音楽メディア・フリーマガジン

イトヲカシ

ネットシーンの片隅からメジャーのど真ん中へ。 王道の音楽を提示する2人が中央突破していく。


ネット発、路上育ちの2人組音楽ユニット・イトヲカシが、満を持して1stフルアルバム『中央突破』を世に放つ。中学時代からの同級生であり、初めて結成したバンドのメンバーでもあるという伊東歌詞太郎(Vo.)と宮田“レフティ”リョウ(Ba./G./Key.)。別々の音楽活動を経て再会し、2012年にイトヲカシを結成してからは破竹の勢いで突き進んできた。Twitterのフォロワー数は2人で62万人を突破、路上ライブ総動員数3万人以上という、ネットとリアルの両方で大きな支持を集める彼らの音楽は2016年9月のメジャーデビュー以降も広がりを見せ続けている。一貫して自分たちが信じる“王道”の音楽を追求し、普遍的な言葉を届けてきた彼らが遂に完成させた今回のフルアルバム。全10曲全てがまさに王道の輝きを放つ、珠玉の名作が誕生した。ネットシーンの片隅からメジャーのど真ん中へ、ここからイトヲカシが中央突破を開始する。

Special Interview #1

「今作ができあがった結果、自然と “まさに僕らがずっとやっている王道の音楽だよね”と。“堂々と中央突破してメジャーのド真ん中に行きたい。王道の音楽をやりたい”という気持ちも込めてこの言葉を選んだから」

●現在は“イトヲカシ second one-man tour2017”をまわっている最中ですが、今作『中央突破』の制作にはいつ頃から取り掛かっていたんでしょうか?

レフティ:レコーディングは冬くらいからやっていて、早めに音源は完成していたんです。

歌詞太郎:“ここでアルバムを出そう”というタイミングをスタッフとも話し合って決めた結果、6月になって。

レフティ:だから新作を引っさげていない状態で、今はツアーをまわっているんですけど。

●ツアーでも新作の曲をやっていたりする?

レフティ:ツアーでも既に、アルバム曲の中から半分以上プレイしているんですよ。

歌詞太郎:だから自分たちの中でも、チャレンジングなツアーにはなっていますね。でも知らない曲を皆さんに聴いてもらうっていうこともアーティストとしての真価が試される状況だと思うので、“しっかり頑張っていかないとな”という気持ちでツアーをまわっています。

●逆に言えば、ツアーに来た人はリリース前に新曲が聴けるわけですよね。

歌詞太郎:何回かセットリストを組み替えながらツアーをまわっているんですけど、その中でもし仮に3〜4回は来てくれている人がいるとしたら、『中央突破』の収録曲はかなり聴けているんじゃないかな。

レフティ:先にシングルでリリースしている曲も多いですし、アルバムに入っている曲もプレイしているから。

●1stシングル『スターダスト/宿り星』と2ndシングル『さいごまで/カナデアイ』に入っていた4曲は今作にも全て収録されているわけですが、最初から全部入れようと思っていたんですか?

歌詞太郎:“両A面シングル”と言っているくらいだから、どちらも大事な曲で。そのどちらかを外すという話は一度も出なかったですね。

レフティ:「入れるよね?」っていう感じで、当然のようにアルバムにも収録しました。

●シングルにも収録されていたM-2「カナデアイ」とM-3「宿り星」はアニメ『双星の陰陽師』のタイアップ曲でしたが、どちらもちゃんと“イトヲカシの曲”としてアルバムに違和感なく溶け込んでいるなと感じました。

歌詞太郎:そう感じてもらえて良かったです。そこは正直、気を遣ったんですよ。自分たちは“アニメのタイアップだから、そこに寄せる”という形では曲を作れないんですよね。それは自分の気持ちに嘘をつくことになっちゃうから。だから自分の思っていることと、アニメの世界観が1つに重なるところを探すようにしていて。その結果、
そう思ってもらえたなら嬉しいですね。

●そうやってタイアップ曲の制作をすることで、表現の幅が広がったりもするのでは?

