音楽メディア・フリーマガジン

COMIN’KOBE

95年の阪神淡路大震災と、2011年の東日本大震災は、私達にいったい何を訴えているのだろう?

COMINKOBE13ƒƒS-verCS18年目を迎える、日本最大のチャリティ・フリーコンサート“COMIN’KOBE”。その成り立ち、運営に対する想い、地元神戸を愛してやまない主催者。ライブハウス神戸太陽と虎の代表であり、アーティストのマネジメント及びレーベル運営会社の社長を務める、松原裕に開催前直撃インタビューを敢行。

 

Web_7725●“COMIN'KOBE”は今年で何年目になるの?

松原:2005年に始めたので、2013年で8年目です。

●まだそんなもんなんや。いろいろと紆余曲折ありながらも、末広がりの“8”年目を迎えたわけですが、今年の特色はありますか?

松原:2年前に東日本大震災があってから、それまでの“COMIN'KOBE”と確実に温度が変わったんですよ。みんながより真剣に震災について考えるようになって募金の金額も大幅に増えましたし、去年もその空気を保ちながら開催できました。そういった意味では、今年が勝負になるかなと思います。震災があった時は、チャリティーが一気に広まっていたじゃないですか。でもそれから2年を経て、どれくらいの人が今でも支援活動しているのかなと。もちろん、“東北ライブハウス大作戦”のように、長いスパンで考えていらっしゃる方々もいますが、2011年3月以降沢山誕生したチャリティーイベントもほとんど単発で終わってしまったので。そこをもうひとつフックアップできるような仕掛けをしたいですね。

●10代の子は、震災を経験していない人もいるわけですし。

松原:僕が見る限り、昔に比べて1.17に報道される阪神淡路大震災のニュースが確実に少なくなったなと思って。神戸市の東遊園地で毎年“1.17の集い”というイベントがあるんですけど、ちょっと集まる人が減ったかなという感じがしましたね。“COMIN'KOBE”を始める前から思っていたんですけど、行政やメディアには出来ないような震災に対する向き合い方が、このイベントで表現できたらいいなと考えているんです。この発言で気を悪くする方もいるかもしれませんが、地震があったからこそ生まれたものを形にしたいなと思ったんです。僕はこれから東北でも、“COMIN'KOBE”みたいなイベントが出来ていくと思うんですよ。岩手県盛岡市でも“いしがきミュージックフェスティバル”っていう無料のイベントがあるんですけど、この2年はそのイベントと連動して、物産展を出し合ったりしているんですよ。そういう輪が広がっていって、いろんな人達と一緒に何かが出来たら良いなと思っています。今まで東北というのはあまり身近なものではなかったけど…東日本大震災が起きる一ヶ月前に、阪神淡路大震災についての講演会をしてほしいということで、盛岡に呼ばれて行ったんですけど、それが初めてなんですよ。それが2.11のことでした。そこで盛岡の人と話をして、すごく仲良くなって。3.11のちょうど一ヶ月前にそういった出来事があったことに、何だか勝手に運命を感じています。

●松原くんは33歳ですけど、生涯のうちに既に2回の天変地異を経験しているというのは、中々ないことじゃないかと思うんだよね。“COMIN'KOBE”って、お金に関係なくミュージシャンが手弁当でやっていることじゃないですか。事業ではない、チャリティーというイベントは難しい部分もたくさんあると思うんですが。

松原:そうですね。ただ、“COMIN'KOBE”を事業としてやっていたら、こんなに頑張れていなかったんじゃないかな。お金のためじゃないからこそ、続けていけているように思います。

●有名なミュージシャンも出てくれていますけど、イベントの真意を汲み取って出てくれているんですよね。その辺はやっぱり粋に感じる?

松原:感じますね。

●松原くんの情熱と絶妙なトークで口説き落とす?

松原:いやいや(笑)。いろんなパターンがあるんですけど、実際にしゃべったり飲みに行ったりして、“この人好きやな”と思った人達を誘ったりしています。あとは、瞬間瞬間を全力でやってはる人が好きなので、ライブを見て“この人達は毎回手を抜いていないな”と思った人に出てもらいたいなという気持ちですね。僕自身も、そうでありたいと思ってやってるんで、気持ちがリンクしている人達は、出演が実現しているような気がします。

