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まだ見たことのない景色がこの先には広がっている

lynch_main10周年を記念したベストアルバム『10th ANNIVERSARY 2004-2014 THE BEST』を、lynch.が3/11にリリースする。2004年8月、葉月(Vo.)・玲央(G.)・晁直(Dr.)の3人により結成。人間的な魅力を重視し、本当に惹かれ合うメンバーだけが集う中で、2006年に悠介(G.)、2010年に明徳(Ba.)が正式加入して現在の5人となる。そこで“完全体”になったlynch.は2011年6月、メジャーに活動の場を移してからも“ライヴ”という軸をブレさせることなく暴れまわってきた。10年という歳月は彼らにとって一瞬で駆け抜けたかのようであり、数多の経験を重ねた濃密な時間でもあったのかもしれない。その積み重ねた時間と自信の確かさを実証するように、今作に収められた全36曲は最初から最後まで圧巻のクオリティを誇っている。今回新たにレコーディングされたインディーズ時代の楽曲から最近の楽曲も含めて、全てがヘヴィなサウンドと美しいメロディの同居する“アンセム”と呼ぶに相応しいだろう。まさしく記念碑と呼ぶべき作品を完成させた5人に、ロングインタビューを敢行。そこで10年の歩みを振り返ってもらう中で何よりも感じたのは、彼らは過去ではなく未来を既に見据えているということだ。常に遥か高みを目指す5人の男たちは、これから先も最高到達点を更新していくに違いない。

 

「葉月から出てくる音楽にすごく惹かれたので、それにこの2人(玲央と晁直)が肉付けしていくっていうような感覚だったんです。それが最初の音楽的なコンセプトでしたね」

●昨年12/27に新木場STUDIO COASTで行われた10周年記念ライヴでもMCで話されていましたが、玲央さんはlynch.を結成した時点で30歳だったんですよね。“これが最後のバンドになる”というくらいの覚悟もあったんでしょうか?

玲央:いや、それに関しては毎回思っていますね。バンドを始める時にもう次が見えていたら長続きしないというのが、まず1つあって。あとは“いつまでに”というラインを決めた時点で、(そのバンドは)終っていると思うんですよ。僕は“やりたいんだったら(いくつになっても)やればいい”と思うし、“やってやれないことはない”という考え方だから。一昔前の音楽シーンでは「20代の内に花が咲かないとその先はない」とか言われていたんですけど、今はこうやってメジャーとインディーズの垣根が薄くなってきて、レコーディングも自分たちでやれるような時代になってきているじゃないですか。時代の流れと共に“やり方”の選択肢もどんどん広がってきているので、そういった部分で勝算はありましたね。

●バンドとしてのヴィジョンも最初から明確だった?

玲央:“一緒にやりたいメンバーと、長くバンドをやりたい”っていうのがまず最前提にあったんです。だから、それに付随してメンバーの最大公約数で内容を決めていけば良いかなっていうだけでした。逆に「これしかありません。それに賛同してくれる人は集まって下さい」というやり方だと、当初やりたかったことが変わってしまった時に自ずと脱退や解散につながるわけじゃないですか。方法論としては、“人ありき”で始めたというのが最初でしたね。

●玲央さんと共にlynch.を結成した葉月さん、晁直さんのお2人は当初どういう気持ちでしたか?

葉月:逆に僕は“これで最後にしよう”と思っていました。lynch.の前にもいくつかバンドをやっていたんですけど、どれもワンマンができないレベルのまま1年くらいで解散したりしていて。玲央さんは地元の先輩で、当時から有名人だったんですよ。そんなスターみたいな人と一緒にバンドが組めるということで“俺も遂に陽の目を浴びる時が来るのか”みたいな高揚感があって、“よし! これは絶対に成功してやる”と思っていましたね。

●晁直さんはどうでした?

晁直:僕は…続くものだと思っていなかったんですよ。だから最初は、とりあえず(活動を)続けられるだけやってみようという感じでしたね(笑)。

●それは“バンドというのはいつかは解散するものだ”みたいなイメージから?

晁直:そうですね。やっぱり周りにそういうバンドがいっぱいいたので、そういうものだと認識していました。

●こうやって聞くと、3人それぞれに考えていたことが違ったんですね…(笑)。この3人でやりたい音というのは具体的に話し合っていた?