レフティ:色んな事象を元に曲を作るというところで、やっぱりヒントはもらえますね。そういう中で“自分たちの言葉で自分たちの音楽を作る”っていうことができているから、テーマを頂くことですごく成長できていると思います。

歌詞太郎:何かテーマを決めて曲を作るということは普段やらないので、すごく勉強になるんですよ。そうやって作ったものも他の曲と同じくらい納得できているし、そこから新しい作り方や感覚も学べている気がします。

●昨年9月のメジャーデビュー以降でリリースやライブを通じて得てきた経験が、今回のアルバムにも反映されているんじゃないですか?

歌詞太郎:かなり反映されています。1stシングルの時にインタビューして頂いた時に比べると、実は今の自分たちの考え方は結構変わっていたりするんですよ。根本の部分は絶対に変わらないんだけれど、変わったところもあって。

●変わったところというのは?

歌詞太郎:昔バンドをやっていた頃から感じていたモヤモヤみたいなものが、自分の中にあって。当時も自分で曲を作っていたんですけど、アレンジはバンドメンバーがそれぞれに自分のパートを考えていたんです。その時も何かモヤモヤを感じていたし、それは“伊東歌詞太郎”になってからも、イトヲカシを始めてからもずっとあったんですよ。でもその原因が何かということを2016年からの1年間を通じて、ちょっとずつ言語化できてきたなと。

●自分の中にあるモヤモヤの原因がわかってきた?

歌詞太郎:“伝えたいものは何なのか?”ということを明確にするべきなんじゃないかなと思ったんです。たとえばトラックのカッコ良さを聴かせたいならそこに特化して伝えるべきだし、歌で心やメッセージを届けたいならそこに特化するべきなんだなと。自分はそういうところで今までモヤモヤしていたんだなということを、去年1年間で気づけたんですよね。

●“伝えたいものは何なのか?”を明確にした上で、曲を作らなくてはいけないことに気づいたと。

歌詞太郎:“歌モノがやりたい”っていう考えは5年前にイトヲカシを始めた頃から、僕ら2人の間で一致しているんですよ。でもそこで生み出される曲には、色んな変遷があるというか。“良いメロディと良いメッセージに良いアレンジがついたら最強だな”と思っているんですけど、その“良いアレンジ”というものはレンジが広くて。その曲に合った“良いアレンジ”を考えなくてはいけないんです。たとえばトラック単体でカッコ良いものを作って、そこにメッセージと歌を乗せてもダメなんだなと気づいたんですよね。

●というのは?

歌詞太郎:たとえばトラックにカッコ良いギミックがあった場合、そこがフィーチャーされてしまうから。“歌が良くて歌詞も良くてメロディも良いんだけど、このギミックがたまらないよね”という発信の仕方になると、アーティストのイメージがちょっとぼやけてしまうんです。僕はそこに昔のバンドをやっていた時からずっと違和感を感じていたんだなということを、やっと言語化できるようになってきたんですよ。

●ギミックが目を惹いてしまうことで、曲自体やアーティストの印象がぼやけてしまうことにモヤモヤ感を抱いていた。

歌詞太郎:だからインタビューもそうだし、ブログやSNSでもアーティストは自分が発信することに責任を持たなきゃいけないなとすごく思っていて。たとえばギミックの味つけが濃い音楽を作って、発信する内容がそこに終始してしまった場合、“歌が良くて歌詞が良い”というのはすごく普遍的なものだから印象がぼやけてしまうんです。特に初めて音楽に触れる人にとっては、発信されている言霊の力が強いから、言葉のほうに振れてしまうと思うんですよ。

●たとえばインタビューでギミックのことを中心に話してしまうと、そちらに寄った印象を残してしまう。

歌詞太郎:そうすると“ギミックに凝ったバンドなんだな”と思われてしまって、僕たちが伝えたいことからはすごくズレたところでアーティストのイメージが1人歩きしてしまうんです。それって本当に危ないなと感じたんですよね。

●そうならないようにしようということは、メンバー間でも話し合ったんですか?

