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トキノマキナ

最先端テクノロジーで描き出すセクシーでクールな電子音の海をアンドロイドの歌姫が自由自在に浮遊する

東大阪の中小企業“有限会社時野機械工業”が生んだアンドロイドと整備係長という設定で活動する、関西在住の野中比喩と関東在住のPROTOTYPE-AI(=岡係長)による遠隔宅録ユニット、トキノマキナ。サラウンドシステムを持ち込んだ3Dライブも行っている彼らが、初の全国流通盤1stアルバム『MECHANOPHILIA』をリリースする。株式会社アコースティックフィールドの技術提供による3Dミックス音源となっている本作の発売を記念して、同社の代表取締役である久保二朗氏もゲストに迎え、メンバー2人にじっくりと話を訊いた。

 

「ライブになると、私は基本的に制御不能なんですよ。曲が始まると、いつの間にか係長の横からいなくなっているという状態で…」

●比喩さんと係長は元々、インターネット上で知り合ったそうですね。

比喩:そうなんです。今流行りの“ネット上のつながり”というやつで。

係長:出会い系…(笑)。

●出会い系って(笑)。

比喩:“出会い系Twitter”というやつですね(笑)。

係長:元々、僕は関西在住だったんですけど、仕事で関東に単身赴任してきて。せっかく関東に来たので新しいグループを始めようかなと思って、色んなメンバー募集のサイトに登録して何人か会ってみたんですよ。エレクトロでサイバーパンクっぽいテクノを女性ボーカルを入れてやりたいなと思っていたんですけど、なかなか良い人に出会わなかったんですよね。

●最初は良い出会いがなかったんですね。

係長:それで“これはいっそTwitterで呼びかけてみるか”と思って。SoundCloudに曲をアップして、“こんな曲をやるつもりなんですけど、誰か声で参加してくれませんか?”とつぶやいたら、比喩さんから「私、関西に住んでるんですけど…」みたいな感じでDMがこそっと届いたんです。

●こそっとなんだ(笑)。

係長:元々、ライブをやることはあまり想定していなかったんですよ。トラックを作ってSoundCloudにアップして聴いてもらおうというくらいだったので、「関西在住でも大丈夫ですよ。ファイルのやり取りはできますか?」と返したら、「家でボーカルも録れます」ということだったので、願ったり叶ったりだと思って。それで曲を聴いてもらったら、比喩さんがすごく乗り気になってくれたんです。

比喩:逆に私はなぜこの人の曲に対して“自分が歌う”という人が名乗り出てこないのか、すごく不思議で。だから最初は“この人は性格に難があるんじゃないか…?”と思っていました。

●ハハハ(笑)。人間的に問題があるんじゃないかと疑っていたと。

比喩:そういう理由でもない限り、普通はすぐにボーカルが見つかるだろうと思ったから。

●それくらいトラックのクオリティが高かった?

比喩:そうなんですよ。だから出会い系サイトでいうところの“逆ナン”みたいな感じですね(笑)。私のほうから声をかけさせて頂きました。

●なぜにたとえが全て出会い系…(笑)。係長は比喩さんの声に対して、どんな印象でしたか?

係長:連絡をもらってから“どんな人なんやろう?”と思って、Twitterに上がっていた動画を見てみたんですよ。そしたらスクール水着を来た人がボイスエフェクターを使って、変な声で歌っていて…(笑)。でもそれを聴いて“エレクトロ声やん!”と思ったんです。声のキャラクターも僕の求めているものにすごく近かったので、これはもう渡りに船だということでお願いしました。

●“東大阪の中小企業が生んだアンドロイドと整備係長”という設定は、最初からあったんですか?

係長:いや、ないです。最初は全然そういうことは想定していなくて、初ライブの前日に決まったんですよね。

比喩:そこでまず“有限会社時野機械工業”という設定が決まって。服装もサイバーパンクな感じだったし、「じゃあ私は有限会社時野機械工業が作ったアンドロイドという設定にします」と言ったんです。

●初ライブの前日に思い付きで決まったと。

係長:そこで「比喩さんがアンドロイドでやるなら、僕は会社員という設定でスーツを着るわ」となって。そこから僕は“係長”を名乗るようになったんです。

比喩:“役職はもっと上のほうが良いんじゃないですか?”と言ったんですけど、“責任を取りたくないので係長で”という判断になりました(笑)。

●ちょうど良い塩梅の役職が係長だった(笑)。衣装やヴィジュアル面は、比喩さんが考えている?