玲央:そこは僕が葉月を誘った理由の1つが大前提にあって。葉月から出てくる音楽にすごく惹かれたので、それにこの2人(玲央と晁直)が肉付けしていくっていうような感覚だったんです。それが最初の音楽的なコンセプトでしたね。

●最初はヴォーカル/ギター/ドラムの3人で始まったわけですが、ベースが正式メンバーでいなかった理由とは?

玲央:ベースも正式メンバーを探してはいたんですけど、差し当たって“こいつと一緒にやりたいな”と思う人間がいなかったから。それだったらサポートメンバーという形でもまずライヴを始めて、バンドとしての経験値を積んだほうがいいなと。「“とりあえず”で入れるのだけはやめよう。そういう人間はすぐ離れることになるから」とは言っていました。

●メンバーが全員決まるのを待つよりも、まず動き出してしまおうと。

玲央:曲もあったし、各々がライヴをやってきた経験もあったから。ライヴって回数を重ねるごとに磨かれていくものなんですよ。逆に言うと、やらないことには磨かれない。あとは地下活動の期間が長すぎると感覚もどんどん鈍ってきちゃうので、準備ができているのであればすぐにでも(表に)出たほうがいいっていうことでした。

●実際、曲作りも含めた準備期間はどのくらいあったんですか?

玲央:2004年8月に結成して、初ライヴが12月末なので4ヶ月くらいですね。でも3人揃ったのが8月ということで、葉月にはもう少し前から声をかけていたんですよ。

葉月:曲だけは随分前から書いていて。前のバンドでは曲を作らせてもらえなかったんですけど、僕は自分で作りたい人だったのでストックはあったんですよ。そういう曲をlynch.でやったりもしました。

●初ライヴは名古屋CLUB QUATTROでのイベント出演だったわけですが。

玲央:ちょうどそのイベントの主催者から「枠があるけど、出てみないか?」と誘って頂いて。自分たちの中でも“お試し”みたいな部分があったので、“シークレットでなら”ということで参加したんです。

●シークレットで出演した理由は何だったんですか?

玲央:2004年にライヴを始めて2006年に悠介が加入するまでの間、僕らは一切メディアに出ていないんですよ。メディアに取り上げられる時って、どうしても“元〜”みたいな肩書きが付いてきちゃうじゃないですか。それをなくすために、(取材は)全部断っていたんです。それよりもイベントでたまたま僕らのライヴを観た時に「あのバンド、カッコ良いよね」となって、「あっ、あの人は前にあのバンドをやっていたんだ」というふうに知ってもらいたかった。個人を売りたかったというよりも、バンドの名前を売りたかったというのがあって。

●先入観のない、まっさらなところからスタートしたかった?

玲央:そうですね。あとは(メンバーの)年齢的な違いもあって。僕が先にバンドを始めていたぶん、どうしても“玲央のバンド”って言われちゃうんじゃないかなというのもあったから。そうじゃなくてメンバー全員横並びで、「3人揃って“lynch.”です」と言いたかったんですよ。

●歳が離れていても、気を遣って意見を言ったりできない関係ではない。

玲央:それはないですね。そうじゃないメンバーだから誘ったというのはあります。

葉月:そもそも誘われた時の返事が「僕に全部、曲を作らせてくれるならいいですよ」ですからね(笑)。

●ハハハ(笑)。

葉月:トガりまくっていますよね(笑)。

玲央:僕も「いいよ〜。そのつもりだった」って(笑)。

●それだけ葉月さんの才能を買っていたということですよね。

玲央:そうです。明徳に関してもそうでしたけどね。「いいよ〜」っていう感じだったから。

明徳:玲央さんは僕に対しても、他の若いバンドに対してもすごくライトに接してくれるんですよ。歳上のバンドマンはもっと偉そうに接してくるのが普通なんだと思っていたんですけど、これだけ丁寧に来られると逆にちょっと怖くて…。初めて会った時から「この人は他とは違う…、危ないぞ…」と思っていました(笑)。

一同:ハハハ(笑)。

●悠介さんは最初に玲央さんと会った印象はどうでしたか?

