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GOOD BYE APRIL

声と旋律と言葉が、 まるで水のように身体へと染み込んでいく

PHOTO_GBA2011年に東京で活動をスタートさせたGOOD BYE APRILが記念すべき1stアルバム『ニューフォークロア』を完成させた。天性の声を持つ倉品翔の歌と、その歌の魅力を増幅させるかのごとく宙を舞う旋律と言葉が詰め込まれた今作は、時代やジャンルの垣根を越えて多くの人を魅了するだろう。2016年の現代になぜこのような音楽が産み落とされたのか、GOOD BYE APRILの中心人物である倉品翔に話を訊いた。

 

「今作は“バンドらしさ”を捨てるくらいのつもりで作ったんです。バンドに見えないくらいまでやろうと思って。“歌い継がれるポップスを目指してやっているんだ”ということが、この作品を通して伝わる形で提供する」

●GOOD BYE APRILの音楽と歌とメロディは、倉品さんが持つ声も含めて、ずーっと追求してきた末に鳴らされているような印象を受けたんです。

倉品:はい。

●おそらくいろんな人に言われていると思うんですが、倉品さんの声は、特殊でかけがえのないものだと思うんです。天性の才能というか。「声いいね」ってよく言われるでしょ?

倉品:はい(照)。そう言ってもらえることはあります。

●ということはバンド活動を始める以前から、おそらく歌うことに関して意識的だったと思うんですが。

倉品:歌うことは子供の頃から好きでしたね。それこそ2〜3歳の頃から、サイモン&ガーファンクルを親の影響で聴いていたんですけど。

●は? 2〜3歳でサイモン&ガーファンクル?

倉品:聴いていたのはベスト盤で、1曲目が「Mrs. Robinson」だったんですけど、あの曲を延々とラジカセの前で、デタラメ英語で歌っていたらしいんです。とり憑かれたように。

●すごい赤ちゃんだな。

倉品:たぶんその頃から歌うことは好きだったんですよね。当時のことは当然ながらあまり覚えてないんですけど、「Mrs. Robinson」をずっと歌っていたことは覚えているんです。あの曲が異常に好きだった。で、小学校入るくらいの頃にピアノとギターを始めて。

●英才やん。

倉品:いや、ピアノはたまたま母親の知り合いが先生をやっていて勧められて。ギターは昔バンドマンだった母方の叔父さんが買ってくれたんですけど、自分から「音楽をやりたい」と言った覚えはないんですよ。でも周りから見たら音楽が好きなんだなっていうのはわかっていたんでしょうね。

●ずっと「Mrs. Robinson」歌ってるし。

倉品:ハハハ(笑)。そうなんですよ。あと、僕が住んでいた地域では“家族音楽会”というのがあったんです。公民館みたいなところに集まって、家族でバンドを組んで演奏するっていう。

●ほう。

倉品:それに小学校2年生のときから出て、バンドでチューリップの曲とかを歌っていました。父と僕がギターを弾いて、叔父さんがベースを弾いて、叔父さんの奥さんがキーボードを弾いて。

●ということは、物心がついた頃から音楽はすごく身近なものだった。

倉品:そうですね。“音楽一家”と言えるようなものではないですけど、父もギターが好きで曲を作ったりしていたので。

●それ、“音楽一家”と言っていいと思います。

倉品:バンドを組むきっかけになったのは、中学の国語の先生がドラマーだったからなんですよ。同級生にもバンドをやりたいと言う人が居たから、中学に入っても先生と一緒にバンドを組んで、ライブハウスにも出るようになって。その頃はまだプロを目指そうと思っていなかったんですけど、僕もなぜか小学校のときから曲を作っていたので、中学校に入って組んだバンドでオリジナル曲をやるようになって、弾き語りで近所のライブハウスにも出るようになって。

●いろいろと早いな。

倉品:そうやって人前に出るようになって、初めて“プロになりたいな”という想いを漠然と持つようになったんです。

●なるほど。ということは、今回リリースとなる1stアルバム『ニューフォークロア』は、その頃からの延長線上の作品ということでしょうか?

