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稲冨英樹+小池克典

暖かでどこか哀しみを漂わせる音が、 ここではないどこかへと誘っていく。

共に80年代前半から京都を中心に音楽活動を始めた、シンガーソングライター・稲冨英樹と凄腕ピアニスト・小池克典によるデュオが2ndアルバム『Au Revoir les Enfants さよなら こどもたち』を完成させた。宮部らぐの(G.)、Meg Mazaki(Dr.)、フジコ(Cho.)という多彩なゲストを迎えて制作した今作は、冬の朝に届いた行方知れずの友からの手紙のよう。暖かさの中にも哀しみを漂わせる歌と、サイケやプログレからの影響も感じさせるバンドサウンドが、“ここではないどこか”へと誘っていく。そんな不思議な魅力を持ったアルバム制作の経緯に迫る、稲冨英樹・単独インタビュー。

 

「“冬のこども”という言葉は、自分の中で“かつていた存在”を意味しているというか。そういうものに対して、“また会えたらな”という想いが入っているんです」

●“稲冨英樹+小池克典”のデュオとして初めてライブをやったのは2008年11月だそうですが、キッカケは何だったんでしょうか?

稲冨:小池さんとは昔から知り合いで、歳も1つしか変わらないんです。80年代後半頃に知り合ったんですけど、当時の僕はローリング・ストーンズやブルースばかり聴いていて。当時はb-flowerのメンバーとして活動していた小池さんから、ネオアコやマンチェスター系の音楽を色々と教えてもらったりしたんですよ。そういう感じで個人的な友人関係はあったんですけど、2007年頃に僕が弾き語りでライブをやった時にアコーディオンで参加してもらったことがあって。それが下敷きになって、ピアノとアコースティックギターという編成で2008年から本格的に活動を始めた感じですね。

●2人で最初にやったのは、PYG(※1970年代初頭にグループサウンズの三大巨頭であるザ・タイガース、ザ・テンプターズ、ザ・スパイダースのメンバーが集結して結成したバンド)のカバーだそうですね。

稲冨:PYGの「花・太陽・雨」をカバーしました。小池さんは沢田研二さんやショーケン(※萩原健一)さんが元々好きで、いわゆる昭和の歌謡曲から洋楽ではブリティッシュロック/プログレからアメリカンロックまで幅広くカバーしている人なんです。色んなものを教えてもらったりもしたので、音楽的には小池さんからの影響はすごく大きいと思いますね。

●曲に関しては、稲冨さんが元になるものを持ってくる感じでしょうか?

稲冨:CDのクレジットでは大半が2人の共作名義になっているんですけど、歌詞と基本のコード進行を持ってくるのは僕が多いですね。そこからスタジオで一緒に構成を考えたり、小節数を減らしたり増やしたりといったするんですよ。そういうアレンジ的な面での小池さんの貢献度がすごく大きいので、クレジットは連名にしているんです。

●なるほど。今作『Au Revoir les Enfants さよなら こどもたち』に収録した中には、古い曲もあったりするんですか?

稲冨:20代前半からやっているドールハウスというバンドがあって、M-2「花火」はそのバンド用に90年代後半頃に作った曲なんですよ。それを今回、小池さんと一緒にやっています。

●稲冨さんのセルフライナーノーツによると、M-3「ハミングバード」も1995年頃に作った曲だそうですね。

稲冨:そうですね。リズムから作った曲なんですけど、当初はアコースティックのレゲエ・ヴァージョンで演奏していたんですよ。

●今作の収録ヴァージョンを聴くと、あまりレゲエ感はないようにも感じるのですが…。

稲冨:70年代のジャマイカのレゲエとは違って、イギリスのUB40みたいなメローなレゲエのイメージがあって。あと、小池さんと一緒にやろうと思ってスタジオに持っていったら、いつの間にか3連にされちゃったという…(笑)。

●そういう経緯があったと。稲冨さんのTwitterをさかのぼって見てみると、2015年4月に“レコーディングしたいなあ。ちゅうかするぞ「稲冨+小池」で。形にしたい曲もボチボチと”(※原文ママ)と書かれていたんです。それが今回、形になったという感じでしょうか?

稲冨:それがこのアルバムなんです。だから、3年以上かかったということですね…。

●それだけ時間がかかった理由とは?