悠介:僕も玲央さんが前にやっていたバンドのCDを聴いたりしていたので、「あの玲央さんだ!」という感じはあって。そんなに覚えてはいないんですけど、かしこまっていたと思います。

玲央:その時も僕は「どうもどうも〜」っていう感じでしたけどね(笑)。

●悠介さんは最初、ベーシストとして誘われたそうですね。

玲央:ベーシストを探そうということで、2006年の上半期にライヴ活動をストップしていた時期があって。その間に「元々、悠介はベーシストだった」というガセ情報を掴まされて(笑)、ライヴを観に行って声をかけたんです。

●ガセ情報を掴まされたんだ…(笑)。

玲央:そういう経緯もあって最初はベースを持って一緒にスタジオへ入ってもらったんですけど、上手くいかなくて。でも前のバンドでのライヴを観た時に、ギターを弾いている姿がすごく印象に残っていたんです。“じゃあ、いっそのことツインギターにしよう”というところで、「ウチに入らないか?」と誘いました。

●最初にライヴを観た時に、特別な何かを感じた。

玲央:そうですね。自分とも全然タイプが違うし、僕だけじゃなくて他の2人(葉月と晁直)にもないものを持っている。それが絶対にプラスに働くだろうっていう感覚がありました。

●他の2人にないものとは?

葉月:(悠介は)フェミニンですからね。僕ら3人だけでやっていた時はムサい感じだったので(笑)、そこに色が差したというか。

玲央:それまでは、“That's 男!”という感じでしたからね(笑)。

●ハハハ(笑)。

葉月:女性ファンにもアプローチする良いキッカケになったんじゃないですかね(笑)。あと、ギターの音もそういう感じなんですよ。色付けするような感じというか、キーボード的なアプローチをしてきてくれたので。そういうのは僕にもないし、玲央さんも「これは良いぞ」という感じでした。

玲央:(悠介のギターは)妖艶な感じで、色気があるんですよね。

●悠介さんは最初から自分の色を出せていた?

悠介:最初はやっぱり時間がかかりましたけどね。自分はあんまりガツガツ行かない人間なので、“どこまでやっていいんだろう?”っていう感じで探り探りやっている時間が長かったです。

●そこから脱したのはいつ頃?

悠介:シングル『Adore』(2008年)を出した時には、もう吹っ切れていましたね。カップリングの「an illusion」という曲のディレイ・フレーズが出てきた時に、僕が元々好きなテクニックの1つだったので「これをlynch.でやれるんだったら、どんどん出していこう」というふうに気持ちを切り替えていったら、アレンジでもアイデアがポンポン出てくるようになって。それからはわりと自由にできるようになった気がします。

●自分の得意技をそのまま出していいと思えた。

悠介:そうですね。背中を押してくれる何かがなかったら、今も「う〜ん…」となっていたかもしれないです。キッカケがあったので、それ以降はノビノビとできるようになりました。

玲央:最初に悠介が加入した時はベースがまだサポートだったので、バランスを取るのがすごく難しかったと思うんですよ。その中で自分の形を決めなきゃいけなかったというところで、苦労はしたんじゃないかな。

●悠介さんの加入から4年後の2010年に明徳さんが正式加入するわけですが、ベーシストの決定にここまで時間がかかったのはなぜ?

玲央:そこも単純に「こいつと一緒にこの先もやっていきたいな」と思える人間がいなかったというだけですね。インディーズの音源では、葉月がずっとベースを弾いていたというのもあって。明徳の名前を一番最初に挙げたのは、葉月だったんですよ。

葉月:やっぱり自分よりも弾けて、なおかつ若いというのはデカかったですね。(明徳とは)釣りをキッカケに仲良くなったんですけど、たまたま僕の家でベースを弾いているところを見かけたら「この人、意外とベースが弾けるな…」と思って(笑)。

●ベースよりも先に、釣りで仲良くなったと(笑)。

葉月:釣りが先です(笑)。ちょうどその時に「ベースをどうしよう?」という話が出ていたので、「若くて、ベースも弾けそうなのが1人いますけど」ということで(名前を出して)今に至るっていう。

●最初に出会った時も釣りの話をしたそうですね。

葉月:ライブの前だったと思うんですけど、出会いは最低でしたね(笑)。

明徳:名前も名乗らず「釣り好きなんですか!?」って話しかけたという…、ただの無礼な若造でした(笑)。僕はそこ(釣り)しか“つかみ”がないと思ったので、まずはインパクトを残そうという感じで…。その時はまだ別のバンドをやっていたので、そこから仲良くなってlynch.の良いところを盗んでこようと思って突っ込んでいったんですけど、無礼者扱いで終わっちゃいました(笑)。

