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夏に鳴り響くircleの真骨頂。時は満ちた。

AP_ircle_main2001年、大分県別府市にて同じ中学校に通う同級生4人で結成されたircle。高校のときから様々なジャンルの猛者たちとの対バンを経験し、2009年にCDデビュー。上京してからも数々のライブとリリースを重ねて、精力的に活動してきたギターロックシーン注目のバンドだ。そんな彼らが、7/10に新作をリリースする。たくさんの候補曲の中から選ばれた7曲は、共通してどこかに“夏”の匂いを帯びたもの。長年培ってきた強固なアンサンブルの中心で鳴り響く青きメロディ、Vo./G.河内健悟が感情を爆発させる言葉の数々。ircleの持つ魅力が存分に詰め込まれたミニアルバム『さよならリリー』は、彼らのまだ見ぬ未来へと続く架け橋になるに違いない。

 

INTERVIEW #1 「他のバンドを全然知らなかったら上京した最初の1年で“もう解散だ!”となっていたかもしれないですけど、いろんなバンドの苦しい時代を側で見ていますからね」

●この4人は中学校の同級生らしいですね。温泉で有名な大分県別府市出身ということですが、バンド好きが集まったんですか?

河内:いや、全然そんなことなくて。ギターが僕たちの仲間内でちょっとしたブームになったんです。良(仲道)は小学校のときからギターをやっていたんですけど、学校の帰りに良の家に寄ってギターを弾いてもらったりしてたんですけど、その仲間には伊井ちゃんもいて。そのうち僕は、良と2人で19みたいな弾き語りユニットをやり始めたんです。

●ちなみにそのユニット名は?

仲道:“20(m.c)”と書いて“にじゅうえむにじゅうしー”と名乗ってました。

●イタいユニット名だな(笑)。

伊井:俺はそれを観に行ってました。

河内:その後、文化祭があったんですけど、文化祭に出るにはやっぱり2人じゃなくてバンドだなと。それでケイトに「ドラムやらない?」って声をかけたんです。

ショウダ:そのとき僕はバンドとか全然わからなかったんですけど、良からはよく「今日あの曲が弾けるようになったよ」みたいなギターの話を聞いていて、いいなと思っていたんです。それで家に帰って親に「今日河内くんにバンド誘われたよ」と言ったら、親父は昔ちょっとバンドをかじっていたみたいで、「僕もやりたいから買おう」と。「マジか!」と。

●一家に一台ドラムセット(笑)。

ショウダ:僕は全然音楽に詳しくないから健くん(河内)が持ってきたCDを聴いて、それをコピーする。それがバンドの始まりですね。

●で、文化祭が終わってもバンドは続いたんですね。

河内:そうですね。「これができた」「あれが弾けるようになった」というのが楽しくて。

ショウダ:健くんの家に倉庫があって、僕らはそこでいつも練習していたんですけど、週に4〜5回集まって。学校が終わったら当たり前のようにみんな集まって、夜中までやってました。

●オリジナルはいつ頃作り始めたんですか?

河内:もうその頃作り始めてました。オリジナルといっても別に録音するわけでもなく、それを披露するのは高校に入ってからなんですけど。

ショウダ:高校に入ってライブハウスに出るようになって、「ライブハウスでやるんだったらオリジナルだろう」ということで。

●高校はみんな同じなんですか?

河内:いや、僕だけ違う高校でした。通っていた中学校は進学にすごく神経質な学校で、偏差値的にはみんなと同じ高校に行けたんですけど、先生が「お前はここでいいよな」って、最初から選択肢がなかったんですよ。だから僕だけ商業高校に行きました。

ショウダ:でも健くんはそこで生徒会長だったんですよ。モヒカンの生徒会長。

●え? 生徒会長なのにモヒカン? なにかあったんですか?

河内:誰にも負けたくなかったんです。

●え? 学校の中で?