倉品:そうですね。中学を卒業するくらいから自分で曲を書いて、バンドで演って歌ってということを続けているので、なんとなく“こういう音楽がしたいな”というイメージは漠然と持っていたんです。まあでも、高校生のときなんて自分という人間もちゃんと見定められていないし、バンドで何をしたいというのもあまり定まっていなかったんです。

●はい。

倉品:高校を卒業して、大学に入って、新しいバンドを組んで…最近になってやっとフォーカスが合ってきたというか、漠然としたものがどんどんふるいにかかって。やっと定まってきたかなっていう実感が出てきたのはここ2〜3年ですね。

●つい最近Twitterで「キンモクセイなどフォークバンドの作品を聴いている」とつぶやかれていたり、さっきもチューリップという名前が出てきましたが、あの辺の日本のポップミュージックが持つ普遍性…そういうところをGOOD BYE APRILは目指しているんでしょうか?

倉品:そうですね。中高生の頃はロックバンドに憧れていたんですよ。流行りものに影響を受けるタイプだったので、“かっこいいロックバンドになりたいな”と思ってやっていたんですけど、このバンドを始めて活動を重ねるにつれて、だんだん自分の声とロックが合わないということに気づいていったんです。

●あ、このバンドを始めてからですか。

倉品:はい。GOOD BYE APRILも、最初の頃はギターロックだったんですよ。ライブもノリのいい曲が中心というか。でも自分も年を重ねるにつれて音楽の趣味も変わってきたし、同時に、自分に合う音楽とはちょっと違うなと思うようになって。

●うんうん。

倉品:3年くらい前からこのバンドで僕はピアノを弾くようになったんですけど、歪んだギターよりもピアノの音の方が自分の声に合うと思ったし、あとはこの声で歌うんだったらエモーショナルでガツン! とくるような歌を歌うよりも、もっと伸びやかに歌った方がいいんじゃないかなと。

●自分の個性を改めて認識したと。

倉品:そうですね。“どうやったらもっと活かせるんだろう?”ということを、特にここ2〜3年はずっと考えていて。それがたまたま、自分の音楽の趣味と重なるようにフォーカスが合っていったんです。もともとはOASISとかのギターロックが好きなんですけど、チューリップとかは最近になって改めて聴いてどんどん好きになったんです。古き良き歌謡ポップというか、そういうものをたくさん聴くようになったんです。

●つい最近だったんですね。

倉品:はい。1作前の『アイム・イン・ユー』(2014年10月リリース)は、4人で出せる音だけで完結しようっていう、ある意味ロックバンド的なポリシーで、ポップスとして通用するものをやろうと思っていたんですけど、いざそれをやってみたら、結局ギターロックになってしまったというか。聴いた人の8割くらいがそういう印象を持つだろうなって。

●確かに、以前の方がバンド感が強いですね。

倉品:そうですよね。“バンド”という概念が自分の中にもずっとあったんですけど、そこに捕らわれちゃうとやりたいポップスというものが伝わりづらくなるんじゃないかと。だから今作は“バンドらしさ”を捨てるくらいのつもりで作ったんです。バンドに見えないくらいまでやろうと思って。チューリップとかはっぴいえんどとか、大滝詠一さんもすごく好きなんですけど、“GOOD BYE APRILはああいう歌い継がれるポップスを目指してやっているんだ”ということが、この作品を通して伝わる形で提供することを今回は第一に考えていたんです。

●その感じはすごく伝わりました。アルバムタイトルもそういう意味ですよね。

倉品:だからバンドとしての意志表示ですね。1stアルバムとしては、自分たちにとってはすごく相応しい作品になったと思います。

●今作『ニューフォークロア』からは、J-POP的な“ポップ”ではなく、普遍的な意味としての“ポピュラリティ”をどれだけ追求できるか、というようなマインドを感じたんですね。だからベタに完結させるわけではなく、耳に残って景色も観えて、なおかつ説明過多にならないようなもの。

倉品:はいはい。そうですね。

●倉品さんが考える“ポピュラリティ論”は、どういうところに基準があるんでしょうか?

倉品:うーん…、僕にとってのいちばん大切なところはグッドメロディなんですよ。僕がいちばん自信を持っているのはメロディだし、リスナーの立場になったときもいちばんグッドメロディが好きなんです。

●はい。

倉品:だから第一に旋律がいいものが“ポピュラリティ”を持つと思っていて。でもそれだけではなかなか伝わりづらいところもあるので、それを伝えるための第二のポイントとして声質や演奏のサウンド感があると思うんです。そこに加えて、やっぱり言葉も強くないと“ポピュラリティ”にはならないっていうことを、ここ最近気づいたんです。あまりそういう自覚はなかったんですよね。