●でも結果的には仲良くなれた。

葉月:その日の打ち上げでも、当時のサポートベーシストと明徳が釣りの話をしていて。釣った魚の写真を僕も見せてもらったら、その釣果があまりにもすごかったんですよ。「こんなにもすごいヤツなのか…! そういえば“釣り好きなんですか?”とか訊かれたな」と思って…そこからですね。その写真が生命線だったというか、それに救われたんです(笑)。

●ベースというか、釣りの腕前が明徳さんを加入へと導いた(笑)。

葉月:その写真はブラックバスだったんですけど、“ベース”じゃなくて“バス”に救われましたね。スペル(※bass)は一緒なんですけど(笑)。

●良かったですね(笑)。

明徳:本当に良かったです(笑)。

一同:ハハハ(笑)。

 

「結局、バンドって“人”がやっているんですよね。技術力とか名前だとかそういう部分じゃなくて、“その人だからこそできる”っていうところが重要だと思うんですよ。それがバンドだと僕は思うから」

●何はともあれ5人が揃った2010年に、lynch.が完全体になったわけですよね。

玲央:そこでやっと完全体になって。タイミング的にはメジャーデビューする直前だったので、「これでもっと広いところで心置きなく戦えるぞ」っていう感じで意識も高まりましたね。僕らってそういうポイントごとにタイミングを逃さず、上手く掴めているなという感覚があるんですよ。

●明徳さんは最初からバンドに上手くハマったんですか?

明徳:加入してから“どうしていこう?”というのは、自分の中でも二転三転あって。それまでは葉月さんがベースを弾いていたわけで、そこにベーシストとして自分が入ったわけだから個性を出すべきなのかなと思ったり…。だから最初は個性的な感じで色々とやろうと思ったんですけど、それだと何かおかしくなっちゃったんですよ。5人になってバンドが完成したというのが一番大きいことなので、その中のピースとして上手くハマるようにベーシストとしてのあり方をずっと考えていました。今までのバンドではなかったくらい、ベーシストの位置を考えるキッカケになりましたね。

●葉月さんには、求めるベーシスト像みたいなものがあったんでしょうか?

葉月:曲におけるベースの立ち位置みたいなものは僕の中で完成されていたので、そこについては結構話し合いましたね。最初は今に比べると“自分の音が聞こえていて欲しい”というのが(明徳の中で)強かったから、それによって崩れてしまうバランスがたくさんあって。本人にも「それだとこういうことが起こるんだよ」という話をしていたんですけど、当時はまだわからなかったみたいで「この人は何を言っているんだ…?」とか思っていたみたいです(笑)。

明徳:ハハハ…(苦笑)。

●最初は意図がうまく伝わらなかった。

玲央:だから『INFERIORITY COMPLEX』(アルバム/2012年)くらいまでは、2人の間でディスカッションが多かったんですよ。

葉月:レコーディングを繰り返して作品を出していくにつれて、今では“ツーカー”な感じになったんですけどね。

●明徳さんはそこでぶつかっても辞めようとは思わなかった?

明徳:そうですね。

玲央:頑固でした。

葉月:あそこで「辞める」って言い出していたら、相当面白かったですけどね(笑)。

玲央:入ったと思ったら辞めるっていう、一瞬の出来事に…(笑)

明徳:それはそれで伝説になっていたかもしれないですよね(笑)。

●“幻のメンバー”的な(笑)。そもそも加入する時には、強い覚悟があったのでは?

明徳:“入るからには”っていう気持ちはありましたね。だから自分の中では、気負いもメチャクチャあって。“自分との戦い”的なことが本当に多かったです。僕が何かをしなくてもこの人たちはどんどん上がっていくし、そもそもスタートラインが最初から違うわけで。僕は一歩も二歩も後ろの位置からダッシュで追いついていかないといけないのに、さらに4人に引き離されそうになったりもして。色々と考えながら、最初はついていくことに必死でした。

●「この人は何を言っているんだろう…?」とか思いながらも(笑)。

明徳:いやいや(笑)。そこも『EXODUS-EP』(2013年)あたりからはわかるように…。

葉月:本当に最近だな(笑)。

明徳:最近ですね(笑)。そのあたりになると、「葉月さん、今までムチャクチャなことばかり言って、本当にすいませんでした!」っていう気持ちに…。

●そして今ではツーカーになれたと(笑)。ちなみに晁直さんはこの5人になった頃には、もうこのバンドが続いていくという確信を得られていたんでしょうか?

