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chocol8 syndrome しゃおんちゃんの遮音性.com

第3回:コドモの中二病感とか、視界の狭さって、やっぱりエモい

chocol8syndrome(ちょこはち)のVo.と作詞をしているしゃおんちゃんです。コラムも三回目となりました。ありがとうございます。うれC。

唐突ですが、11月が一年の中で一番好きです。なぜなら気温ストレスが一番少なく、ごはんは何を食べてもおいしいし、誕生月なので存在してるだけで祝福されるからです。街歩いてるだけで祝福されます。チート月と呼んでいます。

この11月でしゃおぴは20歳になります。正直、は?? って感じ。地団駄踏んで泣きながら走り回りたい気分です。

年々コドモでいたい欲が強くなり、ピルクルや幼児グミがおいしく感じはじめ、一度嫌いになりかけたカブトムシとバッタがまた好きになりました。
こないだ街中でバッタを見つけて、うれしさのあまり半狂乱になり、時間を忘れて追いかけまわしました(ごめんなバッタ)。
大人になることを細胞レベルで拒否している! やめてー! こないで!

でもって、なぜこんなにも大人になるのが嫌なのか。。。と考えてみたのだけども、大人になると理不尽の受け入れを迫られることが多くなると思うのだが、この“受け入れる”ことが嫌なんだよなあと、思いました。

この素直な気持ちは作詞にも現れていて
「きっと許すことは 諦めることと同義で」
これが「ピーターパンシンドローム」という曲の歌詞、
それからもうひとつ「大人になっていくほど心つぶして模範的な人」
こちらが「勿忘草」という曲、17歳の時にかいた歌詞です。

ひとつ受け入れるたびに自分の欲求や素直さをつぶし、殺していく感じが恐ろしく窮屈に感じているのだなと。
結局、コドモの頃抱いていた夢とか、抵抗感とか、中二病心とかが死んでいくのが、私自身が、私の本質が死ぬみたいに感じてしまうんですよね。

でもこの音楽業界に入ってからは、歳関係なく夢を追いかけ、世の中の理不尽に適合できず、自分のやりたいことをやって生きている、そういう意味で、コドモな心を持っている人と多く出会うことができました。
きっと音楽を聴いている人たちは、そんなアーティストの“コドモ”な部分にエモさを感じ、支持している人も多いのではないでしょうか。

私も20歳を越えたとしても、この心だけは殺さずに生きていきたいです。
いつまでも成長する“コドモ”であるように。
これだけは忘れずに、チート日を迎えたいと思います。

ではまた、来年に。しゃおんちゃんでした!
。。。。でもやっぱり、20歳にはなりたくない!!!!!! (T_T)バブ

 

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