音楽メディア・フリーマガジン

なくなる前に

私は毎週「星野源のオールナイトニッポン」を聞いている。大体お風呂に入りながらとか寝る前に、生活を淡々と進めながら聞くことが多い。

最近終了してしまったけど、星野源さんと番組スタッフさんがぶっつけ本番で演じるラジオドラマコーナー「星野ブロードウェイ」は、特に絶妙な緩さとくだらなさで、意識がぼんやりとしてくる深夜に聞くのにちょうど良い。この日もいつものようにぼんやり聞きながら、お風呂に入って、髪の毛を洗っていた。

「みんな潰れるって決まってから好きになってんだよ。」

「潰れる前は何も思ってないの。で、潰れるって決まってから寂しさが評価に混ざり合って好きになってんの。」

「みんなね。なくなるものが好きなだけなんだよ。」

「なくなるという現象にはしゃいでるだけ。」

ちょっとビックリして、髪の毛に泡がついたまま立ち尽くした。明日潰れると決まった売れない喫茶店の店主演じる星野源さんが、潰れると決まってからお客さんが続々と尋ねてくる様をコミカルに憂いているだけなのに。 

不思議と自分やアイドルという存在と重ねて聞いてしまって、火照っていた体と意識が急に冷たくなった。このコーナーは緩くてくだらないけど、急に核心をついてくるから恐ろしい。

「続けることは立派だよ。でも、それには気づかないもん誰も。終わるって決まらないと気づかない。」

私も同じことを考えていたことがある。実際前にブログで似たようなことを書いた。

「続けていくたびに、続けることが一番難しいことを痛感する。続けるって、続いているうちは特に気になるような現象じゃないというか、何事でもないような感じがして、当たり前の顔をしてそこに在り続けるからその重大さに気付けないというか。」

私はそんな風にブログで書いた。でも、そんなことを書いた私も近所の気になっているお店にずっと行けてなかったりする。どうせなくならないだろうとあぐらをかいている訳じゃないけど、行ってみたいと思ってから間違いなく2、3年は経っている。そもそも何のお店なのか、いつからあるのかすら知らない。今も変わらずお店が営業していることしかわからない謎のお店。「いつか行きたい」の「いつか」が来ないまま今に至ってしまった。

最初の立ち尽くしから、まだ私は髪の毛も洗い流さず、iPhoneを握り締め立ち尽くしていたっぽい。お風呂場の鏡に映る自分がなんだかダサくて、さっさと髪の毛を洗い流して逃げるように湯船に入った。

私も続けていることの意義を忘れてしまいそうになる時もある。「続けてくれているお陰だよ」、「続けてくれて有難う」って私を繋ぎ止めてくれる人たちが居なかったらどうなっていただろう。

だからと言って、不安定な存在であることをチラつかせて気持ちや言葉をカツアゲするようなことはしたくない。あの近所の不明なお店のようなスタンスで居続けたい。あくまで会いたいと思ってもらえる努力は絶対に惜しまず、あわよくば愛してもらえたらラッキーな感じで。続けているうちに、続けていることを少しでも多くの人に気づいてもらえるように、私は精一杯「続ける」を丁寧に続けていきたい。

湯船から上がって、決めた。来週良い加減あの近所の不明なお店に行ってみよう。自分の目で確かめよう。もしもなくなると決まった時、寂しさが評価に混ざって美化してしまう前に。


 

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