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tepPohseen

長きにわたる追求と研磨が生み出した大河の如きロックミュージック

ph_teppohseen福岡で1998年より活動を続ける4人組バンド、tepPohseenが1stアルバム『Some Speedy Kisses』をリリースする。ノイズやコラージュ、前衛音楽を背景にしたサウンドを鳴らしていた結成当初は、その不安定な音程と振る舞いで接触不良を繰り返していたという彼ら。そこから長い年月をかけて音のそぎ落としと研磨を重ねてきた末に辿り着いたのは、大河の如きロックミュージックだ。目指す場所に近付きはすれど、決して到達することはない。終わりなき旅と知りながらも追い求め続ける者にしか現出させ得ない、奈落のような深みを持った音にまずは一歩踏み込んでみて欲しいと願う。

 

「変わったことなんてしたくない。“エフェクターを踏んだりしなくても、ノイズは表現できるんじゃないか?”と思ったことがあって」

●結成は1998年ということで、活動歴はかなり長いんですね。

浅田:そうなんですよ。元々“嫌がらせ”しかしたくなくて、ライブや音源作りを始めたんですけど、それがどこかで急に本気になっちゃって。徐々に“曲を作ろう”と思い始めて、ちょっとずつ勉強していって、人との付き合い方も覚え始めて、やっと今に至る…みたいな感じですね。

●“嫌がらせ”というのは…?

浅田:いつも考え方の始まりがカウンターカルチャー的というか、“何かに対しての何か”なんです。当時はギターポップがすごく流行っていたのに対して「嫌だなぁ。でもこういうバンドの間でノイズを出したらカッコ良いだろうな」みたいな気持ちがまずあって。それに加えて当時のローファイ・ブームみたいなものが自分は好きだったので、その2つが混ざって中途半端な音楽になってしまっていたんです。今考えたら、ただの青い考えなんですけどね(笑)。

●当時はどういうサウンドだったんですか?

浅田:ただツマミをいじっているだけとか、無駄にディレイがかかっているだけとか…。前衛音楽とかノイズがすごく好きだったんですけど、今思えばそういうものの表面しか聴いていなかったんですよね。たとえば自分の嫌いなテレビ番組を録音して、それにノイズを乗せたものを“表現”だと思っていたような時代で。嫌いなバンドの音源をわざと使ってノイズに乗っけたりとか、そういう嫌がらせがしたかったんです。…選挙ポスターの目の部分に押しピンを刺すような感じというか(笑)。

●ハハハ(笑)。やっていた当時はそれを楽しんでいたわけですよね?

浅田:楽しかったんだと思います。…どんどん周りに人がいなくなりましたけど(笑)。

●プロフィールに“不安定な音程と振る舞いは接触不良を繰り返す”と書いていますが、これは人間関係的なことも指している?

浅田:そうです。あんまり言いたくないんですけど、メンバーチェンジが39人くらいはあって…。Guided by Voicesを超えているんです(笑)。

●現在在籍している中で、オリジナルメンバーは浅田さんだけ?

浅田:そうですね。ギター(G.丸山)は今回のレコーディング中に入ったんですけど、Dr.志賀さんやBa.小貫さんとはわりと付き合いも長いので、ずっと一緒にやっている人たちという感覚はあります。

●元々、今と同じようなバンド編成だったんですか?

浅田:元々は2人だけでした。ユニット的な感じでギター1人とツマミ系1人だったんですけど、「俺は普通になりたい!」という気持ちから普通の音楽をやり始めて。

●普通になりたいと思ったんですね。

浅田:自分を正したいというか、救い出したいという気持ちがあって。敷かれたレールから飛び出したいという話はよく聞きますけど、自分の場合は「誰か、俺にレールをくれ!」と思っていましたね。

●それは自由だったということ?

浅田:いや、自由ではなかったんですけど、頭が悪いっていうことへの自己嫌悪と劣等感みたいなものの塊で。「まともにしてくれ!」みたいな感じでした(笑)。

●自分が“まとも”ではないという感覚はあった。

浅田:だから今は、すごく“地味”な音楽をやっているつもりなんです。できるだけ“普通”の、特徴のない音楽を作りたいと思ってやっていますね。変わったことなんてしたくない。“エフェクターを踏んだりしなくても、ノイズは表現できるんじゃないか?”と思ったことがあって。ちゃんと勉強して真面目にやれば、アルペジオとアンサンブルだけでもたぶん自分の気持ちを表現できるんだろうなと思ったんですよ。そういう考えで、今は普通にやっています。

●そういうふうに考えるようになったキッカケとは?

浅田:他のメンバーは新しい音楽も勉強して聴いていくようなタイプなんですけど、僕だけは時代に逆行している感じで今はクラシックとかが好きなんですよ。クラシックの曲ってオペラとかは除いて、基本的には歌詞がなくて。作曲者の気持ちや動機を表現するのに、調・旋律・和音・強弱等を使って表しているんです。それを(バンドの)4人だけでやれたら良いなと思うようになったんですよね。

●tepPohseenの曲には歌詞もありますが、それよりも楽曲全体として何かを伝えるという感覚が強いのかなと思いました。

浅田:表現しにくいんですけど、“歌いたいこと”と“伝えたいこと”と“言いたいこと”って全部違うんです。歌って気持ち良い言葉だったり、相手に伝えたい言葉だったり、1人でボソッと言いたい言葉だったり…というのが分かれていて。歌詞はたぶん“歌いたいこと”でも“伝えたいこと”でもなくて“言いたいこと”なので、個人の感想にとどまるというか。ただ、それを上手く聴き手に印象付けるようなタイミングで歌い出すようにしようという意識はあります。ただ単に歌い出すんじゃなくて、気持ちが整ったところで歌い出すようにするというか。

