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電車

SPECIAL INTERVIEW:大槻ケンヂ+石塚“BERA”伯広 熟練の技巧と熟練のユルさがシームレスに共存する幻のバンド、奇跡の再始動!

PH_DENSHA2001年に結成されて約3年半という期間、活動をしていた“電車”というバンドをご存知だろうか? 大槻ケンヂ+石塚“BERA”伯広+佐藤研二+小畑ポンプという、一癖も二癖もある実力派ミュージシャンによる4人組バンドがそれだ。2004年10月に大槻が脱退して以降、活動休止状態だった彼らが10年ぶりに奇跡の復活を果たす。当時は“30代の男たちのアングラロマン”をテーマにしていた彼ら。廃盤となっている過去タイトルからのベスト的な楽曲が再録され、“アラフィフ男たちのアングラロマン”として進化した姿で今甦る…。

 

「もう一度リメイクされることで電車を全く知らないという人にも“30代の数年間、確かにこういう時代があった”というのを知ってもらえるのはうれしいな」

●今回は10年ぶりの運転(活動)再開ということですが、2004年10月に大槻さんが脱退して以降は活動休止状態だったんでしょうか?

石塚:事実上はそうですね。だけど、それぞれのメンバーとはずっと何かしら一緒に活動はしていたんですよ。たとえばポンプさん(Dr.小畑ポンプ)とは“ベラ・ポンプアワー”というバンドをやっていて、そこで大槻くんに歌ってもらったりもして。

大槻:ポンプさんと佐藤さん(Ba.佐藤研二)は、“すかんち”でも一緒にやっていたからね。

石塚:そうそう。あと、佐藤さんのソロアルバムは僕がずっと録っているので、一応くっついている感じではあったんです。

●そこから今回の再開に至った経緯とは?

石塚:そこは僕が大きいですね。僕は電車の楽曲がすごく好きだったので、ベラ・ポンプアワーでも結構やっていたんですよ。でも“やっぱりオリジナルのメンバーでやりたいな”とすごく思っていて。どこかのタイミングでやれないかということで大槻くんのマネージャーにも相談していたところに、今回ビートサーファーズさんからリリースのお話を頂いたんです。そこで他のメンバーにも話してみたら、皆さんが快く乗ってくれたというか。

●いざ再開するとなれば、スムーズだったと。

大槻:「へぇ~、やるの? 本当?」みたいなことを言っていたら、「ちょっと来てくれ」ってスタジオに呼ばれて…いつの間にかできてた(笑)。

石塚:歌は数日で10曲録ったんだよね。“鉄は熱いうちに打て”じゃないですけど、気が変わらないうちに進めてしまったところはあります(笑)。

●数日で10曲歌録りするのは大変だったのでは?

大槻:でも電車は筋少(筋肉少女帯)や特撮と違って、いわゆるシャウト系じゃないから。わりとゆったり歌えるので、10曲くらいはいけましたね。あと、弾き語りで歌っている曲も多かったんですよ。

●ご自身の弾き語りライブでも、電車の曲を歌っていたんですね。全てが10年ぶりというわけではない?

大槻:10年ぶりに歌った曲は…、M-5「電車の猛勉強2014」とM-9「生まれてビックリ団2014」とかくらいじゃないかな。

●今回の収録曲はどんな基準で選ばれたんですか?

石塚:今回は僕が選んだんですけど、オリジナル曲だけで攻めてみようかなって。過去に出した音源では、わりとカバー曲も入っていたんですよ。

大槻:過去の作品は廃盤になっちゃっていて、幻の盤というか幻の曲みたいになっていたので、ちゃんとまとめて出したいっていう気持ちもあったんですよね。

●オリジナル盤でのアレンジとは異なっている?

石塚:結構違いますね。当時は思いつかなかったことや、何回か演奏しているうちに「こういうのもやれば良かったな」と思ったことも全部入れてあります。

●そういうアイデアも、この10年間で考えていたんでしょうか?

