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ジルバ

歩みの確かさを証明するかの如き重さと風格を携えたジルバのロックンロールが再来する

190_ジルバwebバンドとして主演に抜擢された映画『佐渡テンペスト』が、日本では今年の2月に公開。同作品が「シカゴ国際映画祭」でグランプリを獲得するなど思わぬところで脚光を浴びる中、ジルバが久々のニューアルバムを完成させた。前作から4年近い歳月の中でもモチベーションを保ち続け、着実に経験値を積み重ねてきた彼ら。東日本大震災を経てライブに対する意識も、大きく変わったという。圧倒的なエネルギーを放ちながら、オーディエンスとのより強い一体感を生み出すようになったサウンド。それは4人が歩んできた道の確かさを証明するような風格を漂わせている。

 

 

「今までは顔面パンチ的な曲が多かったんですけど、今回は1曲1曲がヘヴィ級のボディブローみたいな感じというか。かなりズシッとくる」

●2009年の『JITTERBUG』以来のアルバムということで、久々のリリースになりますよね?

逸見:でもその後にも、配信限定シングル、黒夢トリビュートアルバム、会場限定のCD(ミニアルバム『EXPLORE』、2011年)を出していたりはして。ずっと次のアルバムを作りたいなとも思っていて、2011年に出せるかもという話をしていたところで東日本大震災が起きちゃって…。そこでリリースの話も一度なくなっちゃったんです。

●ジルバにとっても震災の影響は大きかった?

逸見:震災の前後で、僕らのライブは全く変わったんです。震災前は自分たちのエネルギーをひたすら発するだけのライブだったところから、震災後は“共有空間”という形に変わって。それが僕の中ではすごく大きかったですね。震災前はライブ中に笑うこともほとんどなかったんですけど、今は普通に笑うんですよ。それが良いか悪いかは別として、ちゃんと一体感を作るライブに変わってきたという意味で震災は大いに影響がありました。

●一方的にエネルギーを放つのではなく、観客と一緒にライブの空間を作るようになったと。

逸見:今まではエネルギーを一方通行的に発信するということに、自分の中でこだわりすぎていたところがあって。「ロックは背中を押すもんだ」くらいに思っていたんです。でも背中を押しつつも音でちゃんとコミュニケーションを取れたほうが、人々の中でより強く音楽が生きていくんじゃないかなと震災の時に思って。そこから、歌もギターもパフォーマンスも全てが変わりました。

●その意識変化が今回の楽曲に出ていたりもする?

逸見:そういうところもあるとは思います。背中を押す言葉や音をすごく意識するようになったし、すごくポジティブな音楽を作るようになったんですよ。元々あまりネガティブな歌を作らないタイプではあるんですけど、今回はわりとアッパーな感じの曲が多いですね。

●今作『The TEMPEST』は映画『佐渡テンペスト』をモチーフにしたコンセプト作品ということですが。

逸見:元々、そういうものにしようと思っていたんですよ。そうじゃないものも入っていますけど、半分は映画の中で使われている曲で。M-2「スパークリングハリー」とM-3「爆弾が飛んできた」、M-5「602」、M-6「山姥」の4曲は映画で使われています。

●その4曲はどれも映画のために作ったんですか?

逸見:そういうわけではないですね。僕らは何かに向けて曲を作るというよりは、元からあるものを当てはめていくことのほうが多いんです。「山姥」だけは映画のために作りましたけど、他は全部違います。

●映画の主題歌でもある「山姥」は古語で歌われているのもあって、異色に感じました。

逸見:これは世阿弥の作による能の詩なんです。最初にこの詩を渡されて「これを主題歌にするので曲を作って下さい」と監督に言われた時は、ビックリしました(笑)。

宇佐美:そもそもジルバでは、先に歌詞があっての曲作りということ自体もほとんどやらないから。

●しかも古語だと、普通は意味もわからないですよね。

逸見:わからなかったですね。だから文献を探して、何とか意味を掴んで。最初はどこで文章が切れるのかもわからないし、どこで盛り上がるのかもわからなかったですからね(笑)。

●曲を付けるにしても、こういう詩にAメロ・Bメロ・サビみたいな構成はないですからね(笑)。

逸見:そうなんですよ。「どこがメインだろう?」っていう感じで。“春の夜の〜”というところがサビっぽい感じだなと思ったので、そういう形で行こうとなりました。

●初めての試みだけに難しかったのでは?