河内:いや、誰にも。どこの誰にも負けたくなかったんです。

●それちょっとバカじゃん(笑)。

一同:ハハハハ(笑)。

ショウダ:健くんは人と同じことをやりたくなかったんです(笑)。

仲道:オンリーワンでいたかったんだよね。

河内:モヒカンの生徒会長ってどこにも居ないじゃないですか。

●若いな(笑)。河内くんだけ別の高校に進学したけど、でもバンドは続いたんですね。

ショウダ:なんかわかんないですけど、義務的なものが多少はあったんですよ。僕とかはスポーツも大好きで、高校でも部活をやりたかったんですけど、中学を卒業したときにこの4人で「バンドをちゃんとやっていくために高校で部活に入るのはやめよう」という約束をしたんです。まあ俺は高校に入って速攻で部活に入るんですけど。

●裏切りだ(笑)。

ショウダ:どうしてもバレーがしたくて。だから両立させるようにがんばったんです。部活して、急いで帰ってきて夜中までバンドの練習をして。そういう毎日を繰り返していたんですけど、いよいよメンバーが「そろそろ部活辞めない?」って。

●ショウダくんだけが部活をやっていたんですか?

仲道:そうです。他の3人は帰宅部で。

ショウダ:だから僕が部活をやっていることによって、バンドの練習が夜の8時や9時からのスタートになり、11時過ぎくらいまでやって。だからライブとかも、昼間に試合して、終わったらそのままライブハウスに行ってました。

仲道:ジャージで来てたよね。

伊井:その高校のバレー部、全国3位とかなんですよ(笑)。

●ええっ? そんな強豪のバレー部なのに、バンドなんかやってる暇あるんですか?

河内:「バンドなんか」って(笑)。

ショウダ:だから遠征とかも多かったんですけど、バンドの方も高校1年のときから結構がんばっていて、大分県以外でもライブをやっていたんです。

河内:高校生バンドのコンテストとかも出てたし。

ショウダ:そういうコンテストって、だいたい3年生のバンドが優勝するじゃないですか。だからきっと自分たちは優勝できないと思いながら「優勝したら部活辞めてもいいよ」って3人には言ってたんです。そしたら本当に優勝しちゃって。それで部活を辞めて、バンド1本になりました。

●高校生のときからかなり積極的にバンドをがんばっていたとのことですが、その頃から「音楽でやっていこう」みたいな意識が強かったんですか?

河内:僕はその頃から思ってました。この4人でバンドをがんばっていこうと。

仲道:僕も“絶対やりたい!”と思っていて。

伊井:俺は一切なかったです。

ショウダ:僕も一切なかったです。

●あらら(笑)。

ショウダ:田舎だったし、“音楽で飯を食っていく”ということがわかんなかったんですよ。高校生の自分にとって、ミュージシャンになるということが現実的ではなかった。

河内:僕はその頃、「メジャーデビューの曲はこれにしようぜ」って良と話してました。

●リズム隊2人はそんなこと思ってなかったけど、上モノ2人は熱かったと(笑)。

ショウダ:でもやっぱり1番にはなりたかったんですよ。同級生のバンドも他にいたから、その人たちには負けたくないっていう想いは強かったんです。“とりあえず大分では1番になりたい”という一生懸命さはありました。

河内:その頃から自分たちでデモCDを作って、ライブ会場や手売りで売ってたんです。地元のCDショップに置いてもらったりして。

ショウダ:それで1000枚くらい売っていて。

●すごいな! 高校卒業も大きなターニングポイントだったと思うんです。進学か就職か、バンドを続けるかっていう。

ショウダ:僕ら3人が通っていた高校はさも当然のことのようにみんなが「大学行くでしょ」みたいな感じなんですよ。僕らもその流れに乗っかって。大学に行ってもバンドを続けようとは思っていて。この中では伊井くんがいちばん成績が良かったんですけど、彼が目指す大学に合わせて他の3人は進路を決めようということにして。それで結局、福岡に拠点を移してバンド活動を続けたんです。

●健くんは?