歌詞太郎:レフティとは、この話を一切していないですね。曲作りも最初は分業制だったんですよ。まず僕が元になるメロディと歌詞を作ってきて、彼が編曲をしている間に僕はまた歌詞の続きを完成させていくっていう。全く別の空間で曲を作っていくという作業も楽しいし、お互いのセンスを信頼しているので今までこのやり方でもやれていたんです。

●お互いのセンスを信頼しているからこそ、分業で制作してもバラバラにならない。

歌詞太郎:僕の中で、そこには“アップデートもしてくれるだろう”という信頼も含まれていて。だからはっきりとは言わなくても、1stシングルを作った時と今回の『中央突破』を作った時とでは、曲の作り方が完全なる分業制だったところからお互いの“円”が重なる部分が増えてきた感じがあったんですよね。

●全く別個の考え方やセンスで作っているわけではなくて、共有している部分が自然と増えてきた。

歌詞太郎:かなり増えてきましたね。それによってできあがったものは、自分たちが大好きな“シンプルなもの”になっていっているんですよ。僕らは“歌モノを2人で伝えていくぞ”という意識を持っているので、とても良い進化なんじゃないかなと感じていて。そこに至るまではめちゃめちゃ悩んでいたんですけど、結果として今回のアルバムにはそういうことがものすごく反映されています。

●自分たちが大事にしている“歌”が一番に伝わるシンプルなアレンジになっている。

歌詞太郎:今回の作品ではアレンジの時も、一緒に作業することができて。細かいところも話し合いながらできたので、“歌”というものがより伝わりやすい作品になったと思います。人が一度に吸収できる情報量には限りがあって、その“管”の中に何を通していくかとなった時に、オーバーダビングを重ねていけばいくほど、一番伝えたい“歌”の面積が狭くなってしまうと思うんですよ。

●限られた広さしかない管の中にたくさんの音が入ることで、歌の占める割合が狭められてしまう。

歌詞太郎:だから、“引き算をしていきたい”という気持ちがより強くなっていって。でも引き算をするとシンプルになっていくので、1つ1つのトラックにしっかりと意図がないといけないんです。そうやって作っていった結果、一番大事にしたいと思っている歌やメッセージというか、突き詰めれば“心”が伝わりやすい形になっていったなと。そういうものが提言できたアルバムになっていると思います。

●引き算をしていくことで、1つ1つの要素も強度を増していったのかなと。

歌詞太郎:ごまかしが効かなくなることで、ミュージシャンの力量が問われると思うんですよ。特に音数を少なくしていくと、バラードはどんどんシビアになっていく。なぜなら、歌がめちゃくちゃストレートに聴こえてくるから。色んなアーティストを観てきた中で、“バラードって本当にシビアな世界なんだな”とすごく感じているんですよね。でも自分はそこにあえて挑戦していきたいと思っているので、“1つの特徴として出していって良いんじゃないかな”と思っていて。

●バラードをイトヲカシの強みとして出していく。

歌詞太郎:それを今のシンプルな作り方でやるとなるともっとシビアになっていくんですけど、自分としては望むところだなと思っていて。レフティの作るトラック数も減っていっているんですよね。トラック数が減ったぶんだけ今ある音がすごく聴こえやすくなるから、アレンジメントの実力や録った音に対しても真価を問われる方向に向かっているんです。“真価を問うて欲しい”という気持ちもあって、こういう作品になってきているなという感じはします。

●それが責任感を持ってやるということでもありますよね。

歌詞太郎:わかりやすい“良いもの”と、わかりにくい“良いもの”があって。普遍的なものって、すごくわかりにくいんですよ。だからそれ以外のところがフィーチャーされてしまうと、その良さが枯れてしまうんですよね。それって本当に悲しいことだから、我々は責任を持って発信しなくちゃいけないなと思うし、責任を持って曲を作らなくちゃいけないなということも改めて考えています。

●ギミックでインパクトを与えるのではなく、普遍的な歌の魅力をどう伝えていくかというのが一番にあるというか。

歌詞太郎:僕たちがやろうとしていることって、本当に埋もれやすいものだと思うんですよ。もっとギミックを効かせたら簡単なのかもしれないけど、僕らがやりたいのはそれじゃないから。“王道”っていうものには色んな解釈があると思うけど、僕たちの考える“王道”で勝負できると思っているんです。