逸見:劇的に難しかったです。「1ヶ月もあれば大丈夫でしょう?」と言われたんですけど、危なかったですね…。

●しかも主題歌だから、これがないと映画も完成しないっていう…。

逸見:そうなんですよ。最初に話を聞いた時は大変そうだと思ったんですけど、意外とすぐに降ってきて。考え始めて2日目くらいに部屋のベランダで元の詩を読んでいたらメロディが急に降ってきたので、「もらった!」と。

●劇的に難しかったというわりには早かった(笑)。

逸見:急に降ってきたので、ラッキーでしたね。「(2011年の)1月末くらいには撮影に行く予定だからそれまでには」と言われていたんですけど、12月末にはもうメンバーに渡していました。

宇佐美:そこから年明けくらいには、もうどんな形にするかというやりとりをメンバー間でしていましたね。

●「山姥」は実際に主題歌でもあり、映画の中でキーになる曲でもあるんですよね。

逸見:この曲が映画のメインなわけですからね。実際、この作品が海外の映画祭で音楽賞を獲ったりと評価されているのも、「山姥」があるからなんですよ。そう考えるとなかなかすごい出来事なんですけど、自分たちではすごいことをやったという実感はあまりない…というのが僕らの良さでもあるんでしょうけど(笑)。

●「シカゴ国際映画祭」の長編劇映画部門ではグランプリを獲得して、「Brooklyn Film Festival」でも最優秀作曲賞を受賞しているわけですが…。

逸見:海外のことというのもあって、実感はあまりないですね。文化的に立派なことをやったんだということに誇りは持っているんですけど、ピンとこないのが僕らの相変わらずなところかなと(笑)。

●逸見さんは主演までしているというのに…。

逸見:元々、僕らは楽曲提供をするだけという話だったんですよ。でも監督が僕らのことを気に入ってくれて、映画自体にも出しちゃえと。

●お芝居の経験はあったんですか?

逸見:全然ないです。僕は昔から演劇とかが苦手で、出ても木の役でただ立っているだけとかでした(笑)。

●それでよくできましたよね(笑)。

逸見:演技の稽古みたいなものを1日だけやったんですけど、それを監督が見て「いける」と判断したみたいです。でも他のメンバーが演技しているのを見てみたら、意外に上手いんですよ。僕はメンバーの姿を見て、「こういうふうにやればいいんだ」とわかった感じですね。

宇佐美:でも実際の映画では、他のメンバー3人はあまり出ていないんですよ。最初の稽古の時にそれぞれのモチベーションで気合を入れちゃったのに、実際の撮影に入ってみたら「セリフはこれだけ?」みたいな感じで落ち込む人もいたりして(笑)。ただ、最初は一番自信を持っていなかった人間が主演で頑張っている姿を見て、メンバーとしては新鮮で面白かったです。

●逸見さん以外のメンバーはセリフも少なかった?

宇佐美:僕は本当に二言三言くらいでしたね。

逸見:(G.渡邊)高志くんなんて、本編が始まって10分くらいで死んじゃうんですよ(笑)。撮影スケジュール的にも、あっという間に出番が終わってしまって。

●ハハハ(笑)。緊張はしなかったんですか?

逸見:そこは本番に入っちゃえば、もう音楽と一緒なのであまり感じなかったです。

●ジルバのステージは演劇的な非日常感があるので、感覚は近いのかもしれませんね。

逸見:監督もジルバのライブは演劇的だと言っていましたね。実際の役柄もジルバをやっている時の自分のスタイルと重なるところが大きかったので、演じやすかったです。攻撃的なところも多かったし、もうほとんど演じていないというか、素のままでやっていた感じなんですよ。

●今作のレコーディングには、映画の撮影終了後に入ったんでしょうか?

逸見:そうですね。1月末から3月まで撮影だったんですけど、その後で録りました。

●映画で使用されていない楽曲は、どういう基準で選んだんですか?