河内:僕もいちおう通信制の大学に入ったんです。文字を書ければ受かるようなところなんですけど(笑)。

●ハハハ(笑)。福岡に拠点を移し、バンド活動がより本格的になっていくわけですね。

ショウダ:僕らは高校のときからもともとたくさんライブをするバンドだったので、高校3年の冬には車の免許を取って、大学に入る前の春休みにはツアーもしていたので、福岡に拠点を移してからはもう当たり前のように夏休みとかツアーしていました。

●高校のときからツアーもやっていたということは、近くに良きお手本となるバンドの先輩がいたんですか?

ショウダ:そうですね。最初は先輩にツアーを連れて行ってもらって。

伊井:その先輩の紹介でTOTALFATと知り合ったりして。

ショウダ:僕らは当時から結構ジャンルレスで、TOTALFATとかSABOTENとかに可愛がってもらっていました。九州でいうとGENERAL HEAD MOUNTAINが直の先輩っていう感じですね。

●あ、GENERAL HEAD MOUNTAINですか。

ショウダ:SHANKとかは同級生だし。その辺と仲良くさせてもらっていて。

●ircleはギターロックと見られていますけど、昔から結構パンク系の人たちとの絡みが多かったんですね。ライブをガツガツやるあの辺の先輩に鍛えられてきたと。

河内:そうですね。

ショウダ:僕らはグッドモーニングアメリカのV.A.に3度も参加させてもらっていますけど、彼らと仲良くなったのも、TOTALFATのDr./Cho.BuntaさんがグッドモーニングアメリカのBa.たなしんさんに「ircleめっちゃいいんだよ」って言ってくれていたのがきっかけで。

伊井:初めて対バンしたとき、たなしんさんに60円のコロッケおごってもらったよね(笑)。「俺がおごってやるよ!」って60円のコロッケ買ってくれた。

ショウダ:60円で先輩面されたんです(笑)。

●ハハハ(笑)。そういうノリで、バンドが多い福岡に拠点を移したことでどんどん輪が拡がっていったんですね。

伊井:そうですね。LOST IN TIMEとかNo Regret Lifeとも仲良くさせてもらって。

河内:そういう先輩たちを見ている中で“自分たちもああいう風になりたいな”みたいなものが知らないうちにできていったんですかね。

●リズム隊も、いつの間にかバンドで食っていきたいと思うようになっていた?

ショウダ&伊井:そうですね。

ショウダ:“こうなりたい!”と思ってバンドをやってきたわけじゃなくて、一生懸命やっていたらいつの間にかそうなってたっていう。

●ということは、大学卒業後は就職せずに音楽1本でやっていこうと?

ショウダ:でもそこがいちばん悩んだポイントかもしれないです。大学のときにCDデビューをしていて、大学を卒業して東京に出て行くのか、はたまた就職するのか…4人で夜な夜な話し合いました。

●そこでどういう結論に至ったんですか?

ショウダ:他のメンバーはバンドやる気まんまんだったんですけど、悩んでいたのは僕1人なんです。ウチは片親なんですけど、僕がしっかりしなきゃダメだなと思っていたし、そこでメンバーと結構話し合って。良とか「そんな気持ちでバンドやってられるのか!」って泣いてたし。

3人:そんなことあったっけ?

●ぜ、全然覚えていない!

ショウダ:でもそこでバンドを必死にやろうという結論になり、上京したんです。それが3年前ですね。

●上京してから現在まではどんな感じだったんですか?

仲道:上京してからの最初の1年間が本当に過酷でした。前の事務所を辞めるタイミングでもあったし。

ショウダ:ツアーとかでライブ10連チャンとかあったし、それ明けのレコーディングとかしてたし。

河内:死ぬかと思ったね。

伊井:8日間で9本やったりもしました。

●なんか計算合わないですね(笑)。

ショウダ:スケジュール的なキツさもあったし、なかなかバンドの状況がよくならなかったし、過酷でしたね。上京してすぐ事務所も辞めたから特に大人の力なんてなかったし、自分たちでどんどん動いていかなきゃっていう。