係長:そうです。さすがに初めて猫耳を付けてきた時は「それはあざといよ」と言いましたけどね(笑)。でもそれはそれで良いかなと思って。

比喩:ヘッドホンを身に付けたいというのと、“猫型ロボット”という設定でやりたいという2つの理由があったんですよ。“東大阪の中小企業が作った猫型ロボット”という形で出たら面白いかなと、自分では思っていたんですけど…。ライブでも“猫だし、高いところに昇っても良いかな”とか思っているうちに、だんだんタガが外れてきて。とにかく“楽しいことをしよう〜”という感じになってきました。

●ライブでは高いところに昇ったりするんですね。

係長:いきなり客席に降りたり、高いところから飛び降りたりするからビックリしますね。“あれっ、いない?”と思ったら、急に“ドンッ!”という音がして飛び降りているっていう…。彼女はめちゃくちゃ自由なんです。

比喩:ライブになると、私は基本的に制御不能なんですよ。曲が始まると、いつの間にか係長の横からいなくなっているという状態で…。

●それはパフォーマンスとして、意識的にやっているわけではない?

比喩:たぶん最初はパフォーマンスとしてやっていたと思うんですよ。元々ソロ活動のステージでそういうことを始めたキッカケとして、自分が作っている特殊メイクの耐久性を確かめるために色々とムチャをしていたという部分があって。あと、じっとしていると、自分の半目の顔とかを思い出しちゃうんですよね…。

●半目の顔…?

比喩:元々は“私の特殊メイクは映画でも使えるくらいのものなんだ!”ということを証明する目的でライブをやっていたんですけど、アイドルっぽいフリフリの衣装でやってみたらカメラを向けられるようになって。その時にこれまでのことを思い出して“自分は半目の写真とかもめっちゃ多いし、このまま撮られたらヤバい!”と思ったんです。だったら高いところに昇ったり、客席に突っ込んだりしたほうが楽しいし、身体を動かしていると自分の負の面を完全に隠せるんですよね。それに気付いてからは、ずっとそういう感じでやっています。

係長:僕が色々と口出しするよりは、比喩さんは自由にやらせておいたほうが絶対に良いから。“ご自由にどうぞ”という感じですね。

●放し飼いにしている(笑)。サラウンドライブをやるというイメージも、最初からあったんでしょうか?

係長:サラウンドに関しては、僕が音楽を始めた当初からずっとやりたかったことなんですよ。元々はカセットデッキのピンポン録音から始めたんですけど、その頃からステレオのLRだけじゃつまらないと思っていて。音が色んな方向から聞こえてきて欲しいと思っていたんです。

●昔からやりたいと思っていたんですね。

係長:当時から冨田勲先生は既にライブでサラウンドを実現されていたので、僕もあんなことがやりたいなとずっと思っていたんですよ。『鉄腕アトム』の音も作られていた大野松雄先生も位相コントロールというものでサラウンドを実現されていたので、その方のアシスタントみたいな形でやらせてもらっていた時期もあって。自分でも色んなことを試しながらやってきたんですけど、“もうちょっと何かやりようがあるんじゃないか…?”とずっと考えていたんです。

●色々と試行錯誤していた経緯がある。

係長:そういう中で何年か前に単身赴任で関東にやってきてから、仕事の関係で出会った方に“サラウンドですごいことをやっている人がいる”ということでアコースティックフィールドの久保さんを紹介して頂いたんです。その紹介して頂いた方に「新しくトキノマキナというユニットを始めて、今度ライブをやるんです」という話をしたら、「サラウンドでやりたくないですか?」と言ってくれたので「ぜひ!」とお願いしました。だから、初ライブの時にはもう久保さんにサラウンドをやって頂くことも決まっていたんですよ。

●初ライブからサラウンドでやっていたと。

係長:僕自身も最初は何をどうやったら良いのかわからなかったので、久保さんにお任せしていて。どういうふうに要望したら、自分が望むような音が返ってくるのかもその当時はまだわからなかったから。

●そこからライブを重ねていく中で試行錯誤していったんでしょうか?