●“王道を行く”という意思は、『中央突破』というアルバムタイトルにもすごく表れているなと思います。

レフティ:でもアルバムを作る前から、そういう大きなコンセプトがあったわけではなくて。今まで作ってきた曲も含めて、いつも通り“良い作品を作ろう”という感じでどんどん作っていったんです。そうやって今作ができあがった結果、自然と“まさに僕らがずっとやっている王道の音楽だよね”と。“堂々と中央突破してメジャーのド真ん中に行きたい。王道の音楽をやりたい”という気持ちも込めてこの言葉を選んだので、そこが伝わったのは嬉しく思います。

●自分たちが良いと思う曲を作っていった結果、こういう作品になったと。

歌詞太郎:自分が良いと思っているものしか出さないから、結局のところ王道のものばかりが並ぶんです。自分の中では“シングル”や“アルバム”という分け方もしていなくて。テーマを頂いてから楽曲を作ることももちろんあるんですが、基本的には良いと思う曲をどんどんストックしていった中からシングル曲も選んでいます。“これとこれとこれを合わせてこういう作品にしたら、めっちゃ良いね”というふうに作ってきたので、感覚としてはずっと変わらないんですよ。“王道のものを!”と意識したわけじゃなく、僕たちが良いと感じるものが王道だと思っているから。アルバムを作り終えてから振り返った時に改めて“やっぱり王道に行きたいよね”となったので、“じゃあ『中央突破』にしようか”というタイトルのつけ方だったので、気持ちはすごくシンプルですね。

 

Special Interview #2

「“悩みは解決しない”というのがリアルだから、今も悩んでいるわけで。でも“それで良いんだよ”って伝えたくて。そこに救いがあるって思ってもらえるなら良いし、現実の問題では救いがあるかなんて誰にもわからないから、そこまでは絶対に描きたくなかった」

●今作を通して聴いてみた時に、M-1「スタートライン」で始まってM-10「スターダスト」で終わる流れがまるで1本のライブを観ているように感じたんです。

歌詞太郎:それは良かったです。“10曲のライブで自分たちを好きになってもらうには、どうしたら良いかな?”という観点で曲順を考えたので、通して聴いて欲しいという想いはあるんですよね。でも今は色んな選択肢があるから、配信でバラ売りで買ってくれても嬉しくて。ただ、CDを買ってくれる人のためにも全方位的に気は抜きたくないので、通して聴く時は曲順をこちらから提示するべきだと思うんですよ。

●ちゃんと全体の流れも考えた上で、曲順を考えている。

歌詞太郎:もちろん曲単体で聴いてくれても良いし、“この曲はこの曲の次に聴かないと響かないんだよね”というものは一切ないんですけどね。全部良い曲だから360度・全方位に隙のない、自分たちの“良いもの”を作ることができたんじゃないかなと思います。

レフティ:アルバムは色んな側面を見せられるというところがあるので、僕が“良いもの”と思っている範疇の中でも色んなキャラクターがある曲を選んだつもりではあって。そこもアルバムの意義として、楽しんでもらえれば良いなと思っています。

●色んなタイプの曲を選んでいったわけですね。「スタートライン」はタイトルからしてもまさに1曲目という感じですが、そこを意識して作ったんでしょうか?

歌詞太郎:これは3年前に作った曲なんですけど、その時は“アルバムの1曲目にしたい”ということは一切話していなくて。このメロディがあって、その上にこの歌詞が乗ったので「スタートライン」というタイトルになったんです。

●3年前から実はあったと。

歌詞太郎:タイトルもその時から変わっていなくて、当時の自分たちの気持ちを歌っています。たまたまその時の自分たちがここにいてくれたから、迷わず「スタートライン」を今作に入れ込むことができたんです。3年前の自分たちに乾杯ですね(笑)。

●結果的にハマったというか。

歌詞太郎:ハマりましたね。

レフティ:全部のピースが、パズルみたいにハマっていった感覚があります。

●色んな曲が入っている中でも、松岡修造さんにインスピレーションを受けたというM-7「ドンマイ !! 」はまさに応援歌という感じですよね。

歌詞太郎:松岡修造さんを尊敬していて。色んなエピソードを聞いていると、この人は(特定の)誰かを応援したいというよりも、“応援する”という行為を愛しているんじゃないかと思ったんですよ。