●でもCDを作ってライブをやって…それはバンド活動の中でいちばん大切であり、とても堅実なやり方だと思いますけどね。

伊井:高校のときから自分たちでやってきたから、逆に大人に甘える方法もよくわからないんですよね。ある意味それしかできないっていうか。

ショウダ:ずいぶん色んな回り道をしてきたし、側で見ていたバンドがポーン! とブレイクするところもたくさん見てきました(笑)。

●あ、そうか。TOTALFATとかSHANKとか。

ショウダ:でもブレイクするところばかりじゃなくて、それぞれお客さんが少なかった時代から見てきていますからね。いろんなバンドの苦しいところを見てこれたのは良かったと思うんです。

伊井:だから解散するなんて気持ちはさらさら出てこないんですよ。他のバンドを全然知らなかったら上京した最初の1年で「もう解散だ!」となっていたかもしれないですけど、いろんなバンドの苦しい時代を側で見ていますからね。そういう意味でメンタルは強くなったのかもしれないです。

●苦労はして当然だと。

伊井:それが当たり前だと思っていたというか。

 

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INTERVIEW #2 「絶対感動してほしいですね。“かっこいい”とかもいいんですけど、それよりも感動してほしいです。歌を歌ってるから。その空気にある言葉として、持ってもらいたい」

●曲はどうやって作っているんですか?

河内:作り方は様々ですね。僕が四畳半フォークみたいな感じで1曲まるまる持ってきたり、フレーズだけの未完成の状態で持ってきたりもしますし、セッションからイメージを膨らませたりもするし。

ショウダ:健くんと良が曲を持ってきてスタジオで作るっていうのが基本なんですけど、ライブをやっていく中で「こういう曲欲しいよね」という意見から曲を作ることもあるし。

●7/10にミニアルバム『さよならリリー』がリリースとなりますが、今回の7曲も成り立ちが違うだろうなっていうのはなんとなく感じたんです。M-3「那由多の風」やM-4「桃源郷 ex.ニヒルガール」はすごくリズムが特徴的で、他の曲と毛色が違う。このバラエティ感は作曲のバリエーションに依るところが大きいんですね。歌詞は河内くんが書くんですか?

河内:歌詞はだいたい僕が書くんですけど、良が書いてくることもあって。良が書いた歌詞の場合も、僕が気持ちを乗せられるようにちょっと書きなおすんです。そこは良には申し訳ないんですけど、僕の中では無くてはならないスタイルっていうか。

●それはわかります。河内くんはきっと気持ちが入らないと歌えないタイプのヴォーカルなんでしょうね。

河内:そうなんです。

仲道:だから僕もそれを前提に持っていくというか。

河内:変えるとか付け足すとか。「ここはどうしても変えられない」という部分はそのままにして。

●今回はどういう作品にしようというイメージはあったんですか?

ショウダ:今までは曲ができたらCDを出すっていう感じでやってきたので、コンセプトを決めてアルバムを作ることがなかったんです。でも今回は10数曲作って、その中からピックアップしていく中で、なんとなくですけど夏をイメージするようなアイディアが浮かんだので、7月リリースということもあってそういうアルバムにしようと。

●「夏をイメージしたアルバムをしよう」と決めてから曲を作ったわけではなく、書きためた曲をピックアップしたら共通する匂いとして“夏”があったと。

河内:そうですね。加えて、ストーリーとしてちゃんと成り立つ7曲を選んだというか。アルバムタイトルも含めてですけど、内容的にはかなり青臭いかもしれないですね(笑)。

●青臭さはいい意味で感じました。曲調は幅がありますけど、メロディが持つ哀愁感というか、ノスタルジーというか、夏の夕焼けみたいな匂いというか。メロディだけじゃなくてギターもそうかな。

河内:きっと僕らのツボだと思います。それがこの4人に共通している空気感で、たぶん同級生でずっとやっているからこそだろうし。触れてきた音楽や作ってきた音楽から形成されるものが大きいんでしょうね。