●中学生の時に阪神淡路大震災を経験して、2年前に東日本大震災を経験したわけですが、2度の震災経験から自分の死生観が変わったと感じる。
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松原:今になってすごく感じます。身近で犠牲になった人もいなかったし、阪神淡路大震災の時はそういったことを感じなかったんですよ。ちょうど高校受験の時だったから、勉強ばっかりで毎日が面白くなくて。そんな時に学校がなくなったもんだから、非日常な現実にドキドキしていたんです。受験もなしで高校に入れたのも、単純にラッキーやと思っていました。成人してから改めて仕事のなくなる大変さを考えて“あの時は何をしていたんだろう”と思ったのが開催のキッカケです。中三の時は、物心もちゃんと付いていなかったですね

●中三くらいになると、普通はついてますけどね。

松原:ヤカマシイワ! でもほんまにアホになったと思います。このイベントをやるようになって、やっと物心ついたくらいの気持ちです。

●でも、“何で神戸で地震が起きたんだろう”って考えたこと、ない?

松原:あります。神戸って今までに何度も大事件があったでしょ。震災当時なんかは神戸以外の世界なんて全然知らなかったし。

●神戸と言っても、裕(松原)が知っているのは、下町の安い地区やもんな。

松原:これ以上言ったらマジで手ぇ出でますよ!!

●(笑)。でも、あの震災は淡路から神戸の長田という下町、そして宝塚のようなハイソな場所まで被害があったわけで。いろいろと考えさせられることがあったと思いますが。

松原:だからこそ、あの地震がキッカケで面白い人達がたくさん生まれた気がします。もともと神戸って変わった人が多いですしね。

●セレブとヤクザが混在する特異さは、神戸のアイデンティティですよね。こんな街中々ないよ。特に三宮って、それが顕著に出ている街じゃないですか。

松原:三宮や神戸ってハリボテですからね。パッと見は綺麗ですけど、裏側に入るとグッチャグチャだったりするし、駅から10分も離れてないところに下町がある。ちょっと海側に行けばすごく綺麗ですし。でも、観光のチラシに載るのは綺麗な部分ばかりなんですよね。

●松原くんの生活圏は下町だけなので、そっちはまったく関係ないですもんね。

松原:ほっといて! ほんまに手が出ますよ!

●“COMIN'KOBE”は今年も新しいミュージシャンに出てもらおうと、オーディションという形で門戸を開いていますが…正直企画は面白いんやけど、わかり辛い。“アクマノコドモ”とか“フクロのネズミ”とか、世間の真面目にやっているミュージシャンをなめきった企画をするのは何故なんですか?

松原:すべてに於いてプランニングをしているのは、弊社の風次という奴なんですけど、ごくごく普通な感じのことはしたくなかったんです。ちょっとひねったものにしたいというのはずっとありますね。告知ひとつにしても遊び心を加えたいし、イベント発表も絶対にボケたりしてますし。どんな時もユーモアは忘れたくないなと思っています。

●あ、あれユーモアやったんや。
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松原:2008年にユネスコが神戸をデザイン都市として認定してから、僕もデザイン都市の人達とお仕事させて頂く機会ができたんです。震災から10年で復興という位置づけをされたものの、“じゃあ、10年目から何をしていくのか”という話になって。“復興”ということは、元に戻ったというわけじゃないですか。単に戻しても面白くないから、いろんなものをデザインしながら復興して行こうという考え方を神戸は持っていて。紙コップでコーヒーを飲むよりは、綺麗なデザインのコップで飲む方が美味しいでしょ? でも“綺麗なコップで飲もう”という気持ちは、精神的に余裕がなければ思いつかないんです。その余裕ができて初めて、心の揺れが収まったということなんだと思います。“COMIN'KOBE”も、“必要ではない部分にもあえて手を加えて、より良くする”という、デザイナーとしての考え方を取り入れさせてもらっています。ボケれるようになったこと、いわゆる“ユーモア”を言えるようになったということは、心の復興が出来たということなんだと思うので。東日本大震災でも、目に見えたガレキの処理をやっていきながらもいろんな心の動きが生まれてくると思うので、東北でイベントが生まれて行くのは当たり前だと思いますけどね。そういうことも含めて、オーディションではふざけさせて頂いているということです。

●ふざけた表現はデザインの一部だったと。

松原:デザインは、何かを作ったり描いたりするだけではないんです。まあ、単なる苦しい言い訳ですけど(笑)。

●“COMIN'KOBE”は規模的には日本で一番大きいフリーコンサートになっているし、関西圏では当然認知度も高い。今回全国からもWebで応募が出来るので、神戸以外からも出演希望者が来るわけですが、それをどうアウトプットしていきますか?