●そう言われてみれば、確かに(笑)。

歌詞太郎:みんなそうだと思うんですけど、キツい時に音楽を聴いて元気になることって、間違いなくあるじゃないですか。ミュージシャンなら多かれ少なかれ、“誰かの人生のプラスになりたい”とか“誰かの人生を応援したい”という気持ちがあると思うんですよ。僕らはその割合が高めのアーティストなんじゃないかなと思っていて。そこで応援が一番上手な人は誰かと考えたら、松岡修造さんなんじゃないかなと思うんです。すごく元気をもらえるし、本気で言っているのが伝わってくる。

●本気だから、他人にも響く。

歌詞太郎:修造さんは本気で“応援が好き”だと思うんですけど、僕らの“音楽が好き”という熱量もそれに負けないくらいあると思っていて。それが根幹にあって、“音楽って人を応援できるものだ”と本気で思っちゃっているので、全方位的な応援になったんだと思います。はっきり言って、今作は基本的に10曲全部が応援歌なんですよ。失恋した人や受験生を元気づけたいとか、夢に向かって頑張っている人を応援したいとか色々あって、その中でも「ドンマイ !! 」は単純に“マジ頑張れよ! 気にすんな!”みたいな曲が欲しくて作ったんです。全方位的な応援なんですけど、修造さん方向に近いのがこの曲だと思いますね。

●ド直球の応援歌というか。

レフティ:そういう曲が聴きたい時もあるじゃないですか。誰かに「頑張れ」って言われても、自分の中では“頑張っているし…”と思うことはもちろんあるんだけど、“バカみたいなテンションで頑張っちゃおう!”みたいな気持ちになりたい時もあって。自分たちに向けているメッセージでもあるし、自分たちの曲に救われることもたくさんあるから。色んな角度やシチュエーションで色んな人を応援したいんです。こういう曲を、僕らの中でも欲していた部分はあるかもしれないですね。

●自分たちに向けたメッセージという意味では、M-8「半径 10 メーターの世界」も等身大の想いが出ている曲かなと。

レフティ:“等身大”でしか自分たちはアウトプットできないから。背伸びしても伝わるし、嘘をついても伝わっちゃうんですよね。自分の中から出てくる“ありのまま”をこれからも発信していきたいし、そのスタンスは変えられないかなと思っています。

歌詞太郎:自分たちに嘘をつくということはしたくないんです。嘘をついたら、言霊の力とかアーティストパワーが落ちると思うんですよ。ちゃんと曲の内容をしっかり伝えたいなら、少なくとも音楽に対して嘘はつきたくないなと思っていて。そういう意味で、これからも“等身大でいたい”っていう気持ちはめちゃくちゃ強いですね。

●そういう気持ちがあるから、M-9「ヒトリノセカイ」の歌詞に垣間見えるような自分の弱さも歌えるのでは?

歌詞太郎:間違いないですね。これも応援歌なんですけど、こういう気持ちってみんな持っていると思うんですよ。昔バンドで週2〜3回ライブをやっていた時に毎回お客さんの数がほとんど変わらなくて、すごく悩んでいた時期があったんです。打開策も見つからないまま次のライブを迎えて、本番で一生懸命やってもやっぱり結果は変わらなくて。終演後にライブハウスの裏にある駐輪場でずっと考え込むみたいなことを2〜3年続けていた時の自分は、本当に世界から取り残されている感じがしたんですよね。

●その実体験に基いている。

歌詞太郎:みんなは前進しているけど、自分だけずっと足踏みしている感じがして“どうしたら良いんだろう?”って、すごく悩んでいたんですよ。それって、解決策がないから悩んでいたんだと思うんです。でも今振り返ってみると、そういう想いを抱えている人ってミュージシャンだけに限らなくて、どんな仕事をしていてもどんな生き方をしていてもどこかにあるわけで。この曲は、そういう人たちの心の底に響くんじゃないかなと思います。だって、これは俺が心の底から思って本当に悩んでいたことだから。