晁直:う〜ん……(長考)。“続けていかなければならない”と今は思っていますけど、いつからそういう気持ちに変わったのかはちょっとわからないです…。バンドに対する責任感は各々あるんですけど、お客さんや周りのスタッフに対してもそれはあって。そういうことを考え始めたあたりから変わってきたのかな。

●このバンドで上がっていけるという確信は持っていたのでは?

晁直:確信ではないですけど、lynch.がやってきたことに対して“間違いではなかった”という想いはあります。10年経った今だから、そう思えているのかもしれないですね。

●今でもバンドはいつ終わるかわからないものだと思っている?

晁直:う〜ん…。そう思わないこともないですけど…、もう簡単にはやめられないというか。

玲央:本当にバンドって、いつ終わってもおかしくないんですよ。そう思うからこそ続ける努力もするわけで。ずっとあると思っているものに対して、人間は努力しないものじゃないですか。そこの認識は他のバンドよりも強く持っていると思います。

●ちなみにこの10年間で、バンド存続の危機みたいなものはあったんでしょうか…?

葉月:今思えば、『INFERIORITY COMPLEX』の頃からしばらくの間は危機だったのかもしれない。“やりたいもの”を探さないとできない状態にあったというか、“次に何をやればいいんだ?”みたいな感じだったから。当時はそんなふうに思っていなかったんですけど、今思えば危機だったかなと思います。

●今はそこをもう脱している?

葉月:今はもう全然そんなことはなくて。“これがやりたい!”というのがあって、それに向けてひたすら作業できていますね。当時はそれがなかったから、まず何をやるのかを考えなきゃいけないのがつらかったんです。

●そういう状況に陥った原因とは?

葉月:あの時は“時代”と“自分たち”というものをすごく比べてしまっていたというか。シーンにおける自分たちの立ち位置や関係性をすごく気にしていて。まず“ヴィジュアル系”というところがあって、そこでメイクをする/しないとか音楽性の問題まで含めて色々とすごく気にしていたなと思います。でも“周りがこうだから、自分たちはこうする”みたいなところから吹っ切れて、好きにやり始めたのが『EXODUS-EP』からなんです。そこからはすごく楽になりましたね。

●『EXODUS-EP』で吹っ切れたと。

葉月:吹っ切れましたね。気にしてもしょうがないと思うようになったというか。メイクを落として自然体でやっていることがカッコ良いわけでは必ずしもないんだというのに気付いた。“ロックなんだからTシャツとジーパンでやれなきゃダメだ”みたいな考えも頭にあったんですけど、“そうじゃないや”っていう。それに気付いてから、かなり楽になりました。

玲央:人には適材適所や向き不向きというものがあって。葉月から“みんなで一度そういう話をしよう”という提案があって、そこで“立ち返ろう。ちゃんと自己分析をした上で次の作品を作ろう”となった結果、できたのが『EXODUS-EP』なんですよ。あの時の葉月の判断は正しかったんだと思いますね。

●それぞれのメンバーが自分自身を見直したというか。

葉月:自分たちにはそれぞれに役割があって、それを思いっきりやろうと思ったんですよ。

●明徳さんが、ベースについて葉月さんの言っている意味をわかるようになったのもちょうどその時期ですよね。

明徳:明確な目標が見つかって、みんなで“そこに向かって行くぞ!”っていう感じで士気が高まっていた時期だったから。そしたら自然と、自分のやるべきことも見えてきましたね。

●そこからライヴでのパフォーマンスや役割も変わってきた?

明徳:そこは自分も気にしていて、どういう立ち居振る舞いでやろうかと色々と試してはいたんです。でもクールな感じで弾いてみた時に、お客さんから「元気ないんですか? そんなのAK(明徳)さんじゃないですよ!」っていう声がいっぱい届いて。そこで“ありのままにライヴしている時がお客さんも見ていて一番楽しいんだ”とわかったんです。ライヴ中は気持ちを全面に出してエモーショナルな感じでやったら、みんなも楽しんでくれるから“俺はこういうふうにやろう”と。僕はわりと素の感じでライヴをやっているほうがみんなも「良い」と言ってくれるので、すごくありがたいですね。

●そもそもメンバー選びの時も人間性を重視していたわけなので、ありのままを出したほうがバンドとしてもいいんでしょうね。

玲央:変に奇をてらったりして、自分が苦手なことを主軸にしなくていいだけの話だと思うんです。結局、バンドって“人”がやっているんですよね。技術力とか名前だとかそういう部分じゃなくて、“その人だからこそできる”っていうところが重要だと思うんですよ。それがバンドだと僕は思うから。

●メンバー全員がそういうことを意識できるようになったのが『EXODUS-EP』以降?