松原:正直、アウトプットするという所までは考えていないんです。ただ、やっぱり純粋に神戸に来てほしいので、そのキッカケになれたらと思っています。“息子が出演するから、神戸に行ってみようか”とか“テレビで見たこともあるし、神戸に行ってみようか”とか、どんな理由でもいいんです。何か来てもえるキッカケになれば嬉しいですね。僕にとって、震災の時に何も出来なかった僕達のかわりにこの街を再建させたのは、地元神戸の企業のみなさんだと思っていて。そういう人達にも、少しでも恩返しができたらと思っています。アーティストのみなさんにも、このイベントでチャンスを掴んでもらって、“神戸がキッカケで火がついた”なんて噂になったら最高に嬉しいことですし。

●神戸の底力というか、あまり世間にはアナウンスされていないけど世界的に有名な企業とか多いよね。松原くんは神戸という地方都市で、“COMIN'KOBE”というイベントを作り、レーベルを立ち上げて、ライブハウスも経営している。これは立派な成功事例としてのケーススタディになると思うねんけど。
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松原:ロックとかって、昔はハグレものといった意識があったし、あまり良い印象を持っていない人もたくさんいると思うんです。それを神戸の自治体のみなさんや、いろんな人達と一緒に“COMIN'KOBE”を作っていくことで、広く理解されていけば良いなと願っています。いろんなメディアで“COMIN'KOBE”を取り扱っていただいていますし、バンドマンにとって「俺はこんなイベントに出てるねんで」って親に言えるのは、とても大事なことだと思うんですよ。

●僕は一般メディアがもっとこのイベントをアナウンスするべきだと思うね。まだまだ認識が薄いんやと思ってます。

松原:今みたいに取り上げてもらえるようになったのも、この規模になってきてやっとですよ。数年前からいろんなメディアさんに紹介してもらえるようになってきましたが、それでも取り扱っているのがロックということもあって、なかなか難しいみたいです。

●きっと金にならへんからやらないんですよね。そういうところにしか目の行かないメディアはクソなんですよ。

松原:アハハハハ! 全部記事になっちゃいますよ。

●全然良いよ、そういう奴らとは絡みたくない。スポンサー、金、そんなキーワードしかないメディアなんて“ただのハリボテ”。

松原:JUNGLE☆LIFEというメディアが強くインディーズのロックバンドから支持されているのは、そういうブレていないところじゃないですか?

●だからインディーズが本当に良いものを作って、売れないといけないんですよ! 僕は良いバンドが売れるためには何でもするという覚悟はある。月並みですが、最後に神戸の魅力を語って頂けますか。

松原:いろいろな経験をした中で様々な化学反応が起きているし、突拍子のない発想を持った人間がすごく多い。あとは街の文化がそのまま音楽に反映されていて、異文化がぐちゃぐちゃになっている街だと思います。何かのジャンルに特化した街って結構ありますけど、神戸に関しては多種多様なバンドがいるわけじゃないですか。いろんな文化がシンクロしている本当に面白い街じゃないでしょうか。

●すべてが上手く絡んでいるよね。全然ジャンルの違う人達でも、すごく仲が良かったりして。

松原:それをもっと繋げて行くのがライブハウスの役割なんです。ジャンルで繋がるのは当たり前ですけど、ジャンルじゃないところで繋がるのは、やっぱり“地元神戸”がキーワードだと思うんです。

●神戸の人間って、みんな地元好きやもんな。

松原:ほんまにそうですね。ガガガSPを筆頭にアルカラ、Fear, and loathing in Las Vegas、EGG BRAINなど地元で何か起こそうとするアーティストが多い印象です。それをアイデンティティとして確立して、“神戸”というひとつの大きなシーンになれば良いと思います。ちなみに僕は今、誰目線で何様のつもりで喋ってるのか教えてください。自分が怖いデス…

Interview:PJ
Edit:森下恭子

1_IMG_7698“COMIN’KOBE”実行委員長
株式会社パインフィールズ代表取締役
music zoo KOBE 太陽と虎 代表
松原 裕(33) マルイチ 独身

20歳で結婚し、23歳で離婚。今年小学4年生の息子と生活中のマルイチシングルファザー! 座右の銘は「結果を決めてで努力で帳尻」! ロックはスピード、ライブハウスはバランス。最終的には愛情で神戸から常識のモノサシ破壊を日々繰り返す。

パインフィールズ所属アーティスト:
EGG BRAIN / ROTTENGRAFFTY / シリカ / SABOTEN他

http://comingkobe.com/

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