●本当に悩んでいた気持ちを隠さず描いているからこそ、共感も生まれるというか。

歌詞太郎:この世って、ハッピーエンドじゃないんですよ。ハッピーエンドもバッドエンドもないまぜになっているから、“必ず幸せになるよ”という言葉にもリアリティを感じない。「ヒトリノセカイ」に関しても、何にも解決していないんですよね。“悩みは解決しない”というのがリアルだから、今も悩んでいるわけで。でも“それで良いんだよ”って伝えたくて。そこに救いがあるって思ってもらえるなら良いし、現実の問題では救いがあるかなんて誰にもわからないから、そこまでは絶対に描きたくなかったですね。

●嘘や気休めは書いていないわけですよね。

歌詞太郎:そこをカッコつけず装飾もせずに出すことができたら、誰かの救いになるんじゃないかなと。そういうふうに思えば、「ヒトリノセカイ」は応援歌から一番遠いように見えるかもしれないけど、これも俺にとっては1つの応援歌なんです。

レフティ:歌詞を読んで思ったんですけど、僕も多かれ少なかれそういう経験はしてきて。この世界にただ1人取り残されたような感覚というのは、誰しも生きている上で味わったことがあると思うんです。“それを味わったのは僕だけじゃない”というのはすごく救いになるんですよね。(この歌詞を読むと)色んな場所で言葉にできない想いを“あぁ”って叫んでいる映像が浮かんできて、それが逆に1つの集合体のように感じたというか。そういう意味でも、“救われるな”と思いました。

●実際にすぐ隣にいるレフティくんへの応援歌にもなっているわけですね。

歌詞太郎:それはすごく嬉しいですね。どう解釈するかというのは、曲を聴いた人がつけてくれる価値だと思っているんですよ。でもこれが“救いになった”と言ってくれるんだったらどういう解釈であれ、この曲が生まれた意味を感じられるので嬉しいです。

●M-5「はちみつ色の月」で描かれている情景も、実際に見た経験から?

歌詞太郎:僕はいつも隅田川沿いの東京タワーが見える場所で曲を書くんですけど、すごくインスピレーションが湧くんですよね。めちゃくちゃ好きな場所があって、僕が作った曲の7割くらいはそこで生まれているんです。色んなビルが立ち並んでいる都会から、川を挟むと東京の下町になるっていうのがすごく好きで。タワーマンションとかの夜景がきれいなんですよね。そこに東京タワーやスカイツリーがあって、その情景を川を挟んで下町の人情溢れる場所から眺めるっていうシチュエーションって、日本でも東京の下町じゃないとできないんじゃないかなと思うんですよ。そこで育った身としては、本当に自分の人生で大切な風景なんです。「はちみつ色の月」には、そういう自分が今まで見てきた風景を描き込みたかったという想いが強く出ていますね。

レフティ:僕も川沿いに住んでいたことがあったので、そのノスタルジックさは共感できますね。そこから呼ばれたアレンジにもなっているので、ノスタルジックさが前面に出る作品になったなと思います。

●この曲で本物のレズリースピーカーを使ったのも、そういうところから?

レフティ:本物を使えたのもすごく良い体験だったし、自分の思い出もフラッシュバックして重ねられるようなサウンドに仕上がっているんじゃないかなと思います。

●ほとんどオーバーダビングしていないというM-4「あなたが好き」も、楽曲の世界観を引き立たせるサウンドアレンジになっているなと感じました。

レフティ:これも曲に呼ばれて出てきたんです。初めはピアノでシンプルに弾き語りから入って、すごく人間臭いものにしたかったんですよ。そういう熱量や温度感を伝えたいなと思ったので、この曲に関してはオケは一斉に録りました。いつもはギターに関してオーバーダビングしたりもするんですけど、この曲はスタジオにギタリストをもう1人呼んでアコギとエレキを持って“せーの”で録って。そうすることで歌の世界観により深く入ってもらえるかなと思ったし、そこは上手く表現できたので良かったですね。

●“あなたが好き”と素直に伝える歌だからこそ、そういうアレンジになったわけですね。

レフティ:そこをより広げるというのは“手法”でしかなくて、“根本”ではないから。そこはすごく表現できたんじゃないかなと思います。

歌詞太郎:これは女性目線で書いた歌なんです。我々は男性ですけど何十%かは女性的な部分を持っているし、女性も何十%かは男性的な部分を持っているなと、色んな人を見てきて感じるんですよね。この曲に関しては、メロディと歌詞が両方同時に出てきたんですよ。“あなたが好き”というメロディのサビが出てきた時に、自分の中の“女性”が歌いたがっているような気がして。