●M-2「Love is Over」の歌が始まるタイミングは、まさにそういう感じなのかなと。機が熟した時に、歌が始まる感じというか。

浅田:あの曲は自分が「曲作りについてもっと考えよう」と思ったキッカケでもあったので、そう言ってもらえると嬉しいですね。でもやっぱり天才やプロの作曲家ではないので、曲を作ってからの後付けが結構できちゃうんですよ。「あ、ここで歌い始めたのはこういう意味だったんだ」みたいなものが後から出てきたりするので、あんまり言語化はできていないんです。

●理論的にというよりも、感覚でああいう展開になっている。

浅田:歌に関してはそうですね。ただ曲作りに関しては、偶然にできる良い曲はいらないなと思っていて。良くなくてもいいから、自分で全てを管理できる曲を作ろうと思っているんです。だから今は手クセを全部やめて、一音一音全ての音に当たってから次の音を決定するような感じで、偶然による曲作りを停止しました。

●偶然によらない曲作りというのは?

浅田:まずギターを弾かないというところから始めて、頭の中でアルペジオを作って、それを拾っていくんです。

●ギターを持つと、つい手クセが出たりもしますよね。

浅田:そうなんです。ギターを持つと「こっちのほうが良いじゃん」と思うものが出てくる時もあるんですけど、それを否定する。頭の中で作ったものをやりたいから。慣れによる音楽をしないということですね。技術というのは慣れの延長線上にあるものなので、そこの折り合いがすごく難しいんですけど…。

●ただ惰性で曲を作らないようにするというか。そういう部分でも、「Love is Over」はバンドにとって1つの転機になった?

浅田:転機になっていますね。一応その前にできたM-5「Kill City Kill」も今の考え方でフレーズを作ったんですけど、まだ惰性で弾いちゃっているところがあって。その後に作った「Love is Over」は、惰性がかなり少なくなったと思います。それでもまだ現行の演奏とは違っているんですけど、納得はできる。「これでダメならダメでもいいや」と思えるというか。聴いてくれる人に対しても「この曲を飛ばすなら、もう全部飛ばしていいよ」って言えるくらいの気持ちで作れたから、まあいいかなと。

●今回のアルバム『Some Speedy Kisses』には、この曲以前にできたものも多数収録されているわけですが。

浅田:自分自身とは関係のないところで、勝手に歳を取る曲ってあるじゃないですか。昔の曲を今でも「やって欲しい」と言ってくれる人がいるのは嬉しいことなので、そういうものも含めて今作に入れたというところはあって。現在進行形ではないので、これが作品として美しいかどうかはわからないです。ただ、今までライブを観てくれたり、支持してくれた人たちには応えられる内容にはなっているのかなと思います。だから、ちょっとヒストリカルな部分もなきにしもあらずですね。

●一番古いM-7「衛星/宿り木」は1999年作ということで、結成から1年後にできた曲になりますね。

浅田:ギターのコードを覚えたばかりの頃ですね。だから、この曲では“C”と“F”しか使っていないんですよ。1年に1つずつくらいのペースでコードの使い方を覚えて…って、ひどいでしょう?(笑)。

●ハハハ(笑)。でもそれだけしかコードを知らなくても、音楽はやれるんだと。

浅田:やらざるを得なかったっていう感じですけどね。他にやることがなかったので(笑)。古い曲のほうが歌い慣れているぶん、気持ちが歌に乗りやすいのでエモーショナルな印象になるなとは思いますね。ただ、エモい部分はあまり出したくないんですよ。「僕は感情的な人間じゃないです!」と言いたいというか。今回のアルバムにはそういう曲も入っているんですけど、“こういうことをやってきましたよ”という意味もあるので、そこをなかったことにするのも違うかなと思って入れました。本当はもっと無機質な人間になれたらいいなと思っていますけどね。

●でも実際はエモーショナルな人だからこそ、そう思うわけですよね。

浅田:そうなんですよね。だから、苦しいんです(苦笑)。

●今作は初の流通盤ということで、自己紹介的な意味合いもある?

浅田:“自己紹介”というほど他人行儀ではないですけど、ここを踏まえての“これからがありますよ”という感じですね。あと、“誰だって音楽できるんですよ。だから、みんなもやろうよ”みたいなところもあります。ギターなんか奏でなくても、1人で風呂場にマイクを突っ込んでエフェクトをかまして“グワァァァ!”って音を鳴らしたところから始めた自分がギューンカセットからCDを出せるところまで来られたので(笑)、そういうことも言ってはいきたいなと。“みんな、バンドをやったら良いのにな”と思っていた時期もあって。誰でもできるのが音楽で、ただできるからといって(簡単に)やっちゃいけないのも音楽だなという気持ちもちょっとありますね。

●Twitterでも“音楽をする目的なんて決まってますよ。音楽をしなくても気が済む人になる為です"と書かれていましたが。

浅田:“だって音楽をしなくても気が済むんなら、最高だろ?”と思ったりはします。そんなことばかり書いていると“ひねくれ者”と言われるかもしれないけど、僕はそういうつもりでいるから。結局、やめられないんですよ。

●気が済むことなんてないと、実はわかっている。

浅田:たぶんそれが頭の中にはあって、逆説的にそう言っているんだと思います。目的は成し遂げられないから、目的なのかもしれないなって。自分にとって目的が何なのかと言えば、“納得したい”っていうことなのかな。みんな納得したくて、バンドをやっているんだと思うんですよ。それが“楽しみたい”という言い方に変わったりもするのかもしれないけど、僕は楽しくなくていい。とにかく納得したいんです。そういう意味ではまだまだ全然、納得はしていないですね。

Interview:IMAI