係長:そうですね。1回ライブをやると“ああ、なるほど”とわかるところがあるので、そこで僕も要望が出しやすくなって。何回かやっている中で久保さんという人もわかってくるし…。

比喩:今はすごく仲良しですからね(笑)。私は“サラウンド”というもの自体を知らなかったので、係長が「サラウンドの打ち合わせに行ってくるわ〜」とか言っている時も、“サラウンドって何やろう…?”と思っていて。“まあ当日、会場に行ったらわかるやろ〜”くらいのつもりでいたんです。

●現場に行くまで、想像もしていなかった。

久保:だから、最初に見た時はビックリしていましたね(笑)。大きなスピーカーを4本とサブウーファーも持ち込んで、プロのPAチームと組んで現場に臨んだので結構な人数がいて。

比喩:初ライブの時が、実は一番セットがすごかったんです。私は現場に知り合いが係長しかいない状態で、“どうしたらいいんやろう…?”っていう感じでした(笑)。

●サウンドシステムもライブを重ねる中で、最適なものに変わっていった?

久保:そうですね。最初のライブはちょうど別のプロジェクトが進んでいる中の1つとしてお手伝いしたので、それだけの物量になってしまったんです。そこで1回やってみたら面白かったので、その後は僕がタイミングの合う時に単独で手伝うようになって。自分としても“手軽にサラウンドって楽しめるんですよ”ということを示したいので、今はだいぶシンプルになっています。

係長:2回目のライブが名古屋だったんですけど、そこからは今使っているのと同じシステムを持ち込んでやって頂いていますね。

●そうやってライブで培ってきた経験を、今回の1stアルバム『MECHANOPHILIA』でも活かしている?

久保:いや、ライブと今回の音源は全く別物なんです。逆にライブでやるものも、別に今回の音源に沿ったものではなくて。

係長:実際にスピーカーを立ててやるサラウンドと、ヘッドホンの中でやる立体音響というのは全く別物なんですよ。久保さんは“HPL”というヘッドホンリスニング用のプロセッサーを開発しておられて、そのデモンストレーションで僕たちの曲も使って頂いているんです。そこで“こんな面白いものがあるんや!”と知って、今回はそのHPLプロセッサーをお借りして、久保さんに3Dミックス用のシステムも組んで頂いた上で自分で作業しました。

●久保さんの技術協力のもとで作っていったと。

係長:ただ、本来HPLプロセッサーというのはミックスした音源を通して立体的にスピーカーの音場を再現しようというものなんですけど、僕は今回エフェクター的な使い方をさせてもらったんですよ。たとえば奥に行かせたい音にはHPLプロセッサーを使って、ヘッドホンで聴いているのにスピーカーで聴いているような距離感を出したい音のみにかけたりして。あと、“原音”といういわゆるドライの音をミックスして遠近感を調整したりもしています。久保さんには、“こんな使い方をしやがって…”と思われているかもしれないですけどね(笑)。

久保:僕としては“好きに使って下さい”というスタンスなんですよね。オモチャみたいなものなので、どう使って頂いても構わないんですよ。アーティストによっては自分で使えない人もいるので、その場合は僕が全部ミックスしたりもするんです。でも係長の場合は自分でできるということがライブを通じてわかっていたので、そういう人にはもう預けて自分でやってもらったほうが良い作品になるだろうなと思って。

●係長自身は、理想に近いものが作れたという感覚はありますか?

係長:久保さんに全面的に協力して頂いたおかげで、今回はようやく理想の音源ができた気がしています。長いこと自主制作で音源を作ったりもしてきたんですが、ようやく理想のものができたかなと。まだまだ、“もっと他にやれることがあるんとちゃうか?”みたいなところもありますけどね(笑)。

比喩:係長は欲が強いから…(笑)。

●まずは実際に今回の音源をヘッドホンで聴いてみないと、すごさが伝わらない面もあるのかなと思います。

係長:そうなんですよ。だから、ぜひ聴いて欲しいですね。ただ、“耳元で鳴る音、真ん中で鳴る音、一番奥で鳴る音”という3つのレイヤーで考えて、すごく繊細な音の組み方をしているので、電車や車の中で聴くと若干わかりづらい面があるかもしれない。できるだけ静かな環境で、ヘッドホンからの音だけが聞こえるような環境で聴いて頂けると、僕の意図した音が聞こえてくるような気がしますね。

比喩:“気持ちが届く”っていうことですね!

Interview:IMAI

 

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