稲冨:大きな理由として、レコーディングに入る前に(作品全体の)青写真がなかったんですよ。ライブアレンジとしてピアノとギターとボーカル、必要に応じてコーラスという楽曲の構成まではできていたんですけど、そこからどう展開するかが決まっていなかったんです。

●どういう作品にするか定まっていなかったんですね。

稲冨:だからとりあえず1回ベーシックを録って、そこから考えてみようという感じでした。何か必要があればその都度、上に重ねていくというやり方で作っていって。〆切がないというのもあったんですけど、のんびりと1ヶ月に1回くらい数時間スタジオに入って録るというのを繰り返して今に至る…という感じですね。

●作品の青写真も、そういう中で次第に見えてきたんでしょうか?

稲冨:そうですね。流れとしては2015年の5月頃に今作に向けての打ち合わせをして、8月にはベーシックを録って、年内にボーカルとコーラスを録ったんです。その2015年後半くらいには、“この曲にはドラムを入れよう”とか“この曲には誰かにギターを入れてもらおう”みたいな青写真はできていたと思います。

●前作の1stアルバム『un captif amoureux』は2人で全楽器を演奏していたそうですが、今回は他のミュージシャンに参加してもらった理由とは?

稲冨:まず最初に思ったのが、“ドラムが欲しい”ということだったんです。前作でも小池さんがパーカッションを叩いている曲もあるんですけど、その時はバスドラを録って、その後でハットとスネアを録って…という感じで全部バラバラに録ったものを重ねていたんですよ。前作に関してはそれでも良かったと思うんですけど、今回はバンドとしての形をもっとちゃんと作ってみたいなという想いがあって。

●ゲストで参加している各プレイヤーに関しては、どういう基準で選ばれたんですか?

稲冨:宮部(らぐの)くんとMeg(Mazaki)さんとは古い知り合いでもあるんですけど、その2人は“隣人”というバンドを一緒にやっていて。Megさんはフリーフォーム・サックス奏者の柳川芳命さんと一緒に“Heal Roughly”というデュオもやっていて、どちらも即興演奏を中心に活動しているんです。そんな人たちと一緒に音を出したら、どんな感じになるのかなと思ったんですよね。

●M-4「夜の鳥」のラストのドラムパートは、Megさんの即興演奏?

稲冨:小池さんからイメージをある程度は伝えていたんですけど、尺は決まっている中で“できる範囲で暴れてくれ”とお願いしました。この曲のエンディングに関しては普通のリズムパターンがあって、そこから即興パートに入るところに分かれ目があるんですよ。そこは後からダビングしましたね。

●ゲストメンバーの演奏に関しては、ある程度の自由度を与えている感じでしょうか?

稲冨:ドラムに関してはちょっと申し訳なかったんですけど、クリックを聴きながら叩いてもらっていて。今回は先にピアノとギターと仮歌のベーシックを録ってしまっていたので、その上からクリックに合わせてドラムを叩いてもらったんです。でも全体のアレンジに関しては、尺と構成くらいしか決めていなかったですね。

●そこでどういうプレイをするかはある程度、任せていたと。

稲冨:大雑把なイメージだけを伝えても彼らなりの解釈をちゃんと返してくれるので、何とかなるだろうなとは最初から思っていました。それぞれの演奏を元から知っていたというのもあって信頼していたし、“これは違うな”というものは出してこないだろうなとわかっていたから。普段のライブでやっている彼らの演奏が僕も小池さんも好きだったので、“普段とは違うフォーマットだろうけど好きなようにやって下さい”という感じでしたね。

●ギターに関しても、宮部さんの色が出ている?

稲冨:宮部くんはM-1「冬のこども」とM-5「記憶」の2曲で参加しているんですけど、ギターパートで自分の世界を作れる人が入ってくれたほうが良いなと思っていたんです。「冬のこども」では宮部くんがリードギター的な感じで間奏部分と、裏メロ的な部分を弾いてくれていて。「記憶」は彼が1人でギター2本をダビングして、ギターオーケストラ的な展開を作ってくれましたね。

●「冬のこども」や「夜の鳥」ではコーラスがキーになっているように思いました。

稲冨:ゲストで参加してくれたフジコさんのコーラスがなかったら、たぶん曲のイメージが全然違ってくるだろうなと思います。彼女は画家でもあるので、今回のジャケットを描き下ろしてもらったんですよ。CDの盤面やブックレットのデザインもお任せして、全てやって頂きました。

●音だけではなく、デザインにもゲストの方が関わっているんですね。

稲冨:今回は宮部くんやMegさんも含めて、みんなでコラボレーションして作ったアルバムというイメージがありますね。そういう意味では“稲冨英樹+小池克典”ではなくて、全員の名前を入れても良いくらいだなと思うところもあって。最終的に“この人を選んで良かったな”と、みんなに対して感じられました。