石塚:ネチネチ考えていたかもしれない(笑)。僕のところに譜面や楽曲の資料がたくさんあったので、考えていましたね。

●それだけ愛着があったということですよね。

石塚:僕はそうです。

大槻:30代を思い出す。ツアーも結構まわったんですよね。神戸から夜走りでポンプさんがひたすら運転して帰ったのを覚えているなぁ。

●いわゆるバンドらしいバンド活動をしていた。

大槻:最初のツアーはベラ(石塚)がコーディネートしたんですけど、非常にガレージパンクな感じになっていて…。筋少でバブリーだった頃は大名行列みたいなツアーをしていたから、あまりにもインディペンデントな演奏旅行に度肝を抜かれた感じでした。でもそれはそれで楽しかったんですよ。ツアーに行った先のライブハウスが開いていなかったりもして。しかも2回くらいあったんだけど、まずそこからなんだもん。

●ハハハ(笑)。

大槻:宿も「ちょっと外に出ます」って出て行くと、フロントに部屋のキーがバ~って並べられるんだよね。「それって勝手に入り放題じゃん!?」と思ったりして。線路の下にあるライブハウスでやった時は電車の演奏より、上を通る(本物の)電車の音のほうが大きいとことかね。

石塚:しかも、パンクバンド大集合みたいなイベントだったよね。そういう酷い目を見たから嫌になって(電車を)辞めちゃったんじゃない?

一同:ハハハハハ(爆笑)。

大槻:いや、そんなことはないよ。酷いのとちがう、インディペンデントな。それはそれですごく楽しかったし、非常に勉強になりましたね。

●サウンドというよりも、ツアーの行程がガレージ・パンクのバンドのような…。

石塚:革ジャンが着たかったんでしょうね(笑)。そういえば、当時のアー写では革ジャンをよく着ているんですよ。

大槻:みんな衣装も決まっていなくて。俺は丸坊主で白いスーツを着て歌ったり、横山やすしみたいなマドロス帽を被ったりとかもしたなぁ。あとはベレー帽をかぶって画家の格好でやったり、電車では最後までキャラが定まらなかったことを覚えていますね(笑)。普通にやれば良かったんだけど。

●そういう方向性も定まっていなかったと。

石塚:一番最初は女装だったからね。

大槻:あっ、そうだ! 日比谷野音のイベントに出た時に、今の電車のメンバーと一緒にやって。あの頃は筋少を辞めたばかりで、色々やりたかったんでしょうね。黒髪のカツラで“女囚さそり”みたいな格好をして、「夢は夜ひらく」とかやったなぁ。その時に“野球”っていうバンドにしようとなって、そこから始まったような…。

●あ、最初は“野球”というバンド名だったんですね。

石塚:そうなんです。でも次に同じメンツでライブをやることになった時に、ポンプさんが間違えて“電車”って言い出したんですよ。

大槻:そうだっけ?

●確かにどちらも漢字2文字ですけど(笑)。その時の間違いによって、バンド名が変わったんですか?

石塚:当時は今みたいにオタクブームでもなかったから、そういう名前でも良いんじゃないかって。インパクトもあるし、(文字の)形もカッコ良いから。

●てっきりメンバー全員、電車が好きなのかと…。

石塚:そうでもないですね。

大槻:僕は電車については全然わからないし、ピンとも来ないですね。“鉄”については…全く興味がない。

●ハハハ(笑)。確かに歌詞の世界観的にも、電車に関するものはあまりない。

大槻:バンド・電車は当初、昭和アングラロマンみたいなものをやろうとしていた記憶はありますね。

●当時は“30代の男たちのアングラロマン”をテーマにしていたそうですが。

石塚:そういうテーマはありましたね。

大槻:自分で言うのも何だけど、電車で書いた僕の歌詞はとても良くて。あの頃はそういうヒラメキが特にあった時期なんだなって、今振り返って思いますね。M-4「テロルおじさん 2014」は9.11のテロ(2001年のアメリカ同時多発テロ事件)の直後に作った曲で、他の曲もみんな意外とサクッとできたんだよな。

●ヒラメキでパッとできた曲が多い。

石塚:冴えていたよね。テーマもすごくて…。

大槻:「生まれてビックリ団 2014」の歌詞なんて、人間の人生というものを総括してまとめちゃっている感じで。自分で言うのも何だけど、一つの文学みたいなものだよなぁ。何か…とても良いんです。

●インディーズならではの自由さもあるのかなと。

大槻:M-2「夢見るショック! 仏小僧 2014」なんて、植物人間の歌ですからね。インディーズだったので、そういう“メジャーだとちょっと難しいかな”という部分を意識して書いたところがあります。そもそも“電車で売れてやろう!”的なことは、あまり考えていなかったから。