玲央:自分たちが実感できるようになったのは、そのタイミングだと思います。おぼろげに思っていたものを、明確に“こういうものだ”と打ち出すことができたのはそこですね。

 

「これはこれで1つパッケージングされたものとして仕上がったので、次は“2015-2025”を作っていく作業というのがもう始まっていて。“次に次に”という方向に、気持ちは既にシフトしていますね」

●ちなみに今回のベスト盤『10th ANNIVERSARY 2004-2014 THE BEST』では、『EXODUS-EP』からの楽曲がどれもリミックスで収録されていますよね。これはどういった理由から?

葉月:『EXODUS-EP』に関しては、目指している音がその次の『GALLOWS』(アルバム/2014年)と完全に一緒だったんです。録音の手法とかもほとんど一緒だったんですけど、エンジニアさんだけが違ったんですよ。その目指していた音には『GALLOWS』のエンジニアさんのほうが合うなと僕は思ったので、『EXODUS-EP』の収録曲もその方にやって頂きたいというところからでした。絶対にもっと良くなるはずだと思ったので、「何とかお願いします」とレコード会社に無理を言って。

●わりと最近の作品なのになぜリミックスをしているのかと思ったら、そういう理由だったんですね。

葉月:そうなんですよ。逆にそれよりも前の作品になると録り方や目指していた音も『GALLOWS』とは違っているので、今改めてリミックスしてもしょうがないかなというのがあって。インディーズ時代の曲は全部録り直しているんですけど、メジャー以降のものはそれはそれとして確立できているはずなので(『EXODUS-EP』収録曲以外は)基本的にそのまま収録しています。

●インディーズ時代の楽曲をセレクトした基準はどういうものだったんでしょうか?

玲央:どの曲を入れるかという話になった時、一番最初に葉月から「これを入れたい」というのがあって。そこから各々が「それだったら、これも入れよう」という感じで足していきました。

葉月:僕らはシングルを連発しているわけでもないので、いわゆる“ヒット曲”みたいなものはないんですよね。だから自ずと、バンドにとって重要な曲たちを選んでいった感じです。

●その結果、全36曲にもなったと…。

玲央:面白いのは、誰も(収録曲を)減らす方向には考えていないという…(笑)。気にしていたのは(CD1枚の収録容量の)74分以内に収まるかどうかだけでした。

●それはどの曲もこの10年を語る上で欠くことのできないものだから?

玲央:そうですね。どれも不可欠っていう。

●メンバーから「この曲を絶対に入れたい」と言ったものは何かありますか?

玲央:スタッフも含めたチーム全体で話し合って決めたので、どれを誰が出したかまではあんまり覚えていないんですよね。

悠介:最初に出た候補の中に、自分が入れたい曲はほとんど入っていたから。特に自分の意見は出していない気が…。

●明徳さんはお気に入りの1曲というと?

明徳:「I'm sick,b'cuz luv u.」ですね。自分も含めて当時の周りにいたバンドマンがみんな衝撃を受けて…変な言い方ですけど、“一世を風靡”したんですよ(笑)。だから(lynch.に入ってから)ライヴでこの曲を初めてやった時も感動しましたし、再録した時もすごくうれしくて。“この曲がなかったらどうなっていたんだろう?”と思うくらい、すごく大事な曲です。

●「I'm sick〜」もリミックスで収録されていますが、これは会場限定シングル『ANATHEMA(2013年)』に入っていたものが元になっている?

葉月:そのバージョンをリミックスしたものが収録されています。元々この曲を収録している『THE AVOIDED SUN』(2007年/アルバム)の制作時は他にもストックがたくさんあった中で、最後のほうに出てきた曲なんですよ。そこで「あ、こういう曲をやればいいんだ!」と、自分の中でひらめいたというか。「じゃあ、全部これを基準にしなきゃ」と思って、その時あったストックが全部ボツになったんです。そこから全部作り直したというくらいのインパクトがあった曲で。だから、僕もこの曲ができた時は衝撃的でしたね。

●バンドとしても1つの指針になったと。

葉月:そうです。僕的には、この曲にすごく助けられましたね。

玲央:「I'm sick〜」を代表曲とする『THE AVOIDED SUN』を出した頃から、活動がうまくまわり始めたというのもあって。軌道に乗った感覚が当時あったし、その感覚を持たせてくれたのがこの曲でした。

●『THE AVOIDED SUN』に収録されていたものと聴き比べると、自分たちでもすごく進化を感じられるんじゃないですか?

