんがメインで曲を作っているんですか?

吉川:僕が伝えたイメージを元に村木が作ってきた曲を一緒にブラッシュアップして今は作っています。だから今回(1stシングル『花言葉〜Message of flower〜 / Ring Rig』)の2曲は、今までと全然違っていて。これまでは全部自分で作詞作曲していたところから、今回は共作の形でやっているんです。

●そういう意味では、村木さんが音楽的な核になっている感じというか。

吉川:そうですね。Marlet Mineのサウンドの核は村木ですね。

平井:そこは彼に任せて大丈夫かなと思っています。

村木:ありがとうございます。

●曲を作る時は、吉川さんが歌うことをイメージして作っている?

村木:そうですね。そこにちょっと自分の好きなところも混ぜつつ、“これなら浩史さんが楽しく歌えそうだな”みたいなことは考えて作っています。

●実際に吉川さんも楽しく歌えているんでしょうか?

吉川:自分よりも才能があると思っているので、そこに関しては本当に委ねていますね。

●そこまで思えるメンバーに出会えたから、再始動しようとも思えたのかなと。

吉川:それは大きいと思います。活動再開前に仲間のサポートをしていたんですけど、やっぱりそういう人たちの中にも頑張って欲しいアーティストはたくさんいて。そういうアーティストにどんどん上がっていって欲しいし、大勢の人に知ってもらいたいんです。メンバーに対する気持ちも同じなので、村木の曲をもっと広めていきたいっていう想いはありますね。

●村木さんの曲を広めていきたいという想いもある。

吉川:再始動するにあたって今の自分がポリシーとして念頭に置いているのは、“みんなと一緒に頑張っていきたい”っていう気持ちなんですよ。メンバーやミュージシャン仲間も含めて、みんなでシーンを作っていきたい。仲間のミュージシャンたちが支えてくれたからこそ、自分は今この場所にいるっていうことをすごく感じているから。仲間たちと一緒に頑張っていきたいですね。その中で自分たちのバンドが広まることによって、仲間に対してできることも増えると思うので、今はそういう考え方でやっています。

●そういう考え方や想いも、今作の歌詞には出ている気がします。

吉川:そうですね。基本的には今の自分のことを歌っているんですけど、昔よりも少しは説得力が出てきているのかなと思います。メッセージ性がより強くなってきたというか。

●活動休止や音楽をやめようと思っていた時期を経たことで、そうなったのでは?

吉川:その時期があったから、言葉が生々しくなったんだと思います。夢物語を書いているわけじゃなくて、歌詞の主人公にはどうしても自分を投影している部分があるから。その主人公が説得力を増したというのは、色々と経験してきた部分が大きいと思いますね。

●挫折を経験したからこそ歌えることもある。

吉川:それこそつまづいたり、挫折したりっていう経験は誰もが持っていると思うんです。“自分も同じだよ”っていうのは、歌詞のテーマとして大きいですね。自分たちもそうですけど、リスタートすることで新たに出会う人もいると思うんですよ。今は誰かのエールになるように歌っています。

平井:基本的に僕らは挫折ばっかりなんですよね(笑)。そこからどれだけ挫折をバネにして頑張っていけるかっていうところが大事だと思っていて。僕らは大器晩成タイプだと信じているので。

●盲目的に夢は叶うと信じているわけではなくて、挫折も知った上でまだ諦めずに夢に向かい続けている。

吉川:どこかで信じている部分はあるけど、現実はそんなに甘くなくて。もしかしたら、つらいことのほうが多いかもしれない。それでも「何度でも立ち上がって頑張っていくぞ!」っていうのが、今の僕らのテーマですね。実際、そんなに遠いところを見ていないんですよ。自分に近いところから、手の届く範囲で伝えていったものが少しずつ広がっていくようなイメージを今は持っています。

●身のまわりから少しずつ広げていくというか。

吉川:だから、本当に一歩ずつっていう感じなんですよ。もちろん若い時は焦りもあったし、数段飛ばしで早く上に行きたいっていう気持ちがあったんです。でも今の僕らは地に足を着けて一歩ずつ、時間が掛かっても良いから進んでいこうっていう気持ちですね。

●今回のシングルをキッカケにして、2018年以降の活動も楽しみになっているのでは?

村木:来年はもっと、みんなに自分の曲を届けられるようにしたいですね。とにかく曲をたくさん作って、発信していきたいです。

平井:長くバンドをやっていきたいので、そのためにも自分たちのペースでやれたら良いなと思っています。無理のないように、音楽を続けていきたいですね。

吉川:Marlet Mineとしても僕個人としても、みんなと一緒に喜びを味わいたいんです。(平井)久貴くんがずっと待っていてくれたから再びバンドで頑張りたいと思えたし、支えてくれる仲間がいるから今の自分がいる。”吉川浩史”なりのレイヤーを重ねながら、これからも生きていきたいし、笑っていたいと思っています。

Interview:IMAI
Assistant:平井駿也

 

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