●ゲストも含めた全員で作った作品という感覚がある。

稲冨:ちょうど昨日(11/18)、京都の夜想でレコ発ライブをやったんですよ。そこではギターに宮部くん、ドラムにMegさん、コーラスにフジコさん、そしてベースに須原(敬三/ギューンカセット代表)さんに入ってもらって演奏したんです。須原さんはレコーディングには参加していないんですけど、今回のアルバムはこの1つのチームで作ったなという感覚がすごくありますね。

●デュオ名義ではあるけれど、チームで作ったわけですね。

稲冨:“鍋を作っている”感じというか。“今日はこの具材を持ってきたよ”という感じでスタジオに来れる人が自分の音を入れていって、みんなで一緒に作っているような感覚があって。最小限のベーシックな部分を僕と小池さんの2人で作って、あとはその都度で来れる人が“こんなのはどう?”みたいな感じで提案してくれるんですよね。その中で“そういう発想はなかったけど、面白いんじゃないか”ということもありました。

●結果的にバンドサウンド的な作品になったというか。

稲冨:1枚目の時に“自分たちだけでやる”ということに関しては、結構やれた感覚があったんです。だから2枚目でもそれと同じことをやるというよりは、周りの友だちも入れて一緒にやってみようかという感じになって。バンドのようでありながら、バンドではないというイメージはありますね。

●バンド名義にしていないぶん、メンバー2人以外はその都度で色んな人が参加できる自由度があるのかなと。

稲冨:そうですね。3枚目の制作に向けた話もしているんですけど、“今度はあのバンドのあの人にギターを弾いてもらおうか”みたいな話も楽しそうにしているんですよ。そういうふうに考えることができるというのは、やっぱり最小の2人だけでやっているユニットの面白さではあるのかなと思います。

●デュオとしての進化も感じられているのでは?

稲冨:単純にライブの本数が積み重なってきているというのもありますからね。小池さんと一緒にやる中でどういうことができるかというアイデアは、これからもまだまだたくさん出てくると思います。小池さんの可能性や引き出しをまだ僕は全部掴みきれていないと思うんですよ。一緒にやっていく上でその引き出しを全部使ってできたら面白いだろうし、それは次の作品を作る時のモチベーションにもなるのかなと思います。

●お互いの可能性を引き出し合うことで、新しいものも生まれていく。

稲冨:逆に僕自身も、小池さんに引き出してもらっている部分がすごくあるんです。1人で弾き語りをするだけではなく、小池さんとのデュオでやったり、他の人たちと一緒にライブをやったりしていることの意味の1つとして、お互いの引き出しを開き合うというところはあるのかなと思いますね。

●ちなみに今回のアルバムタイトルは、同名タイトルのフランス映画(1987年/脚本・製作・監督を務めたルイ・マルの自伝的作品)から付けたんでしょうか?

稲冨:アルバムタイトルに関しては、実は1曲目の「冬のこども」にしても良いなと思っていたんですよ。友人のシンガーソングライター長野友美さんの曲にこのフレーズが出てきたところから曲名を思い付いたんですけど、そこから歌詞のイメージを広げていったんです。ルイ・マルの映画が好きだったのもあって、「冬のこども」という曲のイメージから『さよなら こどもたち』という言葉が浮かんできた感じですね。

●アルバムタイトルに使われている“Au Revoir”という言葉は、同じくフランス語で“さよなら”を意味する“Adieu”とはニュアンスが違うんですよね。

稲冨:“Adieu”では、もう二度と会わないというニュアンスになってしまうんですよ。今回、全ての収録曲に通じるものがあるとしたら、今の自分がいる時点から過去を振り向いている部分がどこかにあるというところかもしれないなと思っていて。“冬のこども”という言葉は、自分の中で“かつていた存在”を意味しているというか。そういうものに対して、“また会えたらな”という想いが入っているんです。

●だから“Au Revoir”のほうを使っている。

稲冨:そういう想いが1曲目から最後の曲までどこかに流れているのかなと、後から全体を通して聴いた時に自分で感じました。このアルバムに関しては、未だに客観的には聴けないところがあって…。でもコーラスのフジコさんに参加してもらうことを決めたのと同じように、後から“これで良かったんだな”と思うはずなんですよ。

●そこは確信しているんですね。

稲冨:少なくとも今の時点でこういうジャケットと言葉を選んで、このアレンジでやって…といったところで、できることは全部やったつもりだから。“間違っていない”とは、すごく思えるんですよ。でも“どう間違っていないのか説明しろ”と言われたら、“その理由を今から探すわ”と言うしかないんですけどね(笑)。自分たち以外の人に対して正当性を主張しているわけではなくて、自分は“これで良いと思うんだけどな”という感じなんです。

Interview:IMAI

 

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