石塚:むしろ“やりたいことをやろう!”っていう感じでやっていて。だから、歌詞が上がってきた時はうれしかったですね。あの当時も今も、こういう世界観で見せられるような歌詞って他にあまりないと思うんですよ。

●今振り返ってみても、独自の世界観を持った歌詞になっている。

大槻:「テロルおじさん 2014」は書いた頃から10数年経っていて。だから9.11の頃に少年だった人が今ちょうど青年になっていて、それこそシリアに行こうとしていたりする。“どれを選んでも真理だから”ということを歌っているけど、彼(シリアに行こうとしている青年)はそれを選んだのかっていう…。この前、例のイスラム国の事件を見て、「時は経ったんだな」ってしみじみ思いましたよ。我々だけが何も変わっていない。

石塚:歳だけとってね…。

●でも10年間での進化も、サウンドや歌の面では表現されているのでは?

石塚:当時はできなかったことができるようになったりという部分はあります。

大槻:今回、昔よりも情念を込めずに歌うようになった自分を発見しましたね。昔は振り絞るような感じだったんだけど、今回はあまりそういう歌い方はしなかったな。筋少シャウトがいわゆる“大槻ケンヂっぽい”歌い方だと思うんですよ。でも本当は中音域で、あまりシャウトせずに歌うっていうのも嫌いじゃないというか。電車ではそれをできるところが良いのかもしれない。

●良い意味でのユルさがありますよね。

大槻:このアルバムは、ちょっと眠くなるとこあるね(笑)。でもそれが良いと思っていて。「テロルおじさん 2014」でよく俺は寝てしまう。あのリズムボックスのチャカポコっていう音に催眠効果があるみたいで、眠りに誘われるんです。でもピンク・フロイドの『おせっかい(原題:Meddle)』も聴いていると絶対に寝ちゃうので、それくらいの名盤っていうことですよね。

●とおっしゃられていますが、石塚さんは…?

石塚:初めて聴きました。寝耳に水です(笑)。

一同:ハハハ(笑)。

●そこは意識していないと(笑)。

石塚:僕は曲調とかから曲順を組み立てていったので、別に眠くさせようとは意識していない(笑)。飽きさせないアレンジで10曲を聴かせられるようにはなっているんじゃないかなと思うんだけど…。

大槻:1つのバンドじゃないみたいな感じがする。でも、聴くと納得できる曲順のつながりになっているというか。

●自分たちでも納得のいく作品ができた?

石塚:やっぱり曲は好きだなと改めて思いましたね。あとはさっきも言ったように、大槻くんの歌詞がすごく良いなと。今回はやってみて、良いところしか見えなかったんです。ミックスも僕が全部やったんですけど、最後まで飽きなかったんですよ。

大槻:個人的には30代の自分がこの中にはギッシリ詰まっているなと思っていて。当時は個人的にも筋少を辞めて特撮を始めるとかちょうどそのくらいの合間で、宙ぶらりの時期にやっていたバンドだったんですよ。だから、その時の感覚が焼き付けられているのが印象深いですね。

●感慨深さもあるというか。

大槻:当時出した音源は大人の諸事情により廃盤になっていて、もう再リリースもないだろうなっていう状況にあるんですよ。そうすると幻のバンドになってしまうので、こうやってもう一度リメイクされることで電車を全く知らないという人にも「30代の数年間、確かにこういう時代があった」というのを知ってもらえるのはうれしいな。やっぱりメンバーそれぞれのファンの間でも、電車を聴いたことがないっていう人はいっぱいいるからね。

●ちなみに今後も活動は継続されるんですか…?

石塚:無理のない感じで、ユルく細くやりたいなっていう気持ちがあって。あまりツメツメでやっていくと、生まれるものも生まれなくなっちゃうから。大事にやっていきたいなと思っています。

大槻:筋少や特撮ではハードロック的だけど電車では絶叫せず、もうちょっと落ち着いたテンポで日常的なことを年相応に歌えるかなぁと。小坂忠の『ほうろう』っていうアルバムみたいなものが今やりたいと思っていて。アダルトポップスみたいな感じというか、何というジャンルなのかはわからないけど…。一番近いのは、池の上陽水かな。電車でなら、あの感じが出せるかなと思っているんですよ。あと、今日は来れなかったポンプさんと佐藤さんもまた違う思惑があると思うので、そのへんにも期待して頂きたいですね。

Interview:IMAI
Assistant:馬渡司

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