●メロディと歌詞が浮かんだ時に、イメージも湧いてきた。

歌詞太郎:“私には 何もできないけど”というフレーズがすごく自分でもしっくりきたんです。これは男女共にある気持ちだと思うんですよ。自分の好きな人と一緒にいたいけど、かと言ってその人が自分を好きになってくれる確率なんて低いじゃないですか。35億人くらい異性がいる中で自分を好きになってくれる確率なんて本当に低いから、“せめてそばにいたい”という想いがあって。

●ただ、好きな人のそばにいたいと。

歌詞太郎:もし運良くパートナーになることができたら、“せっかくならその人の役に立っているという実感を得たい”という気持ちが出てくると思うんですよ。“この人は今、自分がいないとダメなんだな”とか、そういう気持ちは女性のほうが強いんじゃないかなと感じているんです。だから女性目線で“私に何ができるのかわからないし、もしかしたら何の役にも立てないかもしれないけど、あなたのそばにいさせてもらえませんか”という気持ちを書いて。でもそういう部分って男性も持っていると思うので、すごく普遍的な気持ちを描くことができたんじゃないかなと感じています。

●一緒にいるのは何かメリットがあるからじゃなくて、“風のように 花のように ただそばに”いられるような関係性が大きいというか。

歌詞太郎:それって“仕事”とかではないじゃないですか。でもそこに意味を求めてしまうのが人間でもあるんでしょうけどね。“風が吹く”って当たり前のことなんだけど、“それくらい当たり前で良いから、せめてずっとそばにいさせて”って美しい願いだなと感じるので、そういうことを書きたかったんです。

●“あなたが好き”というのも誰もが抱く気持ちですが、1曲1曲がそういう普遍性や王道を表しているものになっているなと思います。

歌詞太郎:自分たちの考える“王道”というものを出せたんじゃないかなとは強く思いますね。

●イトヲカシとして初のフルアルバムということで、自分たちらしい作品ができたという実感もあるのでは?

歌詞太郎:とてもあります。

レフティ:僕自身にとってもフルアルバムを作るというのは人生初だったので、“幸せだな”と思いましたね。真摯に音楽と向き合える時間があって、“一緒に良いものを作ろう”という気持ちを持ったミュージシャンやエンジニアやスタッフとスタジオに入って、音楽をアウトプットするということをどれだけの人ができるだろうかと思うんです。“自分で作る”だけならできるかもしれないけど、“自分の持っているイメージを可能な限り形にできる”環境にいる人は多くはないだろうから。そういうことができたので、本当に幸せだなと思いました。

●今作を経て、また1つ成長できたという感覚もあるんじゃないですか?

歌詞太郎:1stシングルや2ndシングルを作った時と今では、作り方も大きく変わっていて。アウトラインは変わっていないんだけど、心持ちが違いますね。そこは3年前の自分にはないものなので、その時よりは成長できているんじゃないかなという実感はあります。

レフティ:今作を作るにあたって数年前に作った自分のトラックを紐解いていった時に、1つ1つの音に対する信念みたいなものが今は明確に強くなっているなと感じたんです。もちろん“この時はそういう手法だったのかな”と思うだけで“良し悪し”ということではないんですけど、今は“ここにこれを入れた意図“を基本的に説明できるようになっていて。“とりあえず入れておこうか”ではなくなってきたところは、成長した部分だと思います。

●今作を作って得られた自信が、ツアーでの反応を見ることでさらに増していくのかなと。

歌詞太郎:それはすごくありますね。既にまわったツアー会場でも、お客さんの反応がダイレクトに伝わってくるから。お手紙も頂くんですけど、“この曲をこういうふうに受け止めてくれるんだ”と思うこともあって。僕らの曲に、みんなが価値をつけてくれるんですよね。ライブだと音源で聴いた印象とまた違うだろうし、今回はリリース前のツアーなのでより多くの価値をつけてもらえるんじゃないかなと思っています。

Interview:IMAI
Assistant:室井健吾

 

 

 
 
 
 

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