葉月:当時もこれくらいのことをやりたかったんでしょうけど、そこに至るプロセスみたいなものがわからなくて。やっとあの時の理想が今叶えられつつあるという感じですね…どの曲も。

●たとえば初期作の『greedy dead souls』(アルバム/2005年)に入っている「unknown lost a beauty」や「discord number」のような曲は、ライヴを重ねる中で進化を続けてきたのでは?

葉月:どうでしょうね…? いや、そうでもないですよ。

●そうでもないのか(笑)。

葉月:逆にその時ならではの“古さ”という良さがあって。この曲たちは“今風”にしてもしょうがないというか。“これはこれ”という感じがあるので、特に「discord number」とかはライヴテイクを収録したんです。今(スタジオで)録り直してもしょうがないなと思ったから。

●ライヴでやっているのが最新形?

葉月:そうですね。「pulse_」なんかはまさにそういう感じかな。今スタジオで録り直したとしても、ライヴテイクには敵わないだろうなと思って。

●“今が一番カッコ良い”というバンドの在り方を証明できているのかなと。

明徳:本当にそう思ってやっていますからね。もちろん好みはあるから「昔のほうがよかった」と言う人の気持ちもわかるんですけど、そういうバンドになってしまうと惰性で続いている感じになっちゃいそうで…。常に最高なことを追い求めて、それを「カッコ良いね!」と言ってもらえるようにありたいです。

●付録のDVDに収録された10年を振り返るスペシャル映像を見ると、ここまでの変化が目に見えて面白いですよね。最近の映像では本当にリラックスしている感じも伝わってきて。

玲央:当時はやっぱり、すごく気負っている部分があったと思うんです。隙を見せないように鎧で固めていた部分がなくなって、身体1つでも勝負できる自信がついたというのが一番大きいと思います。

葉月:(初期のものに関しては)恥ずかしくて、自分ではあのDVDをあんまり観たくないんですよ(笑)。でもlynch.が好きな人は、絶対に初回完全生産限定盤を買ったほうがいいと思いますね。

●完成した今作を見ると、自分たちでも10年間を振り返るような感覚になれるんじゃないですか?

玲央:こうやって楽曲が並んだの見ると、「頑張ってきたなぁ…」って思います(笑)。でもこれはこれで1つパッケージングされたものとして仕上がったので、次は“2015-2025”を作っていく作業というのがもう始まっていて。“次に次に”という方向に、気持ちは既にシフトしていますね。

●ここから先の10年をもう見据えている。

玲央:僕だけじゃなくて、みんながそういう気持ちだと思いますね。

晁直:先が見えないから何とも言えないですけど、10年やってきて得た自信というのはあるから。“この先もやっていける”という自信は持ちつつ、これからも地道にやっていこうかなと思っています。

●悠介さんと明徳さんは途中から加入したわけですが、ベスト盤の制作を通じてメンバーになる間の時期も含めたlynch.の10年間を追体験できたのでは?

悠介:僕はいち早く入ったことで、先に追体験をしていて。過去の楽曲に自分のベースを入れられたという意味では、今回は明徳にとって一番大きかったんじゃないですかね。

明徳:最初は「インディーズ時代の楽曲はベースだけ録り直しますか?」という話が出ていたんです。その話が出た時に“自分がネックになって、今まではベスト盤が出しにくかったのかな…”と思っちゃったんですよ。でもそこでみんなが「ベースを録り直すんなら、他のパートも全部録り直そう」と言ってくれたのがすごくうれしくて。“ベスト”っていうくらいだから、本当に良い状態で“良いもの”ができたと思います。

●もう次のヴィジョンも見えている?

葉月:実は曲も結構あるんですよ。もうちょっとしたら詰めの作業に入れるくらいにはなってきているから、僕は早くそっちに行きたいんですけどね。

●その前に3月からのツアーもありますからね(笑)。

葉月:ツアーと同時進行で次の作品も作っていくと思います。言っても今回のベスト盤は昔のことなので早く先に進みたくてしょうがない…、絶対にそっちのほうがカッコ良いから。次のアイテムを楽しみにしていて下さい。

Interview:IMAI

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