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忘れる

現実世界のカレンダーと私の体内カレンダーは2年くらいずれ続けていた。現実世界に私はずっと間に合ってなかった。

 

なのに、2025年は2025年になった瞬間から私の中でも強烈に2025年だった。追いついてしまった。なぜ長年のずれが、突然追いついたのかはわからない。日々の過ぎていくスピードがとにかく速かった。

 

何も忘れたくないから忘年会をしてないのに、2025年は色々忘れてしまった。忘れたことも忘れているから一周回って何も忘れていないかもしれない。年を追うごとに忘れるスピードが加速しているけど、歳を重ねることはそういうものだとも思う。

 

2025年、5年程書き続けていた日記がいつからか書けなくなった。趣味だったハード散歩もほとんどしなくなった。あんまり怒らなくなり、原動力だった「怒り」は原動力にしては頼りなくなった。できなくなってしまったことや、失ったものばかりに目が行く私の心のジメジメした湿り気で、乾燥がひどい冬も抜群に加湿してくれよ。

 

年始に一年の目標を50個を立てることがここ数年の恒例になっていた。結果毎年、目標に沿おうともせず、ただ一生懸命生きてしまうのだけど、やりたいことを言葉にすることは大切だと思っている。

 

2025年の目標を見返した。半年継続予定が目標だった私主催のバンド対バン企画は1年間継続し、沢山の方に足を運んでもらえた。密かに憧れていたアフタヌーンティーも体験できた。かき氷だっていっぱい食べた。イヤリングやネックレスも積極的に付けられたはず。

 

「ラジオ番組に出演する」という目標が(代打とはいえ)「約4時間の深夜ラジオのパーソナリティ」という形で達成できたことは特にアツかった。「夢みたい…って思う瞬間を味わう」も、沢山沢山心当たりがあった。何もかも忘れたくないとは今でも思っているけど、こういう大切な瞬間だけに狙いを定めて、忘れないでいられたらそれで十分なのかもしれない。

 

2026年は、積み重ねたり積み減らしたり、どちらが良いとかではなく、どちらも受け入れてやわらかく生きたい。健康診断は受けたいし、スマートな敬語を使えるようになりたいし、誰かしらの結婚式に行きたいし、ゲロ吐くまで呑んで自分の限界を知りたい。

 

2026年を迎えたら、私の中のカレンダーは一体何年になっているのだろう。




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