逸見:『佐渡テンペスト』にちなんだ『The TEMPEST』という作品タイトルにしてしまったので、自分の中で“テンペスト”っぽいものをピックアップしていきました。

●古い楽曲もあったりする?

逸見:ありますよ。作った時期はバラバラですね。一番古いのは「爆弾が飛んできた」じゃないかな。

●すごくインパクトのあるタイトルですよね。

逸見:環七で、自転車が飛んできたんですよ。

●自転車が飛んできた…というのは!?

逸見:交差点のところで自転車が車にぶつかって、事故っちゃって。衝撃で自転車が飛んできたのを見て、「あ、爆弾だ」と思ったんです。そこからのイメージでしたね。

●てっきり戦争とかがテーマなのかと…。

逸見:実際の歌詞とは意味が全然違うんですけど、そこが最初のヒントにはなっていて。

宇佐美:歌詞は基本的に経験則が元になっている気がしますね。

●全て、実際の経験を元に歌詞を書いている?

逸見:基本的に自分の経験が元になっているので、ドラマチックに書いているつもりもなくて。

宇佐美:イマジネーションで歌詞を書く人なら隠したがるような部分も、ヤス(逸見)の場合は経験則だから「こうでした」っていうだけなんだろうなと(笑)。

●勝手に深読みするのは自由というか。

逸見:ありがたいことですね。

●M-4「唇」の歌詞では、「ニシアザブドッチ?」という歌詞が気になりました。

逸見:これは単純に、西麻布のスタジオに行く途中で、道に迷ったという話ですね。全く逆の方向に行ってしまって、道行く人に「西麻布はどっちですか?」と実際に訊いたという(笑)。僕の歌詞の元ネタを語ると、6割くらいは残念な話だったりもするんですよ。

●ドラマチックな話ばかりではないと。

逸見:M-7「デリバリービンテージロックンロール」も最初にまず“デリバリー”という言葉があって。

宇佐美:“4文字”だったよね。

●4文字?

逸見:4文字というのだけは決まっていて、当てはまる言葉を探していたんです。いつも宇佐美くんに「僕は何て言いたいのかな?」って訊くんですよ。「そんなこと知らねえよ」って感じでしょうけど(笑)。

宇佐美:そこから「これは? これは?」みたいな感じで候補を出していく感じですね。音的な響きの部分では僕やBa.和泉くんが意見を出したりもするけど、核となる意味の部分はお任せしちゃっています。

●「デリバリービンテージロックンロール」というタイトルに込めた意味とは?

逸見:作っている段階からシンプルな曲だったので、そのタイトル通りに字面も並べたくて。“シンプルなロックンロールというものをお届けします”という意味ですね。そういうものを自分たちも大事にしているから。

●この曲はPVにもなっていますよね。

逸見:元々はリリースも考えていたんですけど、なかなか話が進まなかったのでとりあえずPVだけ撮っちゃったんです。もったいないので、温めていたというのもありましたね。

●そんな大切な曲も収録してようやく完成した今作ですが、自分たちにとってどんな作品になりましたか?

宇佐美:改めて聴いてみると、非常に重いアルバムだなと。今までは顔面パンチ的な曲が多かったんですけど、今回は1曲1曲がヘヴィ級のボディブローみたいな感じというか。かなりズシッとくるので聴く側の気持ち次第ではイケナイ方向に行ってしまいそうなところもありつつ、転がり方次第では逆に仁王立ちしたくなるような重さがある。サウンド的にヘヴィだとか、テーマ的に重苦しいという意味ではないんですけど。

逸見:そこはジルバの経験値が増したということじゃないかな。年月を重ねていく上でちょっとずつ骨が太くなってきて、音楽の重さというものがやっとでてきたのかなと。

●風格が出てきたというか。

宇佐美:自分の中で「こういうものが作りたいな」とか「こういう人たちがカッコ良いな」と感じるものに近いニュアンスが、今作には放り込めた気がします。要は自分の理想とかが形になっているということなんですけど、これを糧にまだまだ行けそうな気がしますね。

逸見:でもこれからもっともっと腰を据えられるように、進化していけたらなと思っています。

Interview:IMAI

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