伊井:2000年代の音楽が僕らは好きだったから、それを今、僕らで作りたいっていうのがあるんでしょうね。

ショウダ:この4人は聴く音楽もバラバラなんですけど、共通して聴いてきた軸っていうのは、そういう匂いを感じるものだったんです。

●それともう1つ、楽曲の共通点としてはメロディや歌の良さだけじゃなくて、アンサンブルの妙を追求する傾向もありますよね。いちばん顕著なのが「那由多の風」で、拍がズレているように感じるのに気持いい。こういうメンバーそれぞれが別のことをやっているようなアンサンブルもあれば、対照的にM-2「バタフライ」なんかは全員が同じベクトルで演奏している。アンサンブルの気持ちよさで楽曲を成り立たせるところもツボなのかなと。

河内:今のircleがそうなっているのは、アンサンブル重視でやってきた時期があったからなんですよ。そういうのが好きで凝って凝って作っていた時期もあったんですけど、ストレートな曲ばかり作っていた時期もあったんです。僕らは結成13年なんですけど、その長年の間にポストロックの方向に行ったり。その中でもメロディはあまり変わらないんですけど、その時々によって作る曲のタイプが違うという。そういうことをやってきたので、両方のタイプの曲を共有できるようになったのかもしれないです。

●なるほど。経験によってバンドの引き出しが増えてきたのか。

仲道:かつ、昔よりもきちんと自分たちの歌として成り立たせることができるようになったと思います。

●アレンジ面でいうと、「桃源郷 ex.ニヒルガール」は何か不思議な音が入ってますよね。

河内:あれはブルースハープです。これは初めての試みだったんですけど、もともとは前奏のギターが思い浮かばなかったんですよ。でもそこでは伊井ちゃんのベースがきちんと成立しているから、別にギターは薄く入れるだけでいいなと。と思ったら、僕が暇になったんです。

●暇って(笑)。

河内:「暇だからハーモニカでも吹くか」と思ったんです。で、吹いたら意外とマッチして、レコーディングで入れてしまいました(笑)。

ショウダ:この曲がいちばん最後にできたんです。言ってみればレコーディング中に完成したくらいだったんですけど、プリプロの段階では“普通にいい曲”っていう感じだったんですけど、「普通にいい曲ばかりじゃないか」となったんです。

●ふむふむ。

ショウダ:僕らは結構飽きっぽいので、普通にいい曲だとたぶんライブでもやらなくなっちゃうんですよ。

伊井:俺が特に飽きやすいので、レコーディングの最後の最後に「なんかやろうぜ」って言い出したんです。

ショウダ:ブルースハープだけじゃなくて、この曲はちょっと中国っぽいフレーズが入っていると思うんですが、あれももともとは入ってなかったんです。でもレコーディングの段階で「これやろうぜ」みたいな感じでやってみたらみんなで大爆笑して「いいね」って。

●この曲、アルバムの中でもかなりパンチのある曲ですけど、もともとはもっとストレートだったのか。

伊井:ライブでもこういうパンチのある曲があればいいアクセントになると思うんですよ。お客さんも楽しいし、俺らもやっていて楽しいし。そう思って、グチャッとしました(笑)。

河内:ふざけなさ過ぎたから、ちょうど良かったと思います。

●歌詞について訊きたいんですが、河内くんはどの曲も感情をどこかで爆発させているじゃないですか。普通に歌わないというか。

伊井:そうですね。

●歌詞にも少し出ているんですけど、想像するに、河内くんは感情というものの良さと悪さ、その両方に思い入れが強いんじゃないかなと思ったんです。“感情に振り回される”ということと“感情を無くしたくない”という2つのベクトルが混在している歌というか。

河内:もうずっと感情に振り回されてます。

一同:アハハハハ(爆笑)。

●それは話してたらわかる(笑)。

河内:良はニヒルな曲を持ってきたりもするんです。スッとした曲というか。それで僕が歌詞を変えたり繋げたりCメロを入れたりするんでちけど。

●感情に振り回されて「でちけど」って噛んでるけどね。

河内:そういうときに、どうしてもそういった要素が入っているんです。人間が出るもの、人間というものを感じる部分を用意しちゃうんです。

●そういう自覚があるんですか?