●なかったんですか。

倉品:はい。中高生の頃からそうだったんですけど、音楽は音や旋律で聴いていたんですよね。それで感動したりしていたので、あまり言葉にアンテナを張っていなかったんです。でもこのバンドを始めて、歌詞は延本と半々で書いているんですけど、前々作『もうひとりの私』(2013年7月)のときに上田健司さんにプロデュースしてもらった経緯もあって、だんだん言葉の重要性を自覚するようになってきたんです。

●倉品さんの話を聞いてみると、なぜGOOD BYE APRILが今作『ニューフォークロア』のような作品を作ったかがすごく腑に落ちるんですよね。でも一方で、GOOD BYE APRILの音楽と声と歌詞というのはものすごく親和性が高いというか、距離が近くて密着度合いが強いと感じていて。

倉品:はい。

●だからてっきり歌詞は倉品さんが1人で書いているものだと思っていたんです。

倉品:メロディと曲を作った段階で、歌詞は書きたい方が書くんですよ。

●へぇ〜。

倉品:そのメロディに喚起された方が書く、というルールになっていて。2人とも「書きたい」となったら取り合いになるんですけど(笑)、結果的に半々くらいのバランスなんですよね。でもその中で、メロディを作ったタイミングで僕がなんとなく出てきた言葉を乗せているケースもあるんです。デモの段階ではデタラメ語で歌っているんですけど、最初から言葉がバシッとハマっている場合は、延本もそれを活かすんですよね。

●あ、なるほど。

倉品:僕からキーワードセンテンスを指定することもありますし、延本も僕のデタラメ語の母音の動きとかを結構活かして書いてくるんです。

●その言葉とメロディの密着度合いをいちばん感じたのはM-2「君がいなきゃ」なんですけど、“君がいなきゃね”と繰り返す部分…あそこはもう言葉の意味を超えて記号的に鳴っている感じがあるんです。

倉品:まさにあそこは、メロディと同時に“君がいなきゃね”と言っていたんです。それ以上にいい言葉が見つからない。だからその通りに歌うしかないなと思って、その言葉に引っ張られるように歌詞を書いていったんです。

●ちなみに、びっくりした曲が1曲あって、M-3「愛はフロムロンリーハート」なんですけど…曲のタイトルを見て驚いたんですよ。この平成の時代に“「愛はフロムロンリーハート」って!”と。

倉品:アハハハハ(笑)。

●でも曲を聴いたら納得したというか、“確かに愛はフロムロンリーハートだ!”と思ったんです。

倉品:ハハハ(笑)。それは嬉しいですね。

●この言葉とメロディの親和性というのはすごいなと。この曲の作詞は延本さんだし。

倉品:彼女はポップスのセンスがあると思います。例えば松田聖子さんの曲が好きだったり、普段からそういう音楽も好きで、彼女はどっちかというと言葉を聴いているタイプなので、僕よりも引き出しが多いし、言葉のインスピレーションをいっぱい持ってるんです。この曲も僕が響きでなんとなく歌っていたんですけど、その響きから“愛はフロムロンリーハート”を作ったんでしょうね。

●なるほど。延本さんは独自に歌詞を書くというより、倉品さんのメロディをデフォルメしてくれるというか。

倉品:それに彼女は絵を描いたりもするし、独創的で自分の世界を持っている人なんです。それが僕と書いた曲とぴったりマッチすることもあれば、逆に、より独創的になってしまってマッチしないことも以前はありました(笑)。

●おっしゃっていた通り、GOOD BYE APRILがどういう音楽を作ろうとしているか、もっと言えば今後どういう方向に進んでいくかがすごく伝わる1stアルバムになりましたね。リリース後は4/10に渋谷WWWでのワンマンが控えていますが、どのようなライブにしようと思っていますか?

倉品:これが自分たちがこれから進んでいく道の大きな第一歩だと思っているんです。

●はい。

倉品:自分たちがやりたい音楽がようやくCDとして形になった段階で、ライブもちゃんとそれが伝わるライブにしたいんですよね。だからアルバムに参加してもらったゲストミュージシャンを迎えてやるつもりで。WWWもライブハウスですけど、ロックバンドとしてライブするというよりは、普遍的なポップスを作りたくてバンドをやっています、ということがちゃんと伝わるようなワンマンにしたいというか。

●楽しみですね。

倉品:楽しみです。だから普段ライブハウスに足を運んでいるようなキッズだけじゃなくて、コンサートやホールで音楽を楽しんでいるような人たちにも満足して帰ってもらえるような1日にしたいです。

interview:Takeshi.Yamanaka

 
 
 
 

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