河内:あります。それはもう「意図的に」と言ってもいいくらい、意識して入れています。

●体温を入れるというか、湿度を高くするというか。

河内:「那由多の風」もほとんどは良が持ってきた曲なんですけど、サビの歌詞や言い回しを変えて、落ちサビを付け加えて。それは、自分の感情を歌いたかったからなんです。

●情景描写だけではなくて、心理描写も必要だと。

河内:そうです。絶対入れたくなっちゃうんです。そこで聴いた人はもっと歌に寄ると思うんですよ。聴いている人が「あ、悩んでるのか」っていう。そういう気持ちの描写が1箇所は欲しいなと思うんです。

●なぜそういう部分が欲しいんですか?

河内:感動してほしいから。絶対感動してほしいですね。「かっこいい」とかもいいんですけど、それよりも感動してほしいです。歌を歌ってるから。その空気にある言葉として、持ってもらいたい。流れているものじゃなくて。

●BGMとして聴くのではなく、心に反応させたい。

河内:だからスッとした曲だとしたら、気持ちを入れるのはどこか一箇所だけでいいと思っているんです。でもどこかに必ず入れたい。

●オリジナル曲を作り始めた当初からそんな感じなんですか?

河内:そうですね。そういう曲を聴いて僕自身が感動してきたので。主観だけで歌っているような音楽が好きで聴いていて。

伊井:考えてみると、4人とも表面的な音楽はあまり好きじゃないかもしれないです。

仲道:ファッション的なものについてはあまり反応しないよね。

伊井:理由があって敢えてそうやっている風に思うんだったら「かっこいいな」と思うだろうけど、でもそうじゃなくて単にファッションとして表面的な音楽をやっている場合は何も感じないというか。もちろん実際にはわからないですけどね。

●その感覚は、ライブの良し悪しの価値観のような気がするんです。良し悪しというか、伝わるか否か。

4人:うんうん。

河内:嘘じゃないっていうのがかっこいいですよね。それができなきゃバンドをやる意味がないっていうか、感情を歌うことができなくなったら辞めます。

●お、かっこいい。

ショウダ:それはそうですね。僕らよりも上手い人はいっぱいいるし、そこで僕らが気持ちを込めて歌わないと、僕らがバンドをやっている意味がない。

●いいバンドだな。今作のリリース後はツアーがあるとのことですが。

ショウダ:怒涛の全国ツアーがあります。

河内:ファイナルは11/15のO-WESTですね。

●ファイナルはワンマンなんですか?

ショウダ:いや、ゲストを入れる予定です。ワンマンだとたくさん曲をやれるから楽しいんですけど、打ち上げが楽しくないんですよ。

●ハハハ(笑)。どんなツアーにしようと思っていますか?

河内:硬くなって“レコ発の新作発表ライブ”みたいになるのは嫌だと思っていて。だから今までとスタンスを変えずに、でも少し変化も付けつつ。せっかく「この曲をライブでやったらどうなるんだろう?」と自分たちでも思えるようなバラエティに富んだ曲が今回できたので、それをツアーで思いっ切り楽しみたいと思います。

ショウダ:そういう意味でも、リリースからツアー開始まではちょっとだけ期間を空けたんです。ツアーまでに今作を聴いてイメージを膨らませてほしいので。

河内:だからやっぱり、もっとircleを知らしめるツアーにしたいですね。「こんな曲もできるんだよ」っていうところを見せたい。

●自分たちが考えるいいライブ/悪いライブっていうのは、どういうところに基準があるんですか?

河内:僕はそれが最近変わってきたんです。以前は、ウワーッ! って気持ちが高揚して、お客さんも高揚していたらオールOKだと思っていたんです。

●全員勃起、もしくは濡れていたらOKだと。

河内:そうですね。

●あっ、乗っかってきた。

河内:でもそうすると、ちょっと広い会場だと届かないんですよ。後ろの人は顔とか見えないだろうし。だからもっと出ている音に魂を乗せる方法を模索しているというか。だから“届けることができたな”っていう実感が持てたら、僕はいいライブだと思うんです。

●いろんな経験を積んできて、いろんな場所でのライブを重ねて、少しずつ価値観も考え方も変わってきたと。

河内:その上で、自分が気持ちを高揚させることができたら万々歳なんですけどね。でもそれよりも、届けることを最近は意識しています。

仲道:その“音に魂を乗せる”っていうのは、僕も最近すごく意識をするようになったんです。右手で弦を弾いて、ギターが音を拾ってアンプを通って、スピーカーから音が出て、それが空気中を伝わって、お客さんの耳から入って…そういうことをどんどん考えるようになったんです。

●お、なるほど。

仲道:健くんと言ってることが同じなんですけど、ただ激しくバーン! とやることだけがライブじゃないなって最近思うんです。僕がお客さんでライブを観るときは、モッシュとか腕を挙げたりしない人なんですよ。でも逆に自分がライブをやっているときは、なぜかその考えを持てていなかったんです。

●お客さんがモッシュしたり腕を挙げないと盛り上がっていないと思っていたと。

仲道:そうそう。「お前らなに腕組んでんだよ!」と思うことがたまにあったりして。“腕が挙がっている=いいライブ”みたいな考え方というか。でもそうじゃなくてもいいライブはたくさんあると思うし、そういう風に考えるようになると、変に力んでいたところがなくなってきたんです。

●ああ〜。

仲道:その両方のせめぎ合いっていうか。かつ、ヴォーカルを出すことをいちばんに考えないといけないと思っているので、演奏で安心させることができているか。そういうところができているのがいいライブだと思います。

●仲道くんのギターフレーズとかから想像するに、もしかしたら昔は自己主張が多いギタリストだったのかなと想像するんですが。

伊井:その通りです。

仲道:弾き倒すだけ弾き倒してましたけど、より心の内側から伝えるという風に考えが変わりました。それができたらいいライブになると思う。

ショウダ:僕も、ライブに対して最近考え方が変わったんです。そのきっかけは前回のツアーファイナルの渋谷O-Crestのライブだったんですけど、お客さんが300人近く入ってソールドアウトしたんです。そのライブはすごく良かったんですけど、その時点で、自分たちのライブはそこが限界な気がしたんですよ。

●ほう。

ショウダ:“たぶん僕らは今、ここでしかできないんだろうな”と思った瞬間があって。それまではヴォーカルの感情についていくことが正解だと思っていたんですけど、そうじゃなくて、自分が冷静にコントロールすればするほどヴォーカルの感情がいい感じで高ぶっていく。それでヴォーカルの感情と歌がいい意味でお客さんにシンクロしているのが僕から見えるのがいいライブだなって。気持ちが入ってなければダメなライブで。ヴォーカルがリズムのこととか余計なことを考えている内はたぶん伝わってないと思うし。そんなことも考えずに、言葉とお客さんに集中していることを後ろで感じたときに“あ、今日はいいライブだ”という実感が持てる。

●伊井くんはどうですか?

伊井:イメージするんです。すごくたくさんのお客さんを。それがちゃんとイメージできたら、俺の中でいいライブなんです。

●ライブ中に?

伊井:ライブ中に。俺の勝手なイメージがあるんですけど、いつもライブ中は後ろの壁を見ているんです。そこで壁以上に大きなキャパのお客さんがイメージできたらOK。その俺のイメージ通りのキャパのライブをまだやったことがないんですよ。もしかしたらフェスかもしれない。そのイメージする人数がどれくらいかはわからないんですけど、Zepp Tokyoでこの前やらせてもらったときも“この規模じゃない”と思ったし。

●へぇ〜。

伊井:そういうのがあって、そのイメージができたときに自分が腕を揚げると鳥肌が立つっていうか。

河内:そのデジャヴが来たらなんか抜け殻になるかもね(笑)。「これだ!」っていうのがあれば、なんか脱退しそうだな(笑)。

●ハハハ(笑)。

伊井:わかんないけどね。でも今の100点っていうのはそこかな。デカいライブができたかどうか。

interview:Takeshi.Yamanaka
Live Photo